とある悪魔の疑問
とあるところに、一体の悪魔がいました。悪魔は人々から『何か』をもらって、その人の願い事をかなえるのを仕事にしていました。
ある日、悪魔が呼ばれました。それは演奏家でした。彼は悪魔にこう言いました。
お願いです、僕に素晴らしい演奏を奏でることのできる手をください。次のコンクールで優勝したいんです。対価ならいくらでも差し上げます。金でも、銀でも、宝石でも。何でも何でも差し上げます。全てを失う覚悟です。
その悪魔にとって、そんなにちっぽけな願いなど、取るに足りませんでした。悪魔は指をパチンと鳴らして、そして彼の願いを叶えました。
ああ、ありがとうございます。ありがとうございます。これで僕は優勝できる。大金を手にすることができる!
代償として悪魔は、演奏家の『耳』をもらいました。演奏家の良い『耳』は、高く売れるからです。
彼は、自分の素晴らしい演奏を聞く事はありませんでした。
ある日、悪魔が呼ばれました。それは女優でした。彼女は悪魔にこう言いました。
お願いです、私にすれ違う人が通り過ぎるほどの美しい顔をください。どうしても一緒になりたい方がいるんです。対価ならいくらでも差し上げます。金でも、銀でも、宝石でも。何でも何でも差し上げます。全てを失う覚悟です。
その悪魔にとって、そんなにちっぽけな願いなど、取るに足りませんでした。悪魔は指をパチンと鳴らして、そして彼女の願いを叶えました。
ああ、ありがとうございます。ありがとうございます。これで私は一緒になれる。何時までも何時までも!
代償として悪魔は、女優の『目』をもらいました。女優の美しい『目』や高く売れるからです。
彼女は、自分の美しい顔を見る事はありませんでした。
ある日、悪魔が呼ばれました。それは料理人でした。彼は悪魔にこう言いました。
お願いです、俺にどんな人も満足させられるような技術をください。そうじゃないと、クビになってしまうんです。対価ならいくらでも差し上げます。金でも、銀でも、宝石でも。何でも何でも差し上げます。全てを失う覚悟です。
その悪魔にとって、そんなちっぽけな願いなど、取るに足りませんでした。悪魔は指をパチンと鳴らして、そして彼の願いを叶えました。
ああ、ありがとうございます。ありがとうございます。これで俺はコンテストで優勝できる!
代償として悪魔は、料理人の『舌』をもらいました。料理人の素晴らしい『舌』は高く売れるからです。
彼は自分の料理を味わう事はありませんでした
ある日、悪魔が呼ばれました。それは幼い少女でした。彼女は悪魔にこう言いました。
お願いです、皆に平和な世界をください。兄弟や母が、戦争で父が死んで悲しんでいるんです。対価ならいくらでも差し上げます。金や、銀や、宝石はないけれど。でも、何でも何でも差し上げます! 全部、全部あげます!
その悪魔にとっても、そんな願いは難しいものでした。悪魔は少女に、言いました。
一度だけなら止められる。でも、ずっと止めさせる事は難しい。
少女は悪魔に言いました。
それでも良いんです。お姉ちゃんが、弟が、妹が、お母さんが悲しまないなら。お兄ちゃんや、お父さんが死なないのなら、それで良いんです!
悪魔は指をパチンと鳴らして、そして少女の願いを叶えました。
ああ、ありがとうございます。ありがとうございます。これで皆、笑いあえる!
代償として悪魔は、少女の『命』をもらいました。少女の純粋な『心』は高く売れるからです。
彼女は皆と笑いあう事はありませんでした。
悪魔は思いました。何故彼らは、自分たちは感じることがない幸せを、感じる手段を犠牲にしてまで作り出すのだろう、と。どうせ、また元通りになってしまうのに。
『耳』を代償にピアノの名手となった彼。彼の願い事は美しい音色を生み出し、人々の耳に新たな音を伝えました。けれど、彼が老いて、ピアノが弾けなくなると、人々の耳に音を届けることができなくなりました。
『目』を代償に美貌を手に入れた彼女。彼女の願い事は美しい顔で人々の目を喜ばせました。けれど、彼女が朽ちてからは、そんな美貌で人々を喜ばせる事も出来なくなりました。
『舌』を代償に凄腕の料理人となった彼。彼の願い事は美食家たちの舌を唸らせました。けれど、彼が果ててからは、そんな料理を美食家たちに振る舞う事も出来なくなりました。
『命』を代償に一時的な世界平和を作り出した彼女。彼女の願いは少しだけ、世界を平和にしました。けれど、彼女が死んですぐに、世界は元通りになりました。
なぜだろう、と、悪魔は思いながら、次の召喚を待っています。
ストックが尽きたので、しばらく投稿しません。
多分。