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六輪目

 樹木神アルブルはフェイの顔でうっそりと笑んで告げる。

「そもそも、何故フェイが我が化身となったか、正しく理解していないだろう」

「えっ、フェイは飢饉を収めるために樹木神様に身を捧げたんじゃ……」

 少女の言葉にアルブルは甲高く笑った。フェイには似合わない嘲りの色を含んだ笑いだった。

「やはりな。人間は現実を美化し、ねじ曲げて伝える。そういう生き物さ。フェイが本当に我に乞いに来た経緯は語られていないらしい。ならば教えてやろう」

 語るアルブルの瞳には仄暗い光が灯ったため、少女は僅かに後退った。




 アルブルが語ったのは、フェイがフェー・ド・アルブルになった経緯。飢饉が起きてから省かれてしまったフェイという少女に降りかかった災難を話した。

 人間はダートの存在を隠していたティファレトの民を非難し、攻め滅ぼそうとしたこと。フェイは死に行くティファレトの民を見ながら、しまいには他都市の民に生け贄になるよう請われ、そんな人間を恐れて森に逃げたこと。……そんなことをされてまでフェイが願ったのは、もう飢饉の起こらない未来。飢饉が人を狂わせることを知った少女は、その根本を絶つことを祈り、結局人間が望んだ通り、神様に身を捧げた。

「文字通り身を捧げた結果が今ご覧の現状だ。我は生命の神がセカイに遣わしたダートに逆らう権限を持たない故、化身にするに留めた。この姿は謂わば木の民の究極の形だ。木の民が死んだらどうなるか知っているか?」

 直前の話で恐れおののいていた少女はふるふると首を横に振った。アルブルは一笑いし、続ける。

「木と一体化するのだよ。つまり、一本の木となる。人が材木として使う木も、かつては木の民だったかもしれぬなぁ?」

 けらけらと笑うアルブルに少女は鳥肌が立ち、震えながらローブを掴んで肩を抱きしめた。

 なんて恐ろしい話だろう。フェイの真実も、木の民の行く末も。

 まさかとは思うが、この本体というフェイも、やがて今絡まる木の枝に呑まれ、大樹と一体化してしまうのでは……?

 その可能性に思い至り、少女は倒れているフェイの分体にそろそろと手を伸ばし、抱きしめた。

 すると、うろのすぐ傍の土がゴゴゴゴと突然隆起を始め、次第に二足歩行の生き物の姿になっていく。人型というには不完全で、しかしながら頑丈そうな四肢にごつごつとした胴体を持つ。全身が土塊ででき、顔にあたる部分に赤い二つの目玉を備えたその生き物は森に住む魔物の一種、土の民であった。

 超常現象に驚く少女を尻目に、少女の二倍以上背のある土の民がずかずかとうろの中に入ってくる。視線は枝に囚われたフェイ──アルブルに向けられている。

 土の民は人間だったら耳まで裂けているのだろう口を開いた。

「アルブル様ぁ、こいなちっちぇぇ娘っこに意地悪するのはよぐねぇど思うだ」

 ……案外と優しく、好感の持てる土の民の発言と声に、一旦場が鎮まる。少女は土の民の背にすっかり隠れ、なんだかよくわからないままに安心感を抱いていた。それくらい土の民の背中は温かく、頼もしく感じられた。

「ふはははははは!」

 不意にアルブルが笑ったことで、少女は再びびくつく。が、アルブルの笑いは先程の冷たさはなくなっていた。

 なんというか、愉快そうだ。

「アミドソルよ、いきなり来てそれか? 百年以上前の氷の剣士のときと言い、随分と人間かぶれになってきているのではないか?」

「ア、アミドソル!?」

 アルブルが口にした名に、少女は須っ頓狂な声を上げた。アミドソルといえば、言わずと知れた先の大戦における魔王四天王の一角を担った土の民の戦士の名前だ。先の大戦では死んだはず……

「ああ、忘れていたな。人間の子よ、土の民はこれが普通なのだ。一度死んで文字通り土に還った土の民は何十、何百の時を経て、また同じ魂を持ち生まれる変わった生き物なのだよ」

「な、なるほど……」

「もっとも、百年以上前の大戦が終わってから、土の民が森の外に出ることはなかったから、知らなくても仕方はないさ。しかしソルよ、わざわざ我に注意を促すためだけに土の友という技まで使ってきたのかい?」

 アルブルが呆れたように言うと、ソルは深々と溜め息を吐き、アルブルに告げた。土の友とは土の民特有の土を使った転移魔法だ。

 アミドソルは元々腕の立つ戦士。魔法の素質がないわけではないが、現代の黒魔法使いに比べたら、使える魔法は限られるし、魔法の精度も高くないはずだ。伝承通りなら。

 事実その通りのようで、白魔法使いの少女から見て、ソルはさほど強大な魔力を保有しているようには見えなかった。

 ソルは指一本一本が太い手で器用に頭を掻く仕種をし、告げた。

「もちろん、それだけではねぇだ。だげども、アルブル様があんまり人間においたするのは見兼ねてなあ。仮にもフェイの姿なんだがら、加減はすべし」

「あはは、確かにそうだな。フェイは本来、心優しい少女だ」

 少し反省しよう、というアルブルの言葉に納得してか、ソルはようやく少女を遮っていたのを避ける。そこには穏やかな表情のフェイ──ではなく、アルブルがいた。

「それで、その少女の願いというのを聞きたいところだが、アミドソルが土の友を使うということは火急の用と見える。アミドソルの方から聞こう」

 アルブルの宣告に、ソルは頷き、少女に一瞥して「すまねぇだ」と告げてから、アルブルに向き直った。

「あまりアルブル様の歯牙にはかがらねぇとは思うが、土の民としちゃあ、一大事でなあ……」

 器用に悩ましげな表情になり、ソルは続けた。

「災厄の種っつうのが、森に運ばれたのを、木の民が探知した」

 すると、アルブルの表情が険しいものに変わった。神妙な面持ちで、災厄の種、と繰り返す。

「まあ、種ってのは言い様で、球根の形をしどるどな。土に植えで、成長すっど、毒花になるらしい」

「ふむ」

「毒花はいげねぇ。生命の神様を奉るセカイで、毒花があると知れだら、人間は使うだろうしな。だが、まあ人間には何百と食わせねぇど効がねぇやづらしいが」

「あー……もしかして、動物はイチコロか」

「んだ」

 それはまずいな、とアルブルは眉根を寄せる。動物をイチコロというだけでも物騒だし、もしも今の混迷のセカイに出回ったら、人間が魔族を殺すためにその毒花を栄えさせるかもしれない。危険の芽は摘んでおかなければならないというのは少女にもわかった。解毒の魔法がないわけではないが、一度に致死量を食べさせられたのではどうにもならない。生きているならまだどうにかなるが死んだらどうにもできないのだ。蘇生魔法は禁術なのだから。

 少女が一人、未来に憂えていると、不意にアルブルが少女に水を差し向けた。

「して、白魔法使いよ。そなたが太古の花を求めていることは、化身と意思疎通していたから知っている。その太古の花の名前とは何かね?」

 少女はその問いにようやくここに来た本題を思い出し、その花の名前を緊張の中、口にした。

「フルール・ド・イガンです」



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