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カーテンを開けると、どんよりとした曇り空だった。学校に行くころには雨が降りだすかもしれない。
まだ梅雨入りするには早い時期だとはいえ、天気予報はしばらくの間、傘マークで覆い尽くされている。
少し憂鬱な気分になって、今日は自主休講にでもしてしまおうかとも思ったが、そんな事をしていたら両親にこっぴどく怒られてしまうのは目に見えている。幸いなことに明日は土曜日で、今日一日を切り抜ければ休日だ。しょうがないから頑張って行こうと、制服に着替えて階段を降り、リビングに入った所だった。
「おはようダイキ」
「なんで居るんだ?」
我が幼馴染にして最近非常に気になっているアカリが、ソファーに腰掛けたままこちらに朝の挨拶をしてきた。
「一緒に学校に行くのよ」
「いや、なんで?」
そりゃあすぐ近所で同じ学校に行ってるんだから、朝偶然に会えば一緒に行く事も有った。
今までは、本当にたまたま会ったらって感じだったじゃないか?
「今日からもっと攻めるのよ」
「お、おお?」
攻めるって?そりゃあ……アカリも俺の事を……って事で、いいのか?
それ以上アカリが口を開く事が無いので、悶々とした気持ちで牛乳とパンの簡単な朝食を胃に流し込み、支度をしてアカリと二人で玄関に出たところ、起きぬけに思った通りぽつぽつと雨が降りはじめていた。
「傘差して?」
「お、おお」
それまで無言だったアカリだったが、俺に呟くように言ってきた。
先に玄関を出てアカリが傘を開くのを待っていると、小走りで俺の傘の中に飛び込んできた。
「相合傘でしょ?」
「お、おお? 自分の傘させよ?」
「相合傘よ?」
「あ、はい」
しっかり上半身が当たる距離で俺に向かい相合傘をアピールしてくるが、正直に言って非常にクル物が有る。気温と湿度によって、嗅ぎなれたアカリの匂いがいつもより強く感じられた。
半そでの二の腕に感じられるアカリの体温と、何より柔らかさに頭がクラクラするようだった。
「あのよお……近いって言うか……」
「当ててんのよ? 喜んでよ?」
「……」
二人でいる時はそれほど口数が多くなる方じゃない俺たちだったが、俺も柄にもなく緊張してしまったが、いつも泰然自若としているアカリが少し緊張気味に俯いていて、何だかくすぐったいような、恥ずかしいようなうわついた気持ちで、いつもよりももっと無言で登校したのであった。
*
その昼休みの事。ジュンタと学食にでも行こうと立ちあがった俺に、素早い動きで近づいてきた影が有った。というかアカリだった。
「お弁当よ?」
「はあ?」
「食べるでしょ?」
どうも端的に話をされ過ぎて分かりずらいが、俺に弁当を作って来てくれて、なおかつ一緒に食べる事が決定されているようだ。要領をえないしゃべり方からみるに、こいつもテンぱっているらしい。
ここまで来るとアカリの”攻める”宣言がずいぶんかわいらしく感じられるようになってきた。
ひとまずは、素直にアカリに引っ張られて昼食をとることにするか。
テラスという名のペラペラのプラスチック製ベンチとテーブルが乱雑に置かれている学食横のスペースにて弁当を広げる。
「……食べねえの?」
「おいしい?」
「美味いよ」
そもそもアカリが料理上手なのを知っている俺からすると、味に文句は一切わかないのだが、じっと見つめられながら食事するのはたまったもんじゃない。どうやらアカリは俺が食べ終わるまで端を付けるつもりが無いようだ。
「ごちそうさま」
「いーえ」
俺が食べ終わって、やっとアカリも食べ始めた。
「……ねえ」
「なんだ?」
手早く自分の弁当を食べ終わったアカリがポツリと言った。
「お茶くれない?」
「お、おう」
「間接キスよ?」
「わ、分かってるよっ」
「この間まで、なんとも思って無かったじゃない?」
「いや、急にどうしたんだよ?」
「攻めてるのよ? 分かってるでしょ?」
本当の本当に、俺に攻勢をかけて来ているらしいが。
「なんかたくらんでる?」
そう尋ねてみると、アカリは表情を変えずに話始めた。
「……ジュンタとブンコがそのうち付き合いだすわよ?」
「だろうな」
「ダイキもちょっとは私の事意識してくれてるでしょ?」
「……からかって遊んでるんだろ?」
「からかってなんか無いわ」
アカリはきっと真摯に伝えているんだろう。
「急にどうしちまったんだ? 今までと全然違うじゃねえか?」
「昔からよ。 ずっとずっと。 私は変わって無いの」
だけど俺にはいきなりすぎて、急に一歩を踏み出せない。
「……はあ……」
アカリはため息をつくと、俺のほうをまっすぐに見つめてきた。
「もういいわ。 今日決めるね」
一緒に帰るからね。そう言ってアカリは教室に戻って行った。
*
放課後、二人していつもの土手を歩く。ポツポツとアカリが話し始めた。
「少しは気にしてくれるかと思って、恥ずかしくっても積極的にダイちゃんに触れたわ」
「ちょっときわどいカッコで部屋にも行った」
「……フフフ」
「チラチラ見てたの分かってたわよ」
「ダイちゃんって呼び名も、子供っぽいかなと思ってダイキって呼ぶようにしたの」
のどがカラカラに乾いて生唾を飲み込むが、うまいこと言葉にならない。
何だか恥ずかしくって、顔から火が出そうだ。
「ジュースを二人で分けて、間接キス。 ダイちゃん全然気にしないもん」
「私も慣れちゃって、今じゃ余裕よ」
平気な振りだよ。メチャクチャ意識してた。
「最近以外と人気有るのよ?」
「マジで?」
とりとめの無い話だったが、俺は以外に人気有るらしい。
「もう! そこだけ反応するのはキライよ」
「わ、わりい……」
まあいいわと、いったん言葉を切ると、体ごと俺の方に向いて真剣な表情で、少し赤くなりながら俺に告げてきた。
「ダメならダメでいいの。 ……いや、良くないの。 ダイちゃん私を見てくれる?」
ここまでアカリが言ってくれて、もうウダウダ言うのは無しだよなあ……。
「あー……とりあえず、手、つなぐ?」
「……うん」
アカリの手はよっぽど緊張していたのか、少し冷たくしっとりしている。俺の手、手汗ヤバイだろうなあ。
そんな考えのもとアカリを見やると、先ほどよりよほど顔が赤くなっていた。
「……緊張、してるのよ」
けなげな言葉にグッとくる。そんな彼女が可愛くて。
愛おしくってキスを……
キスをしようと顔を近づけると、カバンで顔を隠された。
「あれ?」
「ダメよ」
どうやら急ぎ過ぎたらしい。
「……ごめん」
少し気落ちして誤ると、アカリが真っ赤な顔で俺につげる。
「ちゃんと告白してくれなきゃ、ダメよ」
そっか、ごめん、気が利かなくって。
「好きだよ。 アカリ。 俺と付き合ってくれ」
アカリに告白すると、真っ赤な顔のまま口を開いた。
「ついこの間まで、なんとも思ってなかったくせに?」
「う……でも、今は嘘じゃない」
あれ?めっちゃ責められてる?
「女の子ならだれでもいんじゃない?」
「そんな事ねえよ。 お前がいい」
いや、照れ隠しだな。俺には分かるんだぞ。
「キスしたいだけでしょ?」
「アカリが好きなんだ」
俺はつないでいたアカリの手を引き、胸元に抱き寄せた。
「するぞ、キス」
アカリは黙って、目を閉じた。
柔らかく、暖かで、アカリの匂いで頭がクラクラするようだった。
「……よっしゃ、私の勝ち」
「お前、何と戦ってたんだ?」
しばらく無言で見つめあっていたら、アカリが唐突に口を開いた。
なんか、不穏な事をおっしゃってる。
「いいのよ」
「まあ、それはいいわ。 それより告白の返事っ! 俺にだけ言わせんなっ!」
ずりいぞっ!
「フフフ」
「おいっ!」
アカリはニヤニヤと笑っているが、肝心な事を聞かせてくれない。
いや、俺もさっきまでので十分アカリの気持ちは伝わってるが、それはそれ。
ちゃんと好きって言って欲しい。
「13年前から決まってるのよ」
「何なんだよ?」
「第一印象から決めてました」
「だから何なんだよ?」
ここまで来たら、お前も好きって言えよ!まあ、俺もフラフラしてたから怒るに怒れねえけど。
「ハイとイエス、どっちがいい?」
「いい加減にしろよっ!」
アカリはそういう俺とまだ繋いだままの腕を強引に引き、顔を息が当たる程まで近づけてきた。
「私の方が、先に好きになったのよ」
そう言って、強引にキスされた。
ご覧いただきありがとうございました。
なんというか、もうちょっと上手に書けないもんかと反省しております。
次は、もう少ししっかりとした話が書けたらいいな。