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五輪目

 少女は木の民──と思っていた樹木神の化身の一言に開いた口が塞がらなかった。まさか、こんな偶然で出会すことになろうとは。

 だが、これで辻褄が合う部分もあった。彼女の魔力についてだ。高性能な回復魔法、短い詠唱。それは、樹木神という神と繋がったことにより、無限に近い魔力を手に入れたからこそ成せる芸当だったのだ。

 思いがけず、目的の人物に会うことができたために、少女は戸惑った。戸惑う少女を前に、フェー・ド・アルブルと名乗った化身はつらつらと述べていく。

「貴女が仰った通り、太古の植物のことでしたら、我が主、アルブル様にお伝えすればわかるでしょう。……そして人間の世界で伝わっている通り、私は元々は人間で、しかも植物を操るダート使いでした。アルブル様から情報をいただけば、その花を再現することができるでしょう」

「な、るほど」

 少女はあまりにも事が早く進んだためにぎこちなく頷いた。

 化身が少女の顔を覗き込んでくる。彼女の言葉を待つように。

 やがて、少女はこくりと頷いた。

「その花は、どうしても欲しいんです。私の恩人であるお師匠さまが必要となさっている花だから……ええと、化身さま、どうか、樹木神様のところまで、案内していただけませんか?」

 少女がそう口にすると、化身はにこりと微笑んだ。

「是非に。あと、私のことはフェイとお呼びくだされな」

「わ、わかりました、フェイさま」

「さまはいりません。お気軽にフェイとどうぞ。この成りからわかる通り、私の年齢というものは貴女と同じくらいで止まっていますから、友達とでも思ってお話しくださいな」

 笑って語るフェイに、少女は素直に頷いた。




 それから、フェイに導かれ、少女は森の奥へと入っていく。フェイは歩き慣れているらしく、道に迷いはなく、あちこちで隆起する木の根も支障なく越えていく。

 一方、森に入るのは初めての少女は、時々木の根に躓いていた。わ、とか、ほえ、とか変わった悲鳴を上げながら進んでいく。見兼ねたフェイが途中から手を引いて歩いてくれた。

 触れているフェイの枝が絡まって形成された手を見て、少女は不思議に思う。

「フェイって、人間だったんですよね?」

「はい。ティファレトで育ちました」

「だったら、どうして、この手や足は木の民のように枝でできてるの?」

 純粋な疑問だった。曲がりなりにも神の化身だ。もう少し特別な姿をしているのだと思った。元人間なら尚更。それに、神の化身だというなら、各都市に存在する生命の神の使徒、守護天使のように翼を持っていないのだろうか。

 少しの間を置いてから、フェイはゆっくりと口を開いた。

「それは、アルブル様とお会いになればわかることです。また、私は神様が生み出した使徒ではないため、天使のように翼がないのです。まあ、アルブル様が生命の神様より下級の神様だからという説もありますが」

 そこの詳しいところは、神の匙加減ということで、フェイにもよくわからないらしい。

 そうこう話しているうちに拓けた場所に出た。そこには少女が十人並んでも余りあるんじゃないかというほどの幅広い幹を持った大樹があった。高さは天を突くほど高いため、到底計り知れなかった。少女はその木の存在感に圧倒され、言葉を失う。セフィロート随一の大樹とは聞いていたがまさかこれほどとは。驚きを禁じ得ない。

 大樹の前には氷でできた刀身を持つ太刀が刺さっていた。その脇を通り、フェイと少女は大樹のうろの前に立つ。フェイが大樹を指し示した。

「こちらが、樹木神アルブル様の宿り木でございます」

「おっきいうろ……」

「入りたいのなら、どうぞ」

 フェイが首を傾げて少女にそう勧める。神の化身がいいというのだからいいのだろう、と踏み出しかけたところで少女はふと疑問に思う。

 フェイがうろどころか大樹にすら近づこうとしないからだ。

「フェイは入らないの?」

 訊ねると、フェイは困ったように微笑んだ。

「私は入れないので」

「え?」

 不思議に思う少女にフェイは中をご覧ください、と告げた。

 そこ、少しうろの上方にある光景に、少女は息を飲んだ。

 うろの中はいくつもの細い枝のような幹が形作っていて、森の中の新鮮な空気をそのままに感じられた。心地よい空間だろう。──上方を見なければ。

 そのうろの上方には、花色の髪をした少女が、両手両足を枝たちに侵食され、肌に枝が何本も刺さり、その枝が少女を絡め取って、磔にしていた。痛々しい光景で、少女の顔に生気はなく、瞼は固く閉ざされている。だが、少女はその瞼の向こうの瞳の色を容易に想像することができた。

 その磔にされた少女はフェイと瓜二つなのだ。長い髪までもが、枝の集合体に絡まって痛そうである。

 これは一体どういうことだ、と少女は戸惑う。外のフェイを見ると、フェイが説明しようとしていたが、声が届かない。

 少女は一旦外に出て、フェイをうろの中に引っ張った。入れないと言っていた割に抵抗なくフェイの体がついてきて、不思議に思ったその瞬間、フェイの体から力がふっと抜けた。手を引くだけだった少女は慌ててフェイの体を支え、混乱したままうろの中に入る。

 するとうろの中で磔にされていたフェイと瓜二つの少女がふるりと瞼を持ち上げた。その奥には予期していた通り、夜空色の瞳があった。しかし、放つ雰囲気がフェイと全く違う。威圧感と言えようものか、少女は磔のフェイに射竦められた。

「珍しい。客人か」

 声はフェイのものなのに、雰囲気がまるで違う。別人であるかのようだ。

「あ、あなたは、誰ですか?」

 震える声で問いかける。少女にとって訳のわからないことばかりで不安が募りに募っていた。磔のフェイに優しさ朗らかさといった感情の類が欠如しているのも原因の一端だろう。フェイとは異なる、底知れぬ膨大な何かが少女の不安を大いに煽っていた。

 磔のフェイは冷めた瞳で眼下の少女を見、やはり冷めた声で告げる。

「他者に名を尋ねるなら、まずは自分から名乗るものだろう、と説きたいところだが我が化身が連れてきたのであれば、当然の疑問だな。

 我はフロンティエール大森林の守護を担う神にして、フェー・ド・アルブルの主、樹木神アルブルである」

 相手が神だと知り、少女は飛び上がる。慌てて礼を取ろうとするが、その前にアルブルが楽にしていい、と告げた。

「我は本来この大樹そのものであるため、普通の人間と言葉を交わすことはならない。今、それができるのは、ひとえに人間であったフェー・ド・アルブルの体があるからだ」

 アルブルは枝で磔になったフェイこそがフェイの元の体であると語った。

 フェイもここに至るまでに様々な経緯があったのだ。



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