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-傾月-〈貳拾貳〉夢を追う夢 2

「何しろ……君は私と共に、この絵を完成させてきた人だ」




 夏涼は顔を上げた。


 公爵は一体何を話している?この絵を描いたのは、日琉ではなかったのか?


「作品を共同完成した同志として、君が一番気になることを教えあげよう」公爵は酒盃に口をつけて酒を啜った。「月璃はすでに記憶を取り戻した」


 夏涼は目を見張って、数秒後、長い息を吐き出した。


「そうですか」


「まあ、彼女はずっと私に隠そうとしていたが、私の観察によって、彼女が記憶を取り戻したのは、多分……」公爵は愉快な笑みを浮かべた。




「……一年前だった」




「な……」夏涼は愕然とした。公爵の言葉は見えない鉄槌のように、彼の後頭部を強打して、うまく考えさせない。


 月璃が記憶を取り戻したのは一年前?そんなはずはない?彼が寒霜城から離れた時、少し回復の兆しが見えただけではないか?


「彼女が隠したことを責めないで」公爵は再び酒を飲んで、空っぽな盃をテープルに置いた。「気づかなかったのは、君が一度も彼女を本当に理解しなかったからだ。例えば、球体が紙に映るなら、映るのは永遠に、円だけだ」


 公爵は盃の底に酒をつけて、グラスを回してテーブルに円形の水の跡を描いた。


「紙の世界に、どんなに観測しても、球の真実の姿は観測できない。他の円は球を同類としているかもしれないが、この世界に彼の同類は存在しないってこと、球の心の中でははっきり分かっている」

 そう言って、公爵は嘆いて、ゆっくりと次の言葉を話す。


「仲間のいる世界に生きたいなら、球ができるのは、自分を無限に圧縮するしかない」


 夏涼は静かに聞いて、公爵の話が終わったことを確認した後、口を開く。


「月璃のことですか?」


「さあなあ、君のことか、月璃のことか、私は一体誰を話しているかな?」公爵は淡々とした口調でそう言って、顔に淡い寂寥がある。


 夏涼は黙然と絵を置いて、公爵が彼に注いだ酒を喉に通す。


 さっきの一瞬で、公爵は人間味があったことを、彼は初めて知った。


 公爵はよく物語を言う。だけどそういう時、他の人のことを言うより、むしろ自分と対話しているようだ。

 1本の指を他の人に指す同時に、4本の指を自分自身に指している。


 評論する人も評論された人も、觀察する人も觀察された人も、同じだ。


 もしかすると、過去、公爵も五年前の夏涼のように、本当の自分を観測できる人がいた。ただ今は、すでにその人を失ったのかもしれない。


 孤独な人だけが、ずっと自分と対話する。




 公爵はもう夏涼に話かけていない。彼は1組のトランプを取り出して、トランプ箱を捨てた。


 右手で盃を持ってちびちびと飲み、左手の親指の爪でトランプの一番上のカードを弾き出す。宙で反転した後、カードは木製のテーブルのしわに45度に嵌め込んだ。そして2枚目を弾き出して、同じテーブルのしわに嵌め込んで1枚目と合わせて立体の三角形になった。


 一枚、一枚、そしてもう一枚……公爵は直接見なければ信じられないような技術でトランプタワーを作る。

 夏涼は顔を上げて、酒を飲みながら星空を眺める。


 数年前、科技の月も空に消えた後、創世の時空にある11つの月の中で残るのは7つになった。移動速度が遅い無尽の月と、移動することが肉眼でも見えて、おもむろに空を渡る6つの小さい月。


 今空にある3つの小さい月を彼は見分ける。


 真っ青、西に飛んでいくのは勇気の月。


 黄色、南に飛んでいくのは怠惰の月。




 最後、赤色、空の隅から中央位置に飛んでいくのは……力量の月。




「夏涼、君は後悔したのか?」しばらく後、公爵が再び口を開いた。


「何を後悔しますか?」


「五年前、『日琉と同じように月璃を教育しない』を条件として、私たちは取引をした。今のように、私たちは月璃の決意を美酒として一緒に飲んで、彼女を全ての記憶を失わせて、リスタートした……私たちの好みで」


「……」


「だけど君は後悔した。そうじゃないなら、君は月璃に記憶を回復させることに執着するはずがない」

 夏涼は上を見て、長い時間、何も話さなかった。


 星空は真珠をすりつぶした後の細かい粉末で、すぐにでもこの真っ黒な中に溶けるようだった。


 しばらくすると、彼はようやく口を開いた。


「記憶を失っても、個性が違ってもいい、せめて、彼女は守れないもののために悲しむ必要がなくなりました。少なくとも、彼女は正常に生活することができます……過去、私はこのような理由で自分の行為を正当化しました……自分自身が出演した美しい家庭劇のように、無自覚のまま、私は同じの芝居を月璃に押しつけました」夏涼は俯いて酒を一口啜って、盃を揺らす。「けど、歪められた夢は、いつか真実に戻るべきです」


「何が夢?何が真実?」公爵は微笑みながら半分くらい完成していたトランプタワーを見る。「全ての人を騙して、この世界全体を騙して、そして、自分までも騙した後、夢は……真実になるんじゃないか?」


「あなたがおっしゃったとおり」夏涼は盃の自分を見つめ、呟く。「でも、この偽装の忠誠と思いやりが少しずつ真と偽の境界で曖昧になる時、自分すら、自分が仮面を被っていることを忘れていく時、ようやく……気付きました。この忠誠の中で、一番許されない人は……自分自身です」


「それは何か?全て君が望んだ通り、君は確かに彼女を得た。残ったのは、自分を説得させるだけさ」


「そう、私は彼女を得ました」夏涼はそっと笑った。「だけど、実際に私はずっと分かっています。五年前、私が彼女を得たあの瞬間から、私はもう……彼女を失いました」


 公爵は沈黙しながら夏涼を見て、数秒後、失笑した。


「実は、君が後ろめたさを感じる必要は全くない。この一年の間に、彼女はとっくに真実を知った」

 この言葉を聞いて、夏涼は呆然として、しばし反応ができない。


「どういう意味ですか?」


「気づかなかったか?彼女はずっと君に暗示していた。もし君は目を瞑ってこの全てを信じるフリをして、夢を事実とすることを希望したら、彼女もそれをかなえてあげようとしただろう、けれど、君が彼女を拒否したこの今……」公爵はここでちょっと口を閉じて、笑顔を湛えた。「…… 『影』は、消えてしまった」




『ビー』




 夏涼は怪訝そうな顔で頭を下げた。もし聞き間違えでなかったら、この音は彼の胸元にかけている黒水晶から出たのだ。


「始まったな。どうやら、私が無事に帰還するというメッセージを、私の娘はすでに狼煙で受け取ったらしい」公爵は微笑んだ。


「始まった?」


「そういえば、この黒水晶、アイビスの作品の機能は、月璃はどうやって君に説明したのか?」


 夏涼は俯いて指先で黒水晶を軽く触れる。


「これは陽の女王が……天上の恋人を自分の隣に戻らせるために作ったものらしいです」


「具体的な機能は?」


「話しませんでした」夏涼は首を振った。


「そうか、できるなら、私は憐れみを示したいが」公爵は残念そうに首を振った。


「……」夏涼は理解不能。


「けど私はすでに長く生き過ぎた」公爵はもの寂しい顔をする。「まる200年の時間が過ぎて、憐れみは一体どんな表情か、私はもう忘れた」


 夏涼は愕然とした。200年?


 今はどうな反応をしたほうがいいか、彼にはわからない。他の人が自分が200年生きてきたと話すなら、彼は一笑に付して、簡単に無視することができる。


 けれど今この言葉を話したのは公爵だ。夏涼の記憶の中で、虚勢を張ることを公爵は一度もしたことがない、必要ではないからだ。


「夏涼、なぜトランプタワーはこんなに綺麗なのかわかるか?」


 夏涼はまた少し沈黙して、静かに答えた。「脆いですから」


「いかにも」公爵は頷いた。「脆い、少し触ると崩れそうな状態こそ……トランプタワーを美しくて貴重なものにさせる要因だ」


「……」


「そして世の中に、人が大切と思うものも、全てそうじゃない?例えば愛情、儚くて脆いものだから、人に忘れ難くさせる」


「愛情というものは……人の命の中で、さまさまな物事を積み重ねてきて、最上層にある大切なものだ」


 公爵は人さし指と中指で一枚のカードを挟んで、テーブルの上にあるトランプタワーの最低層に向けた。


「まずは人間の『性格』」


 そして第2層に向けた。


「『性格』の上に、『動機』を立て」


 第3層に向けた。


「『動機』は『行動』を招く」


 第4層。


「『行動』は生活を積み立て、人と人の間の『交流』を生み出す」


 公爵は指で挟んだカードを弾き出して、第4層の二つの三角形の上に橋を立てた。


 そして、一気に親指で2枚のカードを弾き出して、第5層を作った。


「最後、『交流』は『愛情』を作る」


「なぜ愛情はそんなに大切なのか、それは愛情はいろいろなものの上に立てられたのだ。最も貴重で、最も脆弱で」


 5層のトランプトワーを完成させた後、自分の作品に満足したようで、公爵はまた一盃の酒を注いで、一気に飲み干す。


「けど、もしある日、ある人はやっと気づいた。一番大切で、最も貴重なものは、その根底の『性格』で、それは実はただ……誰に捏造されたものだったことを」


 夏涼は目を見開いた。公爵が言いたいのは、まさか……


「そう」公爵は微笑んだ。「『影』に立てられた砂上の楼閣、『影』が消えた今は……」


 彼は盃を弾き出して、トランプタワーの最下層のカードを打ち飛ばす。




「崩れた」


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