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-傾月-〈柒〉仮面 5

 

『刀鱗蛇』、寒地の荒原に住む大型の稀有なヘビ類。


 鱗は鋼のように硬い。敵と獲物に出会った時、全身の鱗を逆立ち、体を回転させて鱗を刃として相手を切り裂く。だからこう呼ばれた。


 このヘビ類の最大の特徴は、たとえ成熟しても、無制限に成長できることだ。その中で最も有名な個体は、デカル高原寒地の奥深い地に棲み、数十メートルを超えた蛇皇と言われる存在だ。これまで、色々な勇気司祭がチームを構成して、隊商連合が発布した破格の懸賞金が掛けられたクエストを受けたが、誰も生きて帰って賞を受け取った者はいなかった。


 長い時間が過ぎた。その懸賞は依然として勇気の月の教会本部の掲示板に高々と掛けられている。ここ十数年間、それを剥ぐ勇気がある勇気司祭は一人もいなかった。


 また、刀鱗蛇は一つの特性がある。一部の獲物に対して、刀鱗蛇は体で絡みついて鱗で獲物を切り裂ける。そして肉片を一枚一枚で木の枝に刺して乾燥させる。備蓄用の食料とする。


 現時点で灼蘭がまだ生きられるのは、その特性のおかげかもしれない。


 噂に、上等な獲物を探した時、刀鱗蛇はまずそれを観察し、一口で呑み込む方がいいか、それとも保存してゆっくり食べる方がいいのかを決める。


 今、灼蘭と四つの目で対峙している巨蛇は、仮に擬人化するなら、女の子とデートにいく時、何を食べるか決められない、優柔不断な性格の男だろう。


 普段なら、こういう男に灼蘭は、一顧だにしない。


 しかし今、灼蘭の顔は青くなり、成人の腕と同じような太さがある蛇の舌が彼女の前で出し入れされ、彼女はこの蛇の迷う時間が長ければ長いほどいいと思っている。


 太ももの内側に、なんとなく暖流が流れていく。


 数十秒で止まり、彼女の前の刀鱗蛇はようやく動きがあった。


 後ずさって、後ずさって、蛇はゆっくりと灼蘭から後ずさっていく。


 3メートル、5メートル、10メートル。


 灼蘭がほっとしていた瞬間、


 巨蛇は口を開け、バネにに弾かれたように灼蘭へ突き進む。


 砂が舞い上がる。蛇の口中の深紅色が瞬間に拡大して、寄りかかって、灼蘭が目で見える世界を全て覆い尽くした。

 悲鳴の時間すら与えられず、灼蘭は目を閉じた。




 ドン!




 闇の中で、巨大な音が鳴った。


 地面が揺れていた。


 灼蘭が予想した死は来ていなかった。


 目を開いた後、目に入ったのは、その蛇の血に染められた銀色の仮面だ。


 巨蛇の扁平な頭はさっき灼蘭が見たより数倍長い血の槍で上から下まで貫かれた。十数メートルの尾は地を叩き続け、その度に闘技場全体が強く揺れ動いた。


 数秒後、巨蛇は動かなくなった。【銀仮面】は巨蛇の上から飛び降りた。


 彼は灼蘭におもむろに歩いていく。


 微笑み、相変わらずあの微笑みだ。


 しかし灼蘭の目の中に、さっきと全く違わないはずの微笑みは、今、いかなる表情よりも異質である。


 彼女はようやくわかった。実際にこれは何かの笑顔ではないことを。その精密で、毎回少しも違わない微笑みは、ただ悪魔が人間社会へ溶け込むために作られた偽装だ。


 ……その仮面のように。


 次第に近づいてきた【銀仮面】に対し、灼蘭は負傷した足を引きずって、必死に後ずさる。


 少し移動しただけで、彼女は闘技場の壁に阻まれ、もう後ずされできない。


「こ……こないでください!」


 彼女は側の黄砂に手を伸ばしてやたらに搔き回し、その中の石を掴んで【銀仮面】に全力で投げつける。


【銀仮面】は避けなかった。石は彼の眉間に当たって、彼は少し仰向く。


「そういえば、さっきローラお嬢さんに話したあの物語の後半を、それがしはまだ話していなかったですね」


 一筋の血は【銀仮面】の鼻先に沿って流れた。


「『男の子の父の墓』で話を止めたあの物語をまだ覚えていますか?男の子が徹底的に真実を知った後、仮面の男は何も言わなくなりました。ただ離れた時、彼は静かに墓の前に銀色の仮面を残しました。まるで……男の子はそれをいずれ必要とすることを知っていたようです」


 そして現在、その銀色の仮面に、細かい亀裂が入り始める。


「数年経って、英才教育を受けた男の子は、新しい親たちが満足できる姿に成長しました。」


 亀裂が伸び始めて、網状に仮面の右半分に広がってゆく。


「彼を売った人が彼に言った最後の言葉に従って、彼は老夫婦の前で価値ある優秀な息子を立派に演じました」


 パ……パキッ……


「そして機会が訪れた。とあるわがまま姫さまの意地悪な条件で……」【銀仮面】はここでちょっと口を閉じて、少し笑った。「具体的には、『真面目で責任感が強くて、イケメンだけど、イカついタイプじゃダメ。それで若くて、頭が良くて、強くもないとダメ……』。彼は寒霜城で唯一の資格該当者になり、老夫婦はそれが出世の機会だと思って、彼を公爵邸に送りました」


「物語が終わりました」


 仮面の半分は砕け散った。


 仮面の後ろの顔を見て、灼蘭は信じらず目を見張た。


「……夏涼・カースィフォリナ」


「いいえ」彼は首を振った。「少なくとも今は……この名前ではありません」


 いつのまにか、彼は右手で回り続ける真っ赤な流体を掴んでいる。


 彼が血の球を自分の目の前に置くと、球体はゆっくりと変形して、平たくなる。


 血液は残り半分の仮面から伸び、仮面の碎かれた部分を埋めて、下へ伸び続けて、彼の顔全体を覆った。


 凍った後、それはさっきと全く違い、不気味な仮面になった。


 血色の道化者の仮面だ。


 灼蘭の全身は冷たい湖の底に落ちた。彼女はごく最近この仮面を見たことがあった……王国公報の画像で。


 近年、王国の辺境に生臭い風と血の雨をもたらした名前が彼女の頭に浮かんだ。


 ……【アイスジョーカー】。


 あちこちにある血溜まりを利用し、【アイスジョーカー】はもう一度右手で血色の小刀を凝縮して、ゆっくりと灼蘭に向いて歩いていく。


「い、いやよ!わたくしはまだ死にたくありません……」


 灼蘭の命乞いをよそに、【アイスジョーカー】はしゃがんで、小刀で灼蘭の服を切り裂いて、その中に手を入れて手探りする。


「わた、わたくしを殺さないでください。何が欲しいですの?全てあげますから」【アイスジョーカー】の乱暴な動作によって、血の気が引いた灼蘭の頬は再び紅潮した。


 彼女は抵抗しなかった。逆に、彼女は【アイスジョーカー】の手を掴んで、自分の裸の豊満な胸へ導いた。


「わたくしが欲しくないですか?殺さないで、月璃・アルフォンスのような子供より、このわたくしこそ君を喜ばせます」彼女は息が荒くなる。


【アイスジョーカー】は灼蘭の誘いを無視して、彼女の手を振り払って探し続ける。そして灼蘭の腰許から精緻な小箱を探し出した。


「君が欲しいなら、この月札をあげましょう。わたくしの元に来なくて?もしわたくしの元に来たら、どんなにわたくしを乱暴に使えても構いませんわ」灼蘭の高くそびえている胸が浮き沈みを繰り返す。


 小箱の中の月札を確認した後、アイスジョーカーはそれをポケットに入れて、ようやく灼蘭を直視した。


 彼は溜息をついた。


「あなたたちに本当に飽きました。一人は闘技を通して自分の滅びを予習します。一人は輪姦された少女を通して自分の蹂躙されたい性癖を満足させます。私が言うと説得力が無いが、少し時間がかかって情愛教会の司祭たちに心理相談を予約する方がいいと思いませんか?」【アイスジョーカー】は仕方ないといった口調で言った。


「君が言う通りです。上から他人を命令するより、わたくしはもっと踏みにじられたい、ぞんざいに扱われたいのです。しかし誰でもいいわけではありませんの。わたくしを蹂躙することができるのは、特別な人だけです」灼蘭は息を切らして、手を伸ばして【アイスジョーカー】の足を掴んで、軽く揺する。「ねぇ、わたくしを殺さないで……」


「確かに……公爵さまの目標は石板とその所持者だけ、金箔の月札すらただの付属品です。貴女は目標ではありません。」【アイスジョーカー】は灼蘭を一瞥した。


「な、なら……」灼蘭はその言葉に喜んだ。


「ただ、貴女は舞踏会の時、あのように月璃を扱ってしまいました。まさか……」【アイスジョーカー】は急に手を伸ばして灼蘭の顔を掴んで、顔を下の方に傾けて、唇を灼蘭の耳元に近づけ、賭場の時、灼蘭が彼にした動作と全く同じように。「……私が簡単に貴女を逃すと思っていますか?」


 今まで淡々と言った言葉と違い、この囁きには……


 ……全てを凍らせるほどの冷たさがある。


「最後に、その物語の結末をお話しましょう」


 頬に、冷たい五指が深々と食い込む。灼蘭は顔に激しい痛みを感じて、悲鳴をあげたいが、喉が凍ったように何の声も出せない。


「いい父親を演じた老紳士。いい母親を演じた老夫人。いい息子を演じた男の子。全ての人はこの家庭劇で、自分の役を見事に演じました」


 水気は徐々に灼蘭の顔で霜になり、彼女の歯はガタガタ震えている。


「そして、息子の就任前、3人は一緒にテーブルに座って、使用人は使わず、3人が自分で作った最後の晩ご飯を食べました。息子は父親と母親にこの数年間育ててくれた恩についての感謝を告白しました。そして父親と母親は息子の成長に感激のあまり涙を流しました」 


「これより……この完璧で暖かい家庭の絵よりも物語の終わりに適合したものがありますか?」


 アイスジョーカーの話の途中で、灼蘭が流した涙、吐き出した白い息、口元から滴り落ちた涎、全ては徐々に氷になった。


「だから、その美しい絵を永遠のものにするために、公爵邸に行く前、私はこれらの慈愛に満ちた微笑みをそのまま仮面として……今のように……」




 永遠に……彼らの顔に嵌め付けました。


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