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-傾月-〈叁〉仰ぎ見られて、追いかけられた人 2


 月璃はそれを思いながら、顔を振り向けた。


 日琉はしゃがんで、あの太ったレディのスカートをめくり、頭を中に入っている。


「……、失禮します」


 月璃は今プレゼントを贈ってくれる賓客に謝って、ドレスの裾を持ち上げて日琉の側に行って、迅速に日琉を太ったレディのスカートの中から引っ張り出した。


「日琉、これはダメ」


「お姉さん、わたし、ワンじゃんを探している……」日琉は頭をかき、金色の目はいつも通り澄みきっている。


「それでもダメ、あまりにも失礼じゃないの」賓客たちの前で、月璃は上品であるようなふりをする。


 日琉は少し考えて、太ったレディのスカートを指す。


「中は広い、ワンじゃんは中に隠れているかもしれない……」


「ひ、ひどい!」太ったレディの頬の肉が踊っている。


 月璃は唇を噛んで笑いをこらえて、太ったレディに深く頭をさげる。


「日琉に悪意はありません。あたしの顔に免じて、許してくれませんか?」


「フン」太ったレディは周りの視線を気にして居心地が悪いと感じたようだ。彼女の顔は赤くなった、スカートを持ち上げて彼女たちから離れた。


 月璃はため息をつき、日琉を隅に連れて行き、動かないでと命じる。そして彼女はロビーの真ん中にいき、円卓上のケーキをカットして、いくつかイチゴを上に置いて、皿を日琉がいる隅に持ち帰った。


「食べよっ」月璃は壁に寄りかかって、皿を手渡した。


 日琉は右手のガーゼに皿を置いて、俯いた。すごく落ち込んだらしい。


「ワンじゃん……どこもいなかった……」日琉は小さい声で答えた。


「うん」月璃は知っている、この数日、日琉はすっとあの猫を探していたのを。


 子猫が公爵に持って行かれたことを日琉に話さなかった。月璃には、なんとなく、話さないほうがいいと感じられた。


「姉さん、ワンじゃんは……わたしのこと嫌になったの?」日琉は月璃を仰ぎ見ながら、涙が金色の瞳に揺れている。


 月璃は目を逸らして、数秒後に無理に答えた。


「ただ成年になっただけ。全ての猫が成年になった時、外でしばらく流浪するよ」


「流浪する?」日琉が首をひねった。


「家を出て、世界に旅をすることだ」月璃は鬱陶しい気分で説明した。


これは彼女の以前の夢のひとつだ。小さい頃、彼女はいつから寒霜城を出て、この世界を歩き回りたいと思っていた。東にずっとずっと歩いて、広い針葉樹林を通って、そしてお父さんがいる場所、あの寒くて、殺し合いの叫びがこだましていた高原を見たかった。


 だけど世界は彼女より早いものだ。彼女はまだ大きくなってこの世界を見に行くことをしていなかった。世界は逆に立ち止まった彼女に襲いかかって来た。


「けどワンじゃんは自分が犬だと思う。犬も流浪するの?」日琉は聞いた。


「家があるもの、みんな流浪する」


「なら彼はいつ帰ってくるの?」


「飽きたら、自然に戻ってくるよ」うるさいな、月璃はちょっと眉をひそめた。


 日琉は小さい声でうんと言って、まだ慣れない左手でケーキを食べ始めたが、数秒後に彼女はまたフォークを置いた。


「お姉さん……ごめなさい……プレゼントを用意しなかった……」日琉は肩を落とした。


「必要ない」


 月璃は冷たく言って、しゃがんで、ハンカチで日琉の口元の汚れを慎重に拭いてやった。


 彼女は嘘をついていない。確かに必要ないものだ。ただ少し欲しいだけ。


「エヘヘ……」


 汚れを拭いてもらた後、日琉は楽しそうに笑った。この笑顔を見て月璃は始めて会った時のことを思い出した。あの時、彼女がケーキを日琉の顔にぶっつけた時、日琉も同じ笑顔だった。


 バカじゃないの?少し優しく扱うと、彼女は笑顔を振りまく。冷たく扱っても、彼女は笑顔を振りまく。どのように扱われても、彼女はいつもへらへら笑っている。達成感がちっともない。


 しかし月璃もわからない。どうして日琉を、このようなやつを傷つけたいのか?


「痛いの?」月璃は声をひそめて尋ねて、日琉の包帯で巻いてる首を慎重に触ってみた。


「少し……」日琉は小さい声で答えた。


 月璃は何も言い続けなかった。前回、日琉が公爵に何をされたのかも聞かなかった。たぶん、彼女が理解できないだけだ。


 父と娘はどうやっで付き合い方が正しい?誰も教えてくれなかった。そして参考になるケースもない。もしかすると、これこそ父の愛といわゆるものだ。ただ彼女が経験したことがないので理解できないだけだ。生まれつき目が見えない人は、空の蒼はどんな蒼が永遠にわからない。


 もともと、父と父の愛はそういうものかもしれない。ただ……


「……あたしはずっとずっと間違っていただけだ」月璃は日琉の包帯を撫でて、自分を説得するように呟いた。


「君は間違いなかった」招かれざる音が彼女の独り言をさしはさんだ。


「え?」


 振り返ってみると、ミサ公爵は彼女たちの前に悠然と立って、手のひらで赤ワインのグラスを揺らしている。


 日琉はすぐ月璃の後ろに隠れて、震えている。


「父と娘の本当の関係はどんな形かと思っているではないか?君は間違いをしなかった。ただし……父と娘の関係というと、当然にひとつの形だけではない、そして正しい答えも存在しない」公爵は淡々といった。


 月璃はぼんやりと彼を見ている。公爵の声はすごく優しく、まるで彼女をさとしているみたいだ。しかし、彼女は公爵の考え方が全くわからない。公爵はもう『月璃を空気にする主義』を信仰として徹底的に貫いたって、彼女がそう確信した時、公爵は逆に急に空気と話し合う興味を持った?


 やっと自分を直視する黄金の瞳の中に、月璃は何も見えなかった。


「父と娘の関係に、正しい答案は存在しない。しかし君の心の中に、理想的な答案は存在してる。そして、当然、私は君の答えではない」公爵は微笑みをした。


「あたし……あたしはそう思いません……」月璃は頭を下げた。


 俯いた月璃を見て、公爵は片眉を上げた。


「月璃、君は知ってるか?ある人はお酒の美味しさを一生理解できない」


「いいえ」


 月璃は頭を振った。彼女はお酒のことはほとんど知らない。どうして急に話題を変えるかもわからない。


 公爵は月璃に向いた視線を赤ワインの中心に移し、話を続ける。


「お酒を飲んだことがない時、彼らはどうにもわからなく、どうして他の人たちはそんなにお酒に狂って、一つの名酒に命を賭けることさえもあるのか。彼らは驚いて、気になってた。いったいお酒はどんなにうまいのか?他の人たちをそんなに夢中にならせる」公爵はグラスを光源に挙げて、赤ワインの中で屈折した虹光を鑑賞した。「あぁ……あれは、さそがし天国の味だろう!お酒を飲んだことない人たちはそう想像した」


 公爵はちょっと止まって、赤ワインをちびちびと飲んで、そしてグラスを置いて、手のひらで揺らしていた。


「ある日、彼らはやっとお酒を飲んだ。彼たちはそう考えた。大したものではないじゃないか、どうして他の人たちがそんなに夢中になるか?」


 赤ワインは公爵の手の中でぐるぐる回って、月璃の視線を取り巻いた。公爵の声はまるで悠遠なる太古から伝わってきたようだった。


 認めざるを得ない、公爵は物語をすることが上手だ。


「飲み方が間違ってるかもしれない。環境が間違ってるかもしれない。容器が間違ってるかもしれない。まだいい酒が見つかていなかったかもしれない。そう、彼らはそうやって自分を納得させるしかない」


 公爵は赤ワインを飲み干した。


「しかし彼たちはただ一つの簡単な道理がわからないさ。ただ単純に……彼たちはお酒が好きではないだけだ」公爵は空になったグラスの底を見つめて、ゆっくりと話を続ける。「天国の扉は誰にも開かれているものではない、天国の味もな」


 公爵の侍従は横から急に現れて、空のグラスを取って、素早く消えていた。


「月璃、君もそういう人か?」公爵は彼女に振り向いて、背中の後ろに手を組んで、微笑んだ。


 公爵の暗示ははっきりしている。父と娘の関係はお酒みたいだ。過去、彼女は飲んだことがない、ただ頭の中であの美味しさを想像しただけだ。


 しかし今彼女は飲んでいた。


 日琉はまだ月璃の後ろに震えていた。震えはどんどんひどくなっている。月璃は少し黙ってしまった。彼女は自分はやはり公爵の考え方がわからないと思う。たった今、公爵は父親のやるべきこと、彼女に循循と教え導いた。けれど、公爵は彼女を誘導して、たどり着いた答えは……彼自身を否定する答えだ。


「あたしは自分がお酒に好きかとうかわからない」月璃は答えに躊躇する。「だけど……お酒を飲んだ後、次の日に頭が痛くなる」


 公爵はかすかに笑って、月璃に向かって歩いていき、日琉を彼女の後ろから強引に引っ張り出した。


 月璃はドレスを掴んで、何もしなかった。公爵は彼女の前にきた時、彼女はふっと公爵がこんなに背が高いことに気がづいた。


「さっき、カベラ子爵夫人が私に文句を言った。あなたの娘はとっても失礼なことをした、と」


「ご、ごめなさい」日琉は頭を抱えて、がたがた震えている。


 びしゃ!公爵は躊躇せずに日琉に平手打ちを食らわせた。


 宴会は一瞬でシーンとなり、すべての人は静かにこの父と娘を見ている。


「う、うぅぅ……」日琉の片方の頰が赤くなって、小さい顔に大人の手形が残った。


 公爵は何もなかったように日琉の赤く腫れた頰を撫でる。


「そういえば……君は最近……乳歯が抜ける時期ではないか?」公爵は親指を日琉の口中に突っ込んでいく。「私が手伝おうか?」


「ううぅぅ……」日琉の顔が顰めて、唇が小刻みに震えている。


 月璃はいきなり日琉を自分の後ろへ引っ張った。


「おぉ?」公爵はハンカチで自分の親指を拭いて、彼女を冷めた視線で見つめる。「君は、私を逆らうつもり?」


「あ……あたしそのつもりじゃな…………」月璃はあの威圧的な黃金瞳を見て、どもった。


 この動作は体の自動反応だ。彼女はこの後のことを考えなかった。


 公爵は手を上げて、指を鳴らした。


 この音につれて、夏涼は先の侍従みたいに忽然と公爵の後ろに現した。しかもその動きはあの侍従よりも敏速だった。


「公爵様、何かご命令でございますか?」夏涼は低頭した。


 月璃はぼんやりと自分の護衛を見つめ、いつも彼女の兄みたいに、さっきまで彼女と一緒に正義をふりかざしていた男が、急に見知らぬ人のようになった。


「日琉に手錠をかけろ」


「公爵様、これは……」夏涼は躊躇して頭を上げたが、動きがない。


「夏涼、私に従え、二度と同じことを言わせるな。」公爵は淡々といった。


 夏涼は顔が強張って、数秒後に頷いて、他の侍従から手錠を受け取った。


「月璃殿下、ちょっとあけてください」


「涼……」月璃は小声で自分の護衛の名前を呼んだ。


「……」


 震えは伝染しているみたいだ。後ろの日琉から月璃の体まで、そして月璃の体から月璃の声まで。


「涼……おねかい……」


 夏涼はまるで彼女の声が聞こえなかったみたいだ。彼は横を向いて、日琉を月璃の後ろから軽く引っ張り出して、手錠を掛けて、公爵の前に連れて行き、そしてまだ公爵の後ろに跪いて命令を待つ。


 月璃は自分はまだ酔っていると思う。周りの全てはぐるぐる回っている。そんなに多い人たちがあるのに、誰もこの理不尽なことを止めはしない。彼女がよく知っている使用人たちもそうだ……彼らは今媚びるような笑顔をしていない、ただ好奇の顔とさもありなんと思う顔で彼達の英雄が自分の娘にした残酷な行為を静かに見ている。


 日琉は一人で公爵の前で震えている。小さい手が手錠に掛けられて、まるで犯人のようだ。公爵は全ての人の視線を浴びながら、依然ありのまま悠然とした。


「早めに部屋に戻って、父と娘の楽しい時間を過ごしたいと思ってたが、えこひいきしすぎと言われても困る」


 公爵は日琉の頭を軽く叩いて、視線を月璃の顔に移し、顔に相変わらず笑いの意思がない微笑みを浮かべている。


「そういえば、今日は君の誕生日だ。まだプレゼントをあげなかったな。」


 パチパチ、公爵が手を叩いたので、侍従が精緻なセコイアの箱を運んできた。


 箱を開けた後、月璃は中で目を閉じている黒い子猫を見た。


「ワンじゃん!」日琉は目を見張て、涙で濡れた顔にふっと喜びを表した。まるで雨の中に小さい花が突然に咲き始めるかのように。


 目の前の公爵にかまっていられなくなり、彼女は箱へどたどたと走っていて、手錠を掛けられた手で黒い子猫をゆっくりと抱き上げる。


 ワンじゃんは反応がなかった。この子は日琉の手の上で、体が骨がないようにおかしい形に捻っている。


 月璃はぼんやりとこれを見て、焦点が少しずれた。この猫の身をめちゃくちゃ縫った白い縫合跡の中に、彼女は血に染まった綿を見た。


「ワン……じゃん?」日琉はやっとどこがおかしいことに気づいた。彼女は黒い子猫、もうぬいぐるみに作られた猫を軽く揺らせて、返事を待つ。


「この年代の女の子は、ぬいぐるみを抱きしめないと、眠れないらしい」公爵は背中の後ろに手を組み、やさしい声で話した。「だから自分の手でこれを作った。もし気に入ってもらえれば嬉しい」


 月璃は足元からアリにびっしりと噛まれてくるかのように感じた。体温を奪われ、思考を奪われ、感覚を奪われて、彼女は彫像みたいに呆然として自分の父親をみている。


 この人は本当に人間なのか?どうしてそんなに平気で悪魔のような行為をできる?


「ワンじゃん……どうしたの?」


 日琉は怪我していない左手で黒い子猫の前肢を優しく握って揺り動かして、子猫の白い耳を触って、腹を揉んでみた。


「ううぅ……ワンじゃん……」日琉は目に涙を湛えて、だんだんわかってきた。ワンじゃんはもう返事ができないってことを。「うわああああああぁぁぁ……」彼女はワンじゃんを抱き締め、大泣する。


 公爵がうんざりしたように、侍従に手招きした。侍従は懸命にもがいている日琉を抱き上げて、ロビーから立ち去らせた。泣き声が遠く消えてしまった後、黒い子猫は再びロビーへ送くられて、元のセコイアの箱に戻された。


 そして、セコイアの箱は月璃の前に置いた。


「誕生日おめでとう、月璃」


 パチ、パチ、パチ、パチ、公爵は拍手を始めた。


 公爵に従って、侍従と衛兵たちも拍手を始めた。雰囲気に飲まれて、賓客たちも拍手を始めた。最後に、ロビーで全ての人たちは月璃の11歳な誕生日のために拍手喝采する。


 これは紀念すべき日だ!偉大なる救国の英雄ーミサ.アルフォンスは国のために10年を捧げた後、やっと寒霜城に凱旋して、11歳の娘に初めてのプレゼントを送った。


 全ての人は全身の力を絞って拍手し、まるで他の人の音に及ばないことを恐れているようだ。ある人は叫び、ある人は喝采し、口笛を吹く人さえ現れた。


 しかし、月璃は人々の拍手喝采の中で、視線を下に向け、身動きもしないまま、ただぼんやりと眺めている。黒い子猫を、


 パチ、パチ、パチ、パチ、パチ、パチ……




 もう動けない黒い子猫を。

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