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-傾月-〈拾叁〉踊りの後、少女は自分をリードした男に最も真摯な感謝を 1

 

『デカル高原』に出征する前の最後の一日、昨日と違い、月璃はほとんど夏涼に話しかけなかった。指に今包帯を巻いているが、生の月財によって、包帯を外した後に傷が残ることはない。


 あの試合は正しかったかどうか、そして月璃は昨日の件について一体どう考えていたのか、夏涼にはわからない。


 時々夏涼はそう思う。子供の頃の月璃より、今の月璃がもっとわかりにくい。もしあの悪魔ちゃんなら、夏涼に少しでも不満があったら、すぐ率直に言う。しかし今の月璃はそうではない。だから彼はいつも自分で推測しなければならなかった。自分がしたのは、本当に正しいことなのか?


 まあ、もし彼に試合で一本取ったのがあの悪魔ちゃんなら、多分、すでに誇らしい顔と蔑んだような目で、『今からあなたを解職する。私は自分より弱い護衛をいらない』と言ってくれただろう。そして彼の立場は専属護衛から専属使用人へ左遷されるだろう。


 うん……なんだかたいした違いはない。


 この日、互いの会話は少ないが、気まずくなるわけでもない。むしろこんな静かに単調である日常こそ彼らが慣れた生活のリズムと言ってもいい。


 最初、月璃が怒っていると夏涼は思ったが、彼はすぐに理解した。それは不貞腐れる表情ではなく、月璃はただ一人で何を考えているだけだ。


 時が流れ、月璃が本を読む時、彼は後方で静かに月璃の長いまつ毛を数える。月璃が八弦球を弾く時、彼は腕を組み指でこっそり拍子を取る。出征する前の最後の二人だけの時間は、特別ではない日常だが、夏涼はそれでいいと思う。




 夕方、明日の出征のため、公爵は珍しく家族を集めて、親子3人でロングテーブルで一緒に食事をする。


 姉妹は並んで座り、公爵は二人の向こう側に、そして夏涼は月璃の後ろに付き添う。


 幼い頃より、日琉は髪が長くなり、ボサボサのプラチナブロンドの髪を胸の前に緑色のリボンで二つ結びをして、可憐さが溢れ出している。過去のお多福顔は、今ではもう純白で精緻な、陶磁器のような肌の、少し人間味のない美しい顔に成長した。


 11歳なのに、日琉の見た目はただ8、9歳くらいだ。


 それは公爵邸の中だけが知っていたことだ。月璃が記憶を失した少し後 、ショックが影響したせいか、日琉も同じ記憶に関わるとある奇病が患った。時々1〜2週間ぐらいの記憶を失い、同時に彼女の見た目の成長も正常な子供より遅くなった。


 今、彼女は魂がない人形のように無表情で、琥珀色の瞳には何も見えない。彼女はいつもそうではないことを夏涼は知っているが、公爵のそばにいる時、彼女はいつもそうだ。


 月璃は実際に日琉とあまり付き合いがない。記憶を失した後、最初の時、月璃は何と無しに日琉を怖がったので、二人の部屋はすぐに分けられた。それから、ほとんどの時間、日琉と月璃には会う機会がなかった。公爵が日琉のために構築した単独な教育課程のおかけで、日琉は少なくとも8人以上の教師がいる。


 この姉妹は久しぶりに会ったのだが、日琉は月璃に挨拶もせず、ただ無表情でステーキを食べている。顔には喜びも他の感情もない。


 本当のことをいえば、前回日琉が泣いたり笑いたりした時はいつくのか?夏涼はもう覚えていない。


 それは夏涼がいつもできるだけ日琉の顔から目をそらすから。


 毎回、日琉の顔を見ると、彼はいつも月璃が記憶を失い、目覚めたあの日を思い出す。月璃が恐ろしい目で日琉を見た時の、絶望が幼い少女の顔で蔓延した表情を。


 その表情も、真っ白な部屋のことも、彼は思い出したくない。


 月璃が記憶を失した後の長い長い時間、日琉の目はいつも赤くなっていた。その目の赤みが静まった後、姉妹の関係はすでに過去のと大きな違いがあった。


 ロングテーブルに、二人の席の間合いが大きくないために、ナイフとフォークを使う時、月璃の右腕が不意に日琉の腕を触った。


「ごめんなさい」月璃は小さい声でいい、すぐに手を引っ込めた。


 日琉はただ顔を上げて彼女ちらっと見て、すぐまたステーキに集中する。


 公爵は彼女たちの正対面に座り、興味深げに彼女たちを見ながらステーキを楽しく食べている。


 そして日琉は突然に再び頭を上げ、何を探しているみたいに左右を眺めた。


 日琉の意図を察して、月璃は素早く彼女の右側の塩入れを渡す。


 今回日琉は月璃を一瞥すらせず、彼女は塩入れを受け取って自分の皿にかけて、フォークで大きな塊のステーキを刺して口に詰め込み、頬張って食べる。


「日琉、お姉さんに感謝の言葉は?」公爵は少し眉を顰めた。


 口の中にまだ食べ物があるので、日琉はリスのように頬張り、頭を傾けてしばらく月璃を見った。月璃は彼女に友好な微笑みを示してみる。


 日琉は口中の食べ物を飲み込んで、首を横に振った。


「彼女は私のお姉さんじゃない」


 そう言って、月璃に一切興味もないように、彼女はステーキを切り続ける。月璃は俯いて軽く唇を噛み、同じ様にフォークでステーキを切り続ける。違いは、彼女の皿にあるステーキはとっくに細切れ肉になった。


 もう5年、日琉は未だに月璃を彼女の姉さんと認めはしない……だけと夏涼が知っている。毎回、日琉は記憶を失った状態から目覚ますと、まず月璃を探そうとする。


 公爵は眉を顰め、少し不満があるように姉妹を見て、フォークを下ろした。


「日琉、月璃に『姉さん、ありがとうございます』を言え」


「はい」日琉は無表情で頷いて、顔を月璃に振り向けた。「姉さん、ありがとうございます」


「……」月璃は日琉を見て、表情が強張った。


 命令を果たした後、日琉の瞳には何も映らず、何の動きも反応もない。


 同じ頃、夏涼も無表情でこの全てを見ている。彼は真っ直ぐに月璃の後ろに立ち、感情を抜いて目の前の一切に評論しない傍観者に徹している。


 それは彼にとっては難しいことではない。ただ、物事を見る距離を調整すればいい。


「月璃」公爵は月璃に笑っていった。「気にするな、私のしつけが悪い」


「い、いいえ」月璃も公爵に向いて微笑んだが、それは無理に笑顔を作ること、誰にもわかる。


 公爵はもう一度笑って、手を上げて指を鳴らした。


 止まった時間が流れ始めた。日琉は俯いてステーキを食べ続ける。月璃は沈黙しながらステーキを切り続ける。ナイフ下のステーキは間も無く細切れ肉からひき肉になることに気づかなかったらしい。


 食堂には再びナイフとフォークの軽く打つかり合う音しかない。


 夏涼は考え始めた。果たして月璃に注意を与えるべきなのか?どうやって切り続けても、ナイフやフォークは君の代わりに食べ物を消化しないことを。


 月璃はようやくひき肉を口に入れて咀嚼し始めた時、公爵と日琉二人はすでにステーキを食べ終わってしまって、銀製のナイフとフォークを下ろした。


 公爵は赤ワインを一口飲んで、グラスを置いて月璃に口を開く。


「月璃、最近何をしているか」


「古本を翻訳してます。『アイビス日記』という名前の本です」月璃は小声で答えた。


「おぉ?何の話?」


「内容はちょっと童話のようです……」


「童話……?ならあまり読まない方がいい」


 月璃は頭が下がった。「……わかりました」


 公爵はグラスの脚を持って、一口飲んで再び下ろした。


「童話というのは、長く保たないものだからな」公爵は淡々といった。


「……」月璃は皿の中にあるひき肉を見つめ、話さなかった。


 沈黙、食堂に誰も話さない、ナイフやフォークのぶつかり合う音もなく、侍従は静かに後ろから現して、公爵と日琉の皿を回収した。


 公爵はテーブルに置いた両手に顎を乗せ、月璃を直視する。


「どうした?口に合わないか?」公爵は柔らかい言い回しで話した


 月璃は首を横に小さく振った


「いいえ、ただお父さまの出征前に、心が少し落ち着きません……」


 公爵はゆるりと微笑んで、右手を前に出して月璃の髪を優しく撫でる。


「安心するがいい、知っているはずだろう、私にとっては、敗北や戦死の可能性は存在しない」


「はい……」


「恐れることはない、君に誓おう」公爵の手は月璃の髪の流れに沿って下ろした。「たとえ私が出征している最中、君、それとも日琉が突然に攫われたり失踪したりしても、天地の果てまで、君たちを探す」


 そう言って公爵は目を細めた。まるで目の前の黒い瞳にあるのはどうな感情なのかを確認するように。月璃は怯えた目で彼を見返し、視線を離す勇気さえない。


「……」


 しばらく観察して、公爵が突然立ち上がった。


「お休み、君はすでに成人だ。今度の出征で君に何を言い含めるつもりはない。だが、もう一人の未成年の娘に対して、私は『教育』の責任を果たさなければならん」公爵は淡々と言って、身をひるがえして食堂の入口へ移動する。「こい、日琉」


 日琉は立ち上がって、彼の側に歩み寄って、沈黙し、命令を待つ。


 びしゃ!


 平手打ちの音が立って、日琉の口元に血が滲んでいく、横顔がすかさず赤い腫れになった。


「姉さんへのさよならは?」公爵は眉を顰め、ハンカチを取り出して、血が垂れ落ちている掌の縁辺を拭いた。「たとえどんなに親しい姉妹でも、基本の礼儀は忘れられない」


 日琉は無表情のまま月璃に向いて、正しい姿勢でお辞儀をする。何も話さない。


 月璃はうつろな表情で自分の妹を見た……意識が薄れるように。妹は彼女の前にいるはずだが、その黒い瞳で見ているのは、もっともっと遠い場所だ。


 日琉が漠然と公爵の後ろについて去った後、夏涼は月璃の前の皿を侍従に渡した。それを食べる気、月璃にはもうそれがないことは彼が知っている。


 彼も知っている。公爵に連れ去られて単独で教育される日琉がどんな扱いされるかを。


 しかし彼は何も話すつもりはない。意味ないから。


 公爵は確かに残酷と言えるが、自分の規則を持つ。表向きの教育と裏の実験、両者ははっきり分けられる。教育する時、公爵は日琉に後戻りできないくらいの傷と致命的な傷を与えない。


 そして公爵は信用できる人だ。彼は確実にずっと前からの約束を守っている。夏涼が彼を逆らわない限り、彼は月璃に手を出さない。


 だからこそ、月璃がどんなに不本意でも、夏涼は公爵の副官として出征しなければならない。


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