-傾月-〈玖〉公爵邸の夜 1
夢を見た。
ある人はそう言った。人が夢を見た時、どんな思い出でも、三人称の視点に変わる。
それは、記憶というものが実際に保存されず、ただ頭の中で構築、構築、再構築するだけだからだ。
まるで、偽造された文書資料みたいに。
だから夏涼は、もうこれは何度目なのかをわからなくなる。
何度目?この久しぶりの夢を見る。
何度目?思いが過去へ連れて行かれる。
ますます鮮やかな思い出へ連れて行かれる。
雄鹿の彫刻は口を開け、雄大な水柱を吐き出す。
蒸気が立ちこめ、空間に充満する。
煌びやかで巨大な風呂場に、今、二人だけが存在する。
君は一体何をしていますか?
これは少女が彼の懐でゆっくり目覚めた後、彼が言った最初の言葉だ。
少女は薄くて白いパジャマを着て、彼と同じように、全身が濡れている。
髪の毛が乱れて横顔に貼り付き、顔色が青白い、唇の血の気が薄い。
しかしその漆黒の目はただ開いてばかり、彼をまっすぐ見る。冴え冴えとしている。
「水泳よ」少女は無邪気な顔つきをする。
「邸の全ての人は君をまる一日探しました。『はい私は風呂場で水泳の練習をした』、と、そうおしゃりたいんですか?」彼は無表情だった。あるいは、できるだけ無表情を装っているという方が正しい。
「ダメか?あたしを探そうってあなたたちに頼んでないはずよ」少女は目をパチパチさせる。
この返事を聞いて、彼の頭の中で一日中張りつめていたあるものが、糸が張力の限界に達したように、切れた。
左手を高く挙げて、考えずに振り下ろす。
少女は目を閉じずに、ただ強がって彼を見据えている。唇を噛み締めて、ちっとも弱みも見せない。
その表情を見て、彼の左手が少女の頬を触った瞬間、無意識に止まった。
彼は人差し指で少女の目尻に溜った涙を拭いた。
「怖がらなくていい、君はまだ生きています」彼は事実を簡潔に述べる。
「もしあなたはあたしを殴りたいなら、殴っていい、誰にも話さないから」少女は躊躇せずに彼の手を振り払った。「あたしを憐れむな」
「私は君を殴れません」彼は首を振った。
「臆病者」少女は口元を歪めた。
「……」
「笑いたい時に笑う勇気は無くて、怒りたい時に怒る勇気は無くて、人を殴りたい時に殴る勇気も無い。葬式の化粧した死体のような微笑みを作れる以外、あなたは一体何かができる?」
「人工呼吸もできます」彼は淡々と言った。
「な……」少女の目を見張った。
それは邸に入って以来この数ヶ月、彼は初めて少女の驚いた顔を見た。
彼は突然、少しわかった。一体少女は何が得意なのか、何が苦手なのかということを。
「冗談です。」
「……」
「冗談です。」彼は繰り返した。「例え本当でも、人工呼吸はキスではありません。安心しなさい。君の初キスはまだいきている。」
「……隠すより現るはなし」少女は歯を食いしばる。
「勝手に想像しなさい、私は君のようなガキに興味があると思いますか?」彼は頭を横に向けて、できるだけ冷ややかな口調で言った。
「……」
少女は突然両手で彼の顔をきつく掴んで、猛然と自分の頭で彼のおでこに頭突きをした。
「あなた……」彼は手で激痛のおでこを支えた。
反応時間を与えず、少女は再び彼の顔を掴んで、自分の顔へ引き寄せた。
今回、彼は徹底的に金縛りになる。
数秒後、ようやく理性に戻った彼は、素早く少女を突き退けた。
「君……一体何をしています?」彼の顔にやっと怒りがあった。
彼は気づかなかった。この言葉は少女が目覚めたばかりの時の最初の一言と同じだった。
ただ、感情があった。
「人工呼吸だろう」少女は口を拭って、ニカッと笑った。
「……」
「仕方なく、さっきから今まで……」
……あなたの顔つきは、まるで溺死しているみたい。