-傾月-〈陸〉博徒と賭け事 4
「おい。」富豪は眉を顰めて、ぽかんとしているディーラーを眺める。
「申し訳ない。」ディーラーは頭を下げて謝罪した。富豪の手元にもう一枚の生命の月を配り、手が無意識に小刻みに震えている。
彼は新米ではなく、この賭場の中で屈指のベテランとも言える。しかしここで長い年月勤め、賭博が引き起こした無数の武力衝突を見たが、彼は人が自分の手で自分の眼を抉り出すように残酷なことを見たことがない。
どうやら今夜、彼は悪夢を見なきゃいけないらしい。
もう1枚の生命の月を配った後、富豪の手札は6枚になった。3枚の生命の月、2枚の財富の月、そしてホールカード1枚。
この中で、ホールカードは生命、それとも財富なら、富豪はとても強い役を組み合わせられる。
もしホールカードは淫欲なら、3枚の生命、2枚の財富、一枚の淫欲はさらに名前持ちの特殊役に組み合わせる。
名前持ちの役は、いわば月札の中に普通は簡単には組み合わせられない大物だ。
例えば、月札の中に一番強い役、6枚無尽の月の【帰墟】、二番目に強いのは5つの別々の罰の月が組み合わせた【天罰】、それとも5つの罪の月が組み合わせた【罪月滿天】だ。
もし富豪のホールカードが本当に淫欲としたら、3枚の生命、2枚の財富、一枚の淫欲で組み合わせる【享楽主義】はさっき例を挙げた3つの役より弱いが、すでにトップクラスの役だ。
この事態になって、富豪のホールカードは理想通りの淫欲ってことを、誰も疑わない。
「本当にとんでもない強運ですね」灼蘭はきれいな歯を剥き、それは嗜虐な笑いだ。
老貴族はヒヒヒと笑って、口を開いた。「【銀仮面】兄さんよ、どうやら今回、お主は自分の眼を抉り出さなければならんぞ」
「ローラお嬢さん、貴女もコールですか?」【銀仮面】は急に尋ねた。
「わたくしは風情がわからない人ではありません。演出を見たいなら、自然に入場料金を払わなきゃいけないんでしょう。」灼蘭も3重ねのポーカーチップを押し出した。「わたくしの手札から開けますわ。何しろわたくしの機能カードは何の機能もない」
正面は怠惰の月の機能カードを開けた。その背面は『博徒』だ。
『博徒』は9種類の背面で唯一の効用がない機能カードだ。機能カードの中には色々な強力な能力がある。例えばさっきの『国王』。だから効用がない機能カードはこのゲームで絶対的な劣勢になり、このような劣勢で勝ったら、『博徒』は3倍の賭け金を貰う。
「ローラお嬢さんは演出を見たい以上、それがしも少しもがいてみましょう。」【銀仮面】も3重ねのポーカーチップを押し出した。「コール」
驚くべきことではない。誰も知っている。もし【銀仮面】が乗らないと、その代価は彼の眼だ。
カードをめくって、【銀仮面】の機能カードの背面は漆黒の服を着ている『盗賊』だ。
『盗賊』、相手の手札1枚を指定する。もしその背面は『国王』または『智者』なら、交換する。
「1枚の無尽、2枚の情愛」灼蘭は【銀仮面】の機能カードとホールカードを除いた残る3枚カードを見ながら読んだ。そして彼女は手札を扇子にして自分の髪を煽り、艶やかに笑った。「あら、お客様、君が盗みたいのは無尽の時間ですか?それとも切ない愛情ですか?」
場面に、灼蘭は1枚の情愛は持っている。それと老貴族の機能カードはちょうど無尽だ。一般的に言えば、もし貴族の機能カードとの交換に成功できたら、老貴族の機能カードを失効させられる。それは間違いなく最良の展開だ。まして無尽の月の組み合わせ役は他の役より1階上がる。
もちろん『盗賊』で富豪の組み合わせ役を破壊することもできるが、それでも【銀仮面】は富豪に勝つのは難しいだろう。
以上、全てカードの背面をみなければならない。カードの背面は9種類がある。中に『国王』と『智者』だけで交換できる。カード・カウンティングという技術を使えない上に、およそ9分の2の確率だ。
「また……」【銀仮面】は首を横に振った。「知っていながらわざとお尋ねですね。」
彼は躊躇わずに灼蘭の手札の情愛の月を指した。
「このわたくしの情愛を、君は簡単に……」灼蘭は目を細めた。「……盗られると思っていますか?」
「試してみても悪くないでしょう」【銀仮面】は肩をすくめた。
「間違っていたら、その眼は終わりですよ、それもいいですか?」
「もし貴女の情愛を得られなかったら、それがしのこの眼には、どんな価値があるのです?」【銀仮面】は溜息をついた。
「口先ばかり……君がわたくしの使用人なら、とっくに生きたまま舌を焼いてあげますわ。」灼蘭は彼を睨み、手札の情愛の月を彼に投げた。
カードの背面は、『智者』だ。
「いい交換じゃ」老貴族は拍手を送る。
「どうも」【銀仮面】は微笑んだ。
「時間を選べない愛情を選んだのか?若者らしい選択だ。お主が年をとたら知るだろうよ、時間より貴重なものはおらん」
「そうですか」
「儂が若い頃も同じた。時間以外、他の使えるチップを全部持っておらん。だから儂は一生懸命に時間を使い、他のチップと引き換えて、愛情、権力、財富、名誉……」老貴族は目前の銀白色のポーカーチップの山を見て、脊椎の曲線はさらに曲がったようだ。ある情緒は彼の目尻のしわに凝結した。「……しかし年老いた後、儂は計り知れぬほどチップを抱え込んでおったが、いささか時間とも引き換えに返されぬ」
「……」
「ヘヘ、なんちゃって」老貴族は笑って、さっきの腰が立たない様子はまるで存在していなかったみたいだ。彼は3重ねのポーカーチップを押し出し、手札の中に無尽の月の背面の機能カードを開けた。
『紅雪種』ー鋭い牙を剥き、伝説と古い詩文にしか存在がなく、破滅を象徴するバケモノだ。
「やはりそうです」と【銀仮面】は話した。
「お主はとくに知っていたのか?」老貴族は尋ねた。
「そのカードを配られたとき、貴公の目尻がやや跳ね上がった。【銀仮面】は自分の仮面の目尻がある場所を指す。
「……」しばらく黙り込んで、老貴族は無言で笑った。「誰でも破滅を恐れる、そうじゃない?」
「普通の人なら……そうかもしれません。しかし貴公は違います。貴公もこのカードを恐れると同時に、心のある一部はこのカードを渇望しています。だからそのような目つきになりました。あれは破滅を恐れながら、何かが……今の全てを破壊することを望んでいる目つきです。」
「これは、智の月財に記録されたあれか?『心理分析』というもの?さすがに細かすぎるじゃ?」
「それはそれがしがあのような目つきを見たことがありますから、覚えます?さっき言いました。」銀面は少し笑った。「あの頃の男の子の表情を、君たちにも是非見せたいです。」
「……」老貴族は微笑みを保ち、数秒後、ふと笑顔が消えた。そして彼は溜息をついた。「お主はこの話を言うべきではなかった。今、儂でさえあの眼を欲しくなったぞ。」
「ご光栄にあずかります」【銀仮面】は片手を胸元において、上体を前へ傾ける。
『紅雪種』は同時に二つの機能を持っている。
一つはこのラウンドの賭け金を上げることだ。このラウンドに一枚ずつの財富の月は賭け金を2倍に上げる。
もう一つは残りの9種類の背面の機能を真似し、そして強化する。
例えば『盗賊』を真似ると、背面を無視して直接交換したいカードを指定することができる。
「儂は『盗賊』を真似して、指定のカードは……」老貴族はシワまみれの指を小刻みに震わせながら差し出して、おもむろに【銀仮面】の手札を指す。
そして、その手の震えは止まった。
「いや」老貴族はあっさりと手を引っ込めた。「お主がわざと儂を挑発するのは、儂が『盗賊』を使ってあんたの情愛を交換することを望んでおるからな。『紅雪種』の正面は無尽の月。もしお主のホールカードも無尽の月なら、3枚の無尽と2枚の情愛、ちょうど【享楽主義】と同点の【永遠の誓い】に組み合わらせる。へへへ、儂はもう少しでお主の思うままにさせられたな。」
「なら、交換しないのですか?」【銀仮面】は首を傾けた。
「……」老貴族は暫し沈黙して、もう一度首を横に振った。「いや、また違った。お主のホールカードは無尽ではなく情愛だ。お主は確かにわざとわしを挑発する。しかし同時に、お主はわざと儂を『お主はわざとわしを挑発すること』を見抜けさせた。その目的は、お主は儂がお主今の手札ー4枚の情愛と一枚の無尽の【愛神】を破壊させたくないから」
もし【銀仮面】はわざと老貴族を挑発するなら、それは【銀仮面】はカードを交換されたいから。
そしてもしこのことも【銀仮面】がわざと老貴族に見抜けさせたとしたら、それは【銀仮面】は実際にカードを交換されたくなかったから。
負の数どうしの積が正の数になる。簡単な道理だ。
「これは理屈に合わないんですか?」【銀仮面】も首を振った。「もしそうなら、それがしは最初から何もしないでいいではありませんか?それがしが貴公を挑発しなかった場合で、貴公はそれがしの手札を破壊する理由もなくなったのではありませんか?」
「しらばっくれるな」老貴族は再びヒヒヒと笑った。「儂が楽しむことに餓えることも、人が自分の眼を抉り出すことを儂がすごく楽しみにしておることも、お主はよく知っておるはずだ。」
「……」銀面は沈黙した。
「交換」老貴族は笑顔を保ち、【銀仮面】の手札にある一枚の情愛を指した。
【銀仮面】は動かなかった。ディーラーは彼を少し同情していたが、それでも両方のカードを交換した。
【銀仮面】の微笑みはいつの間にか消えた。
あの口元の弧はまるで仮面のように冷めたい。もし離れた場所から見たら、彼は今、半顔の仮面ではなく全顔の仮面をつけていると誤解されるかもしれない」
そして、彼はホールカードを開けた。
情愛の月だ。
部屋が静まり返っていた。老貴族は当てた。
「いい交換です」【銀仮面】は無表情のまま率先して拍手する。
「どうも」老貴族は微笑んだ。
「フハハハハ」大笑いながら、富豪もホールカードを開けた。
言うまでもない強運だ。
淫欲、【享楽主義】。
「う……」ホステスは小さく悲鳴をあげて、両手で口を押さえて目を逸らせた。もう見ていられないらしい。
「スプーンを持ってこい」
数分前にすでに準備したように、使用人はすぐに両手でスプーンを富豪に捧げた。
コロン、スプーンは【銀仮面】の前に投げられた。
「やれ」富豪は冷めた声で話した。
人の幸せに水をさすことが、一体どんなに重大な罪か。富豪は【銀仮面】に自分の両手で体験させるつもりだ。
もともと涼風のような涼やかな目は今うつろになった。彼はゆっくりとスプーンを持ち上げた。
沈黙し、呼吸さえも、鼓動すらも停止したように。
唯一変化がある箇所は、その少しずつ収縮している瞳だ。
【銀仮面】はスプーンの内面に映った自分を見据える。
「断ります」彼はふといった。
「自分でしたくないなら、俺が手伝う」富豪は手を上げると、後ろの数人の筋骨たくましい護衛がゆっくり近ずいていく。
「へへ、今更後悔しても、少々遅いじゃ」老貴族は陰険な笑いを浮かべた。
「承諾したことを曲げるつもりではありませんが、貴公たちの要求を断ります」
「何を言っておる?許しを乞うつもり?みっともないなぁ」老貴族は眉を顰めた。
「それがしが言いたいのは……貴公たちはこのような権利を持っていない」
「ふん、でたらめを言う。構わない、やれ。」富豪は手を振ると、護衛たちは素早く【銀仮面】に迫っていく。
【銀仮面】は逃げことも武器を持ち上げて反抗することもなかった。
彼はただ手にあるスプーンを軽くテーブルに戻した。そのあまりにも自然な振る舞いはまるでただいまスプーンでデザートとチーズを食べ終えて、お皿に置いて使用人が回収することを待っているかのようだ。
そして彼……笑った。
依然、空気が読めない微笑みだ。
「覚えていませんか?それがしは自分の『権利』を、誰の手に渡しましたか?」
カラカラカラ、剣を抜きの連続音が立った。
一瞬で老貴族と富豪と彼らの護衛たちは、全て剣で指された。
「……ローラお嬢さん、これはとういう意味?」老貴族は自分の首元に当てられた刃の鋭い光を見て、目を細めた。
彼らを剣で指しているのは、灼蘭・ローラの侍従たちだ。
「何も、ただわたくしのものを守るだけよ」灼蘭は笑って言った。
「あなたのもの?」
「そう、わたくしのもの。」
そう言って、灼蘭はおもむろにホールカードを開けた。
みんなが忘れいて、開けることすら要求されないホールカードだ。
そして、彼女は懐から赤い扇子を抜いて、優雅に半面の笑顔を隠して、【銀仮面】以外の全ての人が唖然としている姿を鑑賞し始めた。
淫欲、財富、怠惰、権利、科技。
もともとの淫欲、科技、怠惰、ホールカードの財富、そして情愛で【銀仮面】と交換した権利。
5枚のカードは全て最も小さいカード、雑魚カードだ。人間の欲望をそれぞれ象徴する5枚の罪の月。
「「罪……【罪月滿天】?」」富豪と老貴族は一緒に愕然とした。
月札に三番目に強い組み合わせ役ー【罪月滿天】。
富豪は歯を噛んだ。何年も月札をしてきたが、いくら彼のような強運でも、こんな役の組み合わせに成功したことは一度もなかった。いや、むしろ強運だから、このような5種類の雑魚カードを必要とし、最小で最大を覆す組み合わせ役をもらえるわけがない。
「1枚、2枚、3枚、4枚。」【銀仮面】は落ち着き払って数えた。「このラウンドは4枚の財富の月があります。4かける2は8、もともとの1を加えて、9倍になる。そして『博徒』の効果はこのラウンドの賭け金が3倍になります。6重ねのチップかける27倍、一人がローラお嬢さんに162重ねのチップをあげるべきです」
「なるほどなるほど。先ほどの儂に行った挑発は、表向きに儂を誘導し、お主に『紅雪種』の効果を使うため、しかし裏の本当の理由はローラお嬢さんの手札を隠すため、全ての人の視線を自分に集中する手段だった。だからお主は『権利』でローラお嬢さんの表の手札を4枚の罪の月の雑魚カードまで交換したが、儂らは気づかなかった」老貴族は首を振って、溜息をついた。「なかなかの腕前じゃ」
「これで、わたくしは第1位ですわ」パッ、灼蘭は扇子を閉じる。
「そうです。そしてそれがしは……第4位です。」【銀仮面】は立ち上がって、灼蘭の扇子を持っている手をゆっくり持ち上げて、折り敷き、軽くキスした。「貴女は何を望んでいますか?嵐の大洋の真ん中で舞踊する虹色のアシカにしても、それとも終焉の扉の向こう側の一粒の砂にしても、ご命令をくだされば、何でも取ってさしあげます」
媚びている【銀仮面】に、灼蘭はただ冷ややかな目つきで【銀仮面】の瞳を睨みつける。まるで自分の前に氷の壁を立て、あの翡翠色の瞳から吹き出した涼やかな風を遮るようだ。
「君の目……あの男とよく似ていますね」灼蘭の目に憎しみの火が燃える。「フン、少なくとも君はあの男と同じで見る目がないのではありません。もし、さきほど君が苦心してわたくしの歓心を買おうとしなかったら、わたくしはすでに君の眼を抉り出しました」
「そう考えると、ローラお嬢さんに命令権をさしあげることで、それがしは……」【銀仮面】は微笑んだ。「……当たりました」
「当たりました?」この言葉が滑稽に聞えるように、灼蘭はなまめかしく笑った。「そういえば、君はどうやってわたくしのホールカードを知っていたのですか?」
「知りませんでした。」【銀仮面】は首を振った。「それがしは当ててみただけです」
「……」いささか呆れて、灼蘭は溜息をついた。「あら、道理で伝説の博徒を自称できる。いいわ、認めましょう。君は見る目とか技術とか、賭け運まで悪くない」灼蘭はここでちょっと口を閉じて、ふと満開の笑顔は、どんな種類のバラより艶やかで美しく……しかし同時にどんな種類の嘲弄より軽蔑であった。「ただ一つ惜しいところ、君は最初から……」
「……この部屋に入るべきではなかった」老貴族はヒヒヒと笑った。
互いに対峙している侍従と護衛たちは再び行動を変えた。半数の剣の向きが変わって、折り敷いた【銀仮面】に向けられた。よく観察すれば、この中で一緒に転向したのは老貴族と灼蘭の侍従たちだ。
富豪と彼の護衛たちは、混乱している姿で【銀仮面】と共に武器で指されていた。
「最初から、わたくしは誰と組んでいましたの?」灼蘭は微笑みながら、扇子で【銀仮面】の顎をあげる。「たくさんのものを見抜いたが、どうして肝心なところを……見抜けなかったですの?」
「……」【銀仮面】は沈黙した。顔にある微笑みが硬くなり、ひきつった。まるで少し叩いてみたら、ひびが出るようだ。
「『豪商』と『仮面の男』、お互いに最後のカードを貰った上に、儂らもようやく正式に本格的な『ゲーム』を始められる」老貴族は笑っていった。「おめでとう、お嬢さん、最後にもらったカードは、なかなかおもしろそうじゃ」
灼蘭は頭を下げて、唇を【銀仮面】の耳元に近づいた。
「ねぇ、もっと、もっと刺激的な『ゲーム』が欲しくありません?」
柔らかい金色の髪の毛が【銀仮面】の顔に掛かって、くすぐったくなる。
甘い息吹が彼の耳たぶに吐かれた。
「カードは……き・み・よ」