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二輪目

 師匠は言った。

「遠い遠い昔の話に、花は死んだ人に捧げるものだ、という話があった」

 師匠は少女に語って聞かせた。

 遠い遠い昔。それはお伽噺みたいに曖昧な時代。セフィロートには死人に花を捧げる風習があったという。捧げる花は死人に贈るためでもあったが、ちゃんとその人が「死んだ」という現実を生きている人々が受け入れるためのものでもあったらしい。

 そのため、死んだ人に捧げられる花は血の色をしたものが好まれたという。

「特に好まれた花の名前が──フルール・ド・イガン。死人華、とも呼ばれた、真っ赤で美しい華だったらしい」

 フルール・ド・イガン。それはセフィロートにおける旧き言葉、原語であった。つまり、その花は原語が栄えていた時代の花である。

 フルールとは花を表す。イガンの意味は曖昧で、死んだ者が逝く場所を示すだの、「死の縁」という意味であるだの、諸説がある。故に、現代ではフルール・ド・イガンを慣習から死人に捧げる花、死人華と呼ぶようになった。

 が。

 少女は首を傾げた。

「フルール・ド・イガン? 聞いたことがありません」

 少女はセフィロート一の大図書館を持つコクマの出で、もちろん大図書館には出入りしていた。だが、そんな大図書館にすら「フルール・ド・イガン」という花の本はなかった気がする。

 師匠は無理もない、と息をこぼした。

「フルール・ド・イガンは名前から分かる通り、原語が使われた途方もないほど昔の時代の花だ。死人華という俗称こそあるが、その花の詳細は語り継がれていない。それに、フルール・ド・イガンの詳細が原語時代の書物に書かれていたとしても──わかるだろう?」

「あっ……『原語時代の消失モール・ド・リーヴル・ド・オリジンヌ』……」

 少女の言葉に師匠は深く頷く。

 モール・ド・リーヴル・ド・オリジンヌとは、原語時代の書物が原因不明で大量になくなった悲劇のことを言う。千年ほど前に起こった出来事だ。原語時代の書物が失われたことで、特に支障を来したのは魔法文化である。まだ現代の言葉での魔法詠唱が完全に確立されていたわけではなかった時代、原語の書物の消失は原語魔法の消失とほぼ同義であった。言葉の切り替わりつつある微妙な時代であったため、モール・ド・リーヴル・ド・オリジンヌは魔法業界に語り継がれる最大の悲劇として有名だ。当然、魔法使いである少女は知っていた。

 だが、人々はその苦難をやはりダートを持つ者の手によって救われた。その当時生まれたダートというのが、一度読んだ書物の内容を全て暗記し、書物として具現化できる、というものだった。幸いにも、ダートが魔法を使えないことに疑問を抱いていたその使い手は原語の書物に手掛かりがないか、と多くの原語の書物に目を通しており、彼の人物が読んだ原語の書物を具現化することによって、一度は消失された書物が新しい形で再び読めるようになったわけである。現存する原語の書物はそのダートの使い手が作ったものだ。

 そんな万能に見えるダートだが、やはり欠点はあった。彼のダート使いは自分が読んだことのある書物しか具現化できない。──つまり、原語の書物を全て読んでいたわけではない人物が具現化しても尚、失われたままの書物があった。

 故に、ダートの存在をもってしても完全に防ぎきれなかったモール・ド・リーヴル・ド・オリジンヌはやはり悲劇として語り継がれているのである。

 そのダートの使い手が読んでいたのが魔法に関連する書物が多かったため、魔法業界は危機を免れた。が、他の部門の書物は手薄となってしまった。

 フルール・ド・イガンが原語時代の植物である以上、フルール・ド・イガンが譬、現存するとしても、それをフルール・ド・イガンとして認識することは難しい。調べることもままならないのだ。仕方あるまい。

 けれど、師匠はそのフルール・ド・イガンを妻に捧げたいと語った。

「その花は赤い花の中でも大層美しく、死人を彩ったという。そんな美しい花なら私も是非見てみたいし、妻にも見せてやりたい」

 師匠の妻は既に亡くなっている。死人には口がないというが、目もない。既に世に亡い者に現実のものを見せることは叶わないだろう。師匠の見せたいというのは幻想で、捧げることで「見せられた」という錯覚を得たいという自己満足に過ぎないものであった。

 だが、少女は思った。それこそが死者に花を捧げるもう一つの目的に繋がるのではないか、と。……その人が死んだことを受け入れるため、という。

 故に、少女はこくりと頷いた。探しましょう、と立ち上がる。だが、すぐに首を傾げた。

「でも、どうやって?」

 そう、探すといっても、フルール・ド・イガンの情報はほとんど無に等しいのだ。赤い花というくらいしかわかっていないし、調べるにも書物がないのではどうにもならない。

 困り果てる少女に、師匠はとある伝承を伝えた。

「昔話の一つに、植物を生み出すダートの物語がある。そのダートの持ち主はちょうどお前くらいの少女だった。平和な時代に生まれたため、その少女は草花咲き誇る農業都市ティファレトの中で秘匿され、少女は普通の女の子として育てられた。

 ところがあるとき、今ではもう耳慣れない言葉だが、飢饉、という、農作物が上手く育たず、食べるものがなくなって世の中が貧困と飢餓に陥るという恐ろしい事態が起こったそうな。

 それを知った植物使いのダートの少女は、生命の神様の系列神であるフロンティエール大森林の大樹におわす樹木神様に、セフィロートを豊穣で満たすよう、お祈りにいったのだという。

 樹木神様は、願いを聞き届ける代わりにそのダートの少女を自らの使徒として、以来、使役しているという……」

 その物語に少女は聞き入る。重要なのはここからだ、と師匠は続けた。

「樹木神様の使徒となった少女は、樹木神様と一体化したことによって、本来ダートの使い手が持ち得ない魔力を持ち、魔法を使えるようになった。だが、少女からダートは失われなかった。……時折、森を栄えさすためにダートの力を使っているという話を聞く。時に森に新しい草花を生やしたり……な」

「わあ……森の妖精さん、って感じですね」

「ああ。彼女はどんな植物も生み出すことができるダートを持っている。……つまり」

 そこまで言われ、少女ははっと気がつく。

「その森の妖精さん……樹木神様の使徒さまなら、フルール・ド・イガンを生み出すことができるかもしれない、ということですね!」

「その通りだ。探してくれるか?」

 それはあまりに荒唐無稽な話であった。だが、少女は師匠に大恩がある。断る理由がなかった。

 森の妖精さんに会ってみたい、という好奇心も少なからずあったが。

 こうして少女は少量の荷物を持ち、セフィロート唯一にして随一の大森林、フロンティエール大森林へと足を踏み入れることになった。



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