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-傾月-〈柒〉仮面 2

「それにしても、お主は本当に死を恐れぬらしいね。まるでとっくに覚悟があったみたいじゃ」老貴族は振り向いて、再び【銀仮面】に話しかけた。


「カードとされる覚悟ですか?そうでもありせん、いつかカードとされて出されることって、いくらそれがしも予想できません」【銀仮面】は苦笑した。「なんでも過去の伝説の剣士たちは生涯の頂点を極めた時、『身剣合一』と呼ばれる境地に至った。ならプロの博徒として、それがし今は『身札合一』と呼ばれるかもしれません」


「ヒヒ、正直、こんな時でさえ自嘲できるお主を、わしは確かにそこそこ気に入っておるぞ」


「人としての角度から?それともカードとしての角度からですか?前者ならば、それがしはもっと嬉しくなります」


「はははは」老貴族は大笑した。「もし別の場所で出会ったら、儂らは友達になるかもしらんぞ」


「今思い返しても遅くありません」翡翠色の目を曲げた。


「残念ながら人間は慣性の生き物じゃ。わしも例外ではなく、慣性から逸脱するためには、インパクトが少々足りぬ。」


「インパクト?」


「そうそう、第一印象は重要なものじゃ。第一印象の後、人と人の態度は、ある慣性に沿い続ける。その慣性を変えたいなら、インパクトしかおらん」老貴族は指先で一枚のカードを回転させる。「確かにお主はそこそこ面白いけど、儂にとってのインパクトがまだ足りない。もし儂の心の中におる『カード』としての印象から抜けたいなら、ヒヒ、お主は下の劇よりインパクトがおるものを出さなければおるまい」


「インパクトが足りないですか?下の状況よりインパクトがあるもの……それは確かに難しいことです……」【銀仮面】は下の闘技場を見ながらつぶやいた。


 壮健である囚人は不幸にしてまだ生きている農民に跨って、楽しそうに口笛を吹き、手錠にかけられた両手で農民の左腕を反方向に折る。人を狂わせるほどのガラガラ音と悲鳴で、農民の身体で唯一残った左腕は体から取り外されて、横に投げられた。


 痩せた少年は長い間待っていたように、切口に血液と桃色の筋肉と折れた骨を付けている切れた腕を素早く拾って、自分で作った美術品の隣に走った。血だらけで、なまめかしくて、まるで彼岸に咲いている花の隣に、少年はその切れた腕を『花』の中に挿入し、一つの花蕊とする。


 肥満の中年は不完全な死体の山にしゃがんで、目を閉じて何かを咀嚼しているらしい。和やかな表情はまるで人生の無上の幸福を悟ったようだ。


 ほかに、似たような惨劇が周りで起こっている。


 いつの間にか、闘技場は死刑囚たちの楽園になった。


「このまま彼らの狂った姿を楽しみ続けるのも悪くないが、そうするとゲームを続けられぬぞ」老貴族は下の景観を楽しみながら言った。


「そうね、ならわたくしのターンですわ。」灼蘭はデッキから一枚のカードを引いた後、きょとんとして、口元に残酷な笑いを浮かべた。「あら、おしゃべりが終わったようです」


 彼女はさっき引いたカードを【銀仮面】に示した。


 カードに、【銀仮面】と同じ仮面が簡単に描いてある。


 少し黙っていて、【銀仮面】は軽く息を吐いた。


「あなたは私を引いた。」


「私はあなたを引いた。」


 この瞬間、敬語とか、自称とかも必要がなくなった。それはただ人間社会に存在するルールだ。今、ここにあるのはカードを引いた人と……


 ……人に引かされるカードだけだ。


 この中に何の感情の起伏があるかを探しているように、灼蘭はあの翡翠色の穏やかな瞳を見つめている。数秒後、彼女はあきらめたように溜息をついた。


「わたくしもそんなに人が悪くはありません、一つのサービスをあげましょう。武器と装備を除いて、今、わたくしが手札で出せる人物カードはこの2枚だけです」灼蘭は2枚の手札を【銀仮面】に示した。


 右側のは銀色の仮面が描いてあり、【銀仮面】を象徴するカードだ。


 右側の簡易な画風と比べて、左側のカードの絵はもっと精緻である。あれは少女と大人の間の年頃の素朴な村娘だ。茶色の中に少し赤色がある長い髪が2本の三つ編みに編まれ、胸まで流れている。彼女は籐かごを持って、小さい八重歯を露出し、純粋無垢な笑顔を向けてくれる。


「君に選択の権利を与えましょう。わたくしはどっちを投げるほうがいい?」


「……」


「そういえば、このカードも君と同じ、かなり手間をかけました。この子はある小さい村の村長の娘で、【癒しのひまわり】と呼ばれていたようです。村で宝物のように扱われていました」灼蘭は柳眉を逆立てる。「フン、こんな地味な村娘が、わたくしと同じように花の称号を持つなんて、考えただけで不快になりますわ」


「この話、儂も少し聞いたことがおるぞ。なんだか彼女が失踪した後、村の若者たちはまるで魂を失ったように、食事もできず、農地すら放り出し、義勇隊を結成していくつかの隣村へ探し続けた。ヒヒ、まさかこの件はお嬢さんがやったのか。」老貴族は言った。


「【銀仮面】、選びなさい、このターンでわたくしはどっちを出すほうがいいですの?」灼蘭は目を細めて【銀仮面】の目を見据え、もう一度言った。「『癒しのひまわり』、それとも『銀色の仮面』?」


「……」【銀仮面】は依然返事をしなかった。彼は無表情でその2枚のカードを見つめて、ぼんやりし、しばらくして彼は下に向いて、とっくに人の道を外れている狂宴を見て、さらに沈黙した。


 灼蘭の問題はすごく簡単だ。


 自発的にこの煉獄に行く?


 それとも数分の命を伸びるために、無垢な罪もない少女を崖へと押していく?


「では、それがしの選択…」


「あら、長く待たされすぎて、手が滑った」灼蘭は手が少し震えて、うっかりとカードをテーブルに落とした。




『癒しのひまわり』。




 レバーを引くと、絵と同じような可憐な少女が開けた鉄製フェンスから乱暴に闘技場に押し出された。そして鉄製フェンスがすぐ閉じられた。ようやく黄砂の地面から立ち上がた少女は目の前の景色を見て、とっくに泣きはらした目を見張って、両手で口を隠して、声も出せない状態で足の震えがどんどん大きくなった。やがて支えきれず、再び黄砂にひざまずいた。


 死刑囚は首を傾げ、彼らの新しい獲物を観察して、今している仕事をやめて、ゆっくりと立ち上がた。その場面が少し静止した後、彼らは一気に少女へ突っ走る。


 すさまじい悲鳴が閉じた闘技場の中でこだまして、最後に、声がだんだん小さくなった。このひとしきりの時間で起こった事は、正常な心理の人には一生悪夢を毎日見させるだろう。


「おやおや、ひどいじゃ、このゲームを何度もやったが、今の幕ほどひどいものは見たことはそうそうおらんよなぁ」老貴族は笑っていた。


「あら、そうですか?飢餓の野獣の中でどんどん引き裂かれるひまわり、わたくしから見れば、結構『癒し』ですわ」灼蘭はその血と性に満ちた惨劇を楽しんで観ている。


 そして彼女は振り向いて、興味があるような顔で【銀仮面】を見た。


「ねぇ……この光景を見た感想はどうですの?劫難を逃れたのでほっとしましたの?無垢な少女におびただしいレイプと虐殺を加えたことで良心がとがめましたの?フェミニストとして、無力な自分への怒りを感じました?それとも…………興奮しましたの?」言葉の最後、灼蘭の話すスピードはますます早くなり、頰を異常に紅潮させた。


「……」【銀仮面】は下を眺めて、少し沈黙して、肩をすくめた。「案外悲惨ですな」


 灼蘭はいささか呆れて、今の自分が聞いた言葉を信じられないようだ。


「それだけ?」


「はい?それがしの感想を聞きたいとおしゃったではありませんか?」


 灼蘭は【銀仮面】の目をじっと見つめたが、しかしその翡翠色の瞳の奥底をどう探しても、少しも動じる気配を発見できなかった。


「どうして?」


「どうして?」【銀仮面】は灼蘭の問題がわからない。


「わたくしは君に聞いています。このような惨劇を見た。どうして何の反応もなかったのですか?」灼蘭の目は暴戻な炎を燃え上がらせている。


 それは子供がせっかくずっと手に入れたかったおもちゃを貰ったが、おもちゃは自分が想像したのより面白くないことに気づいた時と同じ怒りだ。


 そして子供が次にすることは……思い通りにならないおもちゃを徹底的に破壊することだ。


 しかしいくら灼蘭の瞳は怒りに満ちていても、【銀仮面】は依然穏やかな笑顔を見せて、目の中に何の感情もなく、怖さ、怒り、疚しさ、興奮など……何もない。


 惨劇を最初から最後まで見終わったが、彼はまるで盲目で何も見えなかったようだ。


「何の反応もない理由は、貴女たちと同じではありませんか?」【銀仮面】は淡々と言った。


「わたくしたちと同じ?」


「おお?」老貴族は目尻のシワを顰めた。


「そう、貴女たちと同じです、距離が遠すぎますからな」


「距離?君は何を話していますの?わたくしはわかりません」


「王国公報を知っていますか?」


「あの『新聞』と呼ばれておる斬新なものかい?」老貴族は尋ねた。


「最近、首都から発行したあの『新聞』って言うものでしょう?発行から今まで、わたくしは1部づつ収集しました。先日のあの【アイスジョーカー】の特集、わたくしは結構好きでしたわ。だけど、これはさっき話していたのと関係がありますか?」


「ならローラお嬢さん、知っていますか?王国公報に公開された事件全ては厳格に審査されてしまいました。三度の厳密な審査で、事件の内容は真実だと確認されました」【銀仮面】はちょっと止まった。「しかしこれらの記録、100パーセント真実の血まみれ事件を民衆に公開した後、公報に反対していた学者たちの宣言に反して、『新聞』は民衆をパニックに陥れなかったです」


「遠回しに言わないでください、だから?」


「面白くないですか?これ以前は、誰も想像しなかったです。公報を発行した後、民衆をパニックに陥れなかっただけではなく、むしろ民衆のあれらの事件に対する恐怖を薄くさせました。紙一重の距離を隔てて、この世界の片隅に実際に発生した残酷な事件は、人々がご飯を食べた後の世間話と親たちが子供に教える時の否定的な事例になりました」


「それはわたくしと何の関係がありますか?」灼蘭の言い草は焦燥感に駆られる。


「ここも……同じではありませんか?」【銀仮面】は微笑みを保つ。「観客席と舞台、上層と下層、たった十数メートルの距離を隔てて、生死に関わる殺し合いはカードゲームになり、残忍な殺人事件は病的な人形劇になり、だから……私たちは何の感じもないです」


【銀仮面】が言葉を言い終わった後、老貴族は率先して拍手する。


「素晴らしい、この人を簡単に欺くことができるほどの巧みな弁舌、儂でさえ大金で買いたいくらいじゃ」


「どうも」


「だけどこの巧妙な理屈が……カードから言い出したら、少々説得力が足りぬぞ。わしらと違って、お主は下に属しておるから、他人事とは思えぬ」老貴族はヒヒと笑った。


「この点について、それがしも同意します。しかし、何というか……これはそれがしの一つの特長です……瑞雪子爵の手に入れたばかりの『技の月財』ー【望遠鏡】と同じように、物事を見る時の焦点距離を調整することに、それがしは少々得意です」


 老貴族、それとも瑞雪子爵というべきか、老人は少々驚き、疑いの目で【銀仮面】を見る。


「お主は儂を知っておる?儂に【望遠鏡】がおることすらも?」


「前日、たまたま耳に入っただけです」


「身の程知らずにも程があるわ、ただ君をわたくしたちと一緒にさせただけで、わたくしたちと対等だと思っていますの?」灼蘭は突然険しい表情で冷たく言った。「自覚を持っていないおもちゃなんか、わたくしはいりませんわ。決めました。次のターンに、君は君がさっきが話した病的な人形劇を演じなさい。一体、そんな傲慢な余裕がいつまで維持されるのかしら?」


「ヒヒ、ローラお嬢さんがそう決めたなら、儂も助けてあげられぬぞ。まあ、せめて……お主に尊厳ある死を与えよ、冥土の土産としてな」そう言って、瑞雪子爵は一枚のカードを出した。


 フェンスが開いた後、銀白色の生き物は無声で中から滑り出し、1秒、2秒、3秒……十数秒の時間をかけて、あの太くて長い身体がようやく完全に出てきた。


 全身の銀白色の細長い鱗はまるで呼吸しているように、開けたり閉じたりする。上の反射光は螺旋状に超大型の体の動きにつれて回っている。


 それは1メートルの幅、十数メートルの長さの蛇。ここまで巨大な蛇は直接的に化け物とか悪魔とか呼ぶほうがしっくりくるかもしれない。


「刀鱗蛇?」灼蘭は表情が変わった。開けたり閉じたりしている鱗を見て、彼女は少し吐き気を感じた。「おじじ、どこからこんなものを手に入れましたの?放して大丈夫ですの?」


「安心しよ、闘技場の周りにはすでに蛇を駆除するお香を置いておる」瑞雪子爵は薄くてまばらなヒゲをいじりながら、ほほと笑った。


 ゆっくり滑る巨大な蛇は頭を高く上げて、彼をうつろな表情で見ている囚人たちを上から見下ろして、そして突然銀の矢のようにうち出して、死体の山に座って、何かを味わっている太った囚人の上半身を銜えあげた。囚人は悲鳴をあげ、血は滝のように空中から崩れ落ちる。短い足でバタバタもがくが、数秒後、体とともに蛇の腹へ消えてしまう。


 これですべての人がわかった。食物連鎖は再び逆転し、捕食者は今、被食者になった。


 死刑囚たちは逃げ始めた。


「彼をつれて行きなさい。囚人たちが全て死んでしまった後、彼を放しなさい」灼蘭は命令した。


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