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-傾月-〈貳拾〉膝枕の幻夢 5

 ......



 蜘蛛の目標が自分だということを確認した後、夏涼は残りの騎士たちに帝国軍へ突撃し続けると簡潔に命じて、彼とオオカミは二人だけ残り、この化け物に対応する。


 カッコをつけるつもりではないが、ただ、もし蜘蛛がまだ人数少ない騎兵隊の中で乱暴し続けたら、敗北は必然の結果になる。


 この一匹以外、残りの蜘蛛たちは全て王国軍の歩兵大隊側に落ちていったらしい。いくらあそこに親衛隊がいても、こっちと比べて、おそらくもっと厳しい状況になっているだろう。


 しかし今の夏涼は……彼らを心配するどころではない。




 パン!パン!




 蜘蛛は二本の脚を垂直に振り下ろし、大地を裂き、土煙が巨大な衝撃音と共に巻き上がる。


 夏涼はギリギリ蜘蛛の二重斬撃を避けて、立ちられた土煙から転がり出す。


「ハァ……ハァ……」


 彼は屈んで少し喘ぎ、土煙で遮られた視界であたりを見回す。次の『目標物』を探した後、彼は駆け出して、再び振り降ろされた蜘蛛の脚の攻撃を避けながら、『目標物』に突進する。


『目標物』というものは、斬殺された兵士たちの死体だ。




『フン、前の命令もそうだな。どうやら表向き真面目な人ほど、隠された狂気が深い。それとも……これもお前が隠していた本性の一つか?』




 それはオオカミが夏涼の考え出した計画を聞いた後、彼に与えた評価だ。


 正直、夏涼には、あまり公爵の親衛隊の人にそう言われたくない。あまり良くない言い方だが、寒霜城の中で、普通は親衛隊を頭おかしい団体と見なす。しかも自分が狂っているということに誇りを持つ頭のおかしい団体だ。なんでも親衛隊の人が正常な人と見なされたら、中の一部の人は逆に怒るらしい。


 これは多分、頭がおかしいと呼ばれた時に普通の人が怒るのと同じで、正常な人と呼ばれたら、彼らは徹底的に侮辱されたと覚えるんだろう、と夏涼はそう推測した。


 とりあえず、それは徹底的に異常者で構成された集団だ。最も強い、そしても最も狂っている。


 今この狂人の親衛隊の中の一員が、逆に彼の狂気を褒めた。夏涼はどうやって反応すればいいかわからない。




 スンッ!




 銀色の刃が頭上を通りすぎる。小さくて鋭い音は、人に空気が引き裂かれたような錯覚を与える。


 夏涼はしゃがみ、心臓は重苦しくほど激しく鼓動する。彼は俯いて、腹部を斜めに切られて凍られた肢体を見ながら、両手を素早く動かしている。


 ……四、五……五つ目。


 兵士の死体の腰につけた水袋を解いて自分の腰につけた。夏涼の腰にすでに一房の水袋が掛かかっていた。彼は直ぐに立ち上がって走り、蜘蛛の脚の追撃を交わして、次の死体のところへ向かう。


 巨大な影が上から彼を覆った。水中で息を長く止めた後に水から顔をあげて息を吸いこむかのように長く息継ぎして、夏涼は薙ぎ払ってきた鋭い蜘蛛の脚の下を躍歩、疾走する。


 狼の言った通りだ。残って蜘蛛と対決することを選択した彼は、正常とは言いがたいかもしれない。


 同時刻、オオカミも同じくひどい姿だった。彼は全身が砂まみれになり、頬にもほこりと血にまみれた状態で、彼は今巨大な蜘蛛の向こう側に、自分をおとりにして、夏涼のために時間を稼いでいる。


 六つ目の水袋を得た後、夏涼は腰でその重さを感じながら手を振り、オオカミに計画の準備作業が完成したことを告げる。




 ドン!

 ドン!




 祝賀のために花火を鳴らすかのように、二人は一斉に腰のクラッカー筒の引き縄を引いて後ろに跳ね上がり、振り返らずに突っ走って、武器で体を守りながら、あちこちに互いに乱闘している帝国軍の中で止めどなく、2分間高速で疾行し、蜘蛛と距離を取って合流した。絶えず喘ぐ。


「ハッ……ハッ……ハッ……」


「フゥ……フゥ……」


 目標の二人が急加速して逃げたので、蜘蛛はもとの場所でちょっと躊躇って、ゆっくりと方向を変えて、進む道にいる帝国軍を清掃しながら、二人に進む。


「ハッ……ハッ……計画を始める前に……一つ聞きたいことがある……」オオカミは切れ切れに言った。


「……何のこと?」


「ハッ……ハッ……なぜ……お前が残った?」


「フゥ……忘れましたか?私が邸にいる時、護衛以外は何をしているとおもいますか……蜘蛛の清掃は私の専門分野です」夏涼は微笑んだ。


「フン……意外だな……お前は姫だけのために命を賭けると思った」


 夏涼は息を整えて、おもむろに口を開く。「君は思い間違いなんてしていませんよ……私は月璃殿下のために戦っています。勝って生きて、堂々と戻ります」


 オオカミは彼を横目で見て、また鼻を鳴らした。


「気づかなかったはずがないだろう、この戦争を始めてから、お前の行為は、矛盾に満ちている」


「……どういう意味ですか?」


「言いたくないなら良い」オオカミは身を翻して、駆けてきている城壁の高さの蜘蛛を見て、おもむろに腰の鞘から長い軍刀を抜く。


「……」夏涼は黙って笑った。「では君はどうですか?どうしてずっと私を見定めていますか。」


 オオカミは左手で腰帯から銀灰のクラッカー筒を引き出して、振り返らずに夏涼に投げた。


「フン、気づいたか?」


「何か見抜いたことはありますか?」夏涼は片手でクラッカー筒を捕らえる。


「……もしお前が生き残ったら、その時は話す。俺は俺が判断した結果と……『決着』だ」


 言葉を殘して、オオカミは独りで蜘蛛に駆けていく。


 その数秒後、夏涼はオオカミからもらったクラッカー筒を専用腰帯の金属丸い穴の一つに差し入れ、自分の物と並べた。


 槍を背に負り、腰の左側に2本のクラッカー筒を掛け、左側は六つの水袋を掛けている。準備が完了した後、夏涼は前方の、一歩を踏み出すたびに大地を揺るがす蜘蛛形の紅雪種を眺める。


 もし命知らずの行為を格付けするなら、これからの行動は、絶対に豪華で最高レベルの遊びと呼ばれるだろう。


 夏涼は左手で首の黒水晶を軽く握り、静かに目を三秒瞑った。




 ……矛盾……か?




 思考を止めて、彼は前に一歩を踏み出す。





 ……






 オオカミは荒野を突っ走り、前から彼に襲い掛かってくるでたらめな大きさの蜘蛛を冷眼視する。


 蜘蛛形の紅雪種が踏む動作は早いとは言えないが、その一歩は数メートルを越える。その細長い脚は一歩一歩土に深く差し込み、大地を揺り、土煙をあげる。


 オオカミは周りに依然として互いに噛み合い、殺し合っている帝国軍を無視し、刀の切っ先を斜めに下ろし、砂石だらけの地面に掠り、長い跡を掻き出す。切っ先は小石と突き当たり続け、小さな火花を切れ切れに散らす。


 顔には依然としてあまり表情がないが、オオカミは久しぶり楽しかった。


 使いすぎたので全身の筋肉は痛くなり、呼吸は僅かに乱れている。


 それでも、このような爽快な気分はひさしぶりだ。どれくらいの時間、このような感覚がなかったか?


 前には無数の武人が待ち望んでいる強大な相手、後ろには背を預ける相棒。




 一体……どれくらいの時間、このような感覚を感じられなかったのか。




 狂風が耳元で吼える。鼻で嗅いだのは懐かしい香り、鼻を突くような血と砂の味だ。目を閉じたら、過去ヤマネコとコンビを組んで敵を殺したきた記憶が走馬灯のようにありありと目に浮かんだ。なんの光もなく、何も見えない闇の中で、燃える赤炎の刀は【紅・折光】で作られた純黒の領域で咆哮し、血と炎が美しい軌跡を作る。


 ヤマネコたちが死んだ後、永遠に体験できないと思った快感と戦慄、今再び心の底から呼び覚まされ、燃焼、全身を震えさせる。


 長い、長い時間待っていた。


 オオカミは眼を見開いて、視界でどんどん大きくなる蜘蛛を見ながら、唇を舐めた。


「ふん、楽しませてくれよ、むし!」


 左手でポケットから三つの燃油の皮袋を取り出して、刃の先にまず一つを投げる。


 混合油は空中で瞬間的に燃焼して、消えてしまう。鉄色の軍刀が赤色に染まる。『スタンダードタイプ』、6分の1の体重がかかった球状の残光は宙で浮かび、空間の座標に釘付けられて、突進しているオオカミに後ろに残された。





【赤・聚能】


 残りの体重、6分の3。





 足を踏んで、しゃがんで、はね返る。


 摩擦力を使って土砂に深い足跡を残し、元の2分の1の重力も二度とオオカミを地面に束縛することができず、彼は放物線を描いて飛んでいく、血塗られた帝国兵士たちを越えて、もう一度加速する。


 2つ目の燃油の皮袋はオオカミが地面に戻って、再びしゃがんではね返る時に爆発した。


 地面に淡赤の残光玉を残した後、熱エネルギーが細長い刀へもう一度圧縮された。軍刀から溢れ出した光は赤色から金色になり、より一層輝きを増した。





 残りの体重、6分の2。





 オオカミはさっきより高くて、最高点が地面との距離は10メートルくらいのところに飛んだ。


 近づくと、蜘蛛の全身の姿がよく見えた。中間の直径約3メートルだけの球体と比べて、全身が異常に大きいので、ひどく不協和な組み合わせになる。と言っても、でたらめな長さと比べたら脚の太さが相對的に細いが、普通の巨木の太ぐらいはある。そして、鋭くて細長い脚の中間には、さらに小さい球体が関節部分として結びている。


 互いの距離、20メートル。


 蜘蛛は急に立ち止まって、片脚を逆にしならせた。銀色の鋭い刃が日差しを反射し、同時に他の部位は身じろぎもせず、前方の小さい獲物が自分で死に向かうことを待つように。


 そしてオオカミは、再び10メートルの空中から落下する。




 落下、さらに高くはね返えるため。




 オオカミは膝を限界まで曲げ、骨格を堕ちる時の重圧に耐えさせ、最低点で筋肉が溜めた力を放出した。


 数十メートルの蜘蛛の脚が弓のようにぴんと張って、弾き出して飛んでいるオオカミを斬りかかる。


 オオカミは眼を大きく見開き、斬撃を睨んで、空中で最後の燃油を抛り上げた。


 残光玉が浮かび、金色の刀の軌跡、それとも『光の軌跡』が燃油の袋を横切って、燃油が一瞬燃え尽くし、熱量が1滴も残さず刀身に吸い込まれた。


 連続3回の熱量を吸収した刀身は極めてまばゆい黄金色の光を放ち、パチパチと爆ぜる音を立つ。オオカミが刀柄を握る両手はその熱のために焦げ、巨大な痛みが快感を生む毒物のようにオオカミの脳を刺激している。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおぉーー」オオカミは吼える。


 五色を使ったので再び体重を失ったオオカミは空中で突然加速して、蜘蛛の斬撃をよける。





 残りの体重、6分の1。


 跳躍の最高の高さ、13メートル。


 目標は、8本の脚の中で、地面に固定し、360度回転することができない移動用の4本の脚の1本。





 熱い空気が刀身の周りで歪み、オオカミの長刀は連続3回凝縮した熱量を耐えられず、鋼鉄の温度が融点を超えて、液化、変形する。


 強い光を放って溶かした鉄は宙で弧線と化して、蜘蛛脚の関節の球体を斬りかかる。





 巨大な光の鎌が一閃。





 パキーン!蜘蛛の片脚が綺麗に二つに割れて、地に落ちて土煙を上げた。


 斬撃した後、狼は空中で失速して、落下して地に転がる。両手の手のひらは黒こげになり、長年付き合ってくれた愛刀は柄だけが残った。


 彼は仰向けになり、両手の感覚を失い、鼻で手の肌からのきな臭いを嗅ぐことができるだけだ。しかし彼はただ空を睨み、口元を上げて歯を剥き、少し狂っているような、少し誇りを感じるような、そして、少し期待しているような笑みを浮かべる。


 期待している。広い靑空の下、彼と同じ狂気を持ち、斬る価値がある男が、天に、突き上がる。


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