七輪目
少女の宣告に、場は再び静まり返った。ただ、先程とは違い、その静けさの中には些か険しい雰囲気が混じっていた。
少女はまずいことを言っただろうか、と思い、アルブルの表情を窺う。するとアルブルは厳かに口を開いた。
「フルール・ド・イガン……原語時代の、確かに太古の花だ。俗には死人華と呼ばれているのだったか。狐の簪、狐の松明、と古くは狐の獣人が魔法具として重宝していた華でもあるな。死人に供える花として、死人から流れ出る魔力を糧に咲いた華ともされ、幽霊華という渾名もあった。いやはや、懐かしい花の名前だ。けれど、死人の魔力を吸うという伝説は人間の間ではやがて想像の産物として切り捨てられ、それからその花を供える習慣は薄れていき、その華は今や絶えたとも伝えられている。そんな華の名が、まさか数千年を経て、出てくるとはな」
アルブルはふっと笑った。相変わらずフェイの顔には似合わない表情をするが少女もだいぶ慣れてきて、普通の表情で首を傾げた。
「そんな恐ろしい謂れのある華なのですか?」
「ああ、そうとも。当初は亡くなった者の血の色に見立ててその華を選んでいたらしいが、墓荒らしの動物が食したところ、毒により死んだとか。それを見た人々は、フルール・ド・イガンにはそういう魔力が貯められているのだと信じていた。
まあ、真実はただ、フルール・ド・イガンが毒花であったというだけで動物なら球根を一つ口にしただけで死んでしまうほどのものだったというのが真相だ」
そこで少女はあれ、と思う。
毒花で動物をたちまちに死に至らしめるという植物……
「もしかして、フルール・ド・イガンこそが、先程話してらした災厄の種、の花ですか?」
「如何にも。聡くて助かるな」
ということは、先程の流れからすると、その球根が森の中に持ち込まれたということだ。
その球根を見つけて、フェイにダートの力で花を咲かせてもらえば、少女の目的は達成だ。が……
森に持ち込まれたといっても、セフィロート唯一にして随一の大きさを誇るフロンティエール大森林の中である。見つけ出すのは途方もないことのように思えた。
「ど、どうやって探すんですか?」
故に、少女の疑問は当然のものであった。だが、アルブルとソルは目を丸くして、顔を見合せた。先にアルブルが口を開く。
「まさか、アミドソルが何の宛てもなくここに来るわけがなかろう。宛てがなかったとしても、だ。我はこの森を生命の神より託された樹木神ぞ。森の管理は当然のこと、森の人の出入りを全て把握している。それを聞けば、自ずと持ち込んだ犯人は絞れるというものだろう。
それで、アミドソル、目処はついているのか? それとも我に問いに来たか?」
すると、ソルは苦々しい面持ちで少女を見下ろし、それからアルブルに向き直った。
「宛てはあるだが、アルブル様に確認して確証を得てぇどごだ」
「なるほど」
ふうぅ……と長い溜め息を吐くと、ソルはこう問いかけた。
「ここ数時間で、この森に入ったのはこの娘っこの他にいるだか?」
アルブルは少し考え、それからソルを真っ直ぐ見る。
「いないな」
……どうも話の雲行きが怪しい、と少女はすぐに気づいた。この一連のやりとりは、まるで「少女が災厄の種を持ち込んだ」と暗に言っているようなものではないか。
だが、すぐ「暗に」ではなくなる。アルブルが問いかけてきた。
「少女よ。心当たりはないか?」
少女は疑われたことに衝撃を受け、すぐに反発する。
「そんな、あるわけないじゃないですか! そもそも、フルール・ド・イガンは太古に滅んだとされる幻の花なのでしょう? そうひょいひょいと出てきたら、私はここまで来ずに済んでいますよ」
「うむ、誤解があるようだな」
アルブルは肯定せず、こう告げた。
「確かにそなたの言う通り、フルール・ド・イガンは太古の花で、現在目撃されてはいない。だが、滅んだと決まっているわけでもないのだよ。種……球根のままならば、何千年だって、保管する方法はある。セフィロートでは魔法も栄えているし、ダートの存在もある」
滅んだと決まったわけではないのは少女にはわかったが……
「だとしたら、何故今更そんな危険な花が出てくるんです?」
「さあな。人間の考えることはわからん」
枝に絡まりながら、アルブルは肩を竦める仕種をした。
すると、傍らにいたソルが少女の方にしゃがみ、指摘する。
「手、ずっと握りしめてるだ。何か握ってるんでねぇが?」
そう問われ、少女はようやく思い出した。
そういえば、魔族殲滅主義者たちに襲われた最後、少年が一人、少女の手に何かを握り込ませていた──そう思い至るや否や、少女は手を開いてみた。
「やはりな」
アルブルが苦笑混じりにそう紡ぐ。
少女の掌には小さいころんとした球根が握り込まれていたのだ。
「もしかしてこれが……」
「アルブル様が見立てたんだ、間違いねぇだ。フルール・ド・イガンの球根に違いねぇだ」
まさか、こうもあっさり見つかると思っていなかった少女は力が抜け、何が可笑しかったわけでもないが、くつくつと笑い始めた。
この球根を植えて育てれば、フルール・ド・イガンを手に入れられる。お伽噺の少女の力を借りなくても。
そう思ったのだ。
だが、そんな思考をする少女にアルブルが水を射す。
「少女よ、申し訳ないが、それはセカイにあってはならない植物だ。太古からそう伝えられたように、滅ぼさなければならない」
「えっ」
少女が驚いて見上げると、アルブルもソルも申し訳なさそうにしていた。
「言っただろう。それは災厄の種。使いようによってはセカイを危機に陥れかねない代物だ。そういうものは処分しなければならない。毒を孕んだ死は、闇の女神の好むところだ」
確かに、闇の女神の復活を加速させるような代物はセカイを滅ぼしかけない。事実、百年以上前には闇の女神の復活により、セカイが滅びかけたのだから。
だからといって、花を滅ぼしていいものだろうか。植物だって、生き物なのだ。
「まあまあ、そう逸った考え方をするものではない。方法はある。そなたの望みも叶えて、我々の望みを叶えられる方法がな。何せ我々の手中には──ダートの使い手がいるのだから」




