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-傾月-〈拾伍〉紅い雪は逆風で舞上がる 1

 



 寒霜城の東に300キロ離れた地点ーデカル高原という場所。




 ここは千湖大陸の一番高い高原だ。広い寒地荒原と無数な氷湖がある。特産品は美容効果があるらしい氷砂と、冬の時に湖から取れる鮮魚アイスバーの二つしかいない。


 特別な資源は一切ないが、王国と帝国が唯一つながる場所として、長年の紛争地域になった。双方はこの何もない場所に定住したくないが、このデカル高原は昔からの不可分の領土だと双方でずっと主張してきた。


 しかし、帝国と王国を除いて、高原には確かに古くからそこに住んでいる少数民族がいる。彼らはアルタイ部族と自称する。


 アルタイ部族のいる地域の左上は王国、左下は帝国、そして右下の海抜が低い平原にいる部族連盟との間には険しいアルタイの崖がある。三者の緩衝地帯として、アルタイ部族はこの大陸で最も遊牧民族らしくない遊牧民族だ。遊牧を適当にやればいい。三者の貨物を仲介するとか販売するとかだけで、楽に大きな金を稼げる。そのため、この部族の二つ名は『高原バザール』だ。


 凧を乗る『引き風ノ人』たちによると、空から見れば、アルタイのドーム型天幕はまるで灰色の土地に白い雪を撒き散らしているらしい。


 今、この時、アルタイのある天幕に一つの取引が、ちょうどアルタイ人の日常を完璧に説明している。


「この王国の特産のトップクラスの『八弦球』は『深谷八弦球』と呼ばれています。8種類のそれぞれの素材の弦で作られたのです。」


 カロはより抜きの品である球形楽器を持ち、目の前の『へへへ』のような愚かな笑顔をして、十指に別々な宝石指輪をはめている太った顧客に示す。


 実際に彼はそんな表情が嫌いだ。あの媚を売るような笑顔は彼に5年前の自分を思い出させる。あのまだ寒霜城にいて、恐れてびくびくしている自分を思い出させる。


 カロはすごい不愉快を感じているが、それても顧客に対する嫌悪を抑えながら、指で八弦球を軽く引き、天幕で綺麗な音を舞い上がる。


「おおおぉ!」


「1本の弦を弾くと、1つの主音の震動が2つの尾音を引き出して、2つの尾音がまた別の4つの尾音を引き出して、幾重にも重なる。まるで奥深い谷で弾くみたいです」


「これはこれは……なかなかしゃれておるではないか?」太った顧客は賛嘆した。


「いかにも、我が商品はどの方面から見ても、絶対にトップクラスです」カロは微笑んだ。


「では、値段をつけて」太った顧客は両手を揉み合わせて、両手の指輪でガラガラという音を出す。


「4枚の生命月幣と7枚の情愛月幣です」


 顧客の動きが急に止まった。彼は天を仰いで、目を大きく見開いた。


「それは……高すぎるよょ」


「掛け値なし」カロは眉をひそめた。このような反応はよく見たことがある。うまい汁を吸うことを好み、ただ投機したい人だけがそういう大げさな振る舞いをする。


「ほら、このところを見ろ。」太った顧客は8弦の1本、シルクで作られた1本を指した。「この1本の弦の色は少し不均一と思わぬか?真ん中の部分に少し灰色が混ざっている」


「それで?」


「最高級な芸術品として、まさかこれはただの僅かな瑕疵と言いたいのか?」太った顧客は再び両手を摺り合せて、笑った。


「この部分は、もう値段に含めたのです。掛け値なし」カロは低い声で二回言った。


「ならそうしよう、これは私の付け値の限界だ」太った顧客は3本の指を立てた。


「……」カロの顔が曇っていく。「あんたは今、俺を舐めてるか?」


「いやいや、そうじゃないでしょう。お互い玄人なので、どんな値段が公正なのかわからないわけがない。まして、帝国軍はこの高原に再び踏み入れた。王国との戦争が始まったら、高原バザールもしばらく休むしかないでしょう。」


「ううん……」


「友よ、そうだろう」


「もう一度言う、あんたは今……俺、このカロを舐めてるか?」カロの声がさっきより低くなる。


「いやいや、そうじゃないでしょう。友よ、お互いに少しだけ一歩後ろへ下がろう。商売はそういうもんだよ。あなたがこの八弦球を買収した値段は、多分2枚の生命月幣を超えないでしょう。今少し安くしてくれ、あなたは欠損品を売れる。金を稼げる。そして私も自分が望んだものを手に入れる。それこそウィンウィンというものじゃないか?それに……」太った顧客はここでちょっと口を閉じて、卑怯な笑顔を表して話を続ける。「……今売らないと、開戦した後も売れなくなったよ」


 カロは一時沈黙して、ゆっくりと頷いた。


「わかりました」


「そうだそうだ、理解してくれて嬉しいよ」太った顧客は彼の肩を叩いた。


 カロはゆっくりと八弦球を置いて、急に両手で太った顧客の襟を掴んで上にあげる。彼の指の関節がガラガラと音を立てて、首に靑筋を浮かべた。


「だ.か.ら.あ.ん.た.は.い.ま.お.れ.さ.ま.を.舐.め.て.い.る.か?」


「はな…はなせ……」


 カロは太った顧客を睨みつけ、背の高い自分の体の上まで彼を持ち挙げる。100キログラムを超えた太った顧客の両足が空に浮いて、まるで溺れるように空を蹴っている。


 彼は太った顧客を引っ提げて天幕の入り口に連れて行き、力を入れて外へ投げ出した。悲鳴とともに空に完璧な放物線を描いた。


「クソ姫的に消え失せろ!」


 カロは地面に唾を吐いて、自分で作った汚い言葉を言った。この言葉は、5年前に彼があのクソ姫のせいで上流階級に恥を晒して、寒霜城を離れなければならない状況にはめられた後に彼が作ったものだ。この世界で一番卑怯で野卑で恥がなくていやらしくて汚い言葉だ。


 そして彼は目を細めて、外で橙色の夕日の陽射しが彼の惰性感を増してきた。そのまま天幕に戻る時、彼は遠くない場所で人が集まって騒いでいることに気づいた。


「カロ、行ってみないの?」一人の女性は不意にカロの背中を軽く叩いた。彼女は隣の天幕に店を開いた宝石商人だ。


「何が起こった?」カロは眉をひそめた。


「ひひ、どうやら誰かが自分は紅雪種を目撃したことを信じているらしい。」長い髪の女は手で口を隠しながら軽く笑った。まるで自分は何か滑稽極まることを言ったようだ。話が終わり次第、彼女は自分の天幕に戻った。


 カロは何の表情の変化もなく、どうして女はこの反応をしたのか、彼はよく知っている。


 紅雪種?古代遺跡の記録にしかなく、数千年の間全く見つからなかった幻想の怪物、今、急にその目撃者があったとでもいうのか?


 フン、笑わせるな、あれはただの迷信だ。


 カロは冷笑して、身を回して簾を上げて天幕に戻ろうとした時、彼は再び足を止めた。数秒後、彼は身を翻して人波へ歩いていく。


 あまりにも愚かだから、逆に誰がそのような愚かな言葉を言い出したのかを知りたかった。やはりこの部族の人々は全て頭にキノコを植えられる阿呆野人だ。そしてこれを話すやつの頭に、一番大きくて値段が高いキノコが植えられるだろう。


 人波の後ろへ歩いて、カロは自分の前の2人を乱暴に押し分けた。人波の真ん中にあるのは、地上に膝をつき、背中に超大型の凧を結い付けて、めそめそと拳で目尻を揉んでいる少女だ。


 その少女を見た後、カロはきょとんとした顔をして、すぐに先の押し分けた二人を引き戻して自分を隠そうとしたが、一歩遅かった……


「ううぅ……カ、ロ、さ、ん~」少女は泣き声のような鼻音で叫んだ。


 カロはいらいらして歯を噛み、荒っぽく二人の民衆を再び押し分けた。


 彼の前の少女はおよそ15~16才くらいだ。伝統のアルタイ部族の白と緑の格子状の服を着て、健康的な褐色の肌、三つ編みと編み込んだ髪を首に沿って胸に当て、顔には些かなそばかすがある。


 少女はアヒル座りになって、彼に両手を差し伸べる。


「ナナはいじめられちゃった。抱っこしてくだぁいい」少女は甘え声で言った。


「死ね」カロは罵った。


「死んでも抱っこされたい」


「死んちまえ」


「なら一緒に愛に殉じよう」少女は泣き顔をする。


 この言葉を聞き、群衆は哄笑した。


 カロは顔を赤くしたり青くしたりしている。


「ははは、カロ、彼女に従えよ」群衆の中のどこかからの空気を読まない人が言った。


「お前は今一体何をしてる?」カロはナナを睨む。


「あぁ、そうだ……」ナナは何かを思い出したように、顔が再び真っ白になり、肩が震えている。「カロさん、ナナ……さっき、紅雪種をみたの」


「もしあんたが本当に紅雪種を見たなら、どうやって生きて帰ってきたのか?」一人の野次馬が問いかけた。


「ひょっとすると、あんたはまた着陸の際に頭を木にぶつけて、目がくらんだんじゃないか?」もう一人の野次馬が笑った。


 哄笑の声が再び群衆から流れた。


 カロは無表情な顔をして、両手で拳を握り、背が高くて大きい体の背筋を伸ばし、人波の中で最も大声で笑っていて、猿のような顔の観客へ険しい眼差しを送る。


「はぁ」その観客は口を開き、声がふと喉の中に詰まった。


 カロからの異様な圧力と怒りを感じて、人々の声はどんどん小さくなった。


「うううう、カロさん……ナナを信じて」ナナは泣き声で話した。


「ナナ……」カロはすごく不機嫌な顔をした。「……一体何があった?」


「ナナ……あの時にすごく混乱しちゃった。だから一体何が起こったのか、ナナははっきり覚えてないけど……」ナナの声が震えている。「だけどナナは本当に見たのよ、あの超でかい化け物。伝説の紅雪種とぴったり同じ姿と天幕よりも十倍の高さを持ち、4つの細くて長い脚を地面に差し入れ、そしてあと4つの脚が空へ向いてた巨大な蜘蛛……」

 ナナの形容を聞き、人々は再び哄笑した。


「天幕よりも十倍高い蜘蛛だと?そんなものあるわけないだろう」猿顔の野次馬は大声で笑った。世の中のある人たちはこういう特別な才能を持ち、どんな感情でも、異常に気持ち悪い表現ができる。


「黙れ……」


「ははは、4つの脚が空へ向いてた?脚の筋がつったのか?」猿顔の観客は嘲り続けて、カロの抑圧された声が聞こえなかったらしい。


 カロは沈黙し、腹を抱えて大笑いしている猿顔の男に歩いていく、急に両手で彼を高く持ち挙げる。


「俺は黙れと言っただろう、お前は、この俺を舐めてるのか?」


「ひひぃ……いいえ……」猿顔の男の顔は真っ白になった。「そんな事考えた事もありません」


「なら黙れ!」カロは怒鳴って、怒りの眼差しでさっきひやかしの言葉を話した群衆を見渡して、全ての人が沈黙した後、彼は再び目の前にビビっている猿顔の男を睨み、凄まじい声で吼える。


「クソ姫的に消えろ!」


 人々は視線で『カロがまた切れた。そろそろ撤退するべきだな』の合図を交わして、阿吽の呼吸で一斉に現場から散った。


 猿顔の男が放されて、フラフラと立ち去った後、彼ら二人しかそこに残らなかった。カロは無愛想な顔をして、まだ地上に膝を付いている少女を睨む。


「ううううぅ、なんで誰も信じてくれないよ、ナナは本当の話を言ったのに。」ナナは手のひらで頬の涙をやたらに擦り付ける。「ねぇ、カロさん、ナナは本当に嘘をついてないよ」


「まだ起きないか?」


 涙を頬に擦り付けた後、ナナは赤褐色の目を見開いてカロを見る。


「ナナは酷い目にあったから、立ち上がれないのぉ」少女は無邪気な顔つきをする。


「それで?」


「カロさん〜本当に鈍いね」ナナは膨れた顔をして、再び彼に両手を広げる。「ナナはカロさんの優しい抱っこをして欲しいんだよ。そうすると立ち上がる勇気になり、長い人生の苦労に向かていくことができるもん」


 カロはあの自分を期待して、キラキラしている大きい目を睨み、数秒沈黙していた。


「ナナ……」カロの声は低くなった。


 少女の名前を呼んで、彼は突然に目尻が裂けるほど目を開き、殺気立った顔つきをして、顔に浮かべた無数の青筋が彼の怒りを示唆している。名前が呼ばれた少女は思わず戦慄が走る。


「……一緒に実験しよう、人の頭に、果たしてキノコを植えられるか?」カロは歯を剥く。




 ……


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