-傾月-〈陸〉博徒と賭け事 2
……
「あの頃の男の子の表情を、君たちにも是非見せたいです。」賭けるテーブルの一角に、顔の上半分に銀色の仮面をかけた男は両手で札を持ち、紳士の微笑みをしている。
「へぇへぇ、儂ら貴族の前で自分が人身売買をしたことを話す。お主も大胆じゃ」【銀仮面】」彼の右側に座って、腰を屈めた老貴族は指の間で一枚のポーカーチップを転がせて、目を細めて、笑顔を作っている。
ミンクコートを着て、八字ひげの富豪はパイプを吸い、顔を横に向けて、仮面の男に灰色の烟を吹きつけた。
「コール」
ポーカーチップに白銀色の光がきらめいて、賭けるテーブルの上に澄んだぶつかり合う音をさせる。
ポーカーチップを投げ出した後、富豪はホステスから赤ワインを取った。仮面の男が物語を話し始めてから、彼はすでに7杯の赤ワインを飲んでいた。一体賭博のために来たのかお酒を飲むために来たのかわからないくらいだ。
一般的に言えば、賭場内で食事は無料で提供される。表向きに食べ飲み放題だけど、実際に裏には最高制限価格を設けている。
しかしこの部屋にいる人たちは特別だ。ここでは、全ての要求が許可される。
さっき富豪が飲んだ7杯の赤ワインは、全て重複しなかった。風味が違い、香りが違い、鮮やかな赤色の液体からテーブルまで屈折する光の点すらも違う。唯一の共通点は、1杯ごとの価値は、庶民の家庭の二週間の支出を簡単に超えることだろう。
例えば、今、彼が持っているグラスに入れた、真月曆764年の【マスト】、大陸全体を探しても、在庫数は片手の指の数を超えない。しかしこんなに高価の赤ワイン、もし賭けるテーブルの上に山積しているポーカーチップに換算すると、多分ポーカーチップの山に一粒の小石を添えるくらいだ。
赤ワインをビールのように飲み干した後、富豪はグラスを置いて、勝手にホステスのお尻を揉み始める。
ホステスは桃色のワンピース.スカートを着て、深い襟ぐりの中に華奢な鎖骨とミルク色の肌が見える。美しい顔は今まで無数の博徒たちの目を引いた。
このような気品と美貌を兼ねそなえる美人。当然ただ普通のホステスではない。
彼女の正体はこの賭場の副社長だ。こんな若い歳で、この戦場と同じように残酷な賭場で副社長まで登ることができた。彼女はもともと上には一人だけがいて、残りはみんな下、嵐を呼ぶ女だ。
しかしそれは全て外でのことだ。
この部屋で、彼女はただのホステスだーお客様たちの様々な要求に応える完璧なホステスだ。もしお客様に今ここで脱いで裸を見せろと彼女を命じても、彼女は眉すらひそめずに従う。
これまで、客に撫でられる時、彼女はいつも鏡のような甘い笑顔で返事してきた。
だけど今回、富豪のザラザラの手に撫でられた時、ホステスの視線は無意識に仮面の男に送られた。
あの男は鮮やかな紫色の髪をもち、仮面のせいで顔をうまく見られないが、仮面の間に表れた目と薄い唇から見れば、男の顔立ちはすごく整っている。
特にあの目、あの青草より明るい翠色を持つ瞳の中には、まるで広大な空の下で、青葉が涼しい風にそよいでいる景色が見える。
女の子であれば、誰もその目に陥落させられる。ホステスはそれすら思う。
【銀仮面】は頭を傾けて、彼女の視線に気づいたようだ。
ホステスは眉をひそめて、唇を軽く噛んだ。どうやって男性の保護欲を刺激するか、彼女は精通している。
しかし【銀仮面】はただ微笑んでホステスをちらと見て、視線をすぐに自分の札に戻した。
彼は溜息をついて、手の中に開けている札を一束にして、テーブルの真ん中に捨てる。
「フォールド」
この動作を見て、【銀仮面】の真向かいに座って、金髪ロングウェーブの少女は札で作られた扇子で口元を隠し、くすくす笑った。
「物語の中の伝説の博徒って言いましたが……面と向かって直接に見れば、君の賭け技はそんなに伝説レベルのものじゃないけど」
「仕方ない、それがしは気が散っています」
「物語を話しのために?」
「とんでもない美人さんのために」
「確かに、このホステスはめったに見られない美人です。君は彼と奪い合いたいんですか?いいわ、許可しましょう、男たちが一人の女を奪い合い茶番、わたくしは結構好き」
【銀仮面】は首を横に振った。
「貴女は知っているくせに、自分がどんなに魅力的な人かを。」
「あら、身の程知らずにも程があるわ、君は今、誰と話しているのかわかりますか?」金髪の少女は目を細めて、手札を自分の胸の谷間に置いた。
「灼蘭・ローラ、【ローラ家の黄金薔薇】、この名前を知らない人は、多分貴女の美しさが見えない盲人と貴女の嬌名を聞こえないろう者だけです。」と【銀仮面】は話した。
あの涼やかな目と違って、あれは意図的に低くて、しかし案外に澄み透った声だ。
「わかったら、ちゃんと覚えておけ、わたくしは君のような身分の卑しい男が口説ける相手ではありません。」灼蘭は冷めた声で話した。
態度は氷山のようだけど、ホステスなら見える、灼蘭の目には微かな喜びがある。
今の手札で胸元を隠す動作もそうだ。表から見ればあれは隠すための動作だが、実際に隠すより、それはむしろわざと【銀仮面】の視線を自分の豊満な胸に誘っている。
こういう巧みさを、ホステスはよく知っている 。
女の仕草と言動には、一切偶然なし。
露骨で体を使って得体の知れない男を誘惑する。こんなことをする貴族の女性は、多分このお嬢様だけだ。
このお嬢様の負の実績は、今週中、ホステスには絶えずに聞こえてきた。
一週間前に、このお嬢様は【傾月姫】の成人式から侯爵領まで戻った後、機嫌がすごく悪くなったらしい。『あの見る目がない男』をとめどなく怒鳴りながら、鞭を持って目の前に映る全ての人を無差別に打ち続けた。たった1日で、ローラ家の使用人の半数が生命の教会に救急搬送されたようだった。
そしてお嬢様の長年の博打癖発作が起きて、彼女が大好きなある賭博『ゲーム』の準備を始めた。あれは貴族だけが参加できる『ゲーム』だ。例えホステスが大きな大賭場の副社長であっても、この内容は一切わからない。
ただ一つ知っているのは、あの『ゲーム』は短くない準備期間が必要だ。博打癖を抑えるために、彼女は毎日賭場に来た。
ローラ家の金鴨、彼女は賭場で裏にそう呼ばれた。
賭け事は大好きだが、技術がない。まるで黄金の羽を持つ鴨が一匹で屠殺場に来て、全ての屠殺業者にガーガーと鳴いて挑発するかのようだ。
そんなやつを骨まで喰らい尽さないと、一体何のためにこの賭場を開けたのか?
お金を増やすために来たと言うより、彼女はもともとお金を散らすために来た。
このお嬢様はいつも襟ぐりの開いたドレスをきて、一挙一動が何とはなしに自分の女としての魅力を強調する。他のお客様が淫靡な視線で彼女の体を見るたびに、彼女は顔で嫌悪と軽蔑を示すが、目の中は全く別だ。
あの目つき、ホステスにとってはいつも見ていたものだ。あれは肉食動物に特有な、
欲望を燃やし、楽しんでいる目つきだ。
「それで、あの男の子はどうなのですか?物語はまだ終わらないでしょう。真実を知った上に、彼はあの老夫婦に復讐したのですか?」灼蘭は手札をディーラーの前に捨てた。
「後続部分はちょっとつまらない。貴女は興味はないはずです。」【銀仮面】は首を横に振った。
「フン、わたくしなら、絶対にあの老夫婦を簡単に死なせません。物語はもう終わったのですか?つまらないわ。」
「へへ、ローラお嬢さん、わかるか?どうして儂らは賭博しておるのに、退屈すぎて物語すら話し始めたのか?」老貴族は突然に言葉を差し挟み、笑いのままで。
「言ってみなさい。」
「今の賭け事はつまらぬからな。」老貴族は指の間で転がしている一枚のポーカーチップを親指で弾き、前の重ねたポーカーチップの山を突き倒した。「この部屋に入れる以上、当然みんな、お金に困っておる人じゃない、こうやって賭け続けても、儂の目から見れば意味がおらんぞ。」
「なら、どうしますか?」灼蘭は眉をひそめた。
「ひひ、少し、違うものを賭けようか?」老貴族のいつも細めていた目をふと見開き、中に危険な光を宿している。「賭けぬか?……命令権を」
ホステスのお尻を揉んでいる大きな手が急に止まった。
ホステスの錯覚かどうか、部屋中の温度は一瞬で寒くなったようだ。
「文字通り、第1位が第4位を命令できる。第2位が第3位を命令できる。勝者は敗者を一度だけ命令する権利がおる。」老貴族は両手をひろげた。「賭ける?」
「わかりました。そうしましょう。」【銀仮面】は微笑みを保ち、先に引き受けた。
「どんな命令でも?」富豪はパイプを銜えながら尋ねた。
「ひひ、貴族にとって、命令はどんなもんか、ここにおるみんなはわからぬわけないんだろう。」
「……」富豪は少し黙って、視線を灼蘭の高くそびえている胸に移す。
ガチッ、琥珀で作られたパイプの先端が富豪の口の中で碎かれた。
「賭けよ」
「あら」まるで富豪の視線に気づかなかったみたいに、灼蘭は両手を胸の下で組み、胸の谷間がさらに目立った。彼女は目の前の3人の男を見回した。「こうしたら、わたくしにとって少し不公平ではありませんか?」
「もしローラお嬢さんが受け入れたら、今までの勝負は一切なしにしよう、みんなはどう思う?」老貴族は前の山積みのポーカーチップを指す。
「もちろん。」
「いいです。」
灼蘭は目を細めて、自分の前の他の人たちの半分にもたりないポーカーチップを見て、わざと溜息をついた。「今日はこんなに惨めに負けました。帰った時に説明しにくいわ。しょうがないわね」
ローラ家の金鴨はお金に困る?
わかりやすい嘘だ。