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-傾月-〈拾陸〉白い凧は断絃で流離う 2

カロはナナを引っ張って90度回転して、南に突っ走る。


二人は息を切らしている。カロの話す力がだんだんなくなり、体力が間も無く切れることが感じられる。彼は歯を噛み、息が歯の間から漏れ、胸は波打つように起伏し、腹が差し込むような痛みがある。


ナナが話しかけくれなくなると、周りの全てはゆっくりと静かになり、悲鳴と叫び声をどんどん聞こえなくなり、残るのは規律正しい音だけが彼にずっと付いてくる。


あの耳を手で隠したいくらいのカラカラの音は、今少し距離が離れたけど、依然として彼らの後ろで聞こえてくる。


灰色の雑草、八つ裂きにされた死体、壊れた天幕が後ろ向きに移し続け、途中、だんだん生きている人を見えなくなる。


場面がもう混乱しなくなった後、カロはやっと何かおかしいことに気づいた。情景には肝心なものがない。


もしかするとその肝心なものがいないせいで、だから彼はいつも夢うつつの状況に陥ったように感じて、現実に人々が虐殺された実感がなかった。それは、あのものがいない情景はあまりにも異質だ。


血がない。


さっきから今まで、大量虐殺か行われたのに、少しの血飛沫を除いて、地面にほとんど血痕がない。


紅雪種の殺す手段がカロの頭に浮かんだ。

縛って窒息させる。


綺麗に頚椎をねじ切る。


身体を斬りながら傷口を凍結する。


どうしてかわからないが、紅雪種の全ての殺戮方法は、血を飛び散らせない。


過去、彼はストーリーテーラーから帝国が王国を侵略した時の残酷な行為を聞いたことがある。殺戮というものは、大火が村を焼き尽くし、黒の肉塊のきな臭い匂いが四散し、真っ赤な血があちこちに飛び散り、悲鳴、怒号、嘲笑、泣き声。


しかし今は違う。


むしろ正反対だ。あちこちに燃えている炎がなく、大量の血が拙い画家の画のようにむやみに撒き散らされていることもなく、加害者の喜びの雄叫びもなく、空気の中に血の匂いすらもない。こんなに綺麗な殺戮を、カロは聞いたことがない。


恐怖とはもともと複雑な感情だ。血なまぐさい事物に対しての恐怖があり、尊厳を侵されることに対しての恐怖があり、火に対しての恐怖がある。しかし、紅雪種は最も単純な一つしか残さないー死に対しての恐怖だ。


彼らはまるで水色の氷で作られた生き物みたいに、声もなく温度もなく感情もなく、ただ効率を求めて、意味もなく情熱もない一件の仕事に集中しているだけだ。


今この仕事はもう終わった。殺戮はカロが望んだより早めに終わった。絶望はカロの心中で一時圧倒的に勝ったが、すぐ弱くなっていく。


逃げきれないはずだ。


しかし距離を取って、まだ彼を追いかけてくる数匹以外、いつのまにか視界に入った数十匹の蠍形は全て静止した。


後ろにいる数匹以外、誰も二人だけの生きている人を襲わず、まるで……あれは彼らに配分された仕事ではないと話しているかのようだ。


目前の蠍形の化け物たちはたださっき殺した死体の傍に止まって、何の動きもなく、奇怪な彫像のように。


音から判断すると、蜘蛛も止まったらしい。


今、紅雪種で唯一の動いているタイプは……


「見て、あの蛇、蛇たち……」ナナは悲鳴した。


それは理解しがたく、理性を一気に吹っ飛ばすに足る景色だ。無数の蛇は体をくねらせて、片端の鋭い頭で死体にもぐり込んで、しなって、圧縮して、変形して……


……そして、咲いた。


鉄蛇はあちこちに散らばる死体に無数の銀白色の鉄の花を咲かせた。


あの場面を見て、カロは少し吐き気を感じた。初めて自分はとっくに狂っていると思った。


鉄の花はゆっくりとに一つ一つの小さくて赤い球体を吹く。それらの緋色の球体は二重構造があり、内層は死体から吸い取った少し泡立つ血を包み、外層はより大きな透明な膜がある。


散らばる死体の上に、幽冥の紫月の下に、それらの赤い泡はゆっくりと浮かび上がり、まるで逆向きに浮き上がる赤い雪みたいだ。




鉄の花は咲き誇り、血の雪は舞い上がる。




あれは雄大で、信じられないほどの美しい景色だ。しかし同時にも不気味な極致だ。


カロは心の中に異常な寒気を覚え、まるで一瞬で大量の氷を呑み、寒さが骨の髄から四肢まで浸透し、疲れで知覚を失った足が麻痺する。


月神の信仰で、死後の魂は全て無尽の月に回帰する。無尽の月ではどんな景色か誰も知らない。しかし今この景色を見て、カロはこれこそは無尽の月の景色かもしれないと思った。この温度がない美しさこそが、死後の世界にふさわしい。


「カロさん、あっち、あっち。」ナナは前方の木組みで架けた巨大な凧を指して、叫んだ。


「ハッ……ハァ……」


到着した後、カロは両手を震えている膝につけ、しゃがんで、息を切らしている。


「カロさん、大丈夫か?」ナナは半腰になって、首を傾げて彼を見る。


ナナは相変わらずすごく元気そうだ。顔も赤くないし息も荒くない。カロはナナの体力の良さは本当に人間離れしていると思っていた。


「喋る時間があったら、早く離陸を準備しろ!」カロは後ろを睨み、焦って怒鳴った。


体はやっと休める時間を得たが、彼の心臓の鼓動はますます激しくなった。ナナが貴重な時間を無駄にしている間、カラカラの音は再び近くなり、幽紫の月光の下で、何とか距離をとった数匹の蠍形が離れた場所から迫ってくるのがカロには見える。


ナナは素早く木組みの麻ロープを解いて、凧を持ち上げて、自分の体に安全帯をかけた。


そして彼女は急に大きく叫んだ。


「ナナ?」


「羊……」ナナは小さい声で言った。彼女は俯いて、凧に縛ってあったロープを見詰め、顔色が真っ白になった。


「羊?」


「羊を縛り付けたことを忘れた……」


「……」カロは目と口を大きく開いた。


「あの……ご、ごめんなさい……」


口を押さえて膝をつき、震えているナナを見て、カロは歯を噛み砕かんばかりに噛み締め、彼女を殴る衝動を抑え、後ろから迫ってくる紅雪種と前のナナを繰り返し見る。


拳を握り締め、彼は冷ややかな目でナナを見つめ、顔色は霜のようだ。


「ナナ、お前……」


罵倒しようとした時、カロは口を閉じて深呼吸をし、怒りを抑えて、強く抑える。


「ごめんなさい、ナナはカロさんを死なせてなる……」ナナの唇が震えている。


前はアルタイの崖、後ろは紅雪種、彼らにはもう逃げ場がなかった。


「さっきから……ナナはずっとあれを考えたくないけど……」ナナは地にアヒル座り、頭をひねってどんどん迫ってくる紅雪種を見て、呟いた。「実際にナナは知っている。部落のみんなが死んだのもナナのせいだった。」


「ナナは本当に紅雪種を見たのに、もしナナはみんなにそれを信じさせられるなら、もしナナはもっと努力し、みんなを説得したら……」


「お父さんも、お母さんも……すでに死んだでしょう。」


カロは口を閉じ、返事をしなかった。彼はとっくに考えていた。ナナの親たちが生きている可能性はほとんど見込みはない。しかし彼らには人を助ける力が残るわけがない。


「お父さんとお母さんが死んだって思った時、ナナはすごくすごく悲しかった、けど、おかしいよぉ……悲しいのに、めちゃくちゃ悲しいのに、涙が出ない……」


ななは俯き、まぶたが下がり、両手で自分を抱きしめた。


「これは……ナナもすぐ死んちゃうからかもしれない……」


彼女の指はがっちりと自分の服を掴みしわを生み出し、強く噛んでいる唇は白くなった。


「カロさん、ごめんなさい……」


カロは後ろの紅雪種をちらりと見て、今なら、彼らの甲羅に霞んだ紫色の月光さえはっきり見える。


死期は近づいているが、話したいことはまだ残っている。


どうせこれが最後だ。残しても意味はない。


たとえ心の中にある話を持って、魂と一緒に遠い無尽の月へ連れて行っても、金には換えられない。


そう、金に換えられない。


だから、そろそろ言いたい言葉を全て吐き出すべきだ。


カロは再び手を伸ばして、乱暴にナナの襟を掴んで、凶悪な目つきでナナを睨む。


「ナナ、ずっと、ずっと、言いたかった。お前の夢、引き風の人になりたいというそのクソみたいな夢、一体いつまで見続けるつもりなんだ?」


「ごめんなさい……」ナナは頭を下げて、彼をみる勇気がない。


カロは歯を噛み、ナナの狼狽した様子を見て、彼は『転がりのカロ』の自分を思い出した。


「どうしてお前はわかってくれない?この世の中では誰でも飛ベるわけじゃない!」


寒霜城に残るために、あの頃の彼は全ての貴族に取り入り、媚びていた。転がるどころか、あの何とか生き延びようとする姿は、まるで泥濘に這うようだった。


今、ナナの姿があの頃の彼の負け犬みたいな姿と重なる。あれは彼が最も嫌いな姿だ。カロの喉が震えている。ナナを掴んでいる両手も震えている。自分は偉い姫様をうっかり怒らせた小物にすぎないことを知っている。そうやって扱われるのも当然だ。だけど……


……喜んでずっと押さえつけられ続ける小物で人生終わる人があるか?


「確かにある人たちは生まれつき空に所属する。しかしある人は……」カロはかすれ声で怒鳴る。「……どんなに努力しても飛ベないよぉ!」


「ごめんなさい……」ナナはむせび泣いた。


カラカラ……後ろから来た音はどんどん大きくなる。


うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!!静かにしろ!


俺、カロ様が話している。静かにしろ!今、この俺カロを舐めているのか?


クソ姫的にあっちへ行け!


「どうしてわからない?どうして全ての人にこんなに嘲笑されても、諦めてくれない?少しは大人になれ!お前はもう子供じゃない!まだ現実を直視できないのか?」


「ごめんなさい……」


「五年前、お前のクソ夢はもう少しで俺を死なせるところだった。それでもまだ足りないのか?今、本当に俺を死なせて。満足なのか?」


「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


涙はないが、ナナは全身を震わせて泣いている。


しかしまだ足りない。カロにとって、これではまだ足りない。


それだけなら、何も伝えられない。




びしゃ!




彼はナナに強い平手打ちを食わせて、両手でナナを強く揺すぶる。


「反駁しろ!俺に反駁しろ!」カロはかすれ声で狂っているように吼えた。「あれはお前の最も大事な夢だろう?大事な夢が他人にそうやって踏みにじられて、どうして反駁しない?」


彼は目を閉じて、肺に空気を吸い込んで、目を見開いて、全力でナナに吼えた。


凄まじい声で吼えた。


「お前は俺に見せたい夢、お金より大事な夢は、他人の一言だけで諦められるものか?」


あの鼓膜を破るような声は渺茫たる草原に響いている。ナナは呆然として彼を見て、うまく反応できない。カロはナナに教えなかった。実際に彼は本気にナナに怒鳴りつけることはなかった。


今こそ、ナナは見たことがない……カロの本当の怒鳴りだ。


「ナナ!お前は立派な引き風の人になりたいのじゃないか?」


いつも大事な時にどっか抜けている少女のために怒鳴り、


たとえ危機に瀕した時にも物にならない少女のために怒鳴り、


そして、もっと大事な……ナナに言ったことがなく、本来なら永遠にいうつもりがなかった、心の奥に隠れている、澎湃たる期待と感情のために怒鳴る。


「お前はいつまで引き風の牧羊者として続けるつもり?羊群に頼らなかったら、他人に頼らなかったら、お前は永遠に飛べないのか?」


カロはナナを挙げて、ゆっくりと挙げて、背の凧と一緒に挙げる。


できるだけ高さに挙げて、彼が希望した、ナナが辿り着ける高さに挙げる。


それは星と同じの高さだ。




「そんなに飛びたいなら、高い所が怖いって二度と言うな!」




怒鳴った後、カロは息を切らし、ナナを放した。言うべきものは全て言い尽くした。


カラカラ……


振り返らなくても、彼らがもう来たことを知っている。


あと数秒、さっき言った通り、全て意味がなくなった。


それでも構わない、どうせ命なんて……


……金に換えられない。


「仕方ないよ!ナナもそうしたくない……だけどナナは試した……」ナナはまっすぐに立ち、両手の拳を握り締め、むせび泣いて、叫んだ。「紅雪種が現れたから、ナナはいきなり五色を使えなくなちゃったよ……」


カロはきょとんとして、そしてナナが彼の顔に見たことはなく、考えたことすらもない表情を表した。


彼は微笑んだ。


何だ!もう試したのか?


それでいい、せめて試した。


ならば……


……これからは大人のお仕事だ。


カロは素早くに凧の前のロープを拾ってあげった。


「これは最後だ。俺がお前に頼らせるのは……これは最後だ。」彼は冷たく言った。


ロープで手を縛り付ける。


「ナナ、お前は私を追いかけることが大好きじゃないか?」


ひじに1輪、1輪、もう1輪縛る。


「カロさん、あなた……」ナナは呆れた。


「もし今回で俺に追いついたら、」カロは凶悪な笑いを浮かべた。「付き合ってあげてもいいぜ。」


話が終わる瞬間、走り出す!




「カロ!!!!」


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