四輪目
「大怪我、なさっていましたよね? 何かあったんですか?」
白魔法使いを助けた木の民は心配そうに花色の髪を揺らし、首を傾げた。白魔法使いの少女はローブのフードを深く被り、少し声をひそめて、木の民に告げた。
「この辺りにはあまり出て来ない方がいいですよ? 今すぐそこのゲブラーでは、魔物魔族排斥主義者の方々が荒ぶっていますから。魔物魔族と見るや否や、問答無用で襲いかかってくるんです」
少女は現状を木の民に説明した。森の木に宿ることで森から出ることの少ない木の民は世情をあまり知らないだろうと気遣ったからだ。
しかし、尚も木の民は首を傾げた。枝の手で少女を示す。
「けれど、貴女は人間でしょう? 何故襲われるのです?」
確かにそれはもっともだ。
少女は黙し、それから、ゆったりと口を開いた。
「まだ追っ手がいるかもしれないので、森に入ってから話しましょう」
木の民の彼女はそれを素直に聞き入れ、少女の手を枝が絡んでできたごつごつとした手で引いて、森の中へ誘った。
森の中に入ってしまえば、攻撃を目的とする黒魔法が打ち消されるから、森と都市の境目であるこの場よりは安全だろう、と少女は判断したのだ。
木の民に導かれて、森の中に入ると、そこには噂通り、白い霧が立ち込めていた。白魔法使いである彼女の魔力に変化はないが、伝承によれば、この霧は黒魔法の魔力を打ち消す力があるとされている。この中にいれば、少なくとも魔法攻撃を食らうことはないだろう。
立ち込める霧と、森の木々が放つ清浄な空気のためにどこか現実離れした、幻想的な雰囲気が漂う中、少女は木の民に勧められて、大きな木の根を椅子代わりにして座った。木の民も近くの木に座したところで落ち着き、少女は話し始める。
「私は白魔法使い。本来なら、中立の立場であらゆる現場の怪我人を癒して回るべきなのだろうけれど、訳あって今は、魔物魔族排斥主義者の方に立ち向かう魔族の方々のところに留まって、白魔法使いとしての役目を果たしているの。
一つ所に留まる白魔法使いは珍しいし、排斥主義者の皆さんからすると、魔族に味方している者という捉え方になるから、敵として私は認識されているの。
私はこのフロンティエール大森林に用があって来たのだけれど、その途中で運悪く排斥主義者の方々に見つかってしまって……周りに味方がいなかったから、回復魔法しか使えない私はされるがままになってしまって……殺されなかっただけ、ましかな、とは思っています」
少女の説明に、木の民は憂いを帯びた表情を浮かべた。それはとても悲しげで苦しげな表情で、霧の立ち込めるこの空間を更にひやりとさせた。
物憂げな表情で、木の民はぽつりと呟く。
「魔王侵攻が終わっても、その余波は百年経った今も続いているのですね……」
悲しげに放たれた一言に、今度は少女が首を傾げた。目の前にいる人間の少女に近い成りをした木の民は、他の世情に疎い木の民と違い、セフィロートの現状を把握した上で嘆いているように聞こえたのだ。
木の民とは、宿り木の寿命が尽きるまで生き続ける、風の民とはまた違った長命種だ。だが、森で生まれ、森で死ぬ。故に、森の外の状況など、知る由もない。
だが、目の前の木の民は、まるで百年以上前に起こった魔王侵攻のことを知っているかのような口振りだった。魔王侵攻の際、生命の神の加護のあるこの森は不可侵で、森の外の状況など知れなかったはずだというのに。
つまり、この木の民が「魔王侵攻が百年以上前に終わった」ということを知っているのが不自然なのだ。
思えば、他にも不自然な点はある。
例えば、先程の回復魔法。少女はその効果を受け、尚且つ回復魔法に精通しているからわかる。──目の前の木の民が放った回復魔法は短い詠唱ながらにその威力が高いということが。
あれだけずたぼろだったのが、土埃以外は怪我を負う以前と遜色なく治っているどころか、体が軽くさえ感じるほどに、疲労まで回復しているのだ。木の民が放ったのは「木々よ、彼の者に癒しを与えたまえ」というだけの短い詠唱だ。
魔法というものの威力、効果は詠唱の長さで変わるのが一般的だ。詠唱が複雑で、長くあればあるほど、精度が高くなり、高い効果を発揮する。詠唱は魔法に消費する魔力を効率よく引き出すためのものなのだ。
しかし、例外はある。元々、膨大な魔力量を誇る人物は短い詠唱でも多くの魔力が魔法となるため、短い詠唱で、高威力の魔法を発現することができる。
目の前の木の民は、それに該当するのだろうか? 美しい花色の髪を持つ以外はごく普通の木の民にしか見えないのだが……
「ところで」
考え込む白魔法使いの耳に、透き通った木の民の声が入ってきて、思考が中断される。木の民は夜空色の瞳で、少女の顔を窺っていた。
「この森に用があると仰っていましたよね? どんなご用事なのでしょうか?」
木の民の質問に、少女ははっとした。目の前の木の民の異様さについて考えるあまり、本来の目的を忘れかけていた。
少女はあたふたとしながら、質問で返す。
「私はある花を手に入れるために、大樹のところへ向かおうとしていたのです。木の民さまは、この森に住むという、元人間の樹木神様の化身の方をご存知ですか?」
せっかくなので、情報収集をしておこう、と少女は訊ねる。すると、木の民はその夜空色の目を見開き、それから困ったように眉をひそめ、口にする。
「お花を探すだけでしたら、木の民に訊ねるだけでも充分なのでは?」
それはその通りだ。木の民は植物に精通している。大抵の花なら、咲いている時期や場所までわかるだろう。
しかし、今回はそれでは足りないのだ。
少女は話の核心を切り出す。
「その探している花というのが、原語の時代の花で、現存しているかわからないのです。太古からセフィロートを見つめてきた樹木神様ならその花を知っているかもしれない。しかし、その花が現存しないとなったら……植物を生み出すダートを持つという化身さまのお力に頼るより他ないのです」
「原語時代の花ですか……」
納得するのかと思いきや、木の民は眉根を寄せて悩み始めた。少女は樹木神のところに行き、化身に会いたいだけなので、一介の木の民を悩ませる気など毛頭なかったのだが。
「確かに、名前さえ教えていただければアルブル様の知識から探り出すことができるでしょう。花の名前を教えていただけますか?」
木の民が話をまとめ始めて、少女は混乱した。
「ええと、私はその、樹木神様のところに案内していただいて、化身さまにお会いできればいいので、案内していただくだけでよろしいのですが……」
少女が灰色の瞳で恐る恐る木の民の反応を窺いながら申し出ると、木の民は、あら、ときょとんとした顔で呟き、それから枝の手で服のスカート部分をつまみ上げ手礼を取る。
「申し遅れました。私は樹木神アルブル様の化身、フェー・ド・アルブルと言います。……貴女の探している、元人間の神の化身ですよ?」




