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-傾月-〈柒〉仮面 4

 ドック、ドック。


 ドック、ドック、ドック、ドック。


 ドックドックドックドックドックドックドックドックドックドックドック。


 鼓動が合奏から離れて、独自に加速を狂い始める最初の人は、灼蘭だ。


「彼を殺せ!」


 普段の粘りつくような感じと酷薄さがなく、彼女の声は少し掠れていた。


 この言葉を合図として、ある呪いから解き放たれたように、侍従と兵士たちの魂が体に戻り、一気に刀を抜いて、ゆっくりと【銀仮面】を囲んでいく。


「7対1」【銀仮面】は周りを見渡した。「それがしは両手を縛られ、寸鉄も持たずに、この賭けゲームは少々不公平ですな」


「ひょっとして君に1枚の『リカーブボウ』、それとも『双鉄戟』を加える方がいいですの?」灼蘭は自分を強引に冷笑させた。


「それは必要ではありません。両手を縛られている時、そういう武器はそれがしと合わないのです」


「フン、両手を縛られた時に合わないって、その意味は、両手を縛られた時に合う武器がありますの?」


「なくもないです」【銀仮面】は微笑んだ。


 ベチャツ、【銀仮面】の右足は足元の血溜まりに軽く踏んで、薄い緑色の光は彼の右足の周りに浮かび、血溜まりが震え始めて、小さなさざ波が立って、足の周りを巡る。


 自分のかかとをゆっくりと肩の高さまで上げて、下から上まで、空中で真っ直ぐな薄い緑色の残光を描いた。


 床にある血はその足に導かれ、まるで緋色のお餅ように床から空中まで引かれた。そして、淡い赤色の残光は血の周りに現れ、薄い緑の殘光と混ざり合って、薄い黄色の殘光になった。


【緑・活水】。液体物質の運動エネルギーを操作する能力。


【赤・散能】。物体と空間の熱エネルギーを外に散らす能力。


 この二つの『五色』が作用して、空中に浮かんでいる血液はだんだんと変形し、氷になった。


 最後、まるで巨大なルビーで切断加工されて作られたように、浮いた血はきらきらと輝く血色の長柱体になった。


 鋭い槍の切っ先が虎の頭の彫刻から伸び出し、それは血で作られた槍だ!


「カラリスト?しかも双色?」灼蘭の表情が再び変わった。「……君は一体何者ですか?」


 灼蘭の反応に比べて、瑞雪子爵は逆に失笑した。「ヒヒ、両手を縛られ、こんなに綺麗な血の槍を作るとはどんなつもりじゃ?儂のコレクションになるつもりか?」


「溶けやすいです。」【銀仮面】は首を横に振って、片膝を挙げて水平に置いた槍の真ん中を支えて、巧みに平衡を維持する「両手を縛られても、それがしはまだ両足があるではありませんか?」


「いい言葉じゃ、とても励ましになった」老貴族は拍手を送る。


「何をぼっとしています?足で槍を持つ人すらを殺せないのですか?」灼蘭は怒鳴った。


【銀仮面】に最も近づいた2人の兵士は灼蘭の言葉を聞いて、もう躊躇せず、1人は垂直方向に、1人は水平方向に、同時に【銀仮面】を斬る。


【銀仮面】の上げた膝が左に角度を少し変えたことで、膝に置いている血の槍は平衡を失って、膝の軸に沿って回転し始め、血色の弧を描く。


 体を横に向けて上段斬りを避けて、彼は片足でしゃがんで、右足の膝の裏で血の槍を挟み、左足を後ろに引き上げ、羽蹴りにするように足の裏で槍の後ろを蹴る。


 槍は斜め上に刺さる。あれは足だけで構成された一突きだ。


 兵士は驚き、もともと水平に斬っていた軍刀を引き戻して、自分の心臓に向かって来る槍の切っ先を斬る。


『五色』で作られた氷は普通の氷の硬さと違うせいかもしれない……


 それとも軍刀と血の槍のぶつかる角度があまりにも絶妙すぎたせいかもしれない……


 鋼と全力でぶつかったのにもかかわらず、血で作られた長槍はただ浅くて白い斬撃痕が残っただけで、すぐに斬撃の反動で再び回転し始めた。


 回っている槍は赤色の光と化し、とっくに待っていたように、【銀仮面】はその斬撃の力を借りて、さらに速い速度で槍を膝を軸にして回転させる。


 兵士らはもう迷わず、すぐに刀を構えてもう一度【銀仮面】に向かう。


 なで斬り、横斬り、袈裟斬り、一突き。


 しかし、どんなに互いに協力し合っても、兵士たちの刃はもう二度とその慣性によって回り続ける血の槍に触れられなかった。ましてや【銀仮面】本人になど。


 刀は彼の鼻先の上の宙を水平に斬り、肩と擦れ違い、首の横を掠めた。


 ミリメートルまで計算された精密なステップを踏みながら、【銀仮面】はわずかな隔たりで2人の刃を避けた。


 血の槍は【銀仮面】の首、腰、膝、足、つま先を軸として、彼の周りに飛び回り、ますます速くなる。


 滑る蛇のごとく、踊る水のごとく、広げる扇のごとく。


 そして、肉眼で見える限界を超える前に、【銀仮面】は飛び上がって、身体は仰向けになり、湖の上に踊り出る魚のようだ。


 体を捻り、槍の尻を回し蹴りする。




 血色の流水はその瞬間に、赤い雷になった。




 一人の横顔を掠めて赤い一文字を描いて、赤い雷はずっと一番後ろで傍観していた他の侍従の眼球を刺し貫いた。


 声ひとつあげなかった。侍従は血の槍で床に打ち付けられて、一瞬で死んだ。顔に信じられないという表情が残っていた。


【銀仮面】と交戦している2人の兵士は目をぱちくりして、動きを止めった。


 さっきの戦いの中で【銀仮面】が何らかの小細工をしたようで、【銀仮面】の両手を縛っているロープの一端は、血の槍に飾られた虎の頭の彫刻に入り込んだ。


【銀仮面】は張りつめていたロープを強く引っ張って、血の槍はこの動きにつれて、侍従の目の穴から抜き出て、空中で回って、【銀仮面】の足元に刺さって戻った。


「一緒にかかってこないのですか?それともそれがしはもう一つの足を譲る方がいいですか?」【銀仮面】は微笑んだ。


 呆然としていた兵士と侍従は一斉に怒鳴って、刀を挙げて【銀仮面】を切りかかってくる。




 もし事情を知らない人から見れば、これから起こることは、ただ劇団の舞踊に使う殺陣だと思われるかもしれない。


【銀仮面】の毎回の回避は間一髪の差にすぎず、まるで偶然のようだ。


 たった1センチの差で、切っ先は頸動脈に突き当たるところだった。


 もし血の槍の回転速度がわずかに遅れれば、槍は直撃されて切り裂かれる運命から逃れられないだろう。


 このようなことが、短い攻防で何度も何度も起こった。


 偶然、全ては偶然のように精密すぎる。


 しかし『偶然』は、いわゆるたまたまに見えるから、『偶然』と呼ばれる。


 今、これらの偶然は秒単位で重ね続けて、運命の奇数の下で例外なく全て成立した。


【銀仮面】と兵士たちはまるで動作を互いに協力し合って、三次元を背景として、一緒に極めて複雑なパズルを組み立ているようだ。


 そして、一枚ずつ、砕け散るパズルを組み立てきた。


 緋色の扇のように振り回す槍に首を切り裂かれ……


 赤い雷と化した槍で腹を突き刺され……


 誘導された仲間の刃で腰に差し込まれ……


【銀仮面】の足につまずいて、自分で槍の切っ先へ落ちて……


 槍のロープで体を束ねられて、もがいてる時に心臓を貫かれ……


 侍従と兵士たちは運命に操られているように、自分の死を組み合わせる手伝いを強制的にさせられていた。


 血で絵を描いて、命で値段をつけて、


 パズルが完成した。




 侍従たちと兵士たちを全て殺した後、【銀仮面】は散らばっている死体の中に立ち、膝で血の槍を水平に空中に撥ね上げて、足を蹴り上げる。


 短い間パートナーとした武器を躊躇わずに蹴りで真っ二つにすると、彼は身を翻して、折れた槍の前半部分の尻を蹴る。


 槍の切っ先は高速で飛び出し、不利な状況を察知して、逃げようとしていた灼蘭の太ももにぐさりと刺さった。


 勢い余って、物狂おしい叫びと共に、灼蘭は半分の槍で空へ飛ばされ、弧を描く壁に沿って下の闘技場に転がった。


 これらの事が済んだ後、【銀仮面】は向きを変えて、独りで席に座って指先でカードを回している瑞雪子爵に向かっていく。


「逃げるつもりはありませんか?」


「逃げられるか?」


「少しお試しになられたらどうです?」


「逃げる?儂は長年待っておったぞ……今やっと……本当の意味で『紅雪種』を引いた。なぜ逃げる?」老人は皮肉な笑みを浮かべているが、目の中に疲れが見える。


「そこに座って、人の滅びを観ることが……面白いですか?」


「おかしいな、儂はこの言葉に、ちっとも皮肉を感じられぬ」


「ただの好奇心です。」【銀仮面】は微笑んだ。


「まあぁ、そんなに面白いものでもなく、だだあれらの人がお互いに殺し殺されるのを見て、自分の滅びを予習して、想像する。いつか来る自分の結末は彼らと同じように滑稽なのかい?」


【銀仮面】は何も話さなかった。彼はおもむろに瑞雪子爵に向いて歩いた。


「儂はお主の一つの質問に答えた以上、最後に、儂も一つ質問したい。」瑞雪子爵は言った。


「どうぞ、それがしが誰に命令されたかを知りたいですか?」


「ヒヒ、儂はそんな無粋な質問は聞かぬ。ただちょっと聞きたい……お主はどうして仮面をつけた?こんな卓抜した腕前を持つお主は、儂の何処かの知り合いかい?」


「……」しばらく黙り込んで、【銀仮面】は逆に問う。「仮面をつけない人間がおりますか?」


「いい返事だが、儂の長い人生で最後の答えとしては、少々新鮮味が足らんぞ。」


「なら答えを変えましょう。さっきそれがしが話したその『距離』……まだ覚えていますか?」


「物事を見る時の距離だろう、儂は老いたが、まだボケてはおらん。そういえば、お主の理論によると、下の殺し合いを見ても何の反応もしないのは、お主にとって距離が遠すぎるからじゃな。だが、先ほどお主は自分の手でそんなにたくさんの人を殺したのに、へへへ、わしはお主の目に何の憐れみを見えぬぞ」


「それは……それがしにとって、下の人の殺し合いでも、自分の手で殺しても、距離は同じだからです」


「同じ?一方は下におる。一方は目の前におる。距離はどこが同じ?」


「同じではないですか?」【銀仮面】は微笑みを保っていた。「同じ……仮面を隔てるではありませんか?」


 瑞雪子爵はきょとんとして、再び失笑した。


「なるほどなるほど、お主にとって、下のカードたちも、それとも上の儂らも、仮面を隔てて見たもの……目の前の全ては、同じように滑稽じゃ。ならさっきの話に戻そう、お主はどうして仮面をつける?」


【銀仮面】はすぐには答えず、いつの間にか彼の手はすでにロープから外れた。彼は優しい動作で緩めたロープを老人の首に巻いた。老人に暖かなマフラーを巻いてあげるように。


「仮面をつけるのは、それがしとこの世界の……最も適切な距離ですから。」


 ロープが締まった。


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