-傾月-〈伍〉傾月姫 1
5年が過ぎた……
この世界には、原因がわからなくて、常理を超えて、しかも今の物理法則では解釈できない現象があまりに多すぎる。
例えば、少数の人だけが生まれつき持つ才能、不思議な力ー『五色』だ。
例えば、天上にしか存在しない鉱物、いつも突然姿を現し、危険で希少な資源ー『天鉱』だ。
例えば、落ちた月の殘骸から見つかった、月の名と相応する功能を持つ月の財宝ー『月財』だ。
そして、例えば歴史以前に『紅雪種』に滅ぼされた第一世代の文明の残骸ー『遺跡』だ。
『この世界は、まだ解けない謎だ』その昔、智慧の月を信仰した1人の智者がこのように言った。
全ての説明できない物事は決して無関係ではない。正しい順番で組み合わせると、正しい結果が出る。
謎として以上、必ず答えがある。
智者はそう宣言して、自分を密室に閉じ込めて、苦悶した。
そして7日過ぎて、水だけで生活し、疲勞困憊して餓死寸前になった智者がやっと出てきた。外でずっと待っていた弟子たちは慌てて彼を支えて、どんな答えを見つけたのかを尋ねった。
しかし結局、智者は何も考え出さなかった。
それから長い長い時間が過ぎた。あの智者が死んで大分時間が経った後、智者のある孫弟子であるーノス海國に住んでいる一人の天才は智慧の月の残骸にある本ー『智の月財』の知識を利用し、この世界の特殊な現象を成功に組み合わせて、説明できるようになった。しかし、孫弟子は自分がついに『世界の答え』を見つけたと宣言した一週間後、それを公開する予定だった日、彼はノス海國の王族に牢に入れられて処刑された。
孫弟子の死によって色々な噂が立った。もともと各界の学者は『世界には答えが存在すること』を冗談とみていた。しかし彼が死刑に処された後、各界の頂点に立つ老学者たちーすなわち『人間が智能の進化を獲得したのは、長い歴史においても二回だけだ。一回は先祖が火を発見した時、もう一回は智慧の月が落ちた時だ』といつもそう宣言していた老いぼれたちは逆に驚いた。まさかあの愚かな主題を研究ていた孫弟子が学界で最高の栄誉ー王族に異端者とされて処刑されたことを得たなんて、学者たちは胸を叩き足を踏み鳴らして、極めて嫉妬した。これから、『世界の答え』は正式に学界の人気な研究主題になった。
しかし、再び答えに辿り着いた人はいなかった。
やがて、大国たちでマリオン島に落ちた『智の月財』を争奪するために起きた海上の混戦ー『本の海戦』が一段落して、そして智の月財の知識に記載されている知識が導いた思想と工業においての『知恵の革命』もついに終わった。3分の1の智の月財は多くの国で禁書となった。許可なしで研究する、あるいは上に記載されている月語を翻訳する人は死刑しかない。この禁書令によって、学者たちはますます『世界の答え』を見つけることができなくなった。
今、果たしてあれらの奇妙な現象に本当に『共通して、そして唯一の答え』があるか、誰も知らない。
遠い昔に話は戻るが、丸一週間考えても何も考え出せなかった智者は、彼の答えを、ずっと待っていた弟子たちに、もともと科学の中で探すべき答えを、やむを得ず、哲学領域までエスカレートして言った。
「誰でも……自分だけの答えがある」
声が弱々しくて息が続かない様子で智者が話した全く意味がない言葉、いや……それともそう呼ぶべきではないか?『智の月財』の哲学的な知識に基づいて、『知識論の領域から形而上学の領域まで昇華した』的な意識高い風の言葉に、弟子たちは感銘を受けて、師匠の知恵に感心した。
……
……
……すごく有意義である結論だな。
この物語について夏涼はこんな皮肉な感想を持っているだけだ。
彼は今寒霜城の公爵の屋敷のロビーにいて、周りでは華麗なパーティが開らかれている。彼は片手でガラスを持ち、柱に寄りかかっている。様々なドレスを着た若い女がまるで動く七色の虹みたいに彼の周りを回り、楽しそうに笑いさざめき、彼との話し合いを争っている。
「ねぇねぇ、わたくしたちがさっき話したあの智者の物語、面白いでしょう?」薄緑色の少年のようなショートヘアを持つ少女ー翠は笑いながら、夏涼の見方を聞いた。
「ほほ、おかしくないですか?何も考え出さないくせに、何か誰でも自分だけの答えがありますかしら?」灼蘭は扇子で口を隠して、軽く笑った。
夏涼は口を開かず、翡翠色の目を細めて、微笑みを返事とした。
あまり返事したくないが、もし全く反応がないと、リスクがあると彼はそう判断した。目の前のカチューシャを金髪のロングウェーブにつけた、赤いドレスの少女の名前は灼蘭・ローラ、ローラ侯爵の娘である。二人は初めて会ったが、夏涼は昔からこの若い人たちの社交界に君臨している女王の横暴を聞いたことがある。
初対面なのに、彼に積極的に好意を示し、無害なふりをしているこの悪辣な少女を夏涼は好きになれない。なぜなら彼にとって、この少女が持つ悪名は、もともと月璃がたやすく手に入れられるはずのものだった。もし月璃が5年前に記憶を失わなかったら……
そう思って、夏涼ゆっくりと赤ワインを飲んだ。
「そういえば、先日の【アイスジョーカー】は、また殺人事件を起こしたそうですわ。死者はロス伯爵の二子だったとか」紺色の洋服を着て、アップヘアの静はメガネをずらす。
「そうそう、ロス伯爵が氣狂いのように、まるで自分の領地を洗いざらい探しまくったけど、【アイスジョーカー】を逃してしまったって」灼蘭は何か面白いことを聞いたみたいに華やかに笑った。
「このことのために、この間、辺境の幾つかの大きな城がこぞって警戒を強化し、連合会議まで行っていました。夏涼閣下は参加しましたの?」静は聞いた。
「行きました」夏涼はグラスを下ろして、短く答えた。
古物殺し屋ー【アイスジョーカー】は、この数年、辺境地帯で知らぬ者はいない名だ。いつも氷で作られたジョーカーの仮面をつけて、高価な古物を持つ人を暗殺して、古物を奪う殺し屋だ。商人だろうか、富豪だろうか、貴族だろうか、ギャングのボスだろうか、【アイスジョーカー】に狙われたら、死神に狙われたのと同然だ。辺境の古物収集家たちは不安にかられて、特に【陽の女王】の遺物やそれと関する古物を持つ人はなおさらだ。【アイスジョーカー】は【陽の女王】に関するものに特別な執著があるようだ。
【陽の女王】の狂信者だと、多数の人はそう【アイスジョーカー】の身分を推測する。
しかしある人はそう思う。【陽の女王】は王国の開国者として、この王国の最もロマンチックで、最も伝奇的で、最も広く崇拝されている伝説の人物として、自然に彼女に関するものは華々しく値段が高い。だから【アイスジョーカー】に狙われる。
「連合会議には何か対策がありますかしら?」灼蘭は扇子を弄りながら、好奇の目を輝かす。
夏涼少し黙っていて、首を振る。
「これは私からいうべきものではありません」
そう言って、夏凉の視線はゆっくりと左から右まで見渡して、もう一度屋敷のロビーの環境の変化を確認する。
ロビーで、人たちは流れている砂みたいだ。今、この砂絵が丸々見える『最適の場所』は、10分前のとは変わったていた。
右側の五番目の窓ガラスの前だ。
もし彼は【アイスジョーカー】、そしてこの人波を観察して目標を狙ったなら、一番いい場所はあれしかない。もし目標が後でロビーの真ん中に現らわれるならなおさらだ。観察、実行、逃走……どのみちあの場所は絶好の位置だ。
今あの場所の前に集まっていて騒がしいレディたち、窓の前のロングテーブルにかけられた白いテーブルクロス、静かに燃えているスタンド、巨大なカラーガラスの窓……
その全てを利用したら、その場所は完璧な犯罪構図になる。
そして、今、その危険な位置に……
……一人もいない。
ここまで思いつくと、、夏涼は声にならない溜息をついた。今この時、彼は緊張しすぎるかもしれない。
これは彼の護衛としての習慣だ。10分おきに一回周りの環境の変化を確認する。5年前に、月璃は彼の職務上の怠慢で屋敷の中に刺客に襲われて、重傷を負って記憶を失って以来、どんなに慣れた環境でも警備を疎かにしない。
ロビーを見渡して、彼が姿を見たい白と金が混ざる髪色の少女は依然として彼の目に入らなかった。例え今日は彼女の姉さんの一生で一番大事な日でも、日琉は出席しないつもりだ。
夏涼は誰も気づかない程度に小さく首を振り、煩わしい思いを頭から追い出して、周りを観察し続ける。
食べ物を置いた大きな円卓を中心として、夏涼が見慣れたロビーは今淑女たちの囁きと紳士たちの笑い声に満ちている。数十個の小さく黒い立方体がロビーの空中で漂っていて、華やかな音楽を放送している。
『動態立体音響』
これは3年前に科技の月が落ちたころから、各国の間でゆっくり流通し交された新しい種類の月財だ。生の月財と智の月財の後、人類がもらった第三種の月財ー技の月財だ。
科技の月が落ちったからただ3年に過ぎただけだ。色々な技の月財はまだ『ブラックボックス』という真っ黒な箱の中から取り出されなかった。本当に使える技の月財の数はまだ多くない。
今回の科技の月はアルフォンス王国の中に落ちったのではなく、王国の北に中央の入り江を隔てて、教皇国ー神聖アペニンに落ちった。過去、各国は智の月財を争奪するために本の海戦を行った。痛ましい経験を二度と繰り返さないために、今回各国は控えて、前回と同じように全ての兵力を動員して月が落ちった場所に進軍することをしなかった。もちろんもっと大きな理由がまだある。過去智慧の月が落ちた場所ーフラマリオン島は所有者がいない土地だ。今回の、月神信仰の中心としている大国ー神聖アペニンと比べものにならない。
戦争が起きなかった上に、そして神聖アペニンは自分が全ての月財の所有権を持つことを信じる狂信の要素もあり、神聖アペニンから流通してくる技の月財はさらに少なくなった。
実用機能を持つ技の月財の値段は全て天文学的な数字だと言える。
こんな高いものを持ち出したことで、ミサ公爵は確かに今回の宴会を重視していることを見届けられた。彼はロビーの入口に立って、次々にくる貴賓たちを迎えて、振る舞いには品位と簡潔さがある。歳月はまるで彼にいかなる痕跡を残さないほど、彼は5年前に凱旋した時のと全く同じ姿だ。
45歳を超えていたはずだが、夏涼の目から見れば公爵はまるで30歳前のように若い。
公爵が賓客を迎えている時、入口の右側で八弦球の楽師たちは技の月財の音楽に合わせて演奏している。
八弦球とは王国の東境で特産された。8本の弦をそれぞれの角度で組み合わせる球形の弦楽器だ。特徴は1本1本の弦は球の中で2本の別の弦と交錯するので、単音を出すことができない。
技の月財と八弦球のバックミュージックに伴い、夏涼は女の子たちに囲まれている。ずっと前に、記憶を失う前の月璃に無駄なほど綺麗すぎる女顔と嘲笑された顔は、今、ちゃんと相手たちを惑わす機能を果たしている。
この少女たちの情熱に、夏凉はただ穏やかな笑みを返している。標準的で慎み深く、絶対にミスをしない微笑だ。
彼は見聞が狭い人ではない。過去、彼は様々な宴会に参加したことがある。今同じの場所で自分が主催としたこともあった。しかしあれらの宴会を今回の宴会と比べると、まるで粗末な布衣を着た田舎娘を貴族のお嬢様と比べるみたいだ。
しかし今回の宴会がどんなに贅沢でどんなに盛大でも、夏涼は宴会本体には興味がない。いや、そう言うべきか?彼に興味を持たせる宴会の主役がまだ現れていない……
『この世界はまだ解けない謎だ』、今智慧の月を信仰する人はいつもこの言葉を会話のきっかけとする。しかし夏涼にとって、少女の成長こそがこの世界で最も不思議な謎だ。
9年、月璃の護衛として、もう9年だ。
始めたばかりの頃、彼はまだ15歳だった。今もう24歳だ。この数年、自分の心境は昔々月璃と言い合った時とは違っている。この変化に気づいて、彼は少し疲れた。
そう、昔々。
色々なことがどんどん昔ごとになっていく時、人が老け始めるのもやむを得ない。
今夏涼の目の前にいる若い女の子たちはわいわいがやがやして、スカートを翻し、笑顔を咲かせ、そうやって自分の若さを誇りながらかわりばんこで彼と話し合っている。夏涼はグラスを挙げて自嘲した笑みを隠す。まだ30才前の自分はもう若くないと思っている。この考え方こそは自分の未熟の証しかもしれない。
彼はこの女の子たちとちゃんと上手く立ち回るつもりはなくもないが、今の彼は自分の考えをうまくまとめられない状態でいる。
感慨無量という高ぶった情緒は実際に彼の一貫したスタイルと似合わない。しかし今日、この日がくる、確かに感慨無量としか言えない。
今日は、月璃の成人式だ。