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-傾月-〈拾伍〉紅い雪は逆風で舞上がる 2


……


「うううぅ、もう2時間過ぎたのに、頭はまだ痛いよ」


カロの天幕で、ナナは両手で頭を抱え、手のひらでさっきカロの拳でキノコを植えられた部分を撫でる。実験結果によって、人の頭にやっぱりキノコを植えられる。


カロは彼女の悲鳴を無視し、鍋の隣にしゃがんで杓子で中の羊肉と野菜をかき混ぜる。少しかき混ぜた後、彼は杓子を止めて、自分の右手の指節の赤い腫れを見て、眉をひそめた。


「ナナ、お前の頭は硬すぎるよ。まるで冷めたい鉄のようだ」


「え?えええぇぇ?」ナナは訝って彼を見て、両手で赤くなる頬を掬い上げる。「カロさんはナナの身体を褒めるなんて、珍しい」


「誰がお前を褒めてる!」カロは怒鳴った。


「あぁ〜カロさんは照れた照れた〜」


「……」カロは今から口を閉じることを決めた。


「……」


「……」


「……」


「両手を俺の腰から離せ!」急に腰から冷さを感じたカロは怒鳴った。


「あぁぁ〜カロさんはまた照れちゃって…可愛いぃぃ……!」


ポキッ、理性が折れた。それとも杓子が折れた音はカロの手からした。


カロは深呼吸をして、鍋を掴んでナナの顔へ投げたくなる衝動を必死に抑えた。過去に寒霜城にいた時と比べたら、この数年で彼の気性はますます荒くなった。しかし同時に、自分の感情を抑えることも出来るようになった。そのどちらもの原因がナナにあることは確かである。


落ち着いた後、彼は低い声で話す。「もう遅い時間だし、お前はそろそろ帰るべきじゃない?」


「両親と話したよ。今日はカロさんのところに泊まるって」


「はあ?」カロは少し呆れて、そして怒鳴った。「俺は許すと言った記憶がないぞ」


「あ〜カロさんはまた照れちゃ……あ……あの……カロさん……ナナを下ろしてください……高い、高いよ、ナナは高い所が怖いよ……」


「た.か.い.と.こ.ろ.が.こ.わ.い?毎日空を飛ぶ人が、高い所が怖い?」カロは両手でナナを挙げて怒鳴った。


「あれ、あれは違うよ……うううぅ、カロさんはナナをいじめる……」言いながら、ナナは本当に泣きそうになった。


「……」カロは半ば呆然として、彼女を空から下ろすしかない。


「うううぅ……とにかく……ナナ、今日はこっちに寝る……」少女はカーペットに座って、涙が出ないのに泣いている。


「お前の親たちは何も心配しないか?何かされたらどうする?」カロは眉を顰めて、できるだけ自分の口調を和らげる。


「カロさんなら……いいよ〜」実際に存在しない涙を擦り付けた後、少女の顔が赤くなり、軽く話した。


「何それこの古いセリフ?そもそも誰がお前の考え方を尋ねたのか?お前がいつもいつも俺のところに来て、お前の母を安心させられると思うか?」カロは彼女を睨む。


「古いセリフもしょうがないよもー」ナナは無辜な顔をした。「だってさっきの言葉、お母さんが言ったの!」


「…………」


カロは口を少し開けた。ナナは彼に瞬きをして、数秒後、彼はまるで凹んだようになって、再び座った。そしてナナもしゃがんで、ばか笑いをしながらカロの横顔を鑑賞する。


カロは沈黙して、折れた杓子で鍋を荒くかき混ぜる。


五年前、彼がナナとかかわり合ったことは、絶対に、絶対絶対に、絶対絶対絶対に彼の人生で一二を争う大間違いだった。いや、そう言うべきか、あれは絶対に人生で二番目に大きい間違いだ。そして一番大きい間違いは言うまでもなくあのクソ姫にかかわり合ったことだ。


あのクソ姫の誕生日パーティーが終わった後、彼は上流階級の間で『転がりのカロ』と呼ばれた。頭をどんなに下げても、誰も『転がりのカロ』と取引しようとしなかった。だから彼は全ての財産を持ち馬車に乗って寒霜城から逃げ出すしかなかった。しかしエンドリスはこれでもまだ足りないと思っていたらしい。彼はデカル高原に踏み込んだ時、凧に乗りながら空から落ちてきた訳が分からない少女と突然ぶつかって、二人は一緒に重傷を負った。


今思えば、彼の頭はきっとあの時にすでにぶつかたので壊れてしまったんだろう。だからどこから来たのかわからない凧少女を助けることを選んだ。


それとも、少女が地に倒れ、血にまみれてぼろぼろになった時でさえも、あのような目を持つことができたということのせいか?


過去彼は鏡にこういう目つきをよく見た。この世界の全ての人をタコ殴りにしようとするようなあの怒りは、過去に寒霜城に追い出された彼と全く同じだ。


「きゃっ、そんなにナナをじろじろ見て、照れちゃうよ」少女は手で顔を隠し、目をパチパチさせた。


カロは白目をむいた。もしあの時このような痴女の目つきを見たら、彼は絶対に迷わず馬車に乗って離れただろう。

「あぁ〜白目をむいているカロさんもかっこいい!」


いや、馬車に乗ってそれを轢くべきだった。


彼はまだ覚えている。『転がりのカロ』と呼ばれた時、ある人はフラマリオン島へ行って海賊として発展することを彼に勧めた。あの智慧の月が落ちた後、繁華な港で智の月財を各国へ安売りしたので本の海戦を起こし、知恵の価値がわからないフラマリオン島へ行き海賊になろう。どうせ彼はそんなに愚かであり、ちょうど愚かなフラマリオン人にふさわしい。


『フラマリオンの愚かさ』、あれはこの大陸全体の笑い話だ。フラマリオン人に十分な金を与えたら、彼らは迷わず自分の脳を売ることにする。彼らにとって『智慧』は必要ないからな。


しかしそう思っている人たちは絶対に『アルタイの痴女』を見たことがないだろう。もしこの大陸の愚かさを1冊の辞書にかき集めて作ったら、『アルタイの痴女』が目次に並び順は絶対に『フラマリオンの愚かさ』のより前だ。


今、アルタイの痴女は舌と手を同時に伸ばし犬のフリをしている。カロはそんな恥知らずの乞食を見たことがない。


カロは彼女を怒って睨み、自分のスープをよそって鍋の蓋を閉めて、食べ始める。


「なななななのは?」


痴女は口の中に唾がたくさん溢れてくるせいで言葉を濁した。


「なななななのは?」


カロは彼女を無視して、碗を持ち上げてスープを飲む。


痴女は口元の唾を擦り付けて、彼を見つめて唾を呑む。


「なぁ、ナナのは?」


カロは碗を置いて、彼女を睨んで言う。「ここにはお前の分はない!」


「え?えええええええ!」


カロは逆に彼女に手を伸ばした。「食べたいなら、金を持ってこい」


「うぅ……カロさんはいつでもそう言って、かねかねかね、世の中に金より価値があるものが存在しているのに」


「たとえ?」


「たとえナナからカロさんへの愛とか」


「値打ちがない」


「たとえカロさんからナナへの愛とか」


「すすす……」


「こういう時にわざとスープを飲まないでよ!」ナナは泣き顔をする。


「フン、このバザールでお金の価値がわからないのは、多分お前一人だけだ」


ナナはあぐらをかいてカーペットに座って、唇を尖らせる。「な……もしカロさんはいつか金より価値があるものを見

つけたら、どうするの?」


「そうならば、俺はそれを買い取る。」


「でもでも、もしそれに値段がなかったら?」


「なら俺はどうしてそれが必要になるんだ?金に換えられもしないのに。」カロは白目をむいた。


「ううう、カロさんは本当に生臭すぎるよ、ナナは今、すごく悲しみを感じた」ナナは気落ちして俯いた。「カロさんには何の夢もないの?」


「夢?」カロは少し冷笑した。「夢であるものは、いわゆる、夢の中だけで考えばいい」


そういう形も無いものを、彼は持っていない。この世に最も値打ちがないものは夢だ。たとえばナナ、天賦の才がないくせに、5年前に家族と決裂しても無闇矢鱈に引き風ノ人になるつもりだった。


結局?結局?二人はクソ姫的にほぼ死んだ。


「うぅ……カロさんは今、とても失礼なことを考えているでしょう」


「フン、お前もわかってるじゃないか?この引き風ノ羊飼いめ」


「ひ、ひどい、それはナナが一番聞きたくない呼び方って、カロさんも知っているはずなのに」ナナは泣いて言った。

カロは彼女を見逃せず、彼女を睨みつけて話した。「この3日間でまた数匹の羊をなくしただろう?とにかく早く諦めろ」


「いやよ!ナナは絶対に諦めない!絶対に!絶対に絶対に!」言葉から見ればすごく確固たる決意だが、ナナの気落ちしている表情には説得力がない。


カロは勝手にスープをよそって飲み続け、ナナはどうしてそんなに気落ちしているのか彼はよく知っている。しかし彼は全く同情しない。


引き風ノ人はこの部族に最も高貴な職業であると言ってもいい。崖の下の部族連盟への情報と物資を運搬する大事な使命を背負う。その引き風ノ人がいるからこそ、アルタイ部族は部族連盟の一員として存在することができる。そして同時にこの職業は五色を使える少数の人にのみ限られた職業だ。


ナナは五色を使えるが、運が悪く五色の出力のタイプは『標準型』である。『標準型』というのは一度に使用できる最低出力が6分の1の体重だ。どんなタイプのカラリストにも、最後の6分の1の体重しか残っていない時、後の1日で五色を使えなくなる。いわゆる、ナナは1日に最高5回の五色しか使えない。


しかし、引き風ノ人は精密な操作が必要な職業だ。歴代の引き風ノ人は全て一度使用できる最低出力は12分の1の体重の『プレシジョンタイプ』と、さらに上の『タッピングタイプ』だった。過去、『オールーインーワンタイプ』と『スタンダードタイプ』が成功して引き風ノ人になったことは一度もなかった。ましてナナはまだ凧の操作すらうまくできず、もし最初から6分の1の体重にならないと、離陸すらできない。


そしてその天才の解決策はロープで自分を羊群に縛り付け、羊群の走りを利用し離陸する。そうやって体重の使用量を減らすことである。まさに前に古人なく、後に続く者もない、いや、前に古人なく、そして誰も真似したくない『引き風ノ羊飼い』だ!


「ううううぅ〜」


カロはずっと彼女にスープをよそってくれるつもりがないことに気づいた後、ナナは悲鳴をあげ始めた。


「おなかがすいた、もうぺこぺこだよ、死ぬよ、お腹すいたお腹すいたお腹すいたお腹すいたお腹すいたもん!ナナはもうナナジャーキーになるよ。もし何も食べないと、明日私が離陸した後、本当に凧の上にナナジャーキーになるよ。カロさんはナナより、ナナジャーキーがもっと好きの?ナナジャーキーは美味しくないのう。けどもしカロさんは本当に食べたいなら、少し分けてもいいよ。うわわああナナは腹が凹んだせいでもうわけのわからないことを話し始めるのに、何も食べてくれない、ひどいひどいひどい、カロさんはひどいよ、本当にひどいよひどい……」


ドン!


カロは碗を強く置いて、何度も深呼吸しながら鍋を逆にしてナナの花冠とする衝動を抑える。そして歯を噛み小刻みに震えている手で肉スープをよそってナナの前に置いた。


ナナは大きな目を見開き、目の前の肉スープを見つめて、ゴクリと唾を飲む。


「クソ姫的に食べろ!」カロは罵った。


ナナは目を閉じて、口を開けた。「あーん」


「また何をするつもり?」カロは怒鳴った。


「カロさん〜本当に鈍いね」これはナナの口癖だ。1日に3回くらいは言う。今日はもう2回言った。要するに、あと1回くらい……それとも1回以上は言うだろう。「ナナは今、カロさんが肩に止まった鳥に餌を与える時のように優しく食べさせてくれるのを待っているもう。そうされたら、自分がちっぽけな存在を分かっていても、広い空へ飛び出せる勇気が出せるよ」


……、カロは自分が肩に止まった鳥に餌を与えた記憶がちっともない。鳥どころがカラスすらもない。


「フン、飛びの勇気を出せないならちょうどいい。明日、私は出る時ついでにお前の凧を燃やそう」


「……」


ナナは言い返さなかった。彼女は急に静かになり、目の前の肉スープをじっと見つめ、沈黙している。


……


そうやって沈黙した状況で十数秒が過ぎた。いや、ナナだから。そうやって異常な状態で十数秒が過ぎたと言うべきか?


彼女はずっと黙っていた。


「またどうした?」カロは耐えきれないように話を始めた。この少女は本当にめんどくさいな。


「ねぇ……おかしいよ」ナナの声は細い、いつもの口調ではない。


「おかしい?」


「ナナはすごく腹が減った」


「なら早く食べろ。」カロは怒鳴った。


「だけど、すごく腹が減ったのに、すごく食欲があるのに、食べたくない」ナナは両手を膝に置き、握ってしまう。


「おかしいよ、どうしてナナは、全然食べたくないの?」


カロは眉を顰めた。食欲はあるが、食べたくない?何だそれ?ついに頭が完全に壊れちまったか?


そういえば、さっき先ナナに触った時、ナナの体は異常に冷めく感じた。


「おい!お前……病気になったのか?」


「……」ナナは返事をしなかった。彼女は碗を持ち、スープに息を吹いて冷まして、口元に持ち上げた。


数秒後、彼女は碗を置いて、一口も食べなかった。


「ナナ?」


「ねぇ、カロさんは、ナナを信じてくれるよね」ナナは恐る恐るカロを仰ぎ見る。


「何を?」


「ナナは本当に紅雪種をみたのよ」ナナの碗を握っている両手が微かに震えている。


「じゃ、どうしてお前はまだ生きている?」カロは鼻で笑った。


この問題はさっきある人もナナに聞いた。カロの考え方はあの人と同じた。『恐怖の化身』を見たのに、どうして無事に帰られるの?


「ナナ……何が起きたかを忘れたけど……」


「フン、バカバカしい、何が起きたかを忘れたのに、どうやって紅雪種を見たことを肯定する?」


たとえナナが本当に紅雪種を見たとしても、ナナすらも殺せなかった。紅雪種も大したものじゃない。


「だけどナナはまだ断片的に覚えている……」ナナは左手でおでこを強く押さえながら呟いた。「……ナナは月を見たの。空にすごくすごく大きな月……」


「すごく大きな月?」カロは眉を顰めた。それは無尽の月のことか?


「若紫色の……月……」


「若紫色?」カロは嗤笑した。


この世界には若紫色の月はない。最も近いのは赤色の力量の月と桃色の情愛の月だけだ。今空に存在している七つの月には若紫色の月がない。そしてすでに落ちた月たちもそういう色が……


いや、カロはふと顔がこわばった。


遺跡の記録に、数千年前に最初に落ちた月ー財富の月はちょうど若紫色だとあった。


しかし財富の月は数千年前にとっくに落ちたものだ。今はただ残骸をまだ発見できていないだけだ。ナナはどうやって空で財富の月を見たのか。


コロン……


ナナは手近なお椀をひっくり返して、スープがすぐカーペットに吸収された。


「大きな蜘蛛と他の銀鉄色の化け物たちと沈黙して進んでた。ちっとも声がないのに、まるで挽歌を謳っている銀色儀杖隊みたいに……」ナナは呟き続けている。彼女の様子は明らかにおかしくなり、指先で自分の頭を強く押す。


「おい、お前……」


「そうね……おかしいよ……」ナナは焚き火を見つめて軽い声で言った。カロの呼び声を聞かなかったみたいだ。


「ナナ!」


「どうして……ナナはまだ生きているの?ナナはもう……死んだはずのに……だって……見届けたよ……ナナは自分の……」


「ナナ、何を寝惚けている?起きろ!」カロは怒鳴り、彼女を強く揺すぶる。


数秒後、彼女の焦点が合わない目が再び合った。彼女は両手で自分の体を抱きしめる。


「カロさん……」話の途中、彼女の歯はずっと震えている。恐怖を抑えられなかった。「……ナナは思い出した」


「はあ?何を思い出した?」


「早く逃げて……カロさん……」ナナは息が荒くなり、自分を無理矢理に話し続けさせる。「彼らが進んでいる方向……ナナは思い出した……」


「……」まさか?カロは一瞬思考が止まる。


「あの時、彼らが進んでいる方向は……こっちだ……」




ああああああああああああああああ……




女性の悲鳴が突然に天幕の遠い場所から伝わってきた。

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