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鏡理世界・裏  作者: 白絹 纏
第一章 青年と青空
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青年と青空 二

一度書いた文章が気に入らなくて書き直したのにそれも気に入らなくて書き直して、何か違うなと思ってまた書き直して、それでも気に入らなくてまた書き直して以下無限ループ。



要するにただのサボり

 「それ」の口の端から、噛み砕かれた頭蓋骨の欠片が落ちる。


 脳漿と血液がこびりついた頭蓋骨の欠片。

 それが、地面に落ちる直前に消失した。

 前兆のようなものは一切無い。音もなく唐突に消滅した。


 消えたのは男の頭蓋骨の欠片だけでは無い。

 荷馬車は壊れたままそこにあるが、それ以外のもの。


 数人分の死体が、流れ出た血が、無くなっていた。

 つい先ほど死んだ男の身体も、叩きつけられていた死体も、胴体と四肢が分かれている死体も、縦に二つに分かたれた死体も。

 人間のパーツ、その全てがこの場から消え去っていた。


 まるで元からこの場に無かったかのように。

 まるでこの凄惨な現場が幻だったかのように。


 「それ」は自分の周囲にあったモノが消えていることに気づくと一瞬動きを止めた後、ゆっくりと首を巡らせた。

 そうしてから、改めて玩具(・・)が無いことを確認すると、その背から翼のようなものを生やしてどこかへと飛び去って行く。



「っ、はあっ……はあっ……」



 やがて「それ」の姿が雲の合間に消えて見えなくなる。その瞬間を待っていた、という訳ではないだろうが、それでもほぼ同時に荷馬車からそれほど遠くない位置にある茂みがざわつく。直後に一人の人間が飛び出してきた。

 つい数分前の虐殺で、思わず叫びそうになるのを必死にこらえながら、身を隠していた青年だった。


 彼は飛び出すと言うよりも転びかけるようなふらついた足取りで、目の前の広場に出た。そして壊れた荷馬車にたどり着くと、膝に手を当て息を整える。それから荷馬車の御者台らしき破片に腰掛けて大きく息をついた。

 ぜえぜえと荒い息を吐く青年は、その全身に冷や汗をかいていた。歯はカチカチと鳴り、身体の震えも止まらない。


 何せ、彼は人死にを初めて見たのだ。そう(・・)なっても仕方がないというものである。

 むしろ学生にそんな経験があるほうがおかしい。経験があるとすれば、それは明らかに堅気の人間ではないことになる。



「……けほっ……はぁ…」



 先程の惨劇で余程緊張していたのか喉が渇いてしまったようで、青年は咳き込む。そして大きなため息を一つ。その後何度か深呼吸をしてようやく落ち着いたのか、幾分ほど顔色が良くなっていた。

 しかし身体の震えは治まらない。寧ろ震えがひどくなっていた。先程の光景を思い出してしまい恐怖が蘇ってきたのだろう。


 青年がそう思いながら荷馬車の破片に座り直す。

 直後、腰と背中を地面に打ち付けることになった。



「うわっ!? ……痛つつ。一体何?」



 鈍い衝撃と痛みに思わず顔を顰めながら青年は振り返る。

 その視線の先には何の変哲もない地面が広がっていた。

 特筆すべきものは何もない光景が広がっていた。



「………あれ?」



 そう。何も無い(・・・・)光景が広がっていたのだ。



「え、あれ? な、何で? 何が………?」



 数秒ほど前に自分は何をしようとしていたのか。

 荷馬車の破片に座ろうとしていなかっただろうか。



「消え、た?」



 荷馬車があったであろう地面を呆けた表情で眺めながら呟く。

 青年が発した言葉通りの光景が、そこにはあった。


 青年は呆気にとられ、しばらくぽかんと間抜けな表情を晒していたのだが。ふと。何か重大な事実に気が付いたのか、青年の頬を冷や汗が伝う。良くなった顔色も一気に青くなる。



「………は、はは」



 その時、青年は荷馬車の不可解な消失について思考を巡らせていた。


 現代地球ではありえない、物体の消失。

 それは何らかの技術を用いているとするのが妥当だが、周囲の影響なく物体を瞬時に隠蔽・消失させる技術など現代には存在しない。

 光学迷彩と呼ばれる方法ではそこに物体があることまでは隠せないし、爆破では高熱と爆風、爆発音に破片が飛び散ってしまう。

 もしかするとそういった自然現象なのかもしれないのだが、それでは少し前の人間の消失について説明がつかない。

 では何が?


 そこまで思考した青年の脳裏に浮かびあがったのは、黒い死神が見せた歪んだ笑み。

 人間をただの『玩具』としか見ていない狂気の笑みだった。


 得体の知れない生物だったが、あれが物体の消失に関係している可能性は否定できない。


 そして、だ。

 ヤツは先程どこかへ飛び去って行ったが、はたしてそれは正しいのだろうか?

 実はそれはフェイクで、本当は自分の傍にいるのではないのだろうか?


 もっと言えば、今自分の背後に忍び寄っている可能性も―――――



「うわあああああああああ!!」



 そんな結論に達した青年は迷うことなく逃げ出した。荷馬車が通ってきたであろう道に向かって。

 先程までガタガタ震えていたのが嘘のようだ。


 脱兎が如く逃げ出した青年の姿は、すぐに木々に隠れて見えなくなっていった。




 その背後で。

 何かの金属の粉末が積もった、手のひらで掬える程度の小さな山。

 空き地に幾つか点在していたそれが、風も無いのに宙に巻き上げられて空へと消えていく―――――




―――――




 ウィリス宿場街。

 【アルハの街】の付属都市であるこの街は、元は荷馬車の休憩所だった。掘っ立て小屋程度のものしか建物はなかったが、やがて通行量が増えるにつれ建物の増築、改築が始まった。そのままどんどんと増改築は進んで行き、【アルハの街】による管理が難しくなってきた頃。

 当時の【アルハの街】街長代理だったウィリス氏を街長として、新しい街にすることが決定。街長の名前からウィリス宿場街と名付けられた。

 以後、【アルハの街】付属都市として周辺地域の治政に参加していくことになる。


 それが、今から大凡1000年前の話である。



「……」


「お前さん、相当ひどい目にあったらしいな。何があった?」


「……」


「……だんまりか。ただまあ、こちらとしても無理に聞きたいわけではないからな。話すのは落ち着いたらで構わない」



 そう言いテーブルの上の水が注がれたグラスに口を付ける一人の男。

 彼は非常に大柄な体躯をひどく窮屈そうにしながら、大き目の椅子に押し込むようにして座っていた。鍛え抜かれた体には幾つもの傷跡が刻まれており、歴戦の戦士の風格を漂わせている。

 ただ、その顔つきで損をしていそうではあった。

 左半分がやけに毛深く、切り傷だらけの、ヤの付く暴力組織でも数歩退きそうな凶悪な顔つきだったからだ。眼光鋭く、目が合っただけで殺気が飛んで来そうな面構えである。とてもではないが歴戦の戦士には見えず、山賊や海賊と言った方がしっくりくるだろう。

 身長も二メートル以上あり、顔つきと相まって威圧感が半端ではなかった。


 そんな男の対面には、未だ恐怖に囚われている表情をした黒髪の青年が一人。


 少し目尻が下がった優し気で中性的な顔つきに、背中まで伸ばした艶やかな長い黒髪。それに華奢な身体つきと相まって女性にも見えるが、れっきとした男性である。

 彼の整った顔は可哀想なほど青褪めており、余程恐ろしいことがあったのだと推察できる。右頬にはその時のものと思われる、何かで引っ掻いたような治りかけの傷が付いていた。

 ……青褪めている原因の一部は目の前の男にありそうだが、どうだろうか。男からすると非常に不本意ではあるだろうが、残念ながら彼の顔つきの悪さではあながちありえなくもないだろう。


 事実、周りの客はヤクザの恐喝を見ているような複雑な顔をしていたのだから。


 そんな二人がいるのはウィリス宿場街東門付近にある酒場『バール・フォス』。

 築500年の一軒家を改装したこの酒場は、玄関口からリビングまでの壁を取り外しキッチンをそのままカウンターにすることで、ある程度元の家の面影を残しつつも酒場としての風格を備えたものになっていた。ただ、元が一軒家であるため生活スペースが広くとられており、他の酒場と比べても店舗の外観よりも店内が狭い、という状況にもなっていた。

 マスターとしては、「一人で切り盛りするならこれくらいで構わない」という思いもあったようだ。これに関しては多くのリピーターからも、店内の落ち着いた色と雰囲気も相まってとても良い等と好評である。

 品揃えは酒のみではあるが、マスターが元行商人ということもあってか非常に種類が多い。

 また、行商人時代の伝手で各地から集められてきた酒が不定期に並び、来るたびに新しいボトルが入荷されている。

 ツマミなどは一切無いが、豊富な種類によって一定の顧客を確保している、そんな酒場。


 その店内の奥、カウンターから少し離れた二人掛けのテーブルに彼らはいた。



「……」


「……」



 テーブルに着いているのは良いとして、会話が全く進まない。

 話しかけた側はそれ以上言葉を続けようとしないし、話しかけられた側はそもそも喋ろうとしていないから当たり前なのだが。


 どちらも会話をしようとしていないため、このテーブルだけ異様な雰囲気になっていた。



「―――――おいおい、随分楽しそうじゃないか」


「本当だな。おおい! あんたら、何かいいことでもあったのか!?」


「ん? ああ、バカ騒ぎの理由か?」


「随分と騒いでるなと思ってな! ―――マスター!! あいつらにルドニクの『アーブルフィフ』を頼む! 280年ものだ!」


「マジかよ太っ腹だなアンタ! いいぜ、おい! テーブル移るぞ、瓶を持て!」


「……お前はまたそうやって無駄金を……」



「……あらあら。皆さん楽しそうですね。でも私には着いていけなさそう。ねえ、あなた? 私達はカウンターに行きましょう?」


「ふふ、そうだね。実は今日のためにわざわざ取り寄せてもらったワインがあるんだ。一緒に飲もう。マスター、北プラニテースの『羊飼いと狼』で。300年ものから600年ものまで、順に頼むよ」


「『羊飼いと狼』を取り寄せたの? あれは生産数が少ないはずじゃあなくって?」


「だからこそ、少し無理を言って取り寄せてもらったんだ。何、今日だけでは無くならないさ。また来ればいい」



「……騒がしいな。離れた席に行くぞ」


「ああ、そうした方が良さそうだ。そうだな、カウンターで良いだろう。……さて、『人魚の子守唄』で頼む」


「……お前はまだそういう酒を……」


「どの酒を飲むか、は、飲む人間次第だ。実際、別に俺があれを頼んでも特に問題は無いだろう? 周りがどう思うかは一先ず置いておくとして。つまりはそういうことだ。それでお前は何にするんだ?」


「……『五里霧中の鈴蘭』……だ」


「……お前も人のこと言えねーじゃねーかよ」



 店内の他のテーブルからは楽し気な笑い声や話し声が聞こえてくるが、ここだけやけに重苦しい。



「……」


「……」


「……」


「……分かった」



 やがて夕陽も地平線の下に沈み、辺りが暗くなってきた頃。仕事終わりの客がボトルを一本空けて、良い気分のまま帰るような、そんな時間帯。


 グラスに注がれた水がとうに無くなってから暫く。

 徐に腕を組んで、男がため息とともに呟いた。



「……」


「……話したくなさそうだから一方的に話させてもらうぞ。いいな」


「……」


「……お前さんの身柄は一時的に警備詰所預かりとする。身元の確認及び発生したであろう【生物災害】の確認が取れ次第解放されることになるな。それまでは緩い監視の下、適当な宿屋で暮らしてもらう。長くても三ヶ月程度だから気にするな。ただしお前さんの協力次第では期間が短くなるだろう」



 手のかかる子供を相手にしているかのような表情で一気に言い終えると、席を立ち青年の横を通り抜けながら話しかける。



「……」


「……以上だ。問題がないならこのまま俺に付いて来い。宿まで案内してやる」



 男はそう言い放つと、マスターに長時間テーブルを占拠していたことの謝罪をするためにカウンターへと歩いて行った。


 一人取り残された青年は、それでもそのままテーブルに着いていたが、ふと顔を上げる。その視線の先には先程まで目の前の席に着いていた男がいた。



「……」


「―――――ということだ。……あん?言われなくとも分かっている。余計なお世話だ。……ん?」



 マスターとの会話が終わったのか踵を返そうとした男の視線に青年の姿が映る。相変わらず青褪めていたが、しかしながら瞳に何か決意をにじませたようにも見えるものだったのだ。


 それに何かを感じ取ったのか。男は数秒目を合わせた後、無言で酒場の出口に向かって顎をしゃくる。


 着いて来い。


 暗にそう匂わせた男は、そのまま一度も振り返ることなく歩いて行く。青年は少し呆けた後、若干慌てながらその後を追って酒場を出ていく。



「……大変だねぇ」



 マスターは磨いていたグラスを他のグラスと同じようにカウンターに並べると、一人ぼやくのだった。

ちゃんとプロット立てないとこんなことになるっていう分かり易い一例。

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