-傾月-〈拾捌〉戦場の自己充足的予言 2
「今回、寒霜城に戻れる人は……一人もいない」
……
突然、まるで嵐の大洋の渦に巻き込まれるように、凶暴な殺意が一瞬にしてこの場の全て人を襲い、そしてまた急に消えて、刹那に平穏へ戻る汪洋になった。
公爵は愉快な笑顔を表し、長い刀を引いて、肩に置いた。
「なんちゃって」
下に向ける彼の視線と共に、全ての人は殺された3名の兵士の死体に視線を移した。
全ての死体の首の隣に、切断されてもくねっている奇妙な銀色の蛇がいる。そして3人の手が死ぬ前に……すでに刀柄を握っていた。
公爵は刀の峰で肩を軽く叩いて、気軽な感じで次の言葉を話す。
「予言が実現されたくないなら、早く仕事を始めよう」
この言葉がきっかけで、周りの全ての親衛隊と兵士達は同時に刀を抜いて、そして……
……互いに乱闘を始めた。
カン!
夏涼は背後から槍を抜いて、危機一髪のところで前から斬りかかる戦斧を受け止めた。
彼に襲ってくる兵士は狂犬のように吠え続け、右手の戦斧と左手の盾で同時に夏涼の槍を連続猛撃する。
夏涼は防御しながら、周りを観察する。場面は混乱し、周りでいくつもの乱闘が同時進行し、雄叫びと罵る声が入り混じる。
彼は急に気づいた。突然に発狂したそれらの兵士たちは、殆んどがさっき穴を掘りに行った斥候だったことを。今彼に襲いかかた兵士も、さっき死体を運搬してきた斥候のうちの一名だった。
彼に襲いかかった兵士たちは、すべて銀色の首輪をつけられている。いや、首輪というべきではなく、あれは……さっき見た、おかしな銀色の蛇だ。
まだ状況がわからないので、夏涼は相手を殺すべきか迷っている。彼は槍を反転させて、戦斧と盾の隙間で槍の尻を通して、兵士の気狂い顔に打ち込んで、彼を打ち飛ばした。
「全部隊に告ぐ、今から……」混乱の中で、公爵は依然として場違いで気楽な口調で言った。声が大きくないが、はっきりこの場のすべて人に伝えていた。「……首に銀の蛇をつけている人は誰だろうとも……『敵』として識別しろ」
公爵の命令を聞いて、夏涼は公爵に目を向けた。今、一人の兵士が絶叫しながら軍刀を高く挙げて公爵に斬りかかってくる。
そして自分の命令の模範を示すように、公爵は容赦なく兵士の腰以下を断ち切った。
そして彼は刃を回転させて、兵士の首に挿し入れる。銀色の首輪が二分され、上半身しか残っていない兵士は少しもがいて、 息が絶えた。
しかし異変はまだ終わっていない。兵士の鎧が不自然に震え、突然に中から数匹の銀蛇が飛び出し、公爵に襲いかかる。
公爵は残像が残るほど腕を高速で振り、空中で銀蛇の群れを切り刻んだ。
「なるほど、さっき穴を掘った時、一部の兵士の鎧に隠れ入ってきたのか?」公爵は考え込むように呟いた。「本当にやられたよね」
独り言を言った後、彼はついに夏涼の視線に気づいて、微笑みながら夏涼の後ろに指を差した。
夏涼は身を翻して、間一髪で後ろからの急襲を受け止めた。この一撃は彼の膝をつかせ、槍を握り締める両手がぐっと揺れていた。
重い……
目を凝らした後、夏涼は気づいた。彼に襲いかかったのは依然としてさっきと同じ一丁の戦斧、そしても同じ一名の兵士だった。しかしこの今回戦斧に込めた力の大きさは……全く違う。
思考の時間は与えられないまま、戦斧の第二撃がまた来る。兵士が戦斧を振るう速度は明らかに以前より早くなった。一撃ごとに、夏涼の指を痺れるほど震えさせる。
彼は後転跳びで距離を取って、兵士の身体の変化を観察した。
首の1匹以外にまた2匹の銀蛇がバネのように、二重螺旋で兵士の右手を巻いた。変化は続き、彼の鎧から再び潜伏していた2匹の銀蛇が這い出て、ゆっくりと彼の左手を巻く。
兵士は再び叫び、肘と盾で彼を阻止してきた3名の仲間たちを突き除けて、夏涼に突進して、戦斧を左下から右上まで引き上げる。
カン!
夏涼は両手で長槍を掴んで、全力でこの一撃を受け、足の裏が地面から少し離れた。
数歩後ずさりしたが、兵士はすぐ追撃してこなかった。しかし……4匹の銀蛇は再び彼の鎧から這い出って、2匹ずつ彼の両足を巻き付き始める。
「おぉ……面白い、早く片付けないと、ますます厄介になりそうだ」公爵の愉快な声が後ろから聞こえた。
兵士は吼えながら、今までの倍以上の速さで走り、夏凉との距離を一瞬にして縮め、戦斧と盾で夏涼の身体を挟んでくる。
夏涼は槍の尻で地面を突き、棒高跳びしてこの一撃を避けた。そして彼は兵士の背後に飛び降りて、槍の尻を兵士の背中に当てて、息を整え、全身の筋肉の力を抜く。
吐息、発勁。
全身が9匹の銀蛇に巻き付けられていた兵士は飛び出して、地面に何度もバワンドした。
彼が揺れながら立ち上がった瞬間、夏涼は彼に駆けつけて、兵士の首の銀蛇を狙って的確にそれを断ち切った。
銀蛇が落ちた後、狂っている兵士は動力を失ったように軍刀を下ろし、動きがなくなった。
彼の目つきは変化し始め、さっきの狂乱から空洞に、そしてだんだん澄んでゆく。
「これは……」彼は困惑した表情を見せた。
さっき簡単に突き飛ばされた、夏涼と共に彼を取り囲んだ兵士たちはほっとして、武器を下ろした。
「おい、カイ、もう少しのところでお前にやられたぞ」1名の兵士は愚痴を言った。「今度緑ちゃんのところへ遊びにいく時はお前が払えよ!」
「ところで、あんたの身体にいる銀色の蛇は一体……」
「ああああああぁ……」カイと呼ばれた兵士は急に苦痛の悲鳴を上げる。
兵士たちは恐怖の目でもう一度武器を取り上げた。眼前で、カイの手と足を巻きつけるそれらの銀蛇は一気に縛り締め、彼の体をねじ曲げる。銀蛇が彼の体から離れた後も悲鳴は続き、彼の四肢は夏涼と仲間の前で理解できない角度に歪んだ。
夏涼は眉を軽く顰め、兵士の惨状を観察する。
「殺せ……俺を殺せ、お願い……みんな、早く俺を殺せ」カイは涙を流しながら、呆然としていたほかの2人の兵士に哀願する。
「首に巻きついた銀蛇は洗脳のような能力を持ち、そして宿主の首の銀蛇が外れたら、残りの銀蛇は宿主を壊そうとする……すなわち、これらの銀蛇には、少なくとも制御できなくなった相手を壊そうとする知能があるのか?」夏涼は呟いた。
情報処理が終わった後、夏涼は槍を上げて、連続で下に突き刺した。
夏涼は槍を引いて、自分が作った死体と銀蛇の残骸から興味のないように顔を逸らした。返り血が彼の整った顔にべっとりとついていた。3名の兵士は複雑な目つきで彼を見つめ、沈黙した。
だがそれは今の彼にとって、すでに意味がないものだった。
『首に銀の蛇をつけている人は誰だろうとも、【敵】として識別しろ』
公爵の命令を受けたあの瞬間から、夏涼が世界を見る視点は自動的に遠くなり、任務に適した視点になってしまった。
此頃、彼の目は漠然、純粋、一抹の感情もこもっておらず、まるで底の見えず、いくら石を入れてもこだましない荒れ果てた井戸のようだった。
自己暗示の必要はない。
思考を変える必要もない。
必要なのは……頭の中で……月璃のことを主動的に考えないことだ。
過去、あの女の子に与えられた部分を、自分から抜き出して、慎重に保存した後……
……彼は、過去のまだ月璃と出会わなかった夏涼に戻る。
周りをさっと見渡して、近い場所でも、9匹の銀蛇に強化された兵士と一般の兵士との戦いがある。強化された兵士は狂ったように軍刀を左右に振り続ける。1人対5人で。
少し屈んで、一歩を踏み出し、長い槍は一本の銀線と化し、6人の戦いの中に入り、狂った兵士の心臓を一突きしようとする。
チャン!
途中で横からきた軍刀に邪魔され、槍は夏涼がもともと狙った急所から外れた。
夏涼はすぐ後ずさり、6人の混戦から距離を取って、狂った兵士の前で刀を横にしたオオカミを睨んだ。
「聞いてもいいですか、どういうつもりですか?」
オオカミは無表情のまま返事せず、ただ狂った兵士の前に立ちはだかる刀を夏涼に向けた。