表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/76

-傾月-〈柒〉仮面 1

 

 4つの巨大な篝火が地下闘技場の入り口の左右で狂っている。


 黄砂を敷き詰めた地面は血を吸い込み、篝火に照らされて明るくなったり暗くなったりし、暴力を謳う絵のようだ。

 数メートルの高いの戦士彫像は両手で錆まみれの巨剣を持ち、昂然と壁に立っている。靑銅で作られた眼窩は下の惨劇に向き、神に生贄をささげる儀式を見つめ、顔つきは厳かである。


「ガワアアアアア……」


 悲鳴の後、また一つの魂は無尽の月に回帰した。


 富豪は振り返らなかった。彼はこの悲鳴の本人を知っている。あれは彼はまだお金がない時にもう彼についてきた私兵の1人だ。15年以上の付き合いがあったが、彼は依然として振り返らなかった。


 彼は目を血走らせて歯を噛み、右手ではらを押さえ、黒赤色のドロっとした血は彼の指の間から溢れている。左手で目前の黄砂をとめどなく掴み、5つの血痕を擦り削りながら前に這って進む。


 彼が商売で巨大な成功を収めた要因は、彼は運、運は彼だということ以外で最も重要だったのは、執念であった。


 想像を絶するくらいの執念、たとえどのくらいの仲間を犠牲にし、どのくらいの罪もない人を踏みにじり、どのくらいの敵を葬るにしても、絶対に立ち止らない執念だ。


 今、運は切れたが、執念はまだ残っている。


 一体どうして今のような羽目になったのか、彼は依然としてさっぱりわからない。


 しかし一つだけわかる。もし止まったら、今まで蓄えてきた全てのものはなくなる。財富と権力、それは彼が半生をかけて、やっと手に入れたものだ。絶対に簡単に手放すわけにはいかない、彼の全てだ。


 だから彼は這って、這って、這って這って、無様に這っている。


 口中には、一度も食べたことがない味がある。たとえこの大陸の色々な美食を食べていても、味あわなかった生臭い味だ。


 やがて、後方の悲鳴が聞こえなくなった。


 いくつかの影が彼の頭上を覆う。


 彼は憎しみに目尻が裂けるほど目を大きく開き、妙に吹いてきた風のせいで、がっちりと掴んでいる黄砂が指の間から流れ去る。


 頭を上げると、


 閃光が彼の目に走った。




「ひどいですね。」【銀仮面】は首を横に振った。「このような悲鳴を聞いて、夜に悪夢を見ることに怖くないですか?」


「悪夢?今のシーンより悪夢らしい悪夢がどこにおる?」老貴族は笑って言った。


「あら」灼蘭は目をパチパチさせた。「わたくしが最も期待している娯楽は、悪夢を見ることですよ」


「……」銀面は沈黙した。今、彼の両手はしっかりと後ろに縛られ、ロープの一端は灼蘭の侍従に握られている。彼は闘技場の観客席の二階のへりに立ち、下の円形競技場の虐殺を眺め、彼自身の出番を待っている。


 灼蘭と老貴族は彼の隣に座って、ヒノキのテーブルでカードゲームをやっている。


「新しくもらった『豪商と私兵』はお嬢さんの『下級傭兵』にやられたか?なら今度は儂のターンじゃ」老貴族は側のデッキから1枚のカードを引いて、あご下を撫で、さっき引いたカードに少し不満があるらしい。彼は手札から2枚を引いて投げる。「『農民』に『長斧』」


 隣の侍従は頷いて、壁際についている数十つのレバーの中の一つを下に引く。


 闘技場の周りでは、二つの巨大な入口以外、色々な鉄製フェンスで開閉する牢屋が並んでいる。今、侍従がレバーを引く動作によって、その中の一つの牢屋がゆっくりと開いた。


 十数人の農民は長斧を携え、おどおどしながら鉄製フェンスの後ろから出てきた。


 彼らの前に、血まみれ傷だらけで、目が血走った数人の傭兵がいる。


「どうやら一方的な虐殺になりますわ。」灼蘭は農民たちのきょろきょろ見回して、おどおどしている姿を眺め、退屈な顔で言った。


「仕方がない……手札が悪い。」老貴族は溜息をついた。「このターンを放棄しょう」


「……違います」【銀仮面】は突然言葉を差し挟んだ。


「どこが違います?」灼蘭は尋ねた。


【銀仮面】は下のどんどん引き締まる対峙状況を目を凝らして見て、口を開いた。「まず農民中数人が死にます。そして、傭兵は一瞬で全滅されます」


「バカにしないで、一方は何の訓練もない『農民』、一方は猛り狂った『下級傭兵』、どう考えても『下級傭兵』の勝ちではないでしょうか?」


「……」【銀仮面】は返事をせず、彼は地下闘技場の四方を眺め、目を閉じて、深く息を吸い込み、まるで花の香りを味わっている。目を開けた後、彼は突然に別の話題を話し始めた。「こんなに古くて濃厚な血生臭い匂い… …ただ数回の殺戮だけで作られることができるものではないはずです。初めて開催されるものではありませんでしょう?この『ゲーム』……」


「まあ、わずか数回だけ。」老貴族は微笑んだ。


「この場所の雰囲気とスタイルから見れば……」【銀仮面】は巨大でまだら模様の靑銅の戦士彫像を見つめ、話し続ける。「……ここはおよそ200年前の、王国がまだ帝国に統治されていた時から残されてきた闘技場でしょう?」


「いやいや、若い世代は歴史に興味持ったやつおらんと儂は思ったが、そうじゃ、ここは確かにプールバッハ帝国統治時代から残されてきた遺跡だ。」


「もしそれがしが間違いないなら、闘技は200前の立国の時に、すでに【陽の女王】に禁止されたはずです」


「ヒヒ、堂々の文明人として、儂はそのような野蛮なことをするわけにはいかん。儂らはただカードで遊んでおるだけさ。そうでしょう、お嬢さん」


「そうよ、いつから王国で……」灼蘭は扇子で笑いを隠して言った。「……カードゲームすら違法になりましたの?」


「確かに違法ではありませんが、ところで……ローラお嬢さん、貴女のカードはもう全て死んでしまったようです」【銀仮面】は肩をすくめた。


 下では、銀面が予言した通り、傭兵たちは3人の農民を殺した後、残りの農民は突然逃げずに、狂ったように一斉に襲いかかって長斧を使って傭兵たちを皆殺した。相手がすでに死んでも、頬に血の泡とすり潰した肉をつけても、あの憎しみに満ちた農民たちは依然として長斧を振るうことを止めなかった。


「君の言った通りですね。本当に弱いね、まあぁ、しょせん数枚の智慧の月幣で雇える賤しい傭兵です」


「無理に傭兵を叱る必要がありません。ギリギリで豪商の私兵に勝ったが、彼らはすでにくだびれていた。人数の優劣は、このような泥沼化する戦で最も重要な要素になる。


「フン、使えないもの。」


 灼蘭は扇子を収め、カードを引いた後、彼女は手札を見ながらちょっと考えて、同じく一枚の『農民』を出した。そして彼女の指先は続いて手札の上にためらいながら、やがて『リカーブボウ(弓矢)』の上に止まった。


「右側のあの一枚の方がいい、このような広々とした平地では弓矢は強力な武器ですか、それは事前に訓練した前提で」【銀仮面】は突然に言った。彼の角度から灼蘭の手札が見える。


 灼蘭は首を傾げて【銀仮面】を眺め、いつの間にかあの自分勝手な微笑みが【銀仮面】の顔に戻った。頭を回して戻した後、彼女は『リカーブボウ』の右にある『双鉄戟』を出した。


「お主は……適応力が高いね」老貴族は横目で【銀仮面】を見て言った。


「まぁ、いつか『カード』とされて出されるかもしれない状況で、このまま落ち込んでいても意味がないと思います」


【銀仮面】の淡々とした表情を観察して、老貴族は首を横に振った。「賭場の時から何だか違和感を感じていた。あんた……どこが壊れてしまったんじゃないか?」


「そうですか?それがしは自分をごく正常だと思います」


「一般人はこのような『ゲーム』を見ると、そんな反応をする筈がない。まして、まもなく『カード』と扱いされようとしておる人だ」


「あら、何がいけない?もし彼がただの普通人なら、わたくしは普通の『カード』が上に出番を待っていることを許すわけがありません」


「【ローラ家の黄金薔薇】に目を掛けられて、光栄の至りです」


「どんなにお世辞を言っても、君の運命は変わりませんよ」灼蘭はクスクス笑った。「あの部屋に踏み込んだ時から、君の運命はすでに決まっていた。君はもう二度と月神エンドリスの光が見えなくなった」


【銀仮面】は振り向き、下で未だに続いている血なまぐさく、悲鳴と咆哮が混じり合う戦いを見つめて、彼はおもむろに口を開いた。「あの部屋でやったゲームの最後の『紅雪種』……もともと、デッキに存在しなかったではありませんか?」


「ヒヒ、気づいたかい?」老貴族は笑っていった。


「たとえあの時にそれがしは『盗賊』でローラお嬢さんの『情愛』を交換しなかったとしても、最後のラウンド、ローラお嬢さんはいずれも最高の倍率で勝利したはずです」


「そうよ、儂らはチートをした」老貴族の両手をひろげ、あっさりと認めた。


「はぁ……」【銀仮面】は溜息をついた。「多少見る目があると自負していましたが、それがしはディーラーが小細工していたことに全く気づかなかったです」


「いや、ディーラーとは共謀しておらんぞ。ただ儂はあの賭場で長い時間賭けてきた。自然にあの賭場にあるからくりを少々知っておる」


「……」【銀仮面】は黙って考えて、言った。「その賭場の後ろにいる本当の主人は、あの女性の副社長さえも知らなかったそうです……」


「お主の考え通り、わしだ。」老貴族は微笑んだ。


「自分の賭場の中でこのように人を攫うことをします。商売の角度から見れば、良い選択ではありませんな」


「儂もお嬢さんも普通はそうしておらん、儂らのカードは、普通にはこの世界に消えてなくなっても、社会の注意を引き起こさぬ人じゃ。だが最後の一枚だけ、わしらはわざわざその部屋へ探しに行ったのじゃ」


「何故です?」


「そこから貰ったカードは……ことに滑稽だからな」老貴族は目を大きく開き、黄色い歯を剥き、腰を曲げている姿は急に大きくなり、狂気が溢れてきた。「あの財富、権力、名誉、全てを手に入れた雲の上の人たち、自分はこの世界においてなんでもできると思う人たち、突然に自分がもう他人の手におるカードとされることを知った時、まず信じられず、怒り狂い、そして怒りはだんだん不安と恐怖になって、やがて血溜まりの中に倒れて絶望して崩壊寸前になる……これより滑稽なものがおるまい!」


「……」


【銀仮面】がしばらく沈黙している間に、下の殺戮は一段落がついた。


 もともと両方合わせて30人を超える農民がいたが、今まだ立ち上がれる人はもう8人しかいない。


 死体の塊を山積みにした丘の側で、彼らの顔にはもう純朴な農民が持つべき表情はでくなっていた。


 とある言葉がある。どんなにおとなしい動物でも、一度人の血を飲んだら、処分しなければいけない。


 なぜなら、一度人の血を飲んだら、動物は永遠にその味を覚えているからだ。野性が喚起された後で、どのような訓練をしても、血に飢えた本能を消すことはできない野獣になる。


 今、あれらの農民の目つきは、人の血を飲んだ野獣のように、暴力を終えることなくむさぼっている。


「あなたのターンだ、おじじ」灼蘭はあれらの農民を見て、満足しているようだ。


「『死刑囚』」老貴族は次のカードを出した。


 レバーは再び降りる。


 今回出されたのは、何の武器もなく、両手を手錠で前にかけられた数名の男だ。みんなたくましい農民たちと違って、この男たちの体つきはそれぞれ違う。太りすぎて体がボールみたいな中年、背が高くて壮健である男、貧弱で肋骨がぎろぎろ浮き出ていた少年……


 もしこの団体に何か共通点があるといえば、それは目の前の煉獄に直面しても、誰も眉すらひそめず。目の前の血の海が彼らにとって、ただ当たり前な世界だということだ。


 彼らは静かにそこに立つだけで、その体に血肉をつけている農民たちより濃厚な狂気を放っている。その静止した姿の裏に鼓動している狂気は、まるでネバネバした黒い泥のように、一瞬で闘技場全体を巻き込んでくる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ