-傾月-〈肆〉鞘を払う 4
日琉の髪色を変わりました。
パチ、パチ、パチ、パチ……
拍手の音がふっと彼女の後ろから響く。
月璃の顔が引きつり、動かなくなった。
「喜びの夜だ」
ミサ公爵の声が彼女の後ろからした。
月璃は少し黙って、急に袖の中から小刀を抜いて後ろに振り回す。
公爵は片手で月璃の腕をねじ上げて、微笑みをする。
「父と娘の関係について、君はやっと自分の答えを探したようだな」公爵は彼女を見つめて、前髪を透かした黄金の瞳に笑いが宿っている。
「……」
月璃は黙っていて、そして自分を無理に微笑させる。
「そうね、やっと気づいたよ。いい父親は、話すことができない父親だ」
もう猫を被ることをしたくない。彼女はまだ覚えてる。始めて会った時、彼女は椅子を父親の顔に投げるべきかということに迷っていた。彼女は間違っていた。
椅子だけでなく、投げられるものを全て投げるべきだった。
「若さの定義とは何だろう、君は知っているか?」公爵は彼女の挑発を全く気にしていない。
「……」
「人はどんなに若いかってことは、まだどのくらい選択を選べるかってことによって。だから今宵の選択に後悔するな、これは君の資本だ。沢山のチップを持っても賭けない博徒より愚かなものはない」公爵は穏やかな口調で話した。まるで父親らしい父親が反抗期の娘を躾けているようだ。
月璃はただ氷のような視線で彼を睨みつけ、過去彼女はずっとこの男の考えを理解したいと思っていたが、今もうしたくない。死人に思想は必要ない。
「月璃、君はうまくやった。古今東西、少女の決意は美しくてまぼろしのように、神に捧げられる酒だ」
公爵は月璃を直視して、褒めてあげた。彼は月璃の小刀を奪わず、たださりげなく彼女の手を放した。
「美酒を伴った美しい夜に、子女と一緒に飲むことは私の昔からの夢だ」公爵は微笑んだ。「ずっと導いてあげて、今、君はようやく私と対等に賭けるテーブルに座ってた」
公爵は手を伸ばして、月璃の手が持つ小刀を意識しないように、彼女の頭を優しく撫でて、まるで今夜のことにご褒美をあげるように。
月璃は硬直して動かなかった。公爵の話に隠れている意味は硬い銀の糸みたいに彼女の体を縛り付ける。
初めて、公爵は惜しげも無く優しさを彼女に与えた。もし最初からそうやって彼女を直視して、髪を撫でてくれたら、その後日琉にどんな残酷なことをしても、月璃は彼に反抗しないかもしれない。
しかし今月璃が気づいたのは、あの手のひらには温度がないことだけだ。
「賭けの結果を惜しいと思うな、君は確かに私が送ったプレゼントを見事に使えた」公爵は優しく話した。
「送った……プレゼント?」月璃は呆れて公爵を見て、相手の言葉の流れにあっさり乗せられる自分が愚かなと思うけど、心の中に霞んで見える答えが彼女を無理に話させた。
公爵は微笑みを持ち続ける。「君はどう思う?誰が11歳の女の子に黃金の飾り小刀や、小さな弩弓や、さまさまの有毒植物を掲載した世界のハーブの事典をプレゼントとして贈った?」
公爵の言葉は氷に満ちた水桶のように月璃の頭から浴びさせた。あやふやな予感が現実になる。この暗殺は彼女の計画ではない、公爵の計画だ。
今なら少し考えると分かる。公爵が戻ってからのことを簡単に振り返てみる。最初からの無視、日琉を苛むこと、初めて彼女と話し合ったときの赤ワインの話、誕生日のプレゼント……全ては、彼女に公爵を否定させて、この結論に導くためだ。
自分はやっと決意を固めて、どんなにしても日琉を守る。色々な童話の主役みたいに、騎士はついに奪われた姫さまのために奮起して、宝剣を持ち勇往邁進して、過程は苦しいけど、最終的には絶対にいい結果になる。彼女はそう信じた。
しかしこの舞台劇は最初から公爵に設置されたものだ。日琉ではなく、彼女こそが公爵の手のひらで踊られる人形だ。
「君の心の中にずっと迷いがあるだろう。私が君を愛しているかどうか?どうして私がいつも君を意図的に無視したきたのか?」公爵は指で月璃の髪を優しく整える。
「愛の反対は憎しみではなく、無関心だ」
「意図的に愛を示すことは愛さないのと同じ、その本質も無関心だ。なら、意図的に無関心を示すことはどう?」
公爵は説明を続けなかった。まるでこんな簡単なロジック、君にはわからないわけがないだろうって言う。
片眉を上げ、彼は口の端を捻らせた。
「ううぅ、私はツンデレね」
月璃はぼんやりと自分の父親を見て、何を言っているかさっぱりわからない。
狂人、天才と呼ばれた彼女の頭にそんな単語しか浮かんでこない。
先ほど出会ったのも狂人だが、今目の前にいるのは狂人たちのボス、狂人中の狂人だ。
公爵は自分の行為を評価した後、面白そうに愉快な笑顔を表した。しかし彼はすぐ気づいた。月璃はただ呆然として彼を見て、顔には天才とふさわしくなくて愚かな顔つきだ。
「やっぱり……君は彼女ではない。ユーモアのセンスはそんなにわけのわからないものではない」公爵は呟いた。
彼の表情がまた変わった。まるで別人みたいに、淡い寂寥を感じさせる。
「月璃、君にわかるか?このような未練を?」
「……」
応えてくれないことを予想したように、公爵ゆっくりと話し続ける。
「私たちが物事に対しての認知は、五感に頼るだけではない」
そう言いながら、彼は月璃の端麗な顔を軽く撫で、あれは少し幼い感じだが、過去彼を狂わせてきた女と瓜二つの顔だ。
「例えば顔、一つの顔を認知するのは、顔の形、色とか五感の総和だけではなく、過去の経験と印象を加えるのだ」
冷たい指先が彼女の横顔を通り過ぎて、彼女は歯を噛みしめて怯える顔を見せたくない。公爵には彼女の顔がどんなに認知されるのかわからないが、思うままにさせない。
「この意味は、君と同じ景色を見える人は、君と同じ過去を体験した人だけだ。君と同じ経験をして、同じ過去を過ごした人のみこそ、君のユーモア、美の鑑賞、行為の筋を理解できる」
公爵が月璃の顔を見つめて、過去の思いにふけながら、わずかの間を置いて話し続ける。
「しかしある日、物語が終わった。何年も過ぎた。君は依然として過去の習慣に縛られている。あの人から残って、濃すぎる色が永遠に消えない『殘光』みたいに、君の世界を勝手に塗りつける。君は一人で、二人だけがわかる仕草をする、二人だけが理解できる言葉を話し続ける」
彼はため息を弱々しくついた。
「人はもういないのに。一体、誰に話す?」公爵は目を閉じる。
月璃はこの一瞬を見逃さなかった。
ザツ。
小刀を躊躇わずに公爵の首に突き立てた。
次に起こったこと、完全に常識が覆されたことを見て、月璃は再び言葉を失って。頭が真っ白になった。一瞬、心臓の鼓動すら忘れたようだ。
小刀がそのまま公爵の首に埋め込まれ、柄まで通った。まるで公爵の首にもともと裂け目があって、小刀はもともと公爵の首にすんなり入るために作られように、完璧に嵌合していた。
しかし、一滴の血も流れなかった。
公爵はさりげなく小刀を抜いて月璃の手に戻した。首に黒い線が残った。
月璃は後ずさりして、震えている刀を握って目の前にいる文字通り化け物であるものにさし向ける。
公爵はただ残念そうに彼女を見て、彼女の反応に少し不満があるらしい。
「やはり君は彼女ではない。これこそ一般人が理解しかねるものに対する反応だ。大喜びで駆け上がるなんてじゃない」公爵が独り言を言った。
「あなた……いったい何もの……」月璃は自分の声を動揺させないように努力している。
「慌てるな」公爵はまた微笑みをした。「今の君にとって、もっと恐るべきものがあるはずだ」
「……」
月璃は小刻みに震えている唇をきつく結び、返事をしなかった。目の前の化け物より恐るべきものがあるの?
「理解してくれないか?君の毒矢は、一体……誰に撃った?」
月璃は手が少し揺れていて、思い出した。先ほど撃った毒矢が、確かに目標に当てるはずだった。
しかしあの時、公爵は彼女の後ろにいたはずだ。
公爵である化け物は彼女の知らない方法で一瞬にして彼女の後ろに移った可能性もあったけど、公爵を斬っても血が流れなかったので、合理的な推測をすれば、撃たれたにも関わらず血が流れなかったはずだ。なら、彼女に撃たれて、布団に血が流れたのは……誰?
そう思いついて、月璃は急に心が寒くなる。
公爵は月璃の思考している顔を念入りに見つめて、次の表情の変化を見失いたくないように、手を後ろに組み、おもむろに決定的な言葉を吐いた。
「誰の髪色が影で見ると、私と同じ金髪にする?」
この瞬間、月璃の顔が青くなった。
カン、小刀が地に落ちた。
彼女は前に突っ走って、微笑んでいる化け物を突き退けて、実は鍵がかかっていない寝室のドアを開いて中へ走り込んだ。
血がベッドに広がり、月璃は素早く布団を外した。
白と金、二つの髪色を持つ少女はベッドに縛られ、泣き面をしている。彼女は口に白い布を突っ込まれて、全身で震えている。血が太ももに刺した矢から流れてゆく。