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-傾月-〈叁〉仰ぎ見られて、追いかけられた人 1



 あの日から、子猫は帰ってこなかった。


 月璃は夏涼を責めるつもりはない。夏涼は承諾した事には必ず全力を尽くす。もし子猫を持ち帰れなかったら、それはきっと彼にはベストを尽くした結果だろう。


 その後、日琉は公爵に呼ばれた。二度目だ。今度月璃は一人で部屋の外に殘された。再び日琉を見た時、日琉はすでに医療室のベッドに横たわって、首を包帯で巻かれていた。


 月璃は何かあったのかを聞かなかった。彼女は疲れていた、異常に疲れていた。公爵には本当に彼女を存在しないかのように振る舞う。一目も見てくれない、一言も言てくれない。


 この数日間、彼女は廃人のように、ずっと布団の中にいる。しかしどんなに長く寝ても、疲れを感じる。毎朝、目覚めると、朝の日差しが不快だった。布団から出たくない。たとえ夏涼に起こされたとしても、彼女は何もやりたくない、何も話したくない。口を開けるのは、ただ食事の時に食べ物を噛むだけだった。


 うとうとしているうちに幾日か経ち、月璃の誕生日がきた。


 夜が明けるか開けないかのうちに月璃はメイド達に引っ張って行かれて身拵えされた。彼女は目を半眼にして、自分は包装されているプレゼントボックスみたいだと思っている。整えた髪型と爪はボックス、優しく塗られた薄化粧はボックス外裝のスパンコール、ふわふわしたドレスはボックスのリボンだ。この全ては中の悪魔のおもちゃを隠すために、彼女に再び【月からの姫ちゃん】を扮させられる。


 支度が終わった後、彼女は精緻な黄金蝶の髪飾りをつけ、真っ白なドレスに淡紫のバラの刺繡、目じりに淡いピンクを擦り付け、瞳はまるで漆黒の黒曜岩が一枚の紅葉に染め付けられた。


 それからのことは、月璃は実際にあまり印象に残らなかった。宴会が始まると、公爵と夏涼はロビーの入り口で賓客を接待している、そして彼女はただ茫然とロビーの真ん中に立って、一所懸命にぼんやりしていて、機械的に手に詰め込まれたプレゼントを下僕に手渡している。そして、たまに唾を飲み、口元から涎を垂らすことを防ぐ。


 しかし、彼女のぼんやりした顔は高く評価されたらしい。


「さすが【月からの姫ちゃん】、なんて優雅な姿だ!」どこからきたのかわからない老婦人はそう言った。


「見たまえ!あの優しくてはじらいのある笑顔、かすかに憂いを含んだ眼差。彼女の成年式の時、さぞかし王国の社交界にまた血の雨を降らすだろう!」どこからきたのかわからない紳士はそう言った。


「今日の月璃殿下には、なんだが上品な雰囲気が漂ってるね」邸のメイドたちまでそう言った。


 月璃はある『智の月財』にクリスマスツリーと呼ばれた木を見たことがある。人はクリスマスツリーを飾り、下にプレゼントを置く。月璃は自分は色とりどりに飾れたクリスマスツリーだと思っている。木の下にプレゼントを置いた人々に枝を揺らしている。


 プレゼントをもらうと同時に、月璃は横目で公爵を見た。公爵は賓客たちと和やかに談笑し、赤ワインを軽く振っている、一挙一動には完璧な優雅さがある。彼はまるで生まれつきこういう社交場に属している。しかし月璃は不思議な感じがあった。あの人は実際にあそこには存在しない。一陣の風が吹いたら、あの人は細かい砂になって、風と共に去ってしまう。


 一方で、日琉はロビーでうろうろしていた。珍しく今日は落書き帳を持っていない。彼女は大きな目を見開いて、きょろきょろ見回して、何か探しているみたいだ。首と右手の包帯はまだ解かれていない。


 日琉の気の毒の姿について、月璃はちょっと同情しただけだ。もともと月璃はこの半分しか血が繋がっていない妹と親しくするつもりはない。だた最近少し気づいたのは、日琉は最初の時と比べて、そんなに煩わしくなくなった。


 ただ慣れただけさ。


 自分は犬と思っている子猫のことも同じだ。数日間、あの犬を模倣した鳴き声を聞かなかったので、むしろ違和感を感じた。


「……殿下、この【浴火鳳凰】は、あなたのような上品な女性のために、二十名の高級仕立て職人を動員して、三年の時間をかけて、特注したものです」


 この声を聞いて、月璃は一瞬に元気を取り戻した。


 目の前のクソ商人は白い燕尾服を着て、媚びるような笑顔を振り向いて、ドレスの収納ボックスを月璃の手に軽く詰め込んだ。


 月璃はにっこり笑って、彼の前で収納ボックスを開けた。月璃が賓客の前にプレゼントボックスを開けるのは、これは初めだ。商人が落ち着いたフリをして、腰を浮かして、しかし笑顔を抑えきれなかった。


 月璃は鮮やかな【浴火鳳凰】を見て、少し感心した。たった一週間で、まさかまったく同じドレスを作った。月璃は一瞬に浮かんだ薄笑いを隠して、何気ないフリをした。


「このドレス……確かに悪くありませんよね。シンプルなデザインだけど、一体感がある以上、多くて白く残っている部分は赤い鳳凰を引立てます」月璃は声を低くして、ゆっくりと話した。


「殿下のおっしゃるとおりです。殿下への贈りものですから、素材も、デザインも、織り技術も、全てがトップクラスです」商人は微笑みをたたえる。


 月璃はもっと感心した。あの時とまったく同じなセリフを言ったのに、相手は全然気づいていなかった。それどころか、視線が合うと笑い合う、勝手に気が合っていると思い込むなんて…凄いな。月璃も微笑みをたたえて、頭を下げて、ドレスを鑑賞しているフリをする。


「先ずはコンダンを使って、型板を立て、次はシフォン・ベルベットを使って、透明感を出しました。特にコンダンの部分、1本の縦糸が3本の横糸を交差させて織りました。そうすると、ドレスの型板は太くなくなったんです。ウエストラインは普通より低い、背中の部分はカットワークしました。これによって、若い女性をもっとセクシー的にさせる同時に、成熟すぎるような状況をちゃんと避けました。最後、スパングルを一度も使わず、鳳凰を重点に置く方法は、とてもシンプルで力強いデザインと言えます!」


 月璃は話をちょっと止めった。口を開けて、中に卵を含っでいるみたいな商人を見つめて、彼女は以前と同じ言葉を話し続ける。


「なるほど、あなたの言う通り。確かにこのドレス、素材も、デザインも、織り技術も、全てがトップクラスですね」


「あなた……あなたはもしかして……」商人の口で含んでいる卵はどんどん多くなるらしい。


 商人の愚かな表情を見て、月璃は次の言葉で想像した卵さんたちを商人の口中に全て詰め込む。


「ただ……前のと比べるなら、この『浴火鳳凰』もそんなに綺麗に燃やすことができますの?」月璃は淡々と言った。


「でででで殿下、あああああなた……わわわわわ私はわざとじゃない……」商人は口ごもって、声がますます小さくなる。


 月璃は商人に華麗な笑顔を示し、つま先立って、商人だけに聞こえる声で彼の耳元で囁く。


「もしまだ寒霜城に滞在したいなら、自分で三つの平手打ちを食らわせなさい」


「はい、はい、かしこまりました。すぐ戻って、三つ、いえ……三十回、三百回をします」商人はおどおどして頻繁に頷く。


「今やりなさい」月璃の声はすごく甘ったるく、まるで麦芽糖みたいだ。


「えぇ?」商人の首は強張っている。彼は見回すと、周りには寒霜城に権勢のある人たちばかりである。


「あら……」月璃が甘えた声を掛けて、商人のおでこに手を貼った。「……どこが具合がわるいですか?」


 この思いやりに満ちた声に連れて、全ての人の視線を2人に集まった。月璃は狡猾な目で商人を見つめて、まるで舞台がすでに整ったのに、まだやらないのと言った。


 商人の顔は青ざめた。彼は数秒で身動きもしないで、そして急に自分に三つの平手打ちを食らわせて、賓客たちがひそひそ話している中をロビーの入り口に突っ走る。


 しかしいくら彼が脱兎の如く走っても、逃げきれなかった。入り口に近づいた際、彼は横から出た長い足につまずいて、人たちを笑わせた。


「……大丈夫ですか?」


 真っ黒な燕尾服を着た男は申し訳ない顔でしゃがんで、手を出した。


 商人はこの翡翠色の瞳を覚えている。あの時、この夏涼という男が彼にドレスを弁償した。商人はあの真摯さが溢れる瞳を呆然と見て、急に吠えて、入り口に向かって駆け出した。


 夏涼は立ち上がり、自分の服の埃を払った。


「どうやら、私は彼の好みのタイプではありませんらしい」夏涼は周りの人に微笑みをした。


「フッ……」離れた場所にいた月璃は吹き出した。


 夏涼の視線が自分に向いたことに気づいて、月璃は髪を整えて、黄金蝶の髪飾りを指で軽く触れて、震わせる。そして彼女は何げないように次の賓客と話し合った。


 この黄金蝶は去年の誕生日に夏涼にもらったプレゼントだ。朝の支度の時、これはただ唯一、月璃が自分で選んだ飾りだ。メイドたちに黄金蝶とドレスは「素晴らしい組み合わせです!」言われた。「月璃殿下のセンスがいいね!」って……しかしこれも当然の結果だ。黄金蝶の髪飾り、それともドレス、どっちも夏涼が選んだものだ。彼女のセンスより、むしろ夏涼のセンスだ。


 彼女自身のセンス?もし彼女のセンスによるならば、彼女はむしろ真っ黒な鎧を着て、左手に半月刀、右手に十字槍を持ち、夏涼の肩車でパーティーに参加したい。


 月璃はうわの空でプレゼントを受け取り続けている。同じ動作を繰り返して、プレゼントを手に持って、驚きの表情を見せて、感動の声を上げて、いくつかの形容詞の組み合わせでプレゼントを褒め続けて、そして下僕の手に詰め込む。


 プレゼントには奇妙で多種多様である。そして半分くらいが11歳の少女には全然似合わない。たとえ世界のハーブの事典とか、黃金の飾り小刀とか、小さな狩猟用弩弓とか、そういう怪しげなものばかりだ。


 しかしどんなにプレゼントがあっても、彼女は知っている。これらのプレゼントは実際は彼女へのプレゼントではない。


『月璃』のプレゼントではない、『公爵の娘』のだ。


 この記念すべき11歳の誕生日に、彼女はいろいろなプレゼントを受け取った。貴族から車夫まで邸に来て彼女にプレゼントをくれた。公爵が凱旋したことによって、彼女は公爵と話し合う踏み台として、受け取ったプレゼントの数は以前より数倍以上になった。


 しかし夏涼はくれなかった。日琉もくれなかった。公爵もくれなかった。


 公爵……言うまでもなく、誰が時間をかけて、空気のためにプレゼントの準備をするの?


 日琉……ここ数日間、彼女は当然そんなことを準備する気力がない。月璃は去年、日琉からもらったプレゼントを思い出した。あの様々な花を串に刺したもの。斬新な髪飾りとしてより、むしろ肉や野菜と一緒に焼いた方がふさわしいものを。あの後、たとえもう枯れてたとしても、月璃は常にあれを簪笏として髪に挿して、正式な場に出席する。他の人が怪しげな目であのものを見て、落ち着いたふりをして、無理してでも彼女のセンスを褒めたつもりの時、彼女はいつも楽しかった。とりあえず、実際に月璃はそんなに妹のプレゼントが欲しいわけではない。経験からして、日琉のプレゼントはほぼ価値のないガラクタだけだ。


 けどね、彼女はそんなに欲しいわけではないけど、そんなに欲しくないわけでもない。


 そして夏涼……最近、公爵が城に戻ったせいで、彼はいつも業務用書類を処理している。優れた事務処理能力を持ってしてもすごく忙しくなったので、月璃の誕生日プレゼントを忘れるのも仕方がない。


 それを考えて、月璃は無意識に黄金蝶を触った。意図的に今日この子を選んで、そして夏涼に見られた時に髪を触る仕草も、相手に意地を張っているから。


 月璃も知っている。これはただのわがままだ。しかしせめてひとつだけでもいい。英雄の娘へのではない、月璃に贈るプレゼントだ。


 夏涼は彼女のヒントをわかるでしょう?まさか本当に夏涼の手を引っ張り、痛ましい声で『ううううう……お願いだから、プレゼントをくれないのううあああぁぁ……』と哀願して、そして血を空に三尺まで吐いて自分の悲惨さを示すことをしないと、夏涼は彼女にプレゼントをくれないの?月璃は鬱積と考えていた。


「あああああぁ……」1人の太ったレディが急にロビーで叫びをあげった。


 そう!これこそだ!月璃はこの高く叫んだ声は自分の理想に近づいたと思う。あとで血を空に吐いて、死ぬ前に指を自分の血につけて『プレゼント』を地に書くなら完璧だ。そうしたら、月璃は今日一日貰ったプレゼントを彼女に全てあげるかもしれない。


 月璃はそれを思いながら、顔を振り向けた




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