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鏡理世界・裏  作者: 白絹 纏
プロローグ - 青色の姉妹
3/6

青色の姉妹  二

輝夜ちゃんと月夜ちゃんのお話。

 その光景を見ていた者がいたなら、自分の目を疑わずにはいられなかっただろう。

 投身自殺じみた行動に、ではなく。

 とんでもない跳躍の距離に、だ。


 足を掛けられた屋上の縁が砕け散るほどの踏み切り。

 その直後にはビルから二百メートルほど離れた空中にいたのだ。

 同じことを生身でやるのはほぼ不可能に近い。

 グライダーなどで滑空すれば、同じ距離を移動することができるだろう。

 だが、二人はただの跳躍だけでこの距離を移動したのだ。


 およそ人の身では不可能な跳躍を見せた月夜と輝夜。

 二人は跳躍の先に建物があることを確認すると、空気抵抗などを利用した減速を一切せずにためらいなく突っ込んでいく。

 むしろ、どうやってかは分からないが空中で加速までしている。


 原理不明な謎の多段加速をした二人は、恐ろしい速度でそれぞれ違う建物の屋上に着地。

 ―――するのではなく、三段跳びのように一歩を踏み、再び跳躍する。

 その軌道は水平に近く、最早跳躍と呼んでいいのかもわからないほど。


 そして人外じみた跳躍をした時に発生した衝撃により、今度は建物が爆発するように崩壊した。


 踏み込んだ箇所から漏斗状に、徐々に崩壊が進行していく。

 ひっくり返した砂時計の砂のように進行していた崩壊。

 しかしそれは、次いで襲った衝撃波により、建物が内側から破裂したことによって終息する。


 踏み込んだ速度が速すぎるがために、破壊が衝撃波を上回ったのだ。



「あははははは!! すごいね輝夜ちゃん!」


「ふふっ、そっちこそ!」



 廃墟と化した都市の内部に、二人の笑い声が高らかに響く。

 二人分の笑い声は風に乗って遠くまで届き、



「―――――!!」



 いきなり、笑い声をかき消すほどの咆哮と言う名の轟音が発せられた。


 発生源は先程都市に突っ込んできた生物。


 咆哮を発するために急制動を掛けており、その咆哮は物理的な衝撃波をも生むほどであったため、もうもうと立ち昇っていた砂煙は吹き飛ばされてしまっていた。


 その中から現れたものは、全身を鎧のような鱗で覆い、一軒家すら容易に踏みつぶせそうな四肢を持ち、その身全てで怒りのオーラを纏いながら、二人を睨んでいた。


 竜だ。


 地竜に分類される竜が、そこにいた。



「ほほう。なるほどなるほど。竜だったかーそっかー」


「口調と表情が合ってないよ」


「だって竜だよ? レアモンスターだよ? 倒すと経験値が美味しいボスモンスターじゃんよ」


「…姉さんが経験値に飢えてるのは良く分かった。あと、経験値なんて言うファンタジー数値は存在しないからね」



 竜とは自然災害そのもの。


 彼らがその場にいるだけで地震や津波が起き、大地は割れ、山が火を噴く。


 そのような存在を前に、二人は言葉を交わし合う。



「輝夜ちゃん」


「月夜姉さん」



 ビルの屋上を足場として、二人は跳ねるように竜に向かって移動していく。



「準備は出来てる?」


「いつも通りに」



 高速で流れていく風景をよそに、月夜は輝夜に尋ねる。

 それに淡々とした口調で返す輝夜。

 普段(・・)と変わらない返答に、竜の咆哮によって思わず表情が強張っていた月夜の口の端が上がった。


「それじゃあ行こう」


「私が先に」


「私は後から」


「頂点はどこ?」


「三千くらい」


「姉さんは右で」


「あとは自由に」



 どこか符丁めいたやりとりが交わされる。

 それは声が聞こえていないはずの竜に、得体の知れないものと相対するような感覚を与えていた。


 そんな竜を視界に入れながら、月夜は右斜め前のビルへ、輝夜は左斜め前のビルへと無造作に跳躍する。


 二人は着地するとともに一瞬だけ視線を交差させると、何故か互いの進路が重なるように跳躍の方向を変えた。

 元々の速度も相まって、見る見るうちに距離が縮まっていく。



「「せーのっ」」



 ぶつかる―――と思われた瞬間、二人はほぼ同時に足裏を合わせると、ほぼ同時に合わせた足を曲げ、互いの足を足場とし、同時に踏み込んだ。

 その結果、更に速度が上がり、四十五度ほど進路が変化する。

 あまりにも強引すぎる方法で衝突を回避し、かつ急激な方向転換を行ったのだ。


 しかし、二人がこのような行動をするのは日常茶飯事。

 片足で踏み切ってしまったことにより回転している身体を捻り、無理矢理ビルの屋上に着地すると、更に速度を上げながら竜に向かって走り始めた。


 いきなり左右に分かれた二人に、地竜は困惑を隠せない。

 挟み込んで攻撃するには、動きや殺気を隠そうとはしていなかったからだ。


 そもそも竜という種族は人間よりも上位に位置する種族である。


 飛竜種や地竜種といった種族数はかなり多いが、その圧倒的な力や他の種族よりも寿命が長いせいで個体数はそれほど多くは無い。

 個体数の少なさを力で補っているといったほうが良いだろうか。


 無論、竜と言う種族よりも上位に位置するものもいないわけではない。

 また、竜よりも下位の種族に傷つけられたり、殺されてしまうこともある。


 しかしながら彼ら竜には、生まれ持った力と技能があった。

 相手取ることを無謀だと言わしめるだけの、実績があった。


 そのような背景があり、自らに果敢にも立ち向かってくる生物は今までいなかった。

 いなかった、筈なのだ。


 それがどうだろう。


 今こちらに向かってきている矮小な生物は、敵意をむき出しにして迫ってきている。

 それどころか、こちらを殺そうとさえしているのだ。

 竜と言う種族に傷を付けることが出来るとは思われなかったが、それでも警戒心は拭えない。


 地竜は一瞬戸惑ったように動きを止めると、まずは一当てと言うように、自らに対してより近くにいる敵に対して―――この場では月夜よりも移動速度が速かった輝夜に―――突撃する。


 その巨体と重量で押しつぶそうとして、地竜が数歩を進んだとき、いつの間にか輝夜が自分の視界内に居なかったことに気づく。

 彼女が先程までいたと思われるビルが、上から押しつぶされるように倒壊していく光景が見えるだけだ。

 また、気配や殺気も感じられなくなってしまっている。


 地竜の知覚をもってしても居場所が判断できないほどの隠蔽に、地竜は相手を矮小な生物ではなく、少なくとも我ら竜クラスの敵であると認識を改める。

 いつ襲い掛かってきてもおかしくないとして、先程まで輝夜がいた場所付近へ突撃した。


 その直後、直上から首筋への衝撃を感じるとともに、視界一杯に地面が映る。

 全長一二〇メートルの巨体を地面に叩きつけるほどの衝撃に、地竜は今までの経験則から反射的に周囲を探知して、真上に違和感を感じた。

 瞬時に知覚の網を集中させると、壊れたテレビのようなノイズと、電化製品がショートしたような音を引き連れて、踵落としをかましたような体勢の輝夜が現れた。



「あれ。首へし折るつもりだったのに、結構余裕だね。と言うか、衝撃が全身に分散してるみたい?」



 現れたついでにそんなことを呟く輝夜。

 彼女にとっては独り言だったのだろうが、人間とは比べ物にならない知覚を持っている地竜には聞き取れてしまっていた。


 馬鹿にされたように聞き取れた地竜は顔を上に向けて吠えようとする。

 しかしそこでまた衝撃を感じて、今度は視界一杯に空が映った。

 それだけではなく、目が回ったように足元が覚束なくなる。



「輝夜ちゃん。抜け駆けはだめだと思うんですが、そこんところどう思いますか」



 そんなふらふらしている地竜の顎先。

 そこに月夜が立っていた。

 全力でアッパーカットをしたような体勢で。



「……今のは酷いと思います」


「え? 敵の隙を突くのは基本だよね? 顎殴って脳揺らすのも基本だよね?」


「……そうだね。基本だね」


「敵を怒らせて理性を失わせるのも基本だと思うのよ。うん」



 月夜はそう言い残すと瞬時に地竜の腹の下に入ると、もう一度アッパーカットをかます。


 全長一二〇メートルの巨体が丸ごとかちあげられた。


 そこへ輝夜が体勢を変えて、蹴り落とす。


 大地に帰ってきた地竜は、流石にこれ以上食らうわけにはいかないようで、着地するとともに黒色のオーラを纏った。

 そして全力でバックステップをし、二人から距離を置く。



「やっと本気になった?」


「そうみたいだね。てか最初からそうしなさいな。手札を出し惜しみしてもいいことないよ?」



 それでも二人は軽口を交わし合う。

 まるで自分たちの方が上かのように。



「―――――!!」



 そして勿論この会話も地竜には聞き取れているわけで。

 地竜は出し惜しみせずに、一手目に黒色のレーザーじみたブレスを放つ。


 その直径は地竜が開いている口の大きさとほぼ同じの八メートル。

 しかしその全てが致死に至るほどの破壊力を持った殺人光線だ。


 数多の強敵を葬ってきたそれは圧倒的な速度を持って月夜と輝夜に襲い掛かろうとする。


 そして、それ以上の速度をもってあっさりと回避されてしまった。


 輝夜は地竜から向かって左に、月夜は右側へほぼ無拍子で駆け出す。

 ブレスはその二人の間を通過してしまう。


 回避した二人の代わりにビルが犠牲になった。

 都市を貫くトンネルが完成し、重量に耐え切れずに直ぐに崩壊する。

 二人が立っていた庁舎の片割れまで崩壊していることから、ブレスの貫通力と射程距離は推して知るべし。


 左右に分かれた二人は一瞬で距離を詰めてくる。

 それを地竜は、まず自分の右から迫ろうとしている月夜を、ブレスを薙ぎ払うことによって牽制。

 先程地竜を打ち上げるほどの攻撃を行ったためだろう。もう一度は食らわないという意思が見て取れる。



「よ…っと」



 月夜は自分の右側から迫ってくるブレスを背面飛びをして回避。

 着地に移行するが、その時には地竜はブレスを止め、輝夜の方へと向かっていた。


 黒色のオーラを纏った地竜は先程までとは段違いの速度を見せる。

 少しだけ口が開いているのは、突進した勢いのままに輝夜を食い千切ろうとしているため。

 ブレスを放とうとしていないのは、少し溜めが必要なのと連発することは出来ないからだろう。

 また、竜特有の長くしなやかな尾が地竜の左側を貫こうとしており、右前脚の力を抜いて即座に爪で切り裂けるようにして、回避しようにも出来ない状態を作っていた。

 更に、速度が互いに速すぎるため、接敵までは一瞬。


 しかし輝夜は少しだけ口の端を上げると、速度まで上げて飛び込んだ。


 無論そんなことをすれば自ら死地へと赴くようなもの。

 当然のように地竜は開いた口を閉じ、輝夜を食い千切ろうとする。


 普通これほど大きい生物であれば、口を閉じるだけでも人間より遥かに長い時間がかかってしまう。

 だがそこは竜クオリティー。

 強靭な顎の筋肉のおかげで、先端速度が亜音速に達するほどの速度で食い千切ろうとしてくる。


 そんな速度であれば引っかかっただけで軽く腕を持っていかれてもおかしくは無いのだが、



「…せ…いっ……!」



 輝夜はその攻撃を地竜の口が閉じる瞬間に鼻先を駆け上り、上空へ退避することで回避する。

 ついでに顎先を蹴りつけてもう一度脳を揺らそうとしたが、黒色のオーラによって衝撃が分散されてしまい叶わない。


 しかし、攻撃を回避し、カウンターで攻撃を通したのは事実。

 地竜の牙は空気のみを食い千切り、尻尾と右前脚は誰もいない空間を通過しただけだ。


 空中にいた輝夜は空を蹴って(・・・・・)体を反転させ、自分の真下を通過した地竜へと向き直る。


 地竜は回避された瞬間に、まず大きく振ってしまった右前脚を強引に地面へ付けると、もう一歩踏み出しながら尾を自分の右側へと大きく振ることによって方向転換を行う。

 竜の、それも地竜の尾は長くしなやかであると同時にその巨体のバランサーであるため、大質量を誇る。

 そのため無駄に振り回すと安定しなくなるのだが、大質量であるために方向転換の補助として使われることも多い。

 大質量で貫くだけでなく、一振りで簡単に反転できる便利な器官としても有名なのだ。


 アスファルトのような素材で出来た道路が、回転する地竜の脚と爪によって盛大に抉られていく。その途中で自動車のような物体が数台圧し潰され、発生した火花がまだ残っていたエンジンオイルやガソリンに引火、爆発炎上した。


 地竜はその爆炎を意にも介さず反転ドリフトを敢行。更に数台を巻き込んでスクラップにした後ビルも数棟薙ぎ倒し、一キロ程道路を抉ってからやっとその巨体が止まった。


 輝夜との交差からここまでで三秒しか経過していない。地竜がその巨体に似合わず、どれだけの速度を出していたのかが良く分かる。



「歩幅大きすぎじゃんよ! 待たんかこのやろー!」



 前に出した左前脚を軸として反転した地竜。

 その視界に、時間を稼いで引き離していた月夜が映る。


 竜の歩幅は非常に大きいため、思った以上に距離が離れていたらしい。


 そう判断するとともに放たれるブレス。

 反転している間に溜めていたらしい。

 今回は溜める時間が長めだったらしく、一発目よりも直径が大きくなっている。


 それに月夜は回避行動も見せずに真正面から突っ込んでしまう。

 月夜の顔には驚愕の表情が張り付いていた。

 ブレス速すぎじゃね?といった表情が。



「月夜姉さん!?」



 いくら人間とは思えない行動や身体能力をもっていても、耐えられるものと耐えられないものがある。

 月夜はあっさりと飲み込まれて、何かが焦げるようなジュッという音とともに跡形もなく消滅した。

人間がどんなに頑張っても皮膚で銃弾に耐えることは出来ない。


つくよ は しょうめつ して しまった !

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