-傾月-〈拾壹〉氷湖に踊る二人舞 2
3本の刀は白い虹のように、湖面に反射した日差しを照り返し、砕ける雪と共に月璃へ斬りかかる。
カチン、カチン。
月璃の周りには再び2本の青色の残光で描かれた弧線が増えていた。磁性が付与された3本の刀は今回も依然として【雪蝶】に触れず、再び推力で弾かれて、お互いに引き合う力でぶつかり合った。
親衛隊たちは視線を交換して、目つきがだんだん鋭くなり、切っ先をひっくり返し、急速に連斬りをする。
月璃は歯を軽く噛み、2本の【雪蝶】は宙で舞い、3本の軍刀より軽快な軌跡で2筋の光跡を描き出す。
火花が飛び散り、刀の刃がぶつかり合う音は奇妙な風鈴の一続きの音のようだ。しかし3本の刀は一度も月璃に近くことはなかった。【雪蝶】さえ触らなかった。
夏涼は安堵の吐息をついた。胸奥の不安を少し解消してゆく。
彼はこの立ち回りはすでに月璃に支配されつつあることに気ついたからだ。
ごく少数の人しか五色を使えない。普通なら、それは生まれた時すでに決められていることだ。五色の才能のない人は、どんなに努力しても五色を使うことができない。しかし理由がわからないが、月璃は特殊な例外だ。五年前、頭に重傷を負った月璃は、記憶を失った同時に、突然に五色を使えるようになった。
智慧の月の教会堂でも生命の月の教会堂でも、司祭たちは誰もその理由を説明できなかった。ただそれは月神エンドリスに与えられた補償かもしれないと言われただけだった。
今、この一対多、月璃の得意の五色にとってちょうど最も発揮できる状況だ。青色の中の【磁極反轉】を使って、相手の刃の先に【雪蝶】と同じの磁極を付与したことで、反力を利用し逆方向へ逃げる。
35.625キログラム。
それは五色に最も精細に力を使えるタイプー「タッピングタイプ」として、月璃の元の体重ー45キログラム引くさっき5回の五色の代価ー24分の5の体重の結果だ。親衛隊と二倍くらいの重さの差を利用し、双刺は軽々と舞い、少女は反力を借りて3人の間に飄然と進み出る。
カチン!刺青の男の刀は横へ反発して、硬い湖面に埋め込んだ。
氷屑を散らばらす。
月璃は左手の人差し指を【雪蝶】の柄にある穴に入れて、残りの四本の指を柄から放して、一本の【雪蝶】を回転して銀色の光跡で作られた扇と化しながら、顔の前に塞いで飛び散っている氷屑を弾く。
しかし彼女は全てを弾かなかった。一発の細長い氷屑は彼女の首をかすめて、一筋の赤い痕を残した。
親衛隊は再び視線を交換した。オオカミだけが残って月璃に斬り続ける。他の2人は後ずさりして、それぞれ場所を選んで、刃を反転させて刀の背で氷湖を叩いた。
硬い氷湖の面に凹状の孔を生じた後、彼らは大きな氷の塊を拾って、一歩前に踏み出して、両手を広げて全力で月璃に投げる。
ドン!ドン!
氷の塊は砕け散り、粉塵と寒気が広がる。
【雪蝶】は強く揺られて、オンオンと音を響かせる。月璃は腕を交差させて頭を守り、柄を握りしめた両手はかすかに震えている。
オオカミはこの機会を逃さず、迅速に軍刀で月璃の腹に襲いかかる。
月璃は左手を下へ引いて、一方の【雪蝶】で軍刀を弾いて、少し息を切らしていた。
効果を確認した後、2人の親衛隊は再び氷の塊を持ち上げて、息を整える時間を与えず、大きな氷塊をそれぞれの方向から月璃に連続に投げつける。同時にオオカミは氷塊と違う方向を狙って斬り続けてきた 。
月璃は氷を避け、弾きながら、倉卒にオオカミが思い切り襲いかかた軍刀を【雪蝶】で逸らす。時々【雪蝶】を反転し、逆の磁極でオオカミの軍刀を引き寄せて氷塊を受け止める。
いくら彼女でも、このように精密すぎで、まるで切っ先に片足で踊るような操作を長く維持することはできない。
彼女は息がますます荒っていく、蒼白な顔に異常な赤潮を浮かべ、青い髪が乱れて横顔に貼り、だんだんあわてふためいていた顔になった。
夏涼のいつもの穏やかな微笑みが消えた。顔が霜で覆われるようになった。
彼はまだ口を開けなかった。公爵は突然に自分の娘を狂ったように斬り続ける部下を呼んだ。
「オオカミ、さっきから、君は一体何をしている?」月璃は自分の娘ってことをようや思い出したように、公爵はオオカミにそう尋ねた。
しかし公爵に質問されても、オオカミは返事せず、攻撃の手も止めない。
「手加減しないで、刀身を加熱しろ」公爵は淡々といった。
夏涼は公爵を一瞥した。理性で、彼は公爵が『刀身を加熱しろ』を命令した理由はわかる。普段なら、彼はそれは非常に合理的な判断だと思うだろうが、今の彼は賛成できない。
公爵は月璃はすでに限界に近づいてきたことに気づかなかったのか?
公爵の命令を聞いた後、オオカミは無表情で一歩退いた。
他の2人は一斉に軍刀を彼に投げた。彼は空中で2本の刀を掴んで、垂直に氷湖に挿入した。そしてポケットから燃油を入り込んだ小さな皮袋を取り出して、空へ投げて、鋭い切っ先で2本の刀の刀身を掠り、火花が散る 。一秒後、高温で赤くなる鋭い切で上から下まで空から落とした皮袋を斬る。
燃油は烈火に化して宙で爆発四散して、すぐ一瞬で消えてしまった。残るのは、1玉の淡い赤色の『スタンダードタイプ』の殘光と、湯気が立ち、徹底的に真っ赤になった3本の刀身だ。
【紅・聚能】。物体と空間の熱エネルギーを一点に集める能力。同じ赤色の分野に属するが、それは夏涼が長けている【散能】とちょうど逆の技術だ。同じ赤色のカラリストだからこそ、さっきの【聚能】はどんなに熟達した技術か夏涼は理解できる。
こんな短時間で、完璧に熱エネルギーを切っ先に集めて燃油を起爆して、次の一瞬に空中の炎の熱をそれぞれの3本の刀へ吸収させた。夏涼もそれをできるの自信はない。
オオカミは加熱が完成した2本の刀を抜き出して、仲間たちに投げて戻した。そして両手で軍刀を握り、刃先を斜め上に月璃に向ける。
ひとひらの雪は長い刀の刃に舞い降りて、一線の白い蒸気になった。赤色の刀身は宙でおもむろに半分の扇形を描き出し、ふと喘ぎ休んでいる月璃にまっすぐに襲いかかる。
カチン!
月璃は双刺を組んで胸の前でこの一撃を受け止めた。彼女は両腕が震え、目に恐怖の色がみなぎり、かかとが数メートルの後ろに退き、氷湖に白い軌跡を描いた。
オオカミの刀身が【雪蝶】に確実に触れたことを確認すると、残りの二人が頷き合い、刀を挙げて前向きに歩く。
この類の五色は、月璃の最大の弱点と言ってもいい。金属を高温に熱して、消磁すると、直接に月璃の【磁極反轉】を封じることができる。
「公爵さま、試合はここまでよろ……」
「夏涼」公爵は紅茶を一口飲んだ。「客席を離れたくないなら、黙れ」
「……」夏涼は沈黙し、背中に隠された左手の爪が掌の肉に突き当てられた。
前方、3本の長い刀と2本の双刺の間で、連続して明るい火花が飛び散る。
殘像は火の如く、勢いは風の如く。
兵器のぶつかり合う音が密集している。これらの焦熱の刀は空気をねじるように幾何の軌跡を描き、宙で3本の赤い線を残り、その道の降る雪を連続に蒸発させて白糸に化す。
赤色の刀線が直角に転向し続け、犬の足のように左右に曲がって、信じられないほどの角度を狙って振り斬る。月璃は二本の【雪蝶】でギリギリそれを防ぎ、体重の劣勢で後ずさり続ける。
これこそ戦闘のエリートである公爵親衛隊の本当の実力だ。親衛隊たちは無表情で、長い刀を軽く振り続け、月璃に呼吸の合間すら与えない。
月璃は確かに優れた防御力を持っているが、しかし防御力だけを評価できるのは、月璃は攻撃力を持っていないから……武道を始める時から、月璃が五色を使って【雪蝶】と合わせて人を攻撃することを夏涼は一度も見たことが無い。
しかし月璃は防御面がどんなに優れていても、正面で3人の親衛隊の攻撃を全部受け止められるわけがない。
月璃は胸の起伏が激しくなり、頬だけでなく、服から露出している白い首と腕は斬りかかってくる刀の熱さで赤くなった。ただ数秒の間で、彼女はすでに何度も危機に陥った。一段の綺麗な前髪を切られて、空中で高熱で曲げられた。手の鎧と胸の鎧は連続に切っ先に掠れられて、何箇所にも発煙の焦げ跡を残した。
防具をつけなけらば、今はどうなるのか?夏涼はそれを想像する勇気がない。しかし窮地に追い込まれても、月璃は依然として3人に一度の反撃もしなかった。
「……」
夏涼は再び公爵をちらっと見て、公爵はつまらない顔をしながら手の中で茶碗を転がしている。このすでに制御不能になった演習を阻止するつもりはないらしい。夏涼はもう躊躇わず、練習用武器の棚から鉄製な長い棒を掴んで、
彼は最も速い速度で湖面へ駆けつけていく。
突進して、突進して、全力で突進して、最も短い時間で4人との距離を縮める。
体を押し下げて、下半身の筋肉を隆起して、膝を曲げられる限界まで曲げる。
一歩を踏み出し、溜めた力を放出する。
びしゃ!
氷湖に踏んで亀裂を生じて、夏涼は一瞬に上に跳び上がて、月璃を斬り続けているオオカミに鉄棒を強い力で投げつけた。
重厚な鉄棒は激しい勢いで、雷のように落ちる。
ドー
オオカミは最後の瞬間に奇襲に気づいて、狼狽したように姿勢で後方に転べた。
鉄棒は氷に刺して、長い柄は直立になり、震え続ける。
残りの二人の親衛隊は急に乱入してきた空中にいる夏涼を驚きの目で見る。
まただ!
夏涼は冷めた微笑み、邸のメイドたちになまめかしいとすら言われた微笑みを浮かべ、身体はまだ完全に地面に落ちない途中で、両手で鉄棒を掴んで後ろへの力を注ぎ、舟を漕ぐ姿勢で、氷に嵌っている鉄棒を支点として前方の刺青の男を蹴りかかる。
全力を注いだ蹴撃だ。
ドン!
足首の脛骨を筋肉に嵌めた感触を感じた。
刺青の男は後ろに飛び出して、湖面に転がって氷の塵を巻き上げる。
まだ終わらない!
前蹴りの慣性に沿って、右手で後ろに嵌っている鉄棒を抜いて、力を筋肉に注いで、腕を通して鉄棒まで伝える。
鉄棒は夏涼の後方から横側を通して鉄色の半円を描いて、あご髭の男の刀に打ち当てて、彼を刀と共に打ち飛ばした。
「涼君?」
月璃は武器を下ろして、驚きを隠せない。わずか5秒の時間、彼女に猛烈に攻めていた3人に1人は膝を折って、2人は遠くに打ち飛ばされた。
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