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-傾月-〈拾捌〉戦場の自己充足的予言 3

 

「君は私の護衛でしょう、刀を私に向けるとはどういうつもりなんですか?」夏涼は淡々と非難した。


「狂った兵士を取り囲んだ人たちの表情、お前見たか?」オオカミは険しい表情で言い続ける。「それはあいつを助けたいという顔だ。彼らはあいつを敵と思わぬ」


「意味がありません」夏涼は首を振った。「たとえ首に絡んだ銀蛇を切り落としても、四肢にある他の銀蛇も宿主を壊しようとします」


「フン、そうならば、手足の8匹の銀蛇を切り落とした後、最後に首を斬る、それでいいじゃないか」


 夏涼はしばらく黙り込み、周りの混戦に目を配った。死体が増えつつ、あちこちに銀蛇がいて、1人の『敵』を殺しても、すぐもう1人の『敵』が増える。


 もし早く処理すれば、最終的に9匹の銀蛇を付けられた兵士には、少なくとも3〜5人くらいで対処できる。

 状況を確認した後、彼はオオカミに見て戻った。


「君が言ったのは正しいのかもしれないが、こんなことをやる間に、また、何人の人が銀蛇に操られと思いますか?何人が操られた人に殺されます?一人を救うため、何人を犠牲にするつもりですか?」


 夏涼が話したのは、徹底的な正論だった。


 ここは戦場だ。戦場とは、一分一秒とめどなく決断してはならない場所だ。


 欲しい選択肢を全て選ぶことはできない。だからこそ『決断』と呼ばれる。


 一人を救うことを選んだら、何人かがそのために死ぬかもしれない。


 一人を殺すことを選んだら、何人かがそのために救われるかもしれない。


 この選択の中で、銀蛇に操られた兵士を殺し、徹底的に死亡するまでの合間で彼の身につけた銀蛇を片付けるのことが、明らかに最も多い人を活かせる方案だ。


 しかし夏涼の正論に、オオカミは鼻で笑った。


「それで?他人がどうなろうが、知ったことじゃない」


「……、人を助けたいのではありませんか?」


「人を助けたい?誰がそう言った?」オオカミは冷笑した。「俺はただ、今のあいつらを殺しても何の価値もないと思うだけだ。俺は殺したくない。そしてお前も気に入らないから、お前にも殺せはしたくない」


「……」夏涼はめちゃくちゃな話だとしか思えない。「……公爵様のご命令に逆らうつもりですか?」


「命令?っ……、お前みたいの猟犬と一緒にすな。俺がボスに授った名前は『オオカミ』、オオカミは猟犬と違い、誰かのために狩りはしない」


「……」


「もし俺が誰かを殺そうとするなら、それはただ俺がやりたいと思うからだ」


「……それは単なる殺人犯です」夏涼は両手で槍を握り締め、オオカミに構えた。


「それは何か?」オオカミは刀を目の前に横向きに置いて、刀身を微かに傾け、白色の細長い反射光が彼の灰青色の瞳に当てる。「俺は自分の欲望に基づいて殺すことを選び、自分の欲望に基づいて殺さないことを選ぶ、俺がやってきたのは、全て自分の欲望のためだ……お前はどうだ?俺と対抗できる欲望を持っているのか?猟犬よ」


「……」オオカミの問を聞くと、夏涼は返事せず、ただ沈黙した。


 周囲は相変わらず混乱している。ぶつかり合う音、叫び声、悲鳴。


 殺し合う声が二人の耳元で喧騒するが、彼らと全く関係がないように聞こえた。


 夏涼は槍を脇下で挟み、両足の幅を広げ、重心を低くし、静止した。


 数秒後、彼は溜息をついて、あきらめように槍に込めた力を抜いた。


「もし人を救う正当性を成立させたいなら、せめて効率的には、人を救う速度は人を殺すのと同じでなければなりません。それはできます。だがそれを叶えるためには、君の手伝いが必要です」早く、だが性急ではない口調で夏涼は話した。


「手伝い?お前に?俺が手伝う筋合いがどこにある?」オオカミは冷たく言って、刀を振り下ろし、地面から跳ね上がってきた2匹の銀蛇を切断した。


「もし1回に1本の手や足だけ処理したら、すぐ新しい銀蛇が付けられるでしょう。だから、9ヶ所を一気に解決します。そして過程の迅速化が必要です」夏涼はオオカミの挑発を無視した。


「どうするつもりだ?」オオカミは夏涼を一瞥した。


 話の途中、6匹の銀蛇が夏涼に這っていく。


「君が受け止め、私が突き出し、まず相手の身に潜む銀蛇を確認した後、相手の2秒の静止を作ってくれれば……」


 銀蛇は加速し、矢が射られるように地上からまっすぐ夏涼に飛び出した。


 夏涼は少し屈んだ姿勢で槍を脇下で挟み、全身の筋肉を引き締めて、槍の先端が微かに揺れ、空中の6つの目標点を捉える。


 突ける。


「……私は同時に9箇所を刺し貫けます」夏涼は槍を引いて、オオカミに踵を返した。



 

 後ろ、12本の断裂した銀蛇が散らばっていた。



 

「……なんだそのめちゃくちゃな戦術」


「できますか?」夏涼は静かな声で尋ねた。


「フン」数秒沈黙して、オオカミは凶悪な笑いを浮かべた。「前より面白くなるんじゃない?」



 

 ……



 

 狂乱で混濁した目玉に向いた切っ先は動かず、挑発に満ちている。


 オオカミの前の狂戦士は顔を上げて、怒りに吼える。9匹の銀蛇が彼の岩のように固く張る筋肉に絡みつき、眩しい日光を反射した。


 両手巨剣で薙ぎ払い、巨大な風圧がオオカミと夏涼ふたりの頬を剃って吹き渡った。


 オオカミはしゃがんで横切りを躱して、刀の峰で戦士の膝を叩いた。


「おい、やれ!」


 たくましい戦士が身体の重心を失って屈み込んだ瞬間、オオカミはすぐ後ろに跳んで、居場所を譲る。


 後方で待っていた夏涼は瞳を細くして、腹部、腕、手首に蓄えた力を一気に爆発させ、槍がいつくもの銀色の流れ星と化して戦士に射した。


 息を吐いて槍を引き、彼は尻餅をついて茫然としている戦士を引っ張り上げた。


 戦士は状況を理解した後、礼もせずただ頷いて再び武器を持ち上げて乱戦へ向かっていった。


「おい、今何人やった?」オオカミは訊いた。


「16人目です」


「まだ体力はあるか?」オオカミは夏涼の微かに震えている腕を冷たく見た。


「まだです、君は?」


「ふん」オオカミは答えず、ただ改めて軍刀を持ち上げた。「続けよう」


「待って」夏涼は首を振った。


「まだ何か?もう無理なら、俺は他のヤツと組む」オオカミは夏涼を横目で見た。


 この救助手段には高度の技術が必要で、彼ら以外の怪物だらけの親衛隊でもいくつかの救援チームを組んだ。オオカミは認めたくないが、他人が時間稼ぎをして、そのうち少数精鋭で操られたものを処理するこの方法で、確かに被害は大幅に減った。


「そうではない……」そう言って、夏涼は少し黙っていた。「……順調すぎます」


「……」オオカミは冷やかに彼を睨みつけた。お前のアイデアだろう、それで何が悪いのかとでも言いたいよう

 に。


 夏涼は槍を背中に戻して、周囲を見る。地面にあちこちにいる銀蛇が減っていく、公爵に鍛えられた精兵は、こんな徹底的にわけがわからない状況でも、混乱を拡大させず、むしろ時間が経過する毎に適応してきたようだった。銀蛇の攻撃手段に慣れてきたため、操られた人はもう増えない。


 确かにこのまま、若干の損傷で銀蛇を全て片付けられるだろう。だが……



 

 何か……見落としたと感じた。



 

 違和感がどんどん増してゆく。この奇妙な銀蛇は本当に天災のようなもので、目的もなく現れたのか?


 銀蛇がある程度の知能を持つことに気づいた後、彼はなんとなくこの状況がおかしいと思った。


 何の理由も根拠もないが、この事態の裏で、何か知能的な、人間のように思考する存在があると彼が感じた。

 これらの銀蛇は組織もなく四方に散り、彼らの存在に慣れた公爵の精兵にとって、陣形を撹乱させられた以外、もう実質的に損害を与えられない。


 ……、陣形を撹乱する?


 夏涼は一瞬思考が止まった。生き物なのかバケモノなのか、意識が持っているのかもわからないものに、どうして自分は彼らが陣形を撹乱していると思う?



 

 戦術の角度から見れば、陣形を撹乱した後、次の一手は……何?



 

 例えば、騎兵隊は常に短弓を身に付けている。組織した歩兵に対して、一般の戦法は短弓射撃で陣形を撹乱した後、長槍で突撃するか、または馬から降りて戦う。


 今これらの銀蛇の役割は、夏涼にとって、騎兵の短弓で射った矢のように、敵の殺しのためではなく、目的は陣形の撹乱だけだ。


 では……次の一手は?


 もし騎兵の弓射の次の一手が長槍で突撃することなら、銀蛇の次の一手は?


 夏涼はおもむろに顔を上げ、視線を銀蛇がいる地面から離した。


「オオカミ……前を見てください」


「何を?」夏涼の視線につられて、オオカミも前に視線を向けて、眉を顰めた。


 前方は見渡す限りの荒野、風に巻き上げた砂以外、何もなかった。


「前に何もないさ、赤い点も消え……」話の途中、オオカミの表情がふっと硬くなった。



 

 視線の先にあった、さっきまで見えていた無数の赤い点が、一つ残らず、完全に消えた。



 

 周りのざわめきが、重要ではないものとして意識から排除され、一気に夏涼のには聞こえなくなった。

 そして目を細めた。


 どうして?こんなに明らかな変化に、なぜ今まで気づかなかったのか?


 視線が……誘導された。



 

 答えは簡単だ。誰も気づかなかったのは、全て人の視線が……下だけに向いたからだ。



 

 その刹那、天地が揺れ動いた。


 暴れ狂った打撃音のような、地表の下から伝わる爆音は悪夢の序章を奏で始める。无数の兵士が地震に一斉に倒れる。


 混乱の中で、夏涼は両手で槍を地に刺し、揺れで転ぶのを防ぐ。


 オオカミはしゃがみ、精一杯平衡を維持する。


「おい、俺の錯覚なのか?俺たち今立っている場所は……」オオカミは呟く。


「……ますます高くなっている」夏涼は彼の言葉を続けて言いながら、隆起していく地面を見つめた。


 二人は視線を交わして、急速に隆起していく地面を踏んで前に突進して、低い地面に向かって飛び降りた。



 

 振り返った後、普段は絶対に絶句という反応をしない二人が共に絶句する。



 

 砂塵が数メートルの高さに舞い上がり、雄牛より大きな銀色の蠍形の化け物が彼らがさっき立っていたところから這い出して、躯幹の位置に6つの赤光の点が瞬き、両方のハサミを高く上げ、まるでついに重苦しい地底から解放された喜びを示しているようだ。


 残された穴から、銀蛇の群れは噴泉のように湧き続け、一匹一匹に登り出しゆく蠍形の化け物と伴う。

 蠍たちは甲殼が擦れることでカラカラと音を奏で、戦場の支配権を乗っ取り、銀蛇の潮は氾濫し、各所の穴から湧き続ける。


「救援計画は中止」オオカミはふと口を開いた。


「……」夏涼は再び背中から槍を抜き取って、少々沈黙、苦笑した。「……反対しませんね」


「今から……」オオカミの声にはいつもの傲り、硬い冷い質感がなく、渋くなった。



 

「……まずどうやって生き抜けることだけ考えろ」

 



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