-傾月-〈貳拾〉膝枕の幻夢 1
数列に並んでいる弓兵はおよそ1.5メートルの長弓を下ろし、薄白い微光が輝いている銀蛇は彼らのたくましい両腕と手に持った長弓に絡まっていた。
「風向き、北北東、命中!」観測員が報告した。
帝国軍の内部で巨大な歓呼が上げる。
「バカな……」右の目尻を小刻みに痙攣させながら、歪んだ金張りのヘルメットをかぶったカロは口を開けた。
狙撃距離、1キロ。
カロは戦士ではないが、基本的な常識は持っている。一般の長弓兵の射撃距離は150〜200メートル。もしある人が300メートルまで撃つことができるなら、長弓兵の中の首席と名乗ることもできるだろう。
しかし今、カロと一緒の帝国軍、兵器の耐久度の高さに許可する限り、誰でもそれ三倍の距離まで撃ち超える。
1キロ以上も離れた場所にいる王国軍を狙撃する。『γ』が事前に風の勢いが最も強いところを予測したことにより、そして紅雪種が兵士と弓そのものに対しての強化により、帝国軍はこのもともと不可能な任務を簡単に達成した。
カロは少々気落ちした。道理で『γ』はこの任務が彼に任せたわけだ。この距離で相手を狙撃することができる……確かに、戦術もいらないだろう。
カロの前で、役職名が知れない帝国軍兵士は手を上げる。
「弓を上げろ!」
腕を振り下ろすとともに、多くの矢が一斉に放たれた。
再びの歓呼。
帝国軍にとって、これは素晴らしいことだ。今までの長い時間をかけて、彼らはようやく宿命の敵を打ち破った。ずっと渇望してきた勝利という甘い果実を味わったので、沸騰するような雰囲気が全軍を盛り上がらせる。
戦場で勝ちに乗じるのは確かに滅多にない楽しみだ。カロからして、今の帝国軍はまるで同じ釜の飯を食った仲間のように、仲良く勝利を味わっている。唯一のおかしいことろは、『勝利』という美食を一緒に食べている将兵たちは、全て……蛇に絡まっていた。
5000人全ての人が、身体に9匹の銀蛇が付けっている。
しかしカロ以外、誰もこのおかしな状況を注意しなかった。銀蛇は認知誘導の能力が持つ。もし帝国軍の視点から見れば、これらの銀蛇は彼らの視野に存在していない。そしてどうして自分は普通の弓で矢をこんなに遠い場所まで撃つことができるのか?と誰も疑わない。
今頃、王国軍と交戦している紅雪種も、彼らの目には自動的に特攻担当の帝国勇士たちと入れ換えられていた。
それを考えて、カロは好奇心があった。今の戦況は彼らの目には、一体どう映っている?
「戦況はどう?」カロは低い声で隣の士官に尋ねた。
カロがそう尋ねた後、数名の依然役職名が知れず、多分、弓兵大隊長かなにかの帝国軍兵士はすぐカロの前で膝を折り敷いて、頭を上げた。濁った瞳には矛盾の闘志が漲る。
「「必ず勝利をカルロス将軍に捧げます!」」
カロは些か呆気にとられた。一体あのカルロスはどうやってこいつらを訓練したのか?一体どうしたら、答える所は問う所にあらずの報告方法、媚び諂いの文化、紀律を一つの軍隊で完璧に融合したことができる?
当然、兵士たちの目に、カロの容貌もとっくに彼らのカルロス将軍に切り替えた。
「滑稽だな……」カロは呟いた。
王国平民の彼は、帝国軍の将校たちの前で命令を下すことも、
全ての帝国軍が銀蛇に絡まられているけど、誰も気づかず、ただ敵を撃退する美しい夢の中に沈浸することも、
目の前に、全て滑稽すぎ。
「滑稽......ですか?」
ひざまずいた兵士の中の一名が困惑しそうに聞いた。どんな職務が本当に知らないので、どりあえず弓兵大隊長。
「俺が言うのは、王国軍は滑稽だな」
「そうだ!カルロス将軍!我々新生の帝国軍の前で、精鋭と呼ばれたミサ公爵軍もただの殴る用な砂袋だけだ!」弓兵大隊長は喜んで話した。
「貴方はあれらの道化者たちの滑稽な舞踊をお楽しみください。我々は必ず完璧な勝利を貴方に捧げます」弓兵大隊長2号は目を大きく見開き、黄濁で混乱な目が血走り、唾液がすぐ口から外に流れて垂れるそうだ。
個人差によって、銀蛇が頭への『修正』も違うらしい。
「ちゃんとやれ」どうやって指示を出すのかわからないので、カロはできるだけ凶悪な表情で言った。
「「必ず勝利をカルロス将軍に捧げます!」」
大隊長たちが立ち上がった後、カロは急に一人の長弓の下に、小さな彩色のにおい袋が付けていることに気づいた。
一介の商人として、興味をそそられたカロは弓兵に歩み寄ってそれをよく見た。
「香りは適度で濃くならない。図様精巧。銀糸で縫合した部分はさそがし手間がかかったんだろう……」カロは小さい声で呟き、それを持ち上げて観察しながら心の中で値踏みする。
「は、はい……全て将軍様がおっしゃった通りです。これは私が妻が作ったものです」弓兵の顔はみるみる強張った。
「うん、このにおい袋は……悪くないな」カロは頷いて、におい袋を下ろした。
カロの称賛を聞き、弓兵は喜びと不安が入り混じり戸惑った様子だった。彼はいくつかのにおい袋から一つの縄を解いて、カロに差し出した。
「もしカルロス将軍がお気に召されたのであれば、これを差し上げます」
「いいのか?これは妻から貰った大事なものではないのか?」カロは躊躇した。いくらお金が好きでも、彼は強盗ような行為をしない。
「はい」弓兵は頷いた。「実は、もし今回、僕が無事に帰れるたら、その給金で妻と一緒に紡績工房を出すつもりです」そう言って、弓兵は匂い袋をカロの手に押し込み、微笑んだ。「そして今回王国軍に対してこんなに巨大な優勢を持つことができたのは、全てカルロス将軍のご指揮のお陰です」
カロは数秒で沈黙して、匂い袋をポケットに収める。
「お前が無事帰れた場合、もっと大きな戦功を与えよう」カロはゆっくり話した。
「いいえ、とんでもないです」御人好しそうな弓兵はすぐ手を振る。「夢を持っているのは僕だけではありません。この戦争でカルロス将軍が僕たちを率いて勝利へ辿り着けるだけで、それだけで多くの人の夢を叶えますから」
カロは頷いた。カロに敬礼した後、弓兵はすぐに自分が担当している弓小隊に走って行く。
弓兵はすでに離れしまったが、彼の表情はそのままカロの脳裏に残る。もし首に絡まっている不協和の銀蛇を無視すれば、あれは確かに……とても幸せな表情だった。
過去、彼は商人をしていた時期、この表情を数回見たことがあった。それは流浪商人が数年、数十年、外にあって雨風に晒され苦労し奔走して、ようやく十分な貯金が貯まって、自分の店を出すことができる時の表情だ。
カロは想像できる。さっきあの弓兵の脳裏には、きっと凱旋した後、すぐに持つことになる自分の店にはどのようなインテリアや置き物があるか、どのような商品を販売するか、そういう未来を構想していた。妻が裏の部屋で裁縫する時、彼は裏の部屋を遮る紗幕に一笑して、身を翻して、背筋を伸ばし自信を持ち、店主としてお客さんをもてなす。
その笑顔は、夢の構想図そのものだ。
カロは理解した。道理で戦争がまだ終わっていないのに、帝国軍の中ではもうたくさんの人が心が躍るようになったわけだ。
ミサ公爵が率いる王国軍、この帝国の長年の宿敵を破れば、これらの兵士は必ず満足できるほどの給金を貰えるだろう。
カロは商人だから彼はよく知っている。夢というものは、金がかかるのだ。今回の勝利に、数え切れない夢想が載せられている。
だけどもカロしか知らない。これらの兵士はいい夢をみているだけだ。
王国の英雄を破った夢を見た後、もはや価値のない彼らは紅雪種に血を吸い出されて、ゴミのように捨てられることになる。彼らの意識の中で見落とされ、消えてしまった2000名の同胞と同じのように。
彼らしくない話だが、カロは突然に孤独を強く感じた。寒霜城から追い出されたばかりの頃と同じで、世界に隅に忘れられているような感覚だ。
まるまる5000人、彼だけが目覚めていて、他の人は、全てそれぞれの夢に溺れている。
いや、彼も目覚めないかもしれない。
カロはふと分かった。なぜ『γ』が彼にこの茶番を演じさせたのか。
それは紅雪種の独特なユーモアなのだろう。夢を知っている以上、自発的にこの中で留まる阿呆、最も滑稽な人間ー彼こそが自分がすでに夢の中にいることも知らず愚か者たちを率いるこの役職に相応しい。
ナナは死んだ。今の全ては、ただの偽りの芝居。
『γ』は彼にそれを教えている。
知っている。実は彼はいつも知っている。
しかし振り返ることはもうできない。
国家を捨て、信仰を捨て、人間でいることすら捨てた。悪魔と魂を取引した彼は、死んだ後、魂も無尽の月に回帰しないだろう。
道は能力のある人が創造するもの。過去から今まで、運命の前でカロには、いつも選択肢がない。
強いて言うなら、実は彼も冒険してみたことがある。部落が滅ぶの時、彼はナナを空へ揚げ、一人で逃げさせるつもりだったあの時に、自分のことがかっこいいと思った。間も無く死んでしまうことは知っていたけど、心が急に若くなるように熱くて、沸き起こった。ナナを逃げさせて、それができるなら、この命をかけてもいい。結果は?彼が努力して捕まえたくて、世界で残したいものは、もう彼が想像した姿と違った。
しかし誰が責められるの?ごく一部の幸運な人以外、誰もそうじゃない?
誰も同じだ。若い時、自分こそが特別な人だと思って、憧れのために、夢のために、未来のために、大切なものを賭ける。だけど道の最後、ようやく自分が追いかけてきた夢……実際に自分が想像していたものと違うことに気づく。
そして、急に老ける。
この人生で少なくとも一度冒険のようなことをした、もう十分だと思う。
カロはもう疲れた。自分がどうすればいいのかわからない、知りたくもない。
過去、ナナを空に飛ばせるためなら、彼が前でナナを引いて走ってもいい。しかし今の『ナナ』には、もうそれが必要ないだろ。
心の中でははっきりしている。先ほど『ナナ』とできるだけ維持した日常的なやり取りは、ただ湖面に映った月影のようなものだ。微かな風が吹き渡ったら、その柔らかい光を簡単に破砕する。
ナナはもう死んだ。今の全ては虚偽、夢のようなものしかない。知っている、彼は本当に知っている。
しかし、他にはどんな方法があるのか?夢だと知っていても、もう目覚められない。
わからないから、
目覚めた後……どうする?
中から答えを探すように、カロは手のひらに置いた匂い袋に、凝視する。
「滑稽だな……」もう一度繰り返して、匂い袋を握り締める。