-傾月-〈叁〉仰ぎ見られて、追いかけられた人 4
彼女は廊下に歩いて、いろなメイドと使用人とすれ違ったが、だけど誰も彼女に話しかける勇気がなかった。彼女は無表情で口を締めて、自分の部屋に戻った。
ドアを閉めた後、彼女はドアに寄りかかって、ポケットから1枚の紙切れを取り出した。
あれは本来子猫の死体の後ろに貼ってあった紙切れだ。紙切れには整った筆跡がある。
『
月璃、誕生日おめでとう。
心から望んでいる。
母親たちと比べて、君たちがもっと長く持ちこたえられる。
ミサ
』
月璃は目を閉じて、顔を上に向けて、後頭部を冷たいドアにもたらせていた。
彼女はやっと分かった。だから彼女たちの母親たちはこんなに早死にした。だから邸の人たちはいつも公爵のことに触れなかった。
プライベートでの公爵はどんな人なのか?もしかすると寒霜城にいる人たちはみんな知っていたのかもしれない。だからパーティーの時、彼らはただ当たり前な態度で、平然と目の前のことを受け止めた。
なぜなら、プライベートの公爵なんて彼らにとってはちっとも関係ない。彼らに必要のは良い父親でも良い夫でもない。英雄だ。彼らのために家を守り、敵を撃退する偉大な英雄だ。公爵の家族は生贄にすぎない。彼女と日琉の母親たち、それと彼女たちも、ただ英雄の召喚のための生贄だ。
人たちはいつもそうだ。凜々しく、大きな正義のために少数の人を犠牲にする。自分たちは犠牲にされる人じゃなくていい。
月璃は認めた。ずっと欲しがっているものは実に存在しない。糖衣に隠された真実は、糖衣の表面にくっつくアリより汚らわしいものだ。
確かに彼女の父親は英雄だ。だが、彼女の英雄じゃない。いつか白馬に乗って、全ての人が死人の皮を顔に被っている惡夢から彼女を救うことがない。
彼女が望んだことはそんなに大きいことじゃない。ただ、父親が彼女の頭を撫でて、『寂しい思いをさせてゴメン』いってくれる、それみたいなことだけだ。そうしたら、彼女は首を横に振って『いいえ』と返事して、努力して一番素敵な娘になろうとする。
ただそれだけだ。欲深にならないのは、それはいけないことだと知っているから。
「それも、もう……ありえないことだなぁ」月璃は独り言をいって、紙切れをくしゃくしゃにしてポケットに戻した。
自分の部屋を見渡す。部屋には二つのベッド、机と椅子しかない。
この二つの机は極端な対照をなしている。左の机はすでにプレゼントで埋まっていた。小さな狩猟用弩弓や、黃金の飾り小刀や、世界のハーブの事典や……小型、貴重、精工の条件に合うものは、全て使用人たちに分類されて、彼女の机に置かれていた。
右の机にあるのは一つの落書き帳しかかい。左の机と比べたら、あの落書き帳がひとりぼっちで、静かに机に置かれている。あれは日琉が珍しく持っていなかった落書き帳だ。
日琉の机から、月璃は不意に淡い香りを嗅いだ。
あるようでないようで、なんとなく親しくて、どこかでかいだことのある匂い。
プレゼントの山のそばをおりすぎて、日琉の机にゆっくりと向かい、香りの出所である落書き帳を開けた。
おもむろに、ページをめくってゆく。
中に記録されているのはすごく単純なものばかりだ。日琉は簡単すぎる考え方、もっと言えば、愚かな考え方でこの世界を記録していた。
ほとんどの絵には二人がいる。青い棒人間と薄い黄色い棒人間。そしてもう一つの得も言われぬ黒いものがいつも二人の隣にいる。たぶんこれはワンじゃんかもしれない。月璃はそう推測した。
青い棒人間が芝生に転がっている時、黄色い棒人間もそれを学んで芝生に転がっている。
紅葉が宙に吹き荒れ、青い棒人間は木の上に坐って空を蹴っている。黄色い棒人間と黒い子猫は木の下に跳ねまわて、上の枝にたどり着いたいと努力している。
混ざり合う赤と灰色の街に、二人は一人が前に一人が後に突っ走る。黄色い棒人間は黒い子猫を連れて後ろに一生懸命に手を伸ばして、まるで青い棒人間の後ろの長い影を掴もうとしている。
月璃は唇を軽く噛み、疲れのせいかもしれないが、なんだか目頭が少し熱くなる。
今まで、月璃はこのように日琉の落書き帳をきちんとみたことは一度もなかった。なぜなら、彼女の目はすごく忙しかったから。いつも無意識にあの巨大な城門に辿り着く……望んでいたからな。待ち人がいつかあの扉の向こうから戻ることを、そして自分がいつかあの扉を越えて、自分だけの冒険が展開することを。
正直なところ、寒霜城は彼女の育った場所だけど、彼女はあまり好きじゃない。
自分はここに属していない。ここは小さすぎて、偽りばかり。だから偉大な自分を容れることができない。ここを離れても未練はない、
彼女はいつもそう思った。寒霜城は実際にそんなに小さくない。しかし彼女とって、ここは冒険物語の最初の村みたいだ。冒険者になって、世界を回って、年をとって、いつか自分の物語を作った後に、ここに戻り、村の子供達に物語を語るようになるかもしれない。
しかし、誰かが最初から、こんなありふれた村を気にかけるの?
城壁の中のものより、彼女のビジョンはもっと高くて遠くて、灰色の巨大な城門を越えて、見たことのない世界に向いて、帰ることのない英雄を追いかける。
そう、彼女の視線はいつも前に向き、英雄の帰りを待ち、未来の冒険を想像していた。
だが日琉は、彼女の前に存在しない。あの馬鹿馬鹿しいやつはまるで月璃の尻尾みたいに、どんなにいじめられても、どんなに叱られても、彼女はいつも愚かなペットと一緒に彼女の後ろに黙ってついてきた。
だから……
だから彼女は日琉の絵を真面目に見たことがない。日琉を真面目に取り扱ったこともない。
自分は捨てられた人間だ。彼女はいつもそう思った。寒霜城という名前の籠の中に捨てられ、父親も母親もいない、どんなに待ち望んでも、どんなに仰ぎ見ても、偉大なる英雄は戻らなかった。一人ぼっちで、すごくすごくかわいそうだった。
しかし日琉の絵に、彼女こそ追いかけられる人だ。
例えばあの日、日琉は彼女について邸を離れ、ついてこないでと警告されたのに、それでも一生懸命に木に登ることを学んで、服を縫うことを学んで、こっそりとついてきた。これまで彼女はずっと日琉がしたことを理解できなかった。才能がないくせに、いつも自分を真似るなんて、おかしいじゃないの?真似してもよくできないのに、なんでそんな一生懸命なの?実際に、日琉はただ……ずっとずっと追いかけているだけだ。
彼女の世界は大きくはない。だから努力して、残されないように。
ページをめくり、月璃の視線は最終ページから二枚目の絵に辿りついた。
その絵には、赤い鳳凰のワイトドレスを着た悪魔の前に、青い棒人間が宝剣と盾を持ち、黄色い棒人間を守っている。
月璃は口をすぼめて、顔を上に向ける。お酒を飲み過ぎたかな?目の前の天井はまるで水面のように揺れていて、曇っていた。
今ならわかる。だから公爵が帰る日に、日琉は月璃に珍しく『公爵は英雄ではない』と反論した。日琉の心の中に、英雄という人はとっくに決っていた。
月璃が過去に仰ぎ見る偉大な英雄と違う、日琉の英雄はすごく弱くて、いつもわがままを通して、人気もないし、悪ふざけばかりし、他人の威光を笠に着て威張っていることさえきづかなかった。みんなに尊敬されたのより、むしろ唾棄されていると言うべきだ。
フン、何か英雄だ?昔の月璃ならそういうかもしれない。
どう考えても、どんなにえこひいきしても、過去に月璃が憧れたの、あの黃金の鎧を着て、五色の駿馬を乗て大軍を率いる理想的な英雄と比べたら、日琉の英雄はあまりにも小物すぎる。
郷土と国土を守る思想がない、大軍の指揮権も持ってない、一人で万人を止める勇気もない。
理想もない、力もない。入れ替わったのは幻想と皮肉だけだ。もしマイナス思想が水になって、頭から溢れ出たら、寒霜城ではすでに水害が起こるかもしれない。
日琉の英雄は、このような半人前の、救いがたい英雄だ。
しかしそんな英雄でも、あえて月璃の理想な英雄と比べ、唯一の勝る部分があるといえば、
せめて、日琉の英雄が……
……知らない人たちと、まったく気にかけない人たちと分かち合わなくていい。
あれは国に属しない……
民衆に属しない……
みんなにも属しない……
日琉一人だけの……
英雄だ。
いいなぁ、すごくいいなぁ……
羨ましすぎる、こんな専属英雄がいるなって。
嬉しすぎる、この英雄は自分だなって。
残念すぎる、この英雄はまさかこのような、何もできないやつだなって。
商人の前で、最後に日琉を守ったのは夏涼だった。月璃はただ自分を哀れんで飲んで、自分を哀れんで酔い潰れただけだ。
公爵の前で、夏涼はもう彼女たちの仲間ではなかった。そして彼女は、日琉の英雄である彼女はただレースの縁を掴んで、頭を下げて震えていた。何もしなかった。何もできなかった。
月璃はいつも認めたくはなかったが、彼女たちはやっぱり姉妹だ。二人には同じように英雄見る目がまったくない。
月璃は軽く笑った。日琉を嘲笑うように、そして自分を嘲笑うように。まるる罪から逃れるみたいに、右手で無意識にこのページをめくった。
そして、最後の絵だ。
淡い香りがぷんとくる。彼女は棒立ちになった。
それは月璃の画像だ。
前の棒人間たちと全然違うレベルで、とても綺麗な絵だ。漆黒の瞳に宝石のように微かな光が輝き、瑠璃紺の真っ直ぐな髪は肩に流れる流水みたいだ。
しかし顔がおかしい。左側と右側の部分は、まるで二人によって描かれたみたいだ。左側の顔は長年で絵を学んだ画学生にゆっくりと描いたもの。技術は稚拙だけど、すでに魂が宿っている。一方、右側の顔はすごく荒く、全ての線がゆがんでいる。まるで左側で天使を、右側で悪魔を描いたかのようだ。
『お姉さん、たんじょうひおめでとう、わたしのお姉さんはせかいいちきれいなひと』画像の隣に字が書いてあた。
月璃は茫然として絵を見て、小刻みに震えている指を絵にさして、ねじくれていた筆遣いをなぞる。
日琉は世界で一番愚かな人だ。彼女はいつもそう思っていた。だけど結局世界で一番愚かな人しか、彼女の誕生日を本当に気にかけていなかった。
日琉は月璃にプレゼントが送らないつもりではなかった。できなかっただけだ。
絵を完成する前に、彼女の指はすでに曲げられていた。月璃の誕生日に間に合わせるために、彼女はまだリハビリ中な手を使って、努力して絵を完成した。しかし最後、それを贈る勇気がなかった。
贈る勇気がなかったのも当然だ。彼女のお姉さんは世界一きれいな人だから。
「パカじゃないの……普通はこんな方法で描かないでしょう」彼女はつぶやき、目から涙がこぼれおちていた。
おかしいじゃない?誰かが人の画像を描く時、左側の顔を先に完成した後、右側の顔を描くの?
だけどすごい、愚かしいけど、すごい。
月璃はいつも天才と呼ばれていた。しかし彼女さえこの絵を描くことができない。数月練習しても、この水準に達するのは無理かもしれない。
彼女の妹はすごかった。
月璃の指先は画像の瑠璃紺の髪を撫でて、不思議な香りはこの顔料から漂っている。彼女は思い出した。これはジャカランダの香りだ。画像の髪の部分は、すりおろしジャカランダの汁で描かれたのだ。
あぁ、そういうことか。
だから日琉は彼女をうるさがらせるほど、二つの青い花を持って、『どっちが好き?』と聞いたのだ。
だから日琉は突然に木に登ることを学んで、無理矢理に裏庭でもっとも高い花樹に登って、その上に最も香りが良い花があると言った。
ジャカランダ、花言葉は『絶望の中に愛を待っている』。
そう……彼女は絶望の中に愛を待っている人だ。しかし彼女が待っている愛はどこにもなかった。持っていると思っていたものはもともと存在しなかったが、本当に持つものはもうすぐに……掴めなくなった。
月璃はもう一度と絵の全体を見つめた。
左側は天使。
右側は悪魔。
彼女はゆっくりと落書き帳を閉じて、側の机にあるプレゼントーの黃金の飾り小刀を持ち上げた。刀の鞘に、彼女の姿が映っている。彼女はあの精緻なドレスを着て、薄化粧した美しい少女を凝視して、
底の見えない黒い瞳に、声をひそめて尋ねて……
「今、君は……………どっち?」
……刀を抜く。
ごめ、間違いました。
今日はサイト停止と思いましたが、そうではありませんらしい。
になろうの他の小説と比べて、この小説の展開は多分遅いでしょう。
ここまで見てきた読者に、本当にありがとうございます!
次回は月璃の最初の戦いです。