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一輪目

莉々さんの企画参加作品です。

 事は生命の神が司る世界、セフィロートにて起こった。影年二一〇五年のことである。

 影年一九九〇年代より起こった、魔王のセフィロート領土侵攻及び、破壊の神ディーヴァの復活が勇者リヴァルの手によって収められ、平和になったように見える現在、しかしながら全てが完全平和とは言えなかった。

 先の大戦で長を失った王国都市マルクトは、次の長を立てるために軽く内紛が起こっているし、魔族の多くが住まう軍事都市ゲブラーでは、魔族殲滅を正義として掲げる集団が魔族の抹殺を行っているため、殺伐としている。魔族は全てが全て先の戦争に加担したわけでもないし、争いを好むわけでもない。かと思えば、非常に好戦的な種族もいるため、混沌を極めている。

 終戦より百年以上経った今でも、混乱が続いているこの二大都市には、ケテル、コクマ、ビナーから常に優秀な魔法使いが送られている。

 それは混乱を鎮めるための援助だ。援助の形は様々。早く終戦させるために片方に加担したり、中立の立場で敵味方の分け隔てなく回復して回ったり、大体この二パターンである。

 大抵この援助に向かうのが、三都市の誇る優秀な魔法使いだ。ケテル、コクマ、ゲブラーはセフィロートの中で最も魔法が発展している三大都市なのだ。

 その魔法使いも百年以上前の大戦後に呼び方が変えられた。

 大戦で勝利を収めた勇者リヴァルとその一行はセフィロートにとって重大な真実を各地に広めた。

 それは、セフィロートの主神である生命の神の対抗神、破壊の女神ディーヴァについてだった。

 破壊の女神ディーヴァは生命の神と対になる神である。生命の神は命を生み出し、育むことで力を得るが、破壊の女神はその逆なのだ。ありとあらゆる生命の死によって、力を得る存在なのだという。

 破壊の女神は勇者一行によって再び封印されて今がある。だが、人や魔族が殺し合いを続ければ、破壊の女神の糧となり、再び力をつけて女神が復活する可能性がある、ということを示したのだ。

 よって、争いで死人を出さないように、という触れが出た。だが、争いは止まず、大きな戦力となる魔法使いは戦いに駆り出された。

 そんな攻撃をするための魔法使いを闇に加担する黒魔法使いと呼び、逆に生命に癒しを与える存在を白魔法使いと呼ぶようになった。

 黒魔法使いは破壊の女神ディーヴァのこともあり、忌み嫌われていた。だが、それは戦争のない都市での話である。

 戦争真っ只中のゲブラーやマルクトでは黒魔法使いは重宝された。

 白魔法使いの存在は大抵中立である。分け隔てなく、人々に癒しを与えることで生命を繋いでいく白魔法使いは戦争のない都市では尊ばれたが、戦乱に染まった二大都市では、どっち付かずの半端者、と称されていた。

 故に、白魔法使いは一つ所に留まらず、放浪者となるのが大抵だった。




 そんな中、ゲブラーにずっと留まっていた白魔法使いがいた。女の白魔法使いだ。赤色の髪に銀にも見える灰色の瞳の持ち主で、白いローブに身を包み、ゲブラーの各地を回っていたのだが、あることをきっかけにある場所に留まっていた。

 それは魔族の集団の中だった。人間からすると異形の集団である魔族の中で唯一人間で奔走する少女は目立った。

 彼女は二年前、素人だった頃に助けてくれた恩人の魔族の男性を、手を尽くしても助けられず、死なせてしまったのだ。

 己の未熟さを少女は悔いた。それゆえに魔族の元に留まると決めた。

 彼のような犠牲者を出さないためには、魔法の鍛練が必要と考えたのだ。魔族は人間より魔法の扱いに長けている。だから、人間の中で学ぶよりも魔族に師事した方が早いと考えたのだ。

 師事した魔族は、風の民という耳が長く、その先が尖っていることと老いが遅いこと以外は人間とさして変わらない種族の人物だった。風の民はかつて魔王侵攻の際に魔王の側近として戦果を挙げた魔王四天王の一人にして魔王軍随一の魔法使い、サージュ・ド・ヴァンを排出した一族である。魔法を学ぶのに、これ以上の人材はいないだろう。

 そこで魔法の知識を深め、より良質な白魔法使いとなるために鍛練の日々を積んだ。

 魔族の教育法は大抵が実践あるのみだった。故に、師事する風の民の付き添いがありながら、何百人、何千人と少女は治療に励み、そのうちに魔法も自然と強力になっていった。




 そんな少女に転機が訪れたのは、ある日のことだった。戦争に師匠とその妻が駆り出されたときだ。そんなことは何度もあったし、師匠はかなりの使い手だ。今回も無事に帰ってくるだろう。

 少女はそう信じて待っていた。白魔法使いの出番は、戦闘が終了してからだ。回復役の白魔法使いが前線に出てやられてしまっては話にならない。そのセオリーに則り、少女は師匠が帰ってくるのを待っていた。婦人共々、無事に帰ってくるのを祈って。

 白魔法使いの回復には限界がある。高度な魔法使いでも、瀕死状態を一発で全快する。その程度だ。()()()()()()()()()()()()()()

 かつて蘇生魔法の研究はされたが、どんな高名な魔法研究家も、蘇生魔法に辿り着くことはできなかった。風の民であっても、だ。

 そして、その人々の無為な努力を見兼ねてか、ある日、生命の神を祀る神殿都市ケテルにお告げがあった。

「この世界は生命によって成り立つ世界。生命とは、生きて死ぬからこそ成り立つものである。故に蘇生魔法は禁忌である」

 と。

 神直々の御言葉など、滅多にあるものではない。破壊の女神の糧になるとしても、それが生命である限り、生まれ出でたその瞬間から、死は定められているのである。神より告げられた理に、逆らえようはずがなかった。

 故に人間も魔族も蘇生魔法の研究はやめ、戦場に行く者が生きて帰ってくることを願うようになったのだ。

 生きてさえいれば、回復はできる。回復は禁忌ではないのだから。

 死んでしまってはどうにもできない。それがセフィロートの白魔法使いの限界であった。

 故に、生きて帰ってくることを白魔法使いは願うのだ。少女もその例に漏れない。




 だが、現実とは時に残酷で。

 帰ってきた師匠はずたぼろながらも生きていた。少女はすぐに師匠に回復魔法をかけた。

 だが、すぐに気づく。傷が癒えたというのに、師匠の表情が暗いことに。




 そして、師匠が連れていった師匠の伴侶が帰ってきていないことに。


 師匠はとつとつと語った。今回の戦場は混戦を極めていた、と。魔族殲滅を掲げる人間が強力な黒魔法を手に入れたようで、その威力に刃が立たず、魔族側が圧されていた。

 なんとか仲間を守るため、白魔法を展開し続けた師匠だったが、そこで最悪の事態が起こる。

 魔力切れだった。

 魔法の源となる魔力が切れてしまえば、生命力に支障はないが、魔法を使えなくなってしまう。

 先陣で盾役を担っていた師匠は、魔力切れと同時、白魔法の盾が消え、凶悪な黒魔法に呑まれる──はずだった。

 その体を押し退けて、向かってきた黒魔法を、師匠の奥方は一身に受け……死亡した。

 死者は蘇生できない。それが世の理だ。

 譬、蘇生できたとしても、凶悪な黒魔法に呑まれた師匠の奥方は塵も残さず消え去ってしまった。

 目の前で伴侶を失った彼が呆然と立ち尽くすのを、撤退と判断した仲間が引きずって帰ってきたのだという。

 人間より遥かに長い命を持つ風の民である師匠。これまで連れ添ってきた伴侶とは、一体何百年の付き合いだったのだろうか。その心痛を思うだけで、少女は心が痛んだ。

 しばし、少女と師匠の間には沈黙が落ちた。師匠の家の屋内でのこと。止まったような二人の時とは対照的に窓から見える人々はゆったりと行き交っていた。それが時が流れる証明だった。

 沈黙を破ったのは、師匠だった。重たげな口を開き、少女にある懇願をする。

「妻のために、花を探してきてほしい」

 それはあまりに突飛な願いで少女の旅路の始まりの一言であった。



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