-傾月-〈貳〉英雄 2
……
くそ!くそったれ!
夏涼の言葉を聞いた後、月璃の頭の中にいろいろな蜂がいるみたいに、ずっとブーンブーンと鳴っている。
10年待ていた。今日、父はやっと帰ってきた。だけど彼女は最後に知らされた人だ。夏涼、それとも執事長は十数日前にとっくに知っていた。たった彼女一人に、ずっと知らせなかった。
なにが君が『サプライズ』を用意したことを防ぐために?
なにが君が最も真実な姿を表すために?
過去、彼女は父が帰ると間違った時、三日間鏡に一人でつぶやいた。きっと、夏涼はそれがおかしかったでしょう。だから、今度はいっそ公爵が帰る当日に彼女を教えたのだ。
これらの蜂は月璃の頭の中で数時間騒がしかった。そして、数匹が離れて情報を流布した。この城もすぐ騒がしくなる。にぎやかなクソ祭りが始まった。
蜂たちは全て飛んで行った後、彼女は既に盛装して、日琉と邸の前に立って、寒霜城の灰色の大門をみている。大門はゆっくりと開く、整然とした騎士たちが街に行進している。巨大な旗が寒霜城の秋風で翻っていて、金属製の矛は日差しを映して、まぶしいすぎる。
寒霜城は熱狂した。月璃は熱狂の潮の中でぼんやりと立って、騎兵たちの前に先導する姿を見ている。金色の鎧と髪。この姿こそは、帝國が五倍の兵力と10年をかけたのにしても、アルフォンス王國のひとつの城も手に入れなった原因だ。
過去、彼女はいつも想像していた。彼女の父はいつか五色の駿馬に乗って、威風堂々の軍隊と一緒に凱旋することを。今日、彼女の夢は叶った。五色の駿馬に乗ってはいなかったが、彼女の父は想像通りに凱旋した。遠くからかすんで見える顔も想像以上に若くてかっこいい。
しかし、月璃は気づいた。自分は思った通りに喜ぶことはない、思った通りに感動することもない。彼女はただ立って、自分はどんな表情をするべきか?どんな気持ちを持つべきかわからない。
日琉は初めて軍隊をみて、少し恐れている。子猫は彼女の足元でぐずぐずしている。日琉は頭を下げて、手はずっと月璃の服の側で止まっていて、まるで花の蜜集めをためらう蝶みたいに何度も試して、彼女はようやく月璃の服の裾を掴んだ。
月璃は日琉をちらっと見た後、日琉はすぐ手を離して、首を縮めた。
「ごめ……」日琉は小さな声で言った。彼女は知っている。月璃はそれが嫌いだ。
日琉の小動物のような萎縮している姿をみて、月璃は少し黙って、突然に日琉の手を繋いだ。
「あの人は私たちの父親だ」月璃は前を見て、そっと言った。
「父親?何のこと?」日琉は首を傾げる。
月璃は再び日琉をちらっと見て、日琉の琥珀色の目は大きく開いて、好奇の目を向けている。すでに6歳になったのに、父親は何かも知らない。これは一体笑うべきなのか?それとも悲しむべきなのか?多分それは、夏涼、執事長、メイドたちはいつもこのことを触れないからな。
説明するつもりが、月璃は突然に自分もどうやって説明するかわからないことに気づいた。私たちにとって大事な人?私たちと同じ血筋の人?それとも私たちを娘と呼ぶ人?
考えながら、父の背の高い姿が眼前にどんどんはっきりしてくる。最後、彼女はたった二つの文字をいった。
「英雄」
日琉はまた首を傾げて、少し考えて、首を横にふった。
「違う……」
「違う?」
「父親は……英雄じゃない……」
月璃は日琉を見て、ちょっと驚かした。日琉が彼女の言葉を否定するのは珍しいことだ。でも、日琉いまは唇を噛み、すごく真剣な顔をしている。数秒後、月璃は目を離して、そっと笑った。日琉のくせに、何がわかる?
公爵は馬で邸へゆっくり進んでいる。彼は40歳以上のはずなのに、月璃の目には、公爵はまるでまだ三十路手前みたいな若さに見えた。鋭い顔立ち、きりっとつり上がった眉、金髪にはきらきら陽射しが映った。
金の瞳は人々をさっと見渡して、最後に月璃にとまった。
月璃の心臓はどきどきしている、まるで胸から飛び出しそうだ。彼女は日琉の手をグッと掴んで、なるべく真っすぐに立った。
もし、父親がいまこっちに向いてくるなら、彼女はどうするべきか?両手を開け、親愛の情をこめて彼を抱きしめるのか?それとも感心した様子で、片手で力強く握手して、片手で父親の肩を喜んで叩く?そして父親は涙でぼやけて、言葉を濁すのようにそう言う、『大きくなったね……月璃……いい……すごくいい……』月璃は次のプロットを妄想している。
しかし、公爵はただ彼女をちらっと見て、無表情で目をそらして、馬から下りて邸に入った。
月璃の口の中になんだか苦い味が広がった。あの温度がない眼差しは彼女たちにただ三秒でとまって、すぐ逸らした。まるで、彼女たちに気づいていないみたいだ。それとも彼女はまだ若いのでわからなく、実際に彼女の父親はただ控えめな人だ。千言万句はすでにその一瞬の眼差しに含められているのだ。
でも、あの眼差しは彼女の顔にとまった三秒の中のある瞬間で、月璃は公爵の金色の瞳に嫌悪と憎しみを見たらしい。
少し時間が過ぎた。月璃はどうしていいか分からなくなっていた時、夏涼は邸から早く歩いて、彼女の前にひざまずいて頭を下げた。
「殿下ご両人をご案内いたします」
ぽつりと、月璃は彼をみて、どうして急にそんなに他人行儀なんだ?そう聞きたかったが、月璃はふと自分に民衆と兵士たちの視線が集まっていることに気づいた。だから月璃はスカートを少し持ち上げて、一礼して日琉を掴んで夏涼について行くしかない。
途中で、月璃は自分のつま先をじっとみている。何度も何度も通り過ぎた廊下なのに、彼女はこの距離が異常に遠いと感じた。日琉の小さな手のひらは冷たくて湿っている。二人の手は一緒に微かに震えている。震えるのは彼女の手か?日琉の手か?月璃はわからない。
突然に、彼女は少し恐れた。もし、彼女が父親の想像した娘と大きな違いがあるならどうする?もし、父親も夏涼と同じ、淑やかな女の子が好き、彼女に徹底的に失望するなら、彼女はどうするべきか?
「君は最も自然な姿を表すだけでいい」前に歩いている夏涼はふといった。
「自然な姿?」月璃は少し呆れる。
そもそも彼女の最も自然の姿は何?もしかして彼女は椅子を父親の顔に投げて、彼の顔を踏み、『いまさら私の父親を自称するのか?』というべきなのか?彼女はあれこれとくだらないことを思いめぐらす。
「だけどできるだけ物を壊しないでください」夏涼は補充説明した。
「……」
だから……どうするべき?
まだ考えている途中、彼女たちはすでに公爵の部屋の前に到着した。扉をノックする前に、ドアが突然に薄い緑の光を放って、無声で開けた。
「入れ」
ドアの中から聞こえた声は月璃が想像したより若い。夏涼は月璃に頷いて静かにドアの脇に控えた。
入ると、ドアはまた無音で閉じた。月璃は驚かない。自分の父上は『カラリスト』だくらいこと、彼女は知っている。そして、月璃はテーブルにトランプタワーをしている男をみた。男の腕には月璃の記憶の中にある『Ab』の紫の刻みがあった。
「ち……」月璃は呼びかけようとしたが、途中で声を飲み込んだ。
彼女は気づいた、10年も会っていない娘は、公爵の目を全然引かないことに。月璃と日琉はもう公爵の後ろに到着したのに、彼は依然一途にトランプタワーをしている。
だから、月璃はただ日琉と手を繋いて、父親のはずの男の後ろで、ゆっくりと彼のトランプタワーが完成するのを待つしかない。
そう、そうね、トランプタワーって、こんな面白いもの、10年も会っていない娘より面白いのは当然でしょう。月璃は浅く唇を噛み、想像している。もし、いつか彼女がこの寒霜城の領主になったら、まず領民にトランプタワーを禁止する。こんなに面白いもの、親たちを溺れらさせて、家庭の調和を破壊したら、まずい。
まもなく完成しようとした時、公爵はトランプタワーをしながら、やっと口を開いた。
「これは私の嗜好だ。人には、嗜好が必要だ。一意専心、一つのことに心を注ぐ。それが人々の頭を徹底的に占める。何も考えずに。せめてこの瞬間、全ての苦しみを忘れられる」公爵は落ち着き払って言った。
この時、月璃はついに気づいた。公爵が使ったトランプは全て同じだ。背面は直線が水色の無限符号の中間を貫く。あれは無盡の月の符号だ。そして正面は全て牙をむき出す『紅雪種』だ。
これは王國で一番はやっているトランプだ。完全なデッキには正面に十一種類、別々な月を代表する符号がある。背面には九種類の形、『光の道』や、『終焉の扉』や……古代で残した五大遺跡と『国王』、『盗賊』、『智者』、『博徒』の四人の人物だ。9種類の背面に11種の正面を掛けると99になる。そしても一つ、正面は無盡の月、背面は滅亡を象徵する化け物、『紅雪種』の札を加えて、合計は百の札だ。
しかし今普通のデッキに1枚しかない『紅雪種』は全ての札になった。
公爵は最後の2枚の札をゆっくりと畳んだ。トランプタワーは5階、40枚の札がある。終わったあと、公爵はランプタワーをみて、満足げに吐息して、微笑んだ。
彼の視線は月璃たちに依然向けなかった。
「トランプタワーの最も精華の部分は何かを知っているか?……破壊だ。自分で積み重ねたトランプタワーを破壊する。それしかこの動作の意義を完成するものはない。ゼロから始めって、ゼロへ戻る」
彼はテーブルに置いてある長刀を掴んで、ゆっくりと腰に置いた。
「脆弱で、美しくて、人が思わずそれを壊せたいほどの儚さ。これを壊す、まるで自分で作った世界を壊すようだ。この一瞬……人は神になる」
公爵はふいに刀を抜いて、光がトランプタワーに何度も閃いた。月璃がまだはっきり見えないうちに、公爵はもう平然で刀を鞘に収めた。だけど、トランプタワーには何も変わらなかった、微かな揺れすらもなかった。まるで公爵は何もしなかったみたいようだ。
月璃は何となくそう思った。目の前にいるのは彼女たちの父親ではなく、どこかの見せ物芸人、それとも物語り手だ。
公爵は刀を置いた、やっと振り向いた。眼差しは月璃を通り越して、直接日琉に向けた。微笑みながら、彼は小さい娘に手を振った。
「日琉、来い。」
日琉は怖がって、月璃の後ろに引っ込んだ。
まるで彼女の代わりにみたいに。自分は犬と思っている小さな黒い子猫は前に歩いて、床に仰向けになって手脚を上に向けて腹を見せて、ふわふわした白い耳は横に揺れて、目の前の初めての人の機嫌を無節操に取った。
公爵は子猫をみて、猫らしくない奇特な動作に興味を持つ。彼はしゃがんで、手を伸ばして子猫に手の甲を舐めさせった。
月璃はそばで黙ってみていて、気づいた。公爵にとって、一匹の猫ですら彼女より魅力がある。
日琉は子猫と公爵の触れ合いをみて、彼女も少し怯えながら公爵に向かった。月璃は日琉の考え方がすごくわかる。彼女は多分そう思った。あの阿呆な子猫を優しく扱う人は全ていい人だ。
公爵は日琉の頭を撫でて、日琉の手をトランプタワーへ引く。
「押してみなさい」公爵はやさしい話し方で言った。
日琉はトランプタワーをみて公爵を振り返って、何度も繰り返した後、彼女はうなずいて、指を伸ばし、そっと一番右下の札を触った。
パッ。
日琉が触れた、一番右下の札は内側にへこみ、両断された。そしてまるで雪崩みたいに、右下の壊された支点から広がり散リ、全ての札は次々に両断された。40枚の札は80枚の札になった。
月璃はぼんやりとこれを見て、やっと公爵の先の仕草をわかった。公爵は刀を抜いた瞬間、トランプタワー中の四十枚の札を全て半分にした。同時に崩れないのために、四十枚の札の表面張力を維持した。このことをわかったが、感心する気持ちも、公爵を誇りに思う気持ちも全くない。月璃はただ背筋に氷柱を当てられた感じた。
これは、本当に人間の仕業か?
月璃に対して、日琉は面白かったので公爵にこぼれるような笑みを示した。公爵も日琉に微笑みを浮かべた。
「君たちは理解できないかもしれないが、私は確かに君たちを愛している」公爵は日琉の頭を撫でてゆっくりといった。
月璃はこれを見て、こんな時、何か喋るべきだと思った。もし何もいわなければ、彼女は過去に公爵に寒霜城で捨てられたように、今度は日琉と公爵と一緒に捨てられて、どんどん遠くなっていく二人を見ているだけになる。そして、彼女はまたこの10年間と同じようにずっと待つことになる。待ち望む、いつか二人は振り返ると、まだ一人がこの場所に置かれているのを思い出すということを。
だから、月璃は頭を下げて、小さな声で話した。
「……わかります」
「何がわかる?」
「えぇ?」
月璃は公爵がこんなことを聞くと思わなかった。
「月璃、君は、何がわかる?」公爵は淡々と言って、依然月璃を見ていない。
「あ……あたし……わかりません」
本来なら、月璃は自分の弁舌が巧みなことに自信を持っていた。しかしいま彼女はアホみたいな表現をしていた。
もっと自然に振る舞うべきだ。さっきから自分にずっとそう言いきかせた。いまのアホみたいな様子よりは、どんな仕草やパフォーマンスもよりマシだ。たとえ本当に椅子を投げても、せめて彼女は自分の本当の姿を悔いなく表した。
しかし彼女はこれができない。考えるほど、自然に振る舞いたいと思うほど、体がどんどん硬くなっていく。喉の筋肉がうまく動かない。
公爵はまた月璃に興味を失った。日琉の頭を優しく撫で続ける。日琉はロープで肩に斜めがけたショルダーバッグから書き帳を取り上げて、1枚1枚にめくる。あの阿呆な子猫と同じように、彼女はいつもこの落書き帳を携えていた。どれかのページを選んだ後、日琉は紅葉の大樹が描いたページをゆっくりと千切って、公爵に渡した。
「あげる」
これが日琉だ。誰かが彼女を優しくしてあげると、彼女は真面目に努力するので報われる。素直すぎて、何だか将来どうやって社会で生きるのかわからない。
しかし、公爵は絵を一目見ただけで、くしゃくしゃにして地面に捨てた。
月璃の心の中はますます寒くなった。確かに日琉の絵は美しいわけではない。絵と言うより、むしろ6歳の子どもの落書きと言ったほうがいい。けど月璃は知っている、これらの絵は全て日琉が時間を掛けて、真剣にじっくり描いたものだ。
黒い子猫はくしゃくしゃにした紙をくわえて、日琉の手に戻した。
日琉は首を傾げて、少し考えて、紙を元に戻してまた公爵の手に渡した。
「あげる」
公爵は今回見ることすらしなく、直接にくしゃくしゃにして床面に捨てた。まるでゴミのように。
子猫は彼らがゲームを遊んでいるのと思っているらしい。再びくしゃくしゃにした紙をくわえて、日琉の手に戻した。
日琉はくしゃくしゃにした絵をじっと見つめて、目を大きく見開いた。彼女は今も他人の悪意をうまく理解することができない。ただ戸惑う、どうして父親は彼女の絵をくしゃくしゃにしたの?これは彼女がすごく頑張って描いたものなのに。
月璃はぼんやりとこれを見ていて、彼女は他人の家庭に押し入った観衆みたいに、ただ側でこのおかしい家庭劇を見ている。公爵はもう一人の娘がいることを忘れているようだ。
「日琉、君には面白い特質がある」
公爵はまるで絵をくしゃくしゃにしなかったかのように、優しく日琉的頭を撫で続けた。日琉はぼけっとして手の中のくしゃくしゃになった絵を見つめて、何の反応もしない。
「君は人々に強い保護欲を引き起こすことができる。だけど、強すぎる保護欲は、最終的に、破壊欲になる」
公爵はしゃがんで、日琉の目を直視した。
「君の姉さんは時々君をいじめるでしょう?」彼は優しく尋ねた。
日琉は力を入れて首を横に振った。
「本当?そんなに愛らしいのに?」最も貴重なジュエリーに対するように、公爵は日琉の小さい頬っぺたを軽くつねる。
月璃は床上でかゆいところを足でかく黒い子猫をじっと見つめて、ふいにこの部屋の中の配役表がわかった。
公爵は父親、日琉は娘、黒い子猫は娘が飼ったアホ犬、そして月璃はエキストラ1と書記を兼ねる。彼女はこの父と娘の感動的な再会を記録するべく、目の前の二人の感涙する瞬間をしっかり覚えておいて、世間に伝えるのは彼女の重任だ。
『貴様らは偉大な英雄と愛する娘が再会した瞬間を見たことがあるか?俺は見たぞ。あの時俺はちょうど現場でいた。あれはあれは……感動的なことだぞ!』もしかして月璃は大きくなったら、世界のどこかの飲み屋でビールを持って旅人たちにそう吹聴するかもしれない。
「お姉さんは……わたしをいじめてない……」日琉は小さい声で答えた。
公爵はまるで日琉の言葉を聞きなかったみたいに、手で日琉の頬っぺたを撫でて、頸から腕までをなぜて、自分勝手に言い続ける。
「父さんは姉さんより君が好き。君は……天使みたいだなあ」
公爵は日琉の手を軽くひっぱって、語気は柔らかな羽根でピアノのキーをそっとかすめるように、静かに眠らせるみたいだ。
「だからも……」
最終、彼の手は優しく日琉の右手の人差し指と中指を摑まった。
「……もっと壊したい」
ギク。