-傾月-〈拾貳〉人生はとめどなく穴を掘ることだ 1
その後、雪はどんどん降った。
空が薄暗い。夕日は地平線に沈んで、夜がそっと降臨した。
太陽の代わりとして世界で灯をともし続けるのは、銀青色の無尽の月だ。
月璃はまだそこに佇んでいる。ぽつんと佇んでいる。空には満天の雪、氷晶がそっと湖面に溶けてゆく。
「月璃?そろそろ帰りますか」
沈黙を破って、月璃は静かに口を開く。「ねぇ……涼君、出征、行かないでくれませかんか?」
しばらく黙り込んで、夏涼はおもむろに言った。「月璃、それはすでに公爵が決めたことです」
「しかしあなたが言ったでしょう、ずっとわたくしの護衛をしますって、なら出征しないて……」
「……」
夏涼は答えなかった。
だからこそ、彼は行かなければならない。月璃の護衛であり続けるためには、彼は公爵に反抗することができない。
ちょっと考えてみて、夏涼は口を開く。「私は大丈夫、公爵さまもそうです。」
ただの慰めではなく、簡単明瞭な事実だ。
先行する斥候が収集した情報によると、今回、帝国の出兵数はなぜか約7000だけだ。この数はいつも少数で多数に打ち勝ってきた公爵にとって、脅威にならない。
「そうではありません」月璃は夏涼を見つめる。「わたくしくらいも知っています。軍を率いるのはお父さまなら、絶対にうまう行くでしょう……少しひどいけど、わたくしが恐れるのは、これではありません……」
「月璃、何が怖いですか?」
「実は……最近なんとなく感じました。多分、記憶が……間も無く回復すると思います……」
「それはいいことではありませんか?」夏涼は優しい口調でいった。
「そうではありませんよ!」彼女は首を横に振って、声が少し大きくなった。
「わたくし……怖いです……記憶が完全に回復した瞬间、今のわたくしは……まだ存在できますか?」
「能力も個性も心の強さも、全ての全て、わたくしは『彼女』に及びませんよ」
【雪蝶】は無声で落下して、積雪に垂直に嵌め込んだ。
彼女はそっと拳を広げる、一片の雪が落ち、その指先を通り抜ける。
「もしあなたが出征のために離れ、あなたがわたくしのそばにいないなら……今のわたくし、この弱いわたくしは、飲み込まれてしまうのでしょう」
「あなたが戻る前に……この5年間、わたくしがあなたとの関係、わたくしが信じるもの、積み重ねたもの……必ず彼女に一つ残らず奪われてしまうでしょう。」
月璃は頭を下げて、空っぽの右手の掌を握って、左手で右手をがっちりと包み込む。手を掴んでくれる人がいないから、自分で手をつなぐしかないのように。
手の中に何も持っていないのに、それてもがっちりと掴み締めたい。
「実はわたくしは、記憶を取り戻したくありません……今のわたくしは十分に幸せです。この幸せの日々を続けたい、ただそれを望むだけ、それは間違っているのですの?」
「今日一日のように、本を読めなくもいい、琴弾きをうまくできなくもいい、ただ何も考えず、楽しくて、頭の中に夏涼しか残ってません……」
「たとえわたくしは永遠に『彼女』のように賢く、強い人になれなくても、たとえそれはただの立ち止まりでも?、二人でずっとこうやって過ごし続ければ、他のことは……どうでもいいのです」
彼女は頭を上げて、夏涼を見つめ、小さい雪片がその長い睫毛に軽く降りった。
「わたくしはすごく、すごく努力して夏涼に自分の気持ちを表しました……それだけの報いを求めることもできませんの?」
そう言って月璃は話を止めた。夏涼も口を開かない。二人は互いに見つめ、湖畔に静止する。雪だけ、舞い落ち続ける。
出征しないで……くれませんか?
蒼白な唇が刻んだ?形、無声で、もう一度夏涼を尋ねた。
その模様は夏涼は胸がズキンと痛ませる。目の前の彼女は過ちを犯した子供のように、おどおどして大人の前で立ち、自分が抵抗できず理解できずの大人が好きにさせて自分のお仕置きを決めることを待つ。
今、月璃は彼の裁きを待っている。
しばらくした後、夏涼はゆっくりと言う。「君は全てを失うことになりません。記憶を取り戻した瞬間、たとえたなたにとっての他の全てがかわろとしても、私たち、私たちの間だけが、きっと今までのようにできるはずです」
月璃は微かに首を横に振る。
「無理です。あの月璃なら、絶対にそれを許可しないでしょう。わたくしが今のように夏涼に依存することを……だけど、わたくし、わたくし……はただそのままでありたい」
縋りつくような声で訴えながら、彼女はまっすぐ前方を見る。視線に沿って、寒風は側の木の末に残った最後の紅葉を連れ去っていく。
紅楓が落ち、すぐ飛雪に飲み込まれて、真っ白の中に跡形もなく消えた。
彼女はゆっくりとしゃがみこんだ。
「わたくしは……彼女に勝てませんよ」
夏涼は沈黙した。しばらくの間、彼は喉の乾燥を感じながら、一言も簡単な言葉を話せない。
それ以前、彼は一度も考えなかった。自分の期待は、どれだけに月璃に負担をかけたかを……
彼はいつもそう思っていた?。今の月璃はあまりにも劣等感が強い。不自然なまでに強い。色々なことが良くできるのに、それでも彼女はちっとも自信を作れない。まるで彼女の影に目の見えない敵が隠れていて、毎日毎晩彼女の弱さを罵り、嘲笑するようだ。
しかし今彼はようやくわかった。それを引き起こしたのは、彼自身かもしれない。
夏涼は無意識に拳をぎゅっと握る。
さっき、彼はお節介焼きと3人の親衛隊を懲らしめるように、今まで、月璃を傷つけた人なら、彼は一人も見逃さなかった。
しかし、実際に月璃を傷つけられる人は、月璃に最も近い人だけだ。
灼蘭ではなく、親衛隊たちではなく、公爵すらもなく、彼だ。
彼、この夏涼という護衛こそ、少女が記憶を失った後唯一印象が残った男こそ、本当に少女を傷つけられる距離まで近づくことを許された。
少女が記憶喪失した後唯一の縋り付かれる流木として、自分がやるべきことは少女を接岸まで導いてあげる。彼はいつもそう思っていた。しかし実際に彼はただずっと少女を逃げられない暗流に引っ張っただけだった。
常に何となしにあの女の子に話及ぶのは彼だった。常に月璃を過去と対照したのも彼だった。
少女が自分に対しての質疑と不信は、彼が自ら引き起こすものだ。
そのままにしゃがんで、自分が世界で占拠した体積を最小まで減らすような月璃を見て、夏涼は空を仰ぎ、 雪が頬打つ寒さを感じながら、息を吐き出した。
慰めの言葉を含め、何も言わず。彼はそう決めた。
今さら何を話しても、きっと間違いだろう。
多くの人は理解できない。言葉の正しさと間違いは、話した後に決められるのではなく、話す前に決められることだ
今は、もう間違った。
彼はつま先跳んでウォーミングアップして、少し体をくねらせて、そして周りで鉄棒を回転させ、体の寒さを追い散らす。鉄棒は雪の中で鋭い風圧を作って、最終、その先端が少女の前に静止する。
夏涼は少女、あのちっぽけな、大雪に飲み込まれていた姿を武器で指す。
「【雪蝶】を持ち上げなさい。演習はまだ終わりません」夏涼は静かに言った。