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八輪目

 ここにいるダートの使い手。それは一人しか思いつかない。

「フェイに何かさせるんですか?」

「ああ。この花をセカイに広めるにはちょっと小賢しい細工が必要だからな。それにフェイに与えられたダートは『植物を操る』ダートだ。ただ植物を育てるだけの能力ではない」

 少女は不思議そうにフェイを見つめる。百年以上前の大戦以来、セカイを揺るがすほどの危機は訪れていないため、現代を生きる少女にとって、ダートの使い手というのは伝説のようなものだ。魔法でも手が及ばぬところまで手の届く能力、とコクマでかつて読んだ文書にはあったが、俄に信じ難い。

 と少女が考えていると、アルブルが声をかけてきた。

「少女よ、こちらも細工をする都合上、聞きたいことがいくつかある」

「聞きたいこと、ですか」

 ソルがのそりと姿勢を変える。

「まあ、入手経路だべな。問題は」

「その通り。この球根一つを改良しても、他に原型(オリジンヌ)が残っているなら意味がない。そなたが元々持っていたというなら問題はないが、そなたの反応を見ているとその可能性は低いように見える」

 アルブルの推測は全くその通りだった。少女は一つ頷き、朗々と答える。

「私はこの森に入る前、敵対している方たちと戦闘になって、虫の息にされました。そこをフェイに見つけてもらって治療されたのですが……逃げる前、同い年くらいの男の子が握らせてきたのがこれです」

「ふむ……」

 アルブルは考え込むようだった。ソルが、その少年の容姿を聞いてきたので、少女は朧気な記憶を掘り出して、伝える。少年は特に変わった容姿をしていなかったように思われるが。どこにでもいるような平凡な人間の少年だったと思う。

 だが、少女の説明を聞くうちに何やら物思いに耽っていたアルブルの表情が変わる。珍しいものでも見たかのようだ。

「なるほどな、それでこの球根に……」

 何やらぶつくさ独り言を言い始めたため、少女がアルブル様? と問いかける。するとアルブルははっとしたようで、咳払いを一つ、説明を始めた。

「どうやらその少年は覚醒遺伝性のダートの使い手のようだな」

「かくせいいでんせい?」

 何を言われたのか少女はさっぱりである。だが、その少年がダートの使い手であるという事実には驚いた。現代はセカイが危機に陥っているわけではないから、神はダートをセカイに送っていないとされているはずなのだが。

「いや、まず、この球根には術がかけられていたようなのだ。魔法では解けない、ダートによる封印の術だ。ダートと魔法の関係性は魔法使いなら知っているな?」

「ええと、確か、魔法とダートで優劣をつけるなら、圧倒的にダートの方が優れている。ダートが施した術は魔法使いでは基本的に解けないから。魔法でダートに打ち勝つには相当な魔力が必要となるから……ですか?」

「如何にも。つまりダートの封印はダートにしか解けない。まあ、魔法使いでよっぽど魔力があるやつなら力づくでも解けないことはないが、そなたの話を聞くにその少年は力づくでダートを破るほどの魔法使いではないと見える」

 言われてみると、少年は自分を襲ってきたとき補助要員くらいの扱いだったような気もする。少なくとも、彼に直接攻撃された覚えはない。

 となると、答えは自ずと見えてくる、とアルブルは断言した。

「その少年はダートの使い手だ。ただし、後天性のな」

「ダートに後天取得なんてあり得るんですか?」

 コクマであらゆる文献を見た少女だが、後天取得のダートなど聞いたことがない。そもそもダートとはセカイが危機に陥ったときに神様が遣わす者なのだから、後天取得などあり得ないのだ。

 しかし、アルブルはあっさり答える。

「これまで見られなかった例、もしくは目立たなかった例だが、後天取得はあり得ないことではない。というか後天というより、遺伝……つまり血筋でダートを得ることが稀にあるのだ」

 つまり親だとか先祖だとかがダートだったときに、突然ある代でダートが覚醒する、ということらしい。それが「覚醒遺伝性のダート」というわけだ。

「でも、それってすぐにバレませんか? ダートは皆得てして魔力が少ないと言いますから……」

 そう、ダートの使い手はダートを得る代償として、魔法が使えない。正確に言うと魔法を使えるほどの魔力を持たないのだ。百年前の英雄リヴァル然りである。

「それが覚醒遺伝性の場合は少し異なるのだよ。ダートの力はあまり強くないのだ。代わりに魔法もいくらか使える。不自然でない程度にな」

 随分元のダートとは勝手が違うようだ。魔法もダートも中途半端、と言えるかもしれないが。

 よくよく考えてみれば、人間が皆魔法に長けているわけではない。魔法が苦手な人もいれば、ダート持ちでなくとも魔力が元々少ない人間もいる。それを人々は個性と呼ぶが、少年のそれも個性にあたったのだろう。

 少年がダートの使い手である可能性があるということには納得がいったが、まだ少女には疑問が残る。

「アルブル様は断言なさいましたが、少年がダートの使い手とまだ決まったわけでは」

「いや、これがな、私の記憶により決定打となったのだ」

 曰く。

「太古──原語時代のことだ。飢饉とは違う意味で人間たちは食糧不足に陥り、セカイに危機が訪れた……その原因というのが、動物の大繁殖だ。人間より多くなった時期があった。それで、動物が人間の食べ物まで食い荒らしてしまい、人間は飢餓に陥った。

 そこに生命の神がダートを遣わした。それはある花を咲かせるためのダートだった。

 そのダートの使い手が生み出した花により、セカイは救われた。ただ、そのダートの使い手は自分が生み出した花の危険性を熟知していたため、ある程度害獣がいなくなると、その花を封印し、自分の手元にだけ残したという……」

 花を生み出すダートというのも珍しいものだ、と聞き入ったが、流れから察して、少女は思考を巡らした。

「もしかして、その花というのが」

「そう、フルール・ド・イガンだ。あまりにも旧い話だから忘れていた」

「どうして思い出したんです?」

「そなたに球根を握らせた少年と太古のダートの使い手が瓜二つに思えたからだ。きっと家に残されていた球根の封印を解いて持ち出したのだろう。目的はわからないが」

 アルブルは語った。遺伝性のダートならば、そのダートの性質は同じ。頼めば再び封印してくれるかもしれない。

 だが、ここで問題になってくるのは、少年が何故球根を持ち出したか、だ。少年自身がよからぬことに使おうとしているなら、再封印は難しい話になるだろう。

 けれど少女はなんとなく、少年は悪いことに使おうとしているのではない、と感じた。悪いことに使おうとするなら、毒花なのだから、仲間の魔族殲滅主義者に語って聞かせれば、大いに悪用できただろう。人間に似ていても体の構造が異なる魔族に対してなら、毒の致死量も変わるだろうし。

 ただ、少年はダートであることを仲間に明かしていないように見えた。その上、球根を渡してきたのは善意にさえ、少女には映った。

「……その少年と話し合う必要があるかもしれません」

 少女は予感していた。遺伝性でも、もしかしたらあの少年は本当にセカイを救うために生まれたダートなのかもしれない、と。



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