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九輪目

「ともあれ、まずは我が化身だな」

 枝に絡められたアルブルがそう言って目を閉じる。すると、少女が抱いていたフェイ──アルブルの化身である分体──が白く光を纏った。

 白魔法使いである少女には明瞭にわかった。フェイの体に注がれているのは大量の魔力だ。人間からすると途方もない量である。それを受け止められるのは、フェイの体が神の化身のものとしてできているからだろう。

 人間に限ったことではないが、自らの魔力保有量を越える魔力を受け止めることはできなくはないが難しい。時には体調に異変をきたしたり、場合によっては命の危機に瀕したりする場合がある。何故かは知られていないが、ダートはその例外にあたるらしいが。

 こうしてアルブルが木属性の癒しの魔力を存分にフェイに注げるのは、フェイが元々「植物を操る」という木属性に連なるダートを持っているからかもしれない。

「まあ、こんなものか。分体は我の魔力で動いているからな。遠出させるときには魔力を注いでおかないと」

「なるほ……遠出?」

「うむ。そなたに付き添って森の外に出そうかと」

 それに驚いたのは少女ばかりではない。聞いていたソルが思わず立ち上がった。

「それはあんまりにも危ねぇだ! フェイは木の民と基本的には同じで戦えねぇだよ? それを戦乱の中に放り出すなんて……」

「別にゲブラーやマルクトに行けというわけじゃない」

 ソルは少しほっとしたようだが、すぐに言い返す。

「んだども、アルブル様、言葉が足らなすぎだ!」

 そうアルブルを糾弾し、当のアルブルは、おお、耳が痛い、とおどけた様子で続ける。

「まあ、行き先は今のセフィロートの中では一番平和と言える都市──ティファレトだ」

 ティファレトと言えば、自然豊かで、先の大戦の影響を最も受けなかった平穏な都市として有名だ。フェイの故郷でもある。しかし何故ティファレトなのか、と少女は頭上に疑問符を浮かべた。

 アルブルは半笑いで答える。

「大抵植物を扱うダートというのはティファレトに生まれる。ダートの使い手は大抵適した環境に生まれるからな。炎で戦乱の道を切り開いたリヴァル然り、気候が農作物の育ちに影響する地に生まれ、温度を操ったかつての森の守り手然り、そこな化身然り、だ。ティファレトは本来農業都市だからな。植物を扱うダートが育つには良い環境だ」

 確かに、農作物を育むうちに自然とダートの扱い方を覚えられそうだ。

 植物を扱う、という点に、少女はぴんときた。

「つまり、少年のご先祖様はティファレト出身……」

「ご名答。更に言うと、少年自身もティファレトの出身である可能性がある」

「だとしたら、自宅からふとした拍子にフルール・ド・イガンの球根を見つけた……そしてその家に球根が残っている可能性がある!」

「冴えてるな。その球根の回収を願いたいのだ。そなたに会えば、少年は理解して思惑を話してくれるやもしれぬし、もし荒事になっても、魔力のある限り化身が治療してくれる」

 つまりフェイは少女の護衛ということか。

 なんとなく、こんなか弱そうな少女に護衛される己の身が情けなかったが、仕方ない。防御手段がないのだから。

「まあ、いざというときは、アミドソルを遣わす」

「合点承知だ」

 ソルが得意げに胸を叩くが、百年前の魔王四天王が再来したら、それはそれで騒ぎになる気がする。

 なるべく荒事にならないことを少女は祈った。




 うろの外に出ると、フェイは無事に目を覚まし、アルブルから何らかの指示を受けたらしく、球根を手にした。

 すると、不思議なことにフェイの両手両足を覆っていた枝が綺麗さっぱりなくなり、普通の人間の白い手足になった。

 フェイ曰く、この状態にならないとダートは使えないらしい。

 それから小難しそうな顔をして、球根を見つめると、球根からにゅるっと芽が伸びた。少女は目を輝かせた。言い様のない感動。命が芽吹く瞬間をまさしく今目撃したのだ。

 と、少女がフェイの一挙手一投足に注目していると、フェイは不意に球根をぽいと地面に投げた。何するの、と叫びそうになったが、フェイの人差し指に唇を塞がれた。少女は黙って球根の行く末を見るしかなかった。

 そこへ一匹の栗鼠が現れる。興味深そうに球根を見つめ、やがて新芽にかじりついた。少女があっと声を上げる。フルール・ド・イガンは花の全部が毒を含む。当然、新芽もだ。動物は少し接種しただけで死んでしまう──と思ったのだが、新芽をすっかり食べた栗鼠はぴんぴんしていた。その元気さを証明するようにフェイの足を伝って肩まで駆け上がってきたのだ。

「ふう、実験成功です」

 フェイはその様子に微笑んだ。実験? と少女が首を傾げると球根を拾い、説明する。

「アルブル様からの命で、毒花という性質を作り替えろと。どうやらちゃんと毒のない花にできたようです」

「そっか! フェイが毒花をダートで無毒にしたら、災厄の種と呼ばれるフルール・ド・イガンも災厄じゃなくなるんだね」

「その通りです」

 フェイがやんわりと微笑む。さすが本人。アルブルと話していたときとは大違いだ。

 つまりは他の球根も、フェイのダートで作り替えれば、無害になる、というわけだ。段々と目的が明瞭になってきた。少年と交渉して、フルール・ド・イガンを無害な花にして広めようという作戦なのだ。

 それなら、災厄もなくなるし、争いに悪用されることもない。

 それに、とフェイは続けた。

「この球根の持ち主は争いを望んでいないように思います。昔もそうでしたが、ティファレトは優しい人ばかりなんです」

「うん、そうだね。きっとそうだよ」

 フェイも少女も少年の心を信じた。

 そして、セカイを救うために、森から一歩踏み出したのだ。




 ティファレトはほとんど建物がない。ほとんど人が住んでいないからだ。フェイが人間だった頃に、ティファレトの人間がほとんど死に絶えてしまったかららしい。魔王侵攻の際もティファレトはほぼ無血開城だったという。

 人のいないティファレトは、けれど野生の草花が強かに伸びやかに生きていた。なんとも美しい光景だ。「(ティファレト)」の名に相応しい。

 そんな人気のないティファレトの地に、ぽつりと建つ木造の家は目立った。

「この球根に宿っているのと、同じ気配がします」

 フェイが言うのに、少女は頷いた。人気はない。盗人の真似事のようだが、あの家の中からフルール・ド・イガンの球根を探して、無毒にしよう。

 そう決意してずんずんと進むと、不意に家の扉ががちゃりと開いた。二人は驚いて立ち止まる。

「あ、きみはあのときの……」

 扉を開いた少年は、紛れもなく、少女に球根を握らせた人物その人に相違なかった。



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