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-傾月-〈拾柒〉簒奪 3

 

 早い、それからの出来事は、不思議なほどの早い。


 この場の全員の士官は歴戦の戦士で、全て矢の軌跡をはっきり見える動態視力を持っていても、この時には曖昧な影が突然弾み上がったことしか見えなかった。


 死体がまず襲いかかるのは一番近いのカルロスだ。持っている刀の柄に伸ばして鷲掴みしてくる手に対して、刃を振り下ろしながら急速に後退した。これは相手が自分の武器を奪ろうとする時に最適な対応だった。頭はまだわからない状況下で、カルロスの体は自動的に正しい対応をした。


 殺戮本能から見れば、帝国の裏側に潜んでいる人たちを外したら、正規軍の中で丸々探しても、カルロスより鋭敏な人は大変少ないのだ。今、彼の反射性の対応は、たとえ最も厳しい士官学校の教官にしても、迷わず満点を与えるのだろう。


 けれども、最適な対応と言えるのは……



 

 ……一切がまだ常理に違反しない状況で論じたものである。



 

 奴隷は斬りかかってきた刃を回避せず、逆に、刃の前に手のひらを開いた。


 血が彼の手から飛び散っても、彼は無表情のまま、痛覚がないように素手で刀を折って、屈んで踏み出し、折れた刃で横斬りする。


 さっきカルロスに『良い刀』と呼ばれた刃は血に染まり、簡単にカルロスの足の筋肉を切り開いて、膝の骨の隙間を寸分の狂いなく入り込み、軌跡に沿ってもう1つの足を共に切り通した。


 ふくらはぎ以下の部分を失ったカルロスはその一刀の勢いに連れて、信じられない顔で空中で逆時計回転された。


 カルロスの視野が上下逆さまになった時、奴隷は空いた片手でカルロスの腰に携えた華麗な黄金飾りの軍刀の柄を握って、身を翻してまだ空中で回転している彼を後ろへ蹴り飛ばす。


 同時に、横にいるカルロスの副官はようやく状況を意識して、腰に携えた佩刀を握る。


 刀の光が走る。佩刀を握った副官の腕は肩とともに飛ばされた。


 カルロスが後ろに飛ぶ勢いを利用し、奴隷は右手で彼の腰にある黄金軍刀を抜いて、二本の刀を交差し、躊躇わず副官の残り部分を四つに切り分けた。


 殺戮が一段落した後、耳障りな高周波の音は依然として奴隷の心臓から流れ続け、副官の断末魔の叫びを消し、血が内臓から噴き出す旋律を消し、血肉と骨が分離した音色を消した。


 無音の領域は続いていく。階級が『人間外』、血まみれの奴隷は両手で刀を持ち、凍結されたような状態になったロングテーブルの左右の人々をおもむろに見渡す。


 憎しみも怒りも喜びもなく、その目に何の感情もなかった。たとえこれらの残忍な将校たちが過去に最も卑しい奴隷を見た時も、こんな目つきはしなかった。


 まるで、価値のない埃塵を見るように。


 この徹底的に音が消された空間内で、奴隷は目で将校たちを一人一人捉え、機械歯車の微細な音に伴い、『かれ』の瞳が連続に拡張し縮小する。


 足を挙げて、『かれ』はロングテーブルを踏んだ。


 そして……



 

 血の雫はロングテーブルに仰向けになっている中将の死体の指から、一滴一滴落ち続け……無声、地の血溜まりは静かな規律で一回また一回と波紋が立つ。


 赤黒い血痕は天幕のあちらこちらに撒き散らされ、不完全な死体は互いに畳みあっていた。


 カロはゆっくりと唾を飲んで、両手で偽装用の斥侯衣装から返り血を絞り出す。


 一体さっき何が起こったか、彼もよくわからない。視界で、『かれ』はロングテーブルを踏んだ後、曖昧な影と化し、天幕で立体的な図形を描くような軌道でバウンドした。虐殺された将校たちで、ある人は震えながら武器を抜いて反撃したかった。ある人は狼狽し、這って逃げたかった。ある人は口を開けて無声の悲鳴を上げた。滑稽な黙劇のように。


 全ての獲物が動かなくなった後、『かれ』はゆっくりと大量の武器に挿されていた自分の身体から血みどろの刃を一本一本抜き出して、何気なく地に捨てた。


 それから、以前カロが見たのと同じのように、細かい血管が恐ろしい傷口で自動的に縫い繕い、桃色の筋肉組織が伸び、肌が急速に癒合する。


 修復を完成した後、『かれ』の変化はまだ終わらず、体つきが小さくなり、輪郭がぼやけて軟化し変形し、髪が伸ばして空中で自動的に編み、滑らかな三つ编みになって胸元に垂れた。


 数秒後、『かれ』は再びカロが馴染みの少女になった。焦げ茶色の三つ编み、赤褐色の瞳、薄い茶色の頬に少しそばかすがある。


 そして……高周波の音はようやく『かれ』の心臓から止まった。


「音消しが終わった。其方はもう話すことができる」『かれ』はカロを一瞥して話した。


 カロはもう一度唾を飲んだ。


 相手は対話を望んでいるらしいが、何を話したらいいかわからないので、カロは今最も困惑している問題を口にする。


「紅雪種も五色を使えるか?」


 彼は五色を使えないが、基本的な知識は備えていた。


 赤・導音。エネルギー伝導の赤色に属する五色だ。音の伝導の方向を変える。例えば、空間を遮断し、内部の音を流出させない。


 けれど、彼は周りを見回して、少しおかしいと思った。五色を使ったのに、殘光が殘らなかった。それだけではなく、さっき『かれ』がやったのは、天幕の内部の音を流出させなかったと言うより、むしろ直接全ての音を消したと言うべきだった。


「五色……?」何のことだ?」『かれ』は首を傾げ、人間が物事を理解できない場合の反応を真似したいらしいが、その首を傾げる角度がカロにとっては少し……いや、とても怖かった。「うん……現存している第二世代の言語データベースから推測すると、其方が言ったのは五色石循環システムーFCGcs(Five Colored Gems circulatory system)だろう?」


 カロはしばらく黙り込んだ。以上の話に、彼がわかったのは『うん』、『推測する』、『言ったの』、『だろう』、これらの単語しかなかった。これらの部分から考えたら、今、言うべき話は……


「そうだ。」カロはおもむろに頷いた。


『かれ』は首を振った。「さっき我が使ったのは五色石循環システムではない。特定空間内の音を消するにはFCGcsを使う必要はなく、ただ音波の振動を相殺すればいい。それにこれはFCGcsの主要な機能ではない。循環システムをこのようなことに使われたりして、人間は非効率的な行為が結構好きらしい」


「……」


 カロは依然として分からない。『五色石循環システム』?何んだそれ?『五色』がこんな呼び方なんて彼は聞いたことがない。『五色』であるものは、ただの『五色』ではないか?


『かれ』との付き合いは長くはないので、どんな態度で、どのように接するのがいいのか、カロは未だにまだ分からない。


 ただ一つだけ慣れてきたことがある。それは、『かれ』の前で、自分は何にも分からないということだ。例えば、なぜ自分がまだ殺されなかったのか?


「ところで、人間の言葉で其方今の行為を表現すれば、人間に対する裏切りであろう」『かれ』はカロに瞬きをした。「もう引き返せないわよ」


「どういう意味?」


「今から、『我々』は系統的に其方の同胞を殺し尽くしようとする。其方はそっち側に立つ最初の人間だ。後悔しないか?」


「フン、俺はただ先に死にたくないだけだ」


「えっ……そうなの?カロさん」


 呼び方が変わった。『かれ』が『模擬人格』という状態でしか言わない呼び方だ。


「カロさんは本当にロマンチックがない人だ。こういう時に、本音はどうあろとも、『たとえ世界が滅びようとも、俺はナナと一緒にいたいんだぜ』、とかそういう戯け話を言うべきじゃないの?」少女は両手を背中で軽く握り、片頬を膨らませ、首を傾げてカロを観察した。さっきと違い、『模擬人格』の状態での仕草は、ごく自然なものだ。


「フン、お前も知ってるじゃないか、そう言ってもただの戯け話だ……」


 少女は答えず、ただカロに甘い笑顔をした。それはカロによく馴染みがある表情だった。


 過去、『飛行したくない日』という日に、ナナはいつも何か理由を探して彼の天幕に入って、命の無駄ほどの長い時間で隅っこにしゃがんでカロの仕事が終わるまで待つ。そして営業時間が終了した後、彼女はいつもカーペットにうつ伏せ、両手で頭を支えながら裸足を動かし、暖かな篝火を隔ててすごく疲れたカロをぼんやり眺める。


 あの時、彼女はいつもこういうバカバカしい、ムカつくほど無防備な笑顔を浮かべていた。


 今、彼の目の前にあるのは同じの美しい顔、口元が描いたのは同じの美しい弧、瞳に映ったのは同じの美しい燦光。


 けれど、このような笑顔は、果たしてあの時と同じの笑顔なのか?彼の記憶がぼんやりして、だんだん見分けがつかなくなる。


 少女は急に彼を寄せ付けて、爪先立ちをして、彼の耳元に囁く。「たとえ今の『ナナ』はただの夢だということを知っていても、目覚めたくないか?」


「……」


「人間のオスにしては、今の表情……悪くない」『かれ』は目を細め、カロの迷いの表情を観察する。


「っ……」カロは歯を噛み拳を握り、顔を逸らし、本当のナナを殺した『かれ』に自分の目にある憎悪と殺意を味あわせたくない。


 本当のナナはとっくに死んだ。そしてカロも知っている。多分、彼女を殺したのは、目の前の『紅雪種』だ。それは知っている。本当に知っている。だが……どうしようもない。


 戦っても勝てるはずがない。逃げても逃げられるはずがない。それに、彼自分自身もよくわからない……自分は、本当に逃げたいのか?


 逃げ切れたとして、それで?かつて耐えられずに寒霜城から逃げたように、もう一度重要な戦場から狼狽して逃げるのか?本当に仕方がないと言いながら、全てを投げ捨てるのか?


 目を閉じたら、それで何も起こらなかったフリをすることができるのか?


 耳を押さえたら、それで何も聞こえなかったフリをすることができるのか?


 この5年の日々を雲煙のようなものとして、ナナという少女が彼の生命の中で存在したことはないのとして、これで満足になれるのか?


 ナナは死んだ。もうどこにもいない。しかし全世界で唯一、ナナという少女の欠片を探せる所は、目の前に、ナナを殺して取って代わる化け物だ。


 夢だ。だがそれを知って、どうする?誰か彼に教えて、それ以外、彼はどこにナナを見つけることができる?


「夢を続けたいなら、多少の代価が必要……其方にとっても、全人類にとってもな」冷ややかな声でそう言って、『かれ』は無表情のまま唯一まだ生きている獲物に歩み寄って、隅で喘いでいる断足の将軍を片手で高く挙げた。「そして『我々』は……その代価だ」


「君……君たちは一体何者なんだ……」カルロスは異質な少女を見る。満面の恐怖。


「私はナナよ」少女はなまめかしく笑った。「おかしいね、さっき、あなたが話したんじゃないか?」



 

「『人間外』のナナ」

 



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