-傾月-〈肆〉鞘を払う 5
プラチナブロンドの髪色を持つ少女はベッドに縛られ、泣き面をしている。彼女は口に白い布を突っ込まれて、全身で震えている。血が太ももに刺した矢から流れてゆく。
「ど……どうして……?」月璃は膝をついた。
部屋を出る前に日琉はベッドで寝ていることを確認したはず、どうしてここに……
「今夜、君はよくやった。小さなご褒美を用意したのも、父親としての役割だな」
公爵は悠然として彼女の後ろをついてくる。
「女性、6歳、大腿動脈破裂、傷に矢が詰まっていた。私自分で行ったの数千回の人体実験の統計によると、この傷をほっといたら、多分13分後に心不全で死ぬ。だけど……」
公爵は指で日琉の傷の近くの血をつけて、口で試す。
「……君が使った藤の毒も計算してたら、残りは7分だけだ」
「ちなみに、こんな毒で私を殺すことはできないぞ」公爵は首を横に振る。「正しく言えば、どんな毒でもできない。もし本気で私を殺すつもりなら、毒と普通の刀傷ではなく、よく考えたまえ、どうやって私を千切りにして骨を粉にする」
公爵はのんびり話しつつ。彼の娘がすぐ死んでしまうが、彼にとって今最も重要なことはもう一人の娘にどうやって彼を殺せるのかを教えることだ。
月璃は返事をしなかった。瞳が不規則に揺れている彼女は日琉の前で魂を奪われたみたいにぼんやりして、公爵の言葉を理解できなかった。日琉があと7分で死ぬ?どうして?そんなはずはありっこない……
目の前にある事実は滑稽で、道理に合わなくて、ばかげている。筋のない現実が彼女のいつも高速で回転する頭を一時停止させた。ある小さい部品が頭の中で引っかかり、彼女の意思に逆らって思考をさせない。
だから彼女が日琉を殺すの?もともと日琉を救いにきたはずのに。
公爵は微笑みをして、日琉の口に詰め込んだ布を取った。
「ね……姉さん……痛い……痛い……」日琉はすすり泣いている。
断続的な泣き声、切なそうな弱い呼吸、月璃は日琉がこのように泣くのを聞いたことがない。日琉はいつも泣いているが、彼女は大抵すすり泣きを始めてから、次第に大声で泣き出す、まるで鐘が鳴るように……
これこそ日琉じゃないか。たとえ泣いても、草地のつぼみを全て震わせて、咲せるほどように泣く。絵を描くことを含めて、泣くことが彼女のたった二つの専門だ。だけど今のはなに?そんな小さい泣き声なんて、もう一番上手いことをする力すら持っていないのか?
月璃は茫然として彼女を見て、涙が頬を流れた。
自分はどうするべきか?
日琉はまもなく死んでしまう、だけど彼女は日琉の震えている手をがっちりと握ろうとしなかった、赤くなったおでこを軽く撫でることもしなかった。今するべきの「正しい解答」が探すことができなかったので、彼女はただぼんやりとして、何もしなかった。
彼女は天才だ。6歳の彼女は書斎の蔵書の全てを読み終えていた。7歳の彼女は独学で習得した月語を使いこなして詩を書いた。8歳の彼女は八弦球で弾いた『蕭蕭白雪』が邸の全ての人を驚かせた。彼女はいつも天才だった。彼女も自分を天才だと自負してきた。
だけと今彼女は気づいた。自分はいい娘をしてみたいけど、父親の前でどうやって表現するのかわからない天才だ。いい姉さんをしてみたいけど、妹が苦しがっている時にぼんやり見っていることしかできない天才だ。
この天才は愚かで妹をきずつけた後、一言もやさしい言葉を話せない、一つの慰めの仕草もできない。ただバカにだけして、自分はどうするかわからない。
しかし、例え月璃は自分の時間を止められても、世界の時間は止まらない。月璃が何もしない状況で、日琉の顔は蒼白になりつつあり、泣き声が消えてゆく。
血液がベットの隅に沿って流れ、床に飛び散って彼女の両足に跳ね返った。月璃は依然として何もしなく、ただたち止まって自分の足先を見据えて、あれらの赤い点に焦点が合ったり合わなかったりして、目の前の世界が全て赤くなた。滴る血の雫がぽたぽたと音をしている。
日琉の息を確認する勇気がない。頭を上げて日琉に向うことすらできない。
「もう終わり?」
終わり?何が終わり?
勝手に耳に入る公爵の言葉を、彼女は理解できない。
「月璃、君の英雄ごっこ、もう終わり?」
英雄……ごっこ?
「飽きたら、あとで私が片付ける、君はもう部屋に戻るとよい」公爵は月璃の隣に歩いて行って、彼女の頭を優しく撫でる。
飽き……たら……?片付ける?
なんだか、彼女はこの言葉を知っている。
どこかで聞いたことがある?いいえ……違う……
聞いたことじゃなく、それは、もっと、もっと儚いものだ。
あぁ!彼女は思い出した。幼い頃、彼女はこの会話を想像したことがある。
あれは彼女が不意に倉庫に入った時のことだった。
あの時、彼女は埃まみれの木箱をいっぱい詰め込んだ倉庫をみて、そう想像した。もし彼女は本当に古いものをいっぱい箱を開けて小さな冒険をしたら、乱雑な倉庫に入って来た父親は彼女の頭を撫でて、
『私が片付けよう、月璃ちゃんはもう部屋に戻るといいよ』と言ってくれるかな?
今、公爵の羽のような柔らかい声は、彼女の子供の頃に想像した声と全く同じた。
腕白な娘を許して、おもちゃの片付けを手伝ってくれる声だ。
この男にとって、目の前の全ては、生死不明の少女は、このようなものだけだ。
「ふ……」
月璃は乾いた唇で声を絞り出す。
「うん?」
「ふざけるな!」
月璃は怒鳴り声を上げ、公爵の手を振り払って、予備の果物ナイフをふくらはぎの後ろから抜き出して、公爵に振り向いた。
「……ふうん?まだ続ける気?」公爵は片眉を上げて、面白そうに言った。
「彼女を助けて、あんたなら、きっと方法が知っているはずだ」月璃は公爵を睨みつけて、叫んだ。
「ほう?毒矢を射ったのは君自身だった。なぜ私が彼女を救わなければならない?」
「あんたにとって、私たちは多分おもちゃのような価値しかないでしょう、だけど……」
月璃は歯を噛み、突然切っ先を自分の喉に指した。
彼女は強引に自分の口角を上げさせて、震えている両手でしっかり柄を握りしめ、切っ先を喉にゆっくり入れて、雪みたいな肌に鮮やかな赤を点した。
「……あんたも全てのおもちゃを一気に失いたくないでしょう」
公爵は黙って彼女を見て、数秒後ににっこり笑いながら手を上げて、指を鳴らした。
「日琉、『止めろ』」
この言葉によって、公爵の後ろにいる日琉の血はゆっくりとスベットの隅に沿って、スローモーションで落ちて、床に不規則的に飛び散って、
…………こうして、空中に動かなくなった。
小さくて、空中で咲いた血の花だ。
月璃は呆然とこれを見て、目の前に起ったことは全く筋の通らなく、この世界の物理法則を見事に無視した。しかし彼女は直感的に何が起こったのを理解している。
公爵の命令によって、この世界における日琉の全てが、一時的に止められたのだ。
「強いて言えば、これは日琉の小さな秘密だ」公爵は微笑みを持つ。「それはこの世界で、日琉を含め、二人だけの特権だ。まあ、この言葉が成立する前提は、君が彼らを人間とした場合だが」
「あんた……一体、何を話す?日琉は……」月璃は愕然とした。
「私が拾ったおもちゃだ。そこまで話せる。とりあえず、君の言う通り、私は二つのおもちゃを同時に失いたくない。そして君はあたった。私は確かに彼女を救えるものを持っている。だけどそんな簡単に彼女を救えたら、負けた気がする、私は負けるのが嫌いだ」
公爵は首を振って、「日琉を助けたいなら、君は私の言葉に従え」と言った。
「……あんたは何が欲しい?」
公爵はその動揺がだんだんなくなった黒い瞳を見つめて、数秒後に彼は彼女の果物ナイフを掴んで床にさりげなく捨てて、彼女の手に赤いカプセルを詰め込んだ。
月璃は抵抗しなかった、抵抗も意味がないことが知っているから。
「君は既におもちゃの自覚を持っているようだな、ならこれを飲んでくれ、君の人生を棋盤として、君の命を駒として、一緒にゲームを遊ぼう」
「それは……」
「この生の月財は、元はトラウマ後ストレス障害の治療のために作ったもの……ううん、とにかくこれは特定の記憶を消去する作用がある。新しいゲームを始めるために、私はこれを使って君の人格を少し変えるつもり。心配するな、5年後、およそ2割の確率で記憶が復元する。そして時間によって徐々に増えてきて、10年後、5割の確率になる」
「人格を変える…これがあんたの望んだゲーム?」
月璃の手は微かに震えていた。ただ一粒のカプセルだはずなのに、彼女の両手では急にこれだけの重さに耐えられない。
彼女はこれは何の意味かがわかっている。このカプセルを飲み込んだら、今の彼女は完全に消えてしまう。執事長との思い、夏凉との絆、今日琉を守りたいと思った感情、全ては虚無になる。
彼女の父親は本当に今の彼女を殺すつもりだ。
それは、命と命の取引。
「あなたには選択の権利がある」公爵は背中の後ろで手を組んで、おもむろに話した。
「今カプセルを捨てて、踵を返して、そのまま部屋に戻って寝ても一つの選択だ。言った通り、私が残り全てを片付ける。君が目覚めるとき、今夜起こした騒動は全て何もなかったことになる。門外に倒した二人の名前は親衛隊名簿に黒い線で塗り替えられる。そして日琉に関しての全ては邸の中に跡形もなく消えてしまう。私が寒霜城でこの名前に触れさせないようにする。日琉がいないけど、君は君が望んだ生活を続けられる」
月璃はカプセルに目を凝らして見て、まる十数秒間動かなかった。
やがて、彼女はゆっくりとカプセルを握りしめる。
「確かにいい提案だね」月璃は軽い声で言う。「すごくうるさくて、金魚のフンみたな奴が消えてしまえば、 あたしはきっともっと悠々自適で、今より理想の生活を過ごせるだろう」
彼女は目を伏せて、
「だけど、こんな理想の生活……もう……私の慣れた生活じゃない」
カプセルを飲み込んだ。
公爵は彼女を見つめて、溜息をついて、月璃の薄い反応に少し不満がある。
「ううん、あっさりな……死を恐れないのか?」
「怖いよ、死って本当に怖いものだと思う」
月璃は日琉の隣に膝をついて、指先で少女の乱れた前髪を丁寧に梳く。
「あたしの想像の中で、死は狭くて、静かで黒い箱に閉じ込められるみたいに、静止していて、果てしない悪夢だ。この悪夢で、思いだけが巨大な歯車の狭間に詰まって動かなくて……永遠に動かなくて」
日琉の髪を整えた後、彼女は自分の袖で少女の青白い顔の冷汗を拭く。
「これよりもっと恐ろしいことはないわ」
月璃は平静に話して、体はぐっと揺れていた。薬効がさっと効いて、目の前の全てがあいまいになって瓦解してゆく。
今の彼女にとって、死が迫る。
「けど、けどね、あたしは……」日琉の顔を整えて、月璃は唇を噛む。「……あたしは彼女の姉さんだよ。こんな恐ろしいこと、あたしが彼女の代わりに背負ってあげないと、誰が背負うの?」
「私はさっきちゃんとヒントをあげたはずだ。君たちには血縁関係がない」公爵は肩をすくめた。
公爵の言葉に対して、月璃はただ虚弱な微笑みを返した。彼女は片手で頭を支えて、片手で日琉の柔らかい頬をつまむ。
「こいつはそんなに不器用だ。もしあんたが言うのは、私たちの父と母は実は同じ二人だ。あたしはもっと驚くかも」
「なら、なぜ、彼女のためにそこまでしてあげる?」
「ただ……思い出しただけよ」
「思い出した?」
「ええ、思い出した。幼い頃、英雄への憧憬の前……私はもう一つの夢があった」
月璃はここでちょっと口を閉じて、首を振る。
「いいえ……そう言うべきか。英雄への憧憬は……ただあの夢から伸びたものだけだ」月璃は日琉の横顔を優しく撫でる。「だけどあの夢がなくても、私もそうするだろう」
「だから、なぜ?」公爵は再び尋ねた。
その中には嘲笑がなかった。真剣に、答えを求めているみたいだった。
「大したことでもないよ」月璃は軽く笑った。「ただ、もしあんたも十数年の間自己憐憫に溺れて、自分はひとりぼっちだと信じてきた。ある日、あんたはやっと気づいた。あんたも誰かに必要とされている。もうずっとあの灰色の城門を見据えなくてもいい。振り返ると、ある人はいつもかわいそうな顔で、まるで濡れた子犬のようにあんたを見上げている……いつから、あんたは待つ方から、待たせる方になった」
彼女は両手の手のひらで日琉の冷たくて小さい手を包み、目を閉じる。
「そうすると……あんたも絶対に、あの人に全てを捧げないわけがないだろう」
「……」
公爵は彼女の独白を注意深く聞き、沈黙している。
珍しく、沈黙している。
「だから決まったわ」月璃は軽い声で言った。
「決まった?」
「うん、決まった」
金の小刀を抜いた時、いいえ、あれらの絵を見た時、彼女は既に選択を選んだ。
もしあれが日琉が信じた世界ならば、彼女は自分の全てを使って、あれが真実であることを証明する。
あの時から、彼女はもう偉大なる英雄の幻影に執著しない。そして英雄の娘としての身分でもない。
過去、彼女はいつも色々な呼び名があった。しかしあの瞬間から、あれらの呼び名はもう彼女ではない。
何かの月からの姫ちゃんではない。
何かの天才でも何かの悪魔でもない。
何かの王の孫娘でもない。
何かの執事長の悪夢でもない。
何かの夏涼の姫さまでもない。
『月璃・アルフォンス』すらもはやない。
これらの呼び名より、彼女にはもっと大事な身分があった。
だから、カプセルを飲み込んで、今の全て、今の自分を忘れても構わない。
「日琉」
これだけ、これだけは忘れない。
この喚ぶ声だけ、この身分だけ、この誓いだけが……
彼女は絶対に忘れない。
これらのものは彼女の頭に覚えられるのではなく、
魂の奥底に刻まれて、覆われて、塗り替えられて、『月璃』という人をもう一度塑造する。
「姉さんは……」
彼女は幼い少女の冷たい手を自分のおでこに当てる。闇に落ちた最後の刹那に、静かに宣誓する。
「……あたな一人だけの…………英雄」
幼年篇はここでおわりました。次回から成年篇。
どうですか?グーゴルと辞書で無理矢理に翻訳したもので、日本人にとっておかしい日本語かな......少し恐れがあります。そして、こんなタイプの小説に対して、日本人ならどう思います?受け入れるか否か?と、本当に知りたいです。
になろうの読者にとって展開が遅いかもしれません、ここまで読んでくれた人に本当にありがとうございます!