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-傾月-〈肆〉鞘を払う 2


 ガツ!




 刃はヤマネコの拳にはまり込み、指の骨の間に食い込んだ。彼の手から吹き出した血の玉が怪力で瞬間に圧縮して、赤い霧のかたちで爆発した。


 真っ二つに割れた刀が空を回って、隣の木に刺さった。


 咲いた血の霧とともに、月璃はまるで糸が切れて失速している凧みたいに後ろに飛ばされて、星空と大地が彼女の目の前に置き換え続ける。


 横腹から伝わった強烈な衝撃が月璃の骨と筋肉に沿って全身まで滲み透って、彼女は凄い勢いで地に落ちた。体の一部がストライキをしたかのように動かなくなって、知覚を失ったところもある。


 しかし他の一部は泣きたくなるほど痛い。


 彼女はこの一生でこんなように打たれたことがなく、こんなように激痛を体験したこともない。


 月璃は唇を噛んで、震えている両手で地を支えて、無理やりに自分を立ち上らせた。痛い、本当に痛い、道理で日琉は指が折れた時、あのように泣いた。まさかこの世界には本当に彼女の想像を超えた痛みがある。


 彼女の前の男は痛覚がないかのように、拳に嵌められて折れた刀をさりげなく抜いて、傍に捨てて、眉をひそめることすらしない。彼は今狂気で、楽しんでいる顔つきをしていた。

 ヤマネコは首から針を抜いて、笑っていて、毒で喉が痺れたせいで小さい声で呻ることしかできない。


 狂人だ……月璃は袖から隠してあった黃金の飾り小刀を抜いて、震えている両手で握った。彼女はでかくて異様な気迫に満ちている男を見て、自分が一人で異世界にきたのような気がしている。


 あれは過去11年間、彼女が暮らしてきた世界とは同じではなく……


 ……後戻りできない、血と殺し合いが満ちた狂った世界だ。


 ヤマネコは冷めた視線で彼女を見据え、重心を低めとして戦の構えをして、けがしない左手で手招きし、まるで『まだこないか?』と話しているように。


 月璃は歯噛みして、華麗な鞘におさめた小刀を抜かずに前に向いて、ふらついて、小刀を掴めなくなっていくみたいだ。


 先刻、彼女が首を狙った目的は、たとえミスしても、相手は喉が痲痺したせいで他の人を呼び出すことができない。そして事前に調べた通り、相手は子供の前で逃げ去る人ではない。


 相手が躊躇わずに拳を刃に向けて突き出したことを予想しなかったが、現在まではまだミスをした後の予備計画に外れていない。相手の武器を奪って、喉を麻痺させて呼び出す可能性を奪って、なお、相手は彼女の予想通り逃げて他の衛兵に知らせに行かなかった。今の一対一も含め、全ては計画通りだ。そんなはずなのに……


 ヤマネコの異常な気迫の前に、彼女は一歩も踏み出せない。


 ヤマネコは首をひねって、つま先跳んで、ウォーミングアップして、首の傷口から彼の動作に従って血が流れ、彼は唇を引き歪めて再び月璃に手招きして、まるで「こないなら、こっちでいく」と話しているように。


 ヤマネコが本当に彼女を殺す可能性が低いことを月璃は知っている。だけど多分迷いなしで彼女を半殺しにして、たとえ彼女今が超いい男である夏涼を呼び出して情に訴えても無駄だろう。


 それに夏涼も出るわけはない。今夜、夏涼を含めて邸で全ての使用人がすでに事前に晩ご飯のスープに混ぜた眠薬で寝かせていた。


 彼女が偶然に夏涼の部屋に見つけた親衛隊のリストによれば、公爵親衛隊の中に、ヤマネコとオオカミ、この二人が戦力によれば一番弱くはないが、いろいろ考えた後、この二人はほぼ唯一の隙ありの組み合わせだ。


 二人が公爵部屋の護衛になる日は月に一回だけ。今日中にしないと、月璃はまた一ヶ月まつしかない。


 遅すぎる。


 月璃はこの一ヶ月で公爵の前で何事もないように振る舞う自信がない。


 そう考えて、月璃は強引に乱れている呼吸を抑えて、小刀を全力で掴んでマネコに向いて走り出す。


 ヤマネコは凶悪な笑いを浮かべ、そのまま何もしない。彼が見れば少女が緊張しすぎて、小刀の鞘から刀を抜くことすらを忘れている。そして、月璃が彼の3メートル以内に入る瞬間、彼は身の前に置いた掌で空を握り締める。




 そうやって、光を握り潰した。




 月璃の目の前が急に暗くなった。彼女を照らしている月の光も、黃金の飾り小刀に反射した光も、薄暗い廊下の灯とシルエットも、全てが虚無に帰する。


【紅・折光】、山貓には一日に五回しか使えない切り札だ。每回使う、一日の時間でヤマネコの体重の6分の一を消耗する。そして全ての『カラリスト』と同じように、体重が元の6分の一になった以後、体重が元に戻る前に五色を使えない。


 五色を使う人ー『カラリスト』、世界に愛された少ない人たち、自分の体重を一時的に消耗して、世界の法則を塗り替える権利がある人だ。


 一部の体重を代償として、今この時、ヤマネコの半径3メートルの中で全ての光がねじくれていて、強制的に外に屈折して、この領域から逃げる。


 真っ暗な中に、月璃は二つの光点しか見えない。あの琥珀色の瞳が細くなって、まるで黒い夜に待ち伏せして、獲物を見据えている山猫みたいだ。


 狩りが始まった。そして獲物は月璃自分自身だ。


 二つの琥珀色の光点が不規則に揺れていて、急に魑魅のような速さで月璃に迫っていく。


 月璃の全身が小刻みに震えて、闇の中で前にまっすぐ走る。彼女が立ち止まってはいけないことをはっきり知っている、。もし少しでも止まったら、この差がありすぎる対決は一瞬で終わる。


 両手で刀の柄を握って、自暴自棄さならがに、膝を屈して、一歩を踏み出して、まだ鞘に収めたままの刀を空の光点に刺す。


 鞘に収めたままの刀が凄い勢いでヤマネコの瞳に刺さっていく。これは月璃の全力の一撃だ。たとえ鞘を抜かなかったにしても、力だけでヤマネコの目を潰した可能性がある。


 しかし刀はヤマネコの瞳の前に強引に止められた。ヤマネコは筋肉を隆起させて、がっちりと刀の鞘を引っ掴んで、力を入れて横へ引っ張った。彼はまず月璃の武器を奪うつもり。武装を失ったら、力弱い少女は彼とって脅威にはならない。


 そして、ヤマネコはやっと意識した。重大な誤りを犯してしまったことを。


 彼は生まれつき他の人よりいい視力を持つ。だから【折光】を使う時、彼は意図的に領域内の全ての光を消すことをせず、彼だけが見える微光を残す。例えば相手の武器が反射した光だ。しかし今回彼は【折光】を使う時はあまりにも早かったので、金刀の鞘が反射した微光は見えたが……金刀の鞘にバターを塗っていることに気づかなかった。


 そのミスが彼に2秒の時間を奪った。


 入れすぎた力が目標を失って、ヤマネコの両手が刀の鞘から滑って外れ、その瞬く間に、わずか2秒の時間で、百戦錬磨な戦士は身体の重心を失った。




 2秒。




 ヤマネコが鞘を月璃の手から前へ引いた瞬間、彼女は同時に刀の柄を後ろに引っ張っている。

 親指の爪を鞘と鞘の隙間に差し込んで、力を入れて上に弾く。




 1秒。




 バターを塗っている鞘はヤマネコの手から滑り、ヤマネコの力と月璃の親指の力に沿って、銀刃が黄金の鞘から滑り出した。


 鞘は空でスローモーションで逆時計回りして、しばらく月璃の顔を遮り、ヤマネコはその瞬間で月璃の瞳を、あの怯えていて、闇に微かな光で輝いている瞳を見失った。


 鞘、回り続けている。




 0秒。




 再びヤマネコの前に現れた黒い瞳は徹底的に全く違う色で塗り替えた。まるで夜のように静かで、霜のように冷い目つきだ。


 ヤマネコはやっと戦慄を感じた。過去、彼はあのような目つきを何度も見た。


 決して10歳の少女にはあるはずがない、人を殺す覚悟を持つ目つきだ。


 彼はその瞬間に理解した。自分が以前に見た、少女の迷い、躊躇い、おずおずと怯えている姿は、ただ内部の鋭い刃の光を隠すために作られた、


 切っ先を納める鞘のようなものだ。




 今、鞘を払った。




 銀の光は無限の暗闇に半円を描く。


 血がヤマネコの首の横から飛び散って、月璃のベージュ色のネグリジェの小柄花になった。


 彼は月璃の前にまっすぐに立って、呆然として目の前に荒々しく呼吸している少女を睨みつける。少女は彼の視線を避けず屈せずに睨み返した。幼くて美しい黒の瞳の中には恐懼と屈強と決意が混ざっている。


 少女が必死にヤマネコを見据え、目に恐怖が満ちていても、目を自分が犯した罪をそむけるつもりはない。決して弱みを見せなく、決して逃げをしない。


 少女の強がりを見て、ヤマネコは突然にかすれたような声で口を開いた。


「刀が人の如し……」


 ヤマネコは震えていて息を切らし、それでも彼の最後から目を逸ず、血まみれの少女を見つめ、麻痺したはずの喉を鳴らし続ける。


「人も刀の如し……」


 目の前の少女は彼を殺す刀のように、一見華奢で無用な黄金の鞘の中に、簡潔で鋭い銀の刃を隠している。例え先刻のように光線がなく、限りなく漆黒に近い場所でも、あの鋭い光を遮ることができない。


「美しい……」


 ヤマネコはぶつぶつ独り言をいって、夢中になるように月璃を見つめ、まるで死ぬ前に最も残念なのは彼を殺した敵を見続けられないことだ。


「惜しいな……君は女の子って……」


 彼は大口を開けて笑って、巨大な体がゆっくりと後ろへ倒れた。


「覚えておけ……来世……いい男になれ……」


 そう言い含めて、彼は死んだ。

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