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-傾月-〈貳拾壹〉罪 3




夏涼は体の筋肉をリラックスさせて、最も自然な佇まいに戻る。


さっき後ろにジャンプした時の胸の痛みから考えると、肋骨は少なくとも4本が折れた。


夏涼は体の筋肉をリラックスさせて、最も自然な佇まいに戻る。


さっき後ろにジャンプした時の胸の痛みから考えるに、肋骨は少なくとも4本が折れた。


左足靱帯断裂、右手はひどく打撲傷、橈尺関節脱臼。


腹の引き裂き傷は内臓を傷つけなかったが、出血がひどい。


あの瞬間の動きによって、夏涼は自分の負傷を判断した。


重傷を負ったが、致死ではない。


こんな重傷を負った状態と素手で戦うなら、手に持っている札は、おそらく、3手しか足りない。


こんな重傷を負った状態と素手で、3手で歴戦の戦士を殺すつもりなんて、正常な理性を持つ人にとって、必ず無理な話と思うんだろう。


しかし、夏涼にとって、十分だ。


傷を確認した後、彼は懐中から将官以上だけが配分された緊急用『生の月財』の筒を取り出して、左足の上に筒の上端のボタンを押した。純白の物体が彼の左足の傷に落ちて、蠢いている。よく見ると、それはヒトデのような軟体生物だ。


【医療用遺伝子改造生物】、これがこの『生の月財』の名前だ。一体『遺伝子』はどういう意味か、月財の研究者たちは今でも理解できずが、この月財は公認された強力なものだ。


純白の軟体生物が少し蠢いて、次の瞬間、体はゴムのように伸びて、数十本の触手を伸ばして夏涼の左足全体に絡みつく。


傷口の自動探知。触手を包帯として骨のずれた部分と断裂した靭帯を固定する。分泌物で止血し、麻酔鎮痛する。


全ては、わずか五秒で完成した。


本当に傷口を完治するわけではないが、短時間で、この奇妙な純白の生き物はほどんど機能を失っていた夏涼の左足を正常に歩ける状態に戻した。それに加えて、傷を処理した後、この生き物は夏涼の軍服の色に擬態し始める。数秒前には重傷状態だった左足が、今はもう外見には無傷になった。


まさに、戦争のために特化した月財だ。


全ての行動が早すぎたせいか、オオカミは夏涼の傷の緊急処理を止めなかった。それとも、もともと阻止しようとはおもわなかったのかもしれない。


彼はただ鼻でフンと笑った。愉快に笑った。


少し左足を動き、良否を試した後、夏涼は静かに彼を待つオオカミに微笑む。




右足を踏み出した。弦を放れた矢の如く。




殺し合いは前兆もなく始まり、夏涼はオオカミに駆けつけて、左手の拳を打つ。


オオカミは折れた剣を握り、少し迷った。彼はすぐ気づいた。前の左手より、夏涼が身の後ろに何かを隠し持っているような右手がもっと危険だということを。だから彼は剣を振り出すことを選択せず、横に躱した。


全ては夏涼の予想通りだ。初手、オオカミは剣を振り出すことをしない。互いによく知っていて、この折れた剣は二人にとっての決定的な戦力の差だ。重要な札を簡単に出すにはいかない。


止められなかった拳はオオカミが立っていた場所に打ち込み、土煙を爆散させて、二人の視界を奪う。


そして、2手目。


蜘蛛型の紅雪種の最後の攻撃を真似するように、夏涼のつま先が宙に浮かび出し、砂塵を切り分ける。


折れた剣はオオカミの腰から出す。風より疾く躍る。


鞘のいらない居合斬り!


夏涼が力を収め終わった瞬間を狙って、白い線と化した刀で、夏涼の左足の筋肉へ斬り込んだ。【医療用遺伝子改造生物】の触手を切断して、筋を切断して、足の脛骨まで到達させた。


『生の月財』の麻酔の限界を超えて、一瞬、脳を焦げる程の激痛が走る。しかし夏涼は力を収めなかった。逆に、彼は全身の重量を足の脛骨でスタックした刃に加えて、刃を骨にもっとスタックさせる。


痛みを無視し、傷害を回避する本能を無視し、夏涼は非常識な反応をする。彼はオオカミが剣を振る力を支点として、体を捻って、空中で右足が蹴り出す。


同時点に、【医療用遺伝子改造生物】の傷口の自動探知機能は探知の範囲に入ったオオカミの両手の火傷を捕捉して、数十本の触手が一瞬で射出して、オオカミが剣を持つ両手の手のひらを縛った。


足先は槍の如く、土煙の中で『生の月財』に縛られたオオカミの左眼窩に突き刺す。


しかし夏涼が蹴ったのは、オオカミが見開いた目ではなく……額だ。


夏涼の1手目が土煙を上げたのは、オオカミの視界を遮って、夏涼が自傷しないと、理論的に成立できない3手目を隠すためだった。


けれども視界が無い状況で、まさかオオカミは目を閉じて、頭突きで夏涼の致命的な蹴撃を受け取った。


まるで、最初から夏涼の意図を予想していたようだ。




土煙が晴れた後、強引にちぎられた【医療用遺伝子改造生物】は側の砂土に少し引き攣って、萎縮して動かなくなった。


片膝を折った夏涼の鼻先の前にあるのは、オオカミがどこから取り出したナイフだ。




激痛で額に少し汗を流していたけど、静かな顔をしている夏涼を見て、オオカミは不機嫌そうにチッとした。


「この顔、まるで『まだやらないか』と話しているような感じだな」


少々沈黙の後、夏涼は頷いた。


「やりなさい、君の勝利です」


オオカミが彼を殺しても、彼も恨む資格がない。


敗者が命を失っても文句は言えないほど公正の対決だった。なにしろ、さっき彼も一撃で相手を終わらせようとするつもりだった。


「ふん、もともと勝つつもりのない人に勝ち、勝利と言えるもんか?」しかしなぜか勝者は、不満そうな顔をしている。


「……」夏涼は再び少し沈黙して、首を振った。「確かに君の勝利です。君は見事に私最後の攻撃を予測しました」


「予想?逆だ。俺はただ、その攻撃によって確認しただけさ。開戦以来の疑問を」夏涼の静かな表情に対して、オオカミはますます苛立ちの顔になる。


「……どういう意味ですか?」


「開戦以来、お前の行為……矛盾に満ちている」


「……矛……盾?」


「最初俺に違和感を感じさせたのは、お前が矢を刺された時だ。あの程度の矢の雨、お前の得意な五色を使えば、負傷するはずなんてないだろう」


「買いかぶりすぎです。いくら私でも、そんな突発的に状況ですぐに反応することができません」


「次は突撃の時だ。お前は一番リスク高い正面突撃を選んで、直接落とし穴を越えた。しかも一般的に言えば一番死傷率が高い陣形前端に軍を率いて突撃した」オオカミは鼻を鳴らした。「自分の生存率より、お前は英雄ごっこを楽しんでいた。いつからお前はこんなキャラになった?」


「あれは、最高勝率の策略を選んだだけです」夏涼は首を振った。


「最後、このでたらめな大きいやつの時もそうだ。お前はなぜ躊躇もせずに俺と一緒に残ったのか?」オオカミは横の蜘蛛の残骸を蹴る。


「戻る時……堂々と月璃に直面するためです」


「まだ演じ足りないか?」オオカミは凶悪な目つきで夏涼を睨む。「完璧な兵士、完璧な将校、完璧な戦友、こんなたくさんなキャラを演じた後、また演じ続けるつもりか?次はなんだ?完璧な騎士?」

オオカミは一歩踏み出して、両手で夏涼の襟を掴む。


「ふざけるな!今も、蜘蛛の時も、突撃した時も……」


少し止まった後、彼はずっと抑圧してきた熱湯が爆発するような低い声で咆哮する。


「……最初から今まで、お前はただお嬢様の名前を大義として利用し、帰りたいフリをして、お前が自作自演する『この戦争で烈士のような犠牲』を演じているだけさ!」


この言葉を聞いて、夏涼はまず呆然として、そして、静かな顔はパズルのように、散らばった。


偽りの仮面を容赦なく剥がされれるように。


隠してきたものを容赦なく暴かれたように。


珍しく、夏涼は自分の選択で沈黙していたのではなく、返事の言葉を見つからなかったために沈黙した。


頭が暫し白くなった後、快速運転を始めた。しかし思考は霧の中で迷うように、ぼんやりしている。左足のすねの激痛は依然そのままで、口中の血生臭い匂いだけがはっきりと感じられる。


そうじゃない、彼はこの戦争を終わらせるために、これらの化け物と帝国軍に寒霜城を侵略させないために、だからあれらの選択をした。


もしリスクが一番高い突撃方法を選ばなかったら、戦争はそのために敗北するかもしれない。


もしここで蜘蛛を止めなかったら、蜘蛛の巨大な足は寒霜城の城壁を越えるかもしれない。


開戦から、彼がやった全ては、寒霜城にいる月璃の安全を確保するためだった。


彼の選択は、全て正しいはずだった。


しかし、すぐにでも口を開いて反論したいと思うが、頭は無理矢理にこんなたくさんな『正論』を絞り出したが、彼の喉は僅かな声さえ出せない。


筋肉と声帯を動かせず、これらの『正論』を裏書きすることを身体が拒否した。


もう……欺瞞し続けることができない。


他人にとっても、自己にとっても。


「この戦争の始まりから、俺はお前に何の執着を感じられなかった」


「だからさっき対決した時、お前は迷わず共倒れの戦法を選んで、命を保つことができる『生の月財』と左足を一緒に放棄した」


「そう、お前はこのどうでもいい態度で、生きて帰りたいフリをして、お嬢様のために戦うフリをして」そう話して、オオカミは目に怒りを激しく燃やす。その怒りは、ずっと期待していたものが簡単に奪われた怒りだ。


「お前は対決を何だと思っている! 俺が殺し合いたかったのは、こんないい加減なやつじゃない!」オオカミは怒鳴った。


「では……」夏涼は急に冷めたい声で返事した。「……君は、どのような夏涼を望んでますか?」


「お前……」


「教えてください 、君の理想の相手、殺し合いたかった人物は、どんな様子ですか、君が望んだのは……どのような夏涼・カースィフォリナ?」


「きっさま……」


オオカミの声はますます低くなり、颜色は険しくなる。


しかし夏涼は依然として微笑んだ。涼やかな風のような笑顔だ。


「君が言わなければ、私はどうやって作ってあげればいいですか?」


この言葉を聞くと、オオカミは突然ナイフを捨てた。


パン!彼は躊躇わずに拳で夏涼に強烈な一撃を食らわせた。夏涼の口元から血がゆっくり垂れる。


「お前……一体俺をどこまで愚弄するつもりだ?」オオカミは吼えた。


「愚弄?君が対決したかったのは、真実の私でしょ。なら私に教えなさい。一体どのような私は、真実なのですか?どんな夏涼・カースィフォリナが、最も真実、最も本来の私?」


夏涼は親指で口元の血をつけて、唇をなぞってリップメイクした。


艶かしいと言える顔で、オオカミに笑う。


狂気で崩壊したような笑顔。


「道化者の仮面を被った『アイスジョーカー』ですか?」


「それども一心に月璃を守る護衛ですか?」


「記憶喪失に付け込んで、月璃を手に取った卑怯者ですか?」


「それともいつも一切を傍観する観客ですか?」


「仮面を被ったのは自分、それとも仮面を外したのは自分?」ここで、夏涼は手の甲で唇の鮮血を拭いて、表情が淡い笑いに戻った。「申し訳ないんですが、君に答えてあげることができません。なぜなら、五年前から、私はもう二度と……答えを知ることができませんから」


「……」オオカミは少し意外な顔になった。「それはお前がお嬢様に執着する原因か?」


「彼女だけが、私に自分は真実だと思わせました」夏涼は軽く言った。「人はいつも自分が持っていないものを望んでます。そうではありませんか?」


「……」


2人の間に静寂が流れる。周り、風が吹く音しか残らない。


その翡翠色の瞳に抵抗の意志が存在していないことに気づいた後、オオカミは舌打ちをして、夏涼を放した。

身を翻して、数步歩いた後、彼はポケットから黒水晶を取り出して、後ろに投げた。


それは、捨てられた犬に首輪を投げて戻すような動きだ。


「勝手にしろ、どうやら、今回俺が追跡してきた敵は……もともと存在しないらしい」


目を瞑って、沈黙している夏涼を残して、オオカミは振り返らなかった。


「お前は、俺に斬られる資格がない」




……



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