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-傾月-〈叁〉仰ぎ見られて、追いかけられた人 3


 拍手が止まった後、公爵は侍従たちを連れてロビーを離れた。賓客たちが動き初め、話し合い、先程のことについてひそひそとささやき合っていた。


 ただ二人と一匹の猫は、隅に残っている。


「これはあんたが猫を持ち帰ったやり方なの?」月璃は声をひそめて尋ねた。


「申し訳ありません」


「どうして弁解しないの?あんたのせいじゃないことは、あたしだって知っている。『私は頑張ってた。これは最良の結果だ』って、どうしていってくれないの?」月璃は床面を見つめて、独り言をいった。


「……」


「涼、日琉が抵抗なしにあなたに手錠を掛けられたのは、あんたを信頼していたから。なのに、あんたが躊躇なしに彼女に手錠を掛けたのは……どうしてなの?」月璃は頭を上げて、夏涼を直視した。


 夏涼は何も話さなかった。たとえ月璃が彼の前で過去に一度もしたことのない、氷のような目で彼を眺めても、ひとことも弁解しなかった。


「想像に任せる……か?」月璃は軽い声で話した。


 月璃はしゃがんで、猫を懐にゆっくりと抱き上げた。


 あれは体温がなく、すごくすごく軽い子猫だ。


「数ヶ月前に、あんたにこの猫をもらった時、あたしは本当にうれしかった」


 月璃は光沢を失った猫の毛を撫でる。


「だけど、あたしの猫のくせに、なぜかこの阿呆猫はあたしより、日琉に懐いて、いつも一緒に遊んでいた。だからあたしは腹いせにこの子に『ワンじゃん』という名をつけた」


「この阿呆猫は日琉にいつもワンじゃんワンじゃんと呼ばれて、まさか本当に自分が犬と思ったようになった。おかしいでしょう」


 月璃は子猫を見て、微笑んだ。


「飼い主が愚かすぎるせいかな?時々あたしもこの猫は本当に面倒くさいなと思う。誰にも熱情を傾けて、猫としてあるべき矜持をちっとも持ってない」


 月璃は手でボサボサの猫の毛をすく。実際に彼女はこの貓を滅多に触らなかった。落ちた毛が面倒くさいから。


「だけと、嫌いじゃない」月璃はつぶやき声で話し続ける。「本当に……嫌いじゃない」


 話しているのは、猫のことか?それとも日琉のことか?彼女自分もわからない。


 夏涼は月璃が静かに猫の毛を綺麗に梳くのを見て、依然として何も話さなかった。


 月璃は猫をセコイアの箱に戻して、箱のふたを閉じる。


「涼,あたしはずっと思っていたよ。あんたは唯一私を理解できる、飾りがなくあたしを接する人だと。あなただけ、あたしに媚を売ることをしなく、呪罵もしない。あんただけに対等な関係を築ける。あたしはいつもそう思った」月璃はそっと言った。「だけと、それは間違ってたね。相棒ではないのだから、あたしたちは互いに支え合うことをしない。戦友ではないのだから、あたしたちは肩を並べて戦うこともしない」


「月璃、私は君の護衛です。いつまでも変りません」夏涼はゆっくり話した。


「そう、あんたはあたしの護衛だ。あたしたちの関係は、ただ保護者と保護された人の関係にすぎない。しかたなしに、極端な性格を持つ子供の世話をする大人みたいで、あたしたちはいつも対等な関係ではない」


「月璃、私はそんな事を考えた事もないんです」夏涼は優しい口調でいった。


 月璃は首を振って、そして立って、セコイアの箱を側のテーブルに置いた。


「今回もそうだ。あんたはいつも自分で背負い込んで、あたしと相談するつもりは一度もなかった。『もし君が私に逆らったら、月璃には日琉みたいな取り扱いをする』彼はあんたにそう言ったでしょう」


「……」夏涼は口を閉じた。月璃の前では嘘と取り繕いが意味ないことを彼は知っている。


「もし日琉の犠牲とあんたの守りがあるから、あたしはいま無事にここにいられるなら」


 月璃は頭の黄金蝶の髪飾りを抜いて、ゆっくりとテーブルに置いた。


「こんな施し、あたしにはいらないわ」彼女の口調は卷雲のように淡い。


 言い終わると、彼女はテーブルに置いた赤ワインを持ち上げて、一気に飲み干した。そして彼女は空っぽなグラスの底を見つめ、徐々に微笑んだ。


「なぁ……涼、あたし、今わかったよ」


 月璃は夏涼に笑顔を満開にした。あれは鮮やかで美しくて、しかし自嘲するように笑顔だ。まるで過去の自分の信じるもの、自分自身、全てを否定したようだ。


「やはり……あたし、酒が大嫌い」




 ガチャン!




 大きな音と伴って、グラスは床で粉々になった。


 全ての賓客は動作と話し合いを止めて、事件現場に振り向いた。


「消えろ」


 月璃はおもむろに視線を走らせる。惨劇を見たのに、何事もないように贅沢なパーティーを続ける賓客たちを一つ一つ見渡した。


 作り笑い、全ての人は作り笑いを続けている。仮面舞踏会ではないのに、仮面をかぶって、温かな芝居を頑張って演じ続ける、まるで月璃の日常と同じように。


 今、これらの作り笑いにようやくヒビが入った。漆黑の瞳で見られた人たちは全て無意識にゾッとした。本来ならば絶美と言える目に、いま炎が燃え上がている。あれは静かに周りの全てを焼き尽くし、そして自分まで飲み込んだ黒い炎だ。


「パーティーは終わった。消え失せろ」月璃は彼らを睨み、低い声で咆哮した。


 賓客たちは視線を交わして、一言も話さないで、逃げるようにすぐロビーを離れしまった。


 咄嗟的に、ロビーが空っぽになって、ただ月璃と夏涼が二人きりで残った。


「この子を葬ろう」


 一つの命令を残して、月璃は沈默を続ける男から離れた。


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