十輪目
少年は心優しく、突然訪れた二人を不審がることなく、家の中に招き入れた。すぐ扉を閉める。
「きみがここに来たってことは、あの球根がアルブル様の元に届いたんだね」
少年の口から出たアルブルの名に二人は顔を見合せる。まさか、少年は白魔法使いの少女がアルブルの元へ行くのを予期していたのか。
少年は苦笑して説明した。
「わりと情報が入ってきてね。特に中立しない白魔法使いのきみの情報はね。元々、大した魔法使いじゃないって歯牙にもかけられなかったけれど、最近めきめきと力をつけただろう? それで魔族殲滅主義者たちが警戒し出したんだ」
元々大した魔法使いじゃない、という文句に、少女は赤面する。やはり自分はその程度なのだ、と。続いた言葉には複雑な心境になった。
「それで、調べた結果、きみが魔族──風の民の一人に師事していることがわかった。その風の民はいつも最前線にいるから、下っ端のぼくでも様子がわかったんだ。
ぼくも下っ端だから戦闘では最前線。それで、こないだ、あの人の奥さんが亡くなる瞬間を目の前で見たんだ」
「えっ」
少女は目を見開く。つまりは師匠の目の前に奥さんがいたことになる。ただ、そのときは「強大な黒魔法」が接近していたはずで、近くにいようものなら……奥さんを木っ端微塵に吹き飛ばした威力から察しはつくだろう。
少年は顔を歪めた。目にはここではない光景を映しているのだろう。
「あの人は、旦那さんだけじゃなく……近くにいたぼくのことも庇ったんだ。味方から敵を引き付けるための捨て駒にされたぼくを」
そう、おかしいのは、そこだった。いくら強大な黒魔法でも、当たらなければどうということはない。少女はこのとき気づいたのだ。
少女の師匠は前線で盾役を引き受けているが、あのときは魔力切れをした。しかし魔力切れと体力切れは直接的な関係を持たない。つまり魔力切れを起こしていても逃げるくらいの体力は残されていたはずなのだ。
それが逃げられなかったのは、盾役を続けなければなかったから。つまり「敵と直接交戦していた」ことになる。
単純な作戦だ。強力な技を使うために一人が囮になる……あの戦いでは、囮諸共吹き飛ばす算段だったのだろう。
「それをあの人は一人で引き受けて……そのときだよ。ぼくがずっと抱えてた、戦いの何かが違うという疑問が氷解したのは。……こんな戦いそのものが、間違っているんだ」
それから、少年の判断は素早かった。少女の師匠にそれとなく、フルール・ド・イガンの話を振り、フロンティエール大森林に向かうよう仕向けて、自分は仲間と巡回と称して森の近くを巡り、本人かその遣いの人物が来るのを待った。少女をタコ殴りにするつもりはなかったのだが、仲間たちから気を逸らすためにやりたい放題にさせ、少女にフルール・ド・イガンの球根を握らせた、というわけだ。
フルール・ド・イガンの名前を出せば、長命の風の民である少女の師匠はすぐに樹木神アルブルとその化身の話を結びつけるだろう、という計算まで、少年の中にはあった。
まさか遣いに少女を出すとは思わなかったが。
「だから、あのときは……ごめん」
少年が済まなそうにして謝る。少女はいいよいいよと笑って受け流した。
「でも、なんでフルール・ド・イガンをアルブル様のところに届けようと思ったの?」
少女は少年の行動の真意がわからなかった。ご先祖が残した球根がフルール・ド・イガンのものと伝わっていることには何ら不自然はないが。
少年は真剣な眼差しで語った。これから始めようとしている、ある意味恐ろしい作戦を。
「ぼくは近々、魔族殲滅主義者──まあ、仲間に、フルール・ド・イガンという強力な毒花があるという話をするつもりなんだ。本来、フルール・ド・イガンの毒は人体にとってはさして影響のないものだけれど、フルール・ド・イガンは太古は原語時代の植物、モール・ド・リーヴル・ド・オリジンヌの影響で、現代では正しい知識を得るのは難しい。それを利用して、話を盛って、フルール・ド・イガンで魔族を一網打尽にできるみたいな作戦をでっち上げて報告するつもりなんだ。幸い、ぼくの家には代々封印されて受け継がれたフルール・ド・イガンの球根がわりとたくさんある。それを提供して、作戦を実行させる。
ご存知の通り、フルール・ド・イガンの毒は人体にはあまり害がないけれど、多量接種させれば死に至るというのも嘘ではないから、魔族殲滅主義者たちはこの作戦に乗ると思う。
そこで、だ。ぼくの家の言い伝えにより、フルール・ド・イガンがフロンティエール大森林では災厄の種として警戒されているのを利用して、アルブル様のお知恵と化身さまのお力でもって、フルール・ド・イガンを全く無毒の害のない花に性質を変えてもらって……作戦を実行した魔族殲滅主義者に戦いの無意味さを思い知らせてやろうと考えているんだ」
少年の作戦は想像以上に綿密で繊細で隙がなく、立派なものだった。その狡猾、卑劣と称しても過言ではない作戦に、少女とフェイは開いた口が塞がらなかった。
毒花が実は無毒花にすり替えられていたと知ったときの魔族殲滅主義者の絶望の顔が思い浮かぶし、少年の先見の明に二人は恐れおののいた。少年が予測した通り、アルブルは少女が握りしめていた災厄の種に気づき、フェイのダートを使って無毒化させた。フェイの「植物を操るダート」は植物の性質をも操ることができるのだ。例えば、フルール・ド・イガンを無毒化させたように。
「そんな、壮大な作戦が……」
「壮大じゃないよ。ぼくの意地で、意趣返しさ」
少年の瞳に暗い色が灯る。
「味方の損失を……ぼくという一つの命を省みずに魔族殲滅に執心するあの人たちに対するしっぺ返しさ」
少なからず、自分の犠牲を厭わなかった味方の人間に少年は明らかな不信感を抱いているようだった。
「成功するかわからないけれど、これで少し戦乱が鎮まってくれればいいな、とぼくは思ってる。
──というわけで、きみたちを招き入れたんだ。白魔法使いじゃない子は……もしかして、アルブル様の化身さまだったりするの?」
「え、あ、はい」
今は人間と同じ姿を取っているフェイは慌てて頷いた。
少年が問う。
「化身さま、ぼくの作戦に協力してくれますか?」
するとフェイは一も二もなく頷いた。フェイとて、戦乱は好まない。戦乱を止める手助けになるのなら、自分のできることを尽くす所存であった。
「じゃあ、無毒化してもらう球根を持ってくるね」
少年はその後、一抱えの木箱いっぱいに詰められたフルール・ド・イガンの球根を持ってきた。二、三個の球根を除き、フェイはそれら全てを無毒化した。残る二、三個は、この上なく猛毒を込め、目眩ましに使うのだという。
どこまでも行き届いた作戦であった。




