青色の姉妹
とある執務室でのお話。
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「ふむ。今回は中央のようだ」
「あれ? ちょっち早くない?」
「大方、また奴らが何かやらかしたんだろうな。驕り高ぶった貴族と狂信者の相手をするのは疲れる」
「あ~、なるほどねぇ。でも、疲れるのはしょうがないと思うよ?」
「む? 何故だ?」
「だってあいつら、自分たちが何のために来ることになったのかわかってないからね。わかろうともしてないしね」
「成程な。わからんでもない。実際、私達もそうだったからな」
「あの時は大変だったねー。と、そんなことを言ってる場合じゃない。誰を派遣するの、こくおーさま?」
「私の妹二人で良かろう、宰相兼研究主任殿。あの戦闘狂共の相手も疲れるからな」
「うわ、ひっどい言い草。『おねえちゃんキライ!』とか言われても知らないよ」
「うるさい。似ていない物真似は止めんか。ほら、さっさとあいつらを投下してこい。これから北部に行く予定があるからな」
「はいはい、分かりましたよ。あ、あと次の研究予算、僕が大半使うから、よろしく」
「おい金食い虫。一体何するつもりだ」
「ん? 世界間双転移ゲートをちょっと」
「自重しろ研究者!一人でしかできない研究より先にやれることがあるだろうが!」
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赤茶けた地面が広がる大地。
時折起こる砂嵐がその大地を削り、土を巻き上げる。
辺りを見回しても木は一本も生えておらず、生物の気配も感じられない。
昆虫や、それを食べる生物などが居てもいいものなのだが。
ここはそれほどまでに生物にとって過酷な環境なのだろうか。
荒野ではあるが、きちんと雨は降るし、砂漠ほどきつい直射日光が当たるわけでもない。
それでは水はけに問題があるのではないか?
いや、砂漠のように水分がすぐに蒸発してしまう訳でもなく、かと言ってすべての水が地面に吸収されているわけでもない。
【ラトゥム荒野】と呼ばれるこの場所は、文字通り大陸の中心に位置する。
圧倒的な面積を誇り、その広さは太平洋がすっぽり収まってしまうほど。
その広さに反して、どこまで進んでも生物の痕跡も植物も何もない。
かつては森林が広がり、多くの生物の楽園と言っても良い場所だったのだが、森林を構成していた木々はどこへ行ったのか。
今となっては唯々広いだけの土地でしかない。
しかし、そのだだっ広い荒野に唯一存在するものがあった。
最早遺跡と呼べるほどにぼろぼろになってしまった都市だ。
ただひたすらに平面が広がるラトゥム荒野に存在するその都市は、風化してなお綺麗な円を描いていた。
その直径は数百キロに及び、外周に建つ建物から内側にはびっしりと建物が並び立つ。
現代建築に似た様式で建てられているが、何故か外周の建物が「城壁」のように見えてしまうのは気のせいだろうか。
人が住まなくなってからかなりの時間が経過しているであろう都市の内部。
道路は直されずにヒビが走り、自動車のようなものの残骸が転がり。
街路樹は思い思いに枝を伸ばし、都市の一角に森を形成し。
昔はかなりの人で賑わっていたであろう繁華街に人の姿は無く。
地下にも都市が広がっていたからか、あちこちに大きな穴が開いてしまっている。
かなり裕福な都市だったと思われるのだが、その面影は既に無い。
どうやら高い技術力を持っていたらしく、都市の各所には二足または四足、履帯や車輪で移動しているロボットがいる。
が、ほとんどが故障ないし劣化しており、正常に動作するものはほんの一握りしか無い。
ある程度の自己判断力があったおかげで互いに整備し合うことができ、今この時まで動き続けられた事が、彼らにとって唯一の救いだったのではないだろうか。
彼らの大半は警備用のものらしいのだが、警備するものが無いこの都市で、何を警備しているのだろう。
何かの機械が生きているのか、明かりがついている場所も見受けられる。
運良く独立した発電系統であったからだろうが、それを扱う者はこの都市にはもういない。
どこから来たのだろうか、熊や鹿などの動物の姿もある。
人間が造った建物は、彼らにとっては過ごしやすい土地だからだろうか。
また一つ。
自重に耐えられずにビルが倒壊していく。
その振動で、周囲にあったいくつかのビルも、役目を終えたかのように崩れ去る。
倒壊する音に驚いたのだろうか。
羽を休めていた鳥たちは一斉に、どことも知れぬ場所へと飛び去って行く。
そんな廃墟と化した都市の一角。
元は庁舎のような建物だったと思われる、ひときわ高いビルがある。
ツインタワーだったそのビルの片方は瓦礫となってしまっているのだが。
まだ倒れずにしぶとく残っているもう片方のビルの屋上。
都市を一望できるその場所に、二人の少女がいた。
一人は、十七~八歳ほどで、身長は一六〇センチ程度。
どことなく荒っぽさを感じる顔立ちに青紫色の瞳を持ち、瞳と同じ珍しい色の髪は短く切られている。
もう一人は、隣の少女より少し背が低く、年齢は一五~六歳ほどだろうか。
表情が変わらないのが特徴的で、肩にかかる長さの瞳と同色の青色の髪は適当に後ろに流している。
二人共にベクトルは違うが「美少女」と呼んで差し支えない容姿をしており、似たような顔立ちから姉妹のようにも見える。
だが、どうしても違和感が拭えないのは、少女たちの格好が原因だろう。
短髪の少女は、その両手に無骨な手甲を嵌め。
髪を流している少女は、両足に爪先から膝までをすっぽりと覆う脚甲を着けていたのだ。
彼女たちは一体何と戦うつもりなのだろうか。
熊などの動物か。
あるいは正常に動作しなくなったロボットか。
鳥の声が響き渡ってゆく中、短髪の少女はおもむろに口を開く。
「さて、これからどうしましょうか」
「月夜姉さん、毎回無計画なのはどうかと思うな」
「なにをいう。無計画なのが計画なのだよ輝夜ちゃん」
余りにも能天気すぎる姉に対して辛辣な返しをする妹。
しかしそれは姉の月夜に柳に風と受け流されてしまう。
輝夜と呼ばれた少女は、このやり取りをよくしているのか、ため息をつきながら姉を諭そうとする。
「……姉さん、思考放棄しないで」
「いやあ、それほどでも」
「……褒めてない」
無理だったようだ。
それにしても、少女たちはどうしてこのような廃墟にいるのだろう。
遺跡の研究と言うには、少々物騒すぎるのではないだろうか。
否、恐らく手甲や足甲は、この都市を警備しているロボットたちに対処するためなのだろう。
そう考えると正しい気もする。
「それは置いておいて」
「置いちゃだめだよ」
「わかってるわかってる。そうじゃなくてね、私たちがここに来ることになった例のアレなんだけども」
月夜はそう言うと空中に手をかざした。
すると、半透明な板のようなものが月夜の指先に現れる。
縦に四十センチ、横に三十センチほどのサイズで現れた数枚の板を指先に浮かべながら、月夜は見ろと言わんばかりに輝夜へと顎で指し示した。
いぶかしげな表情の輝夜がその板を覗き込む。
月夜が出現させた板の表面には、どこか日本語のようにも見える文字で年表が書き込まれていた。
ところどころ抜け落ちたりしている年表を一瞥した輝夜は、改めてそれらを上から下までじっと見つめる。
じーっと見つめる。
穴が開きそうなほど見つめる。
一通り読み終えた輝夜は、全力で悔しそうな表情をすると、悔しそうな声音で呟いた。
「……アレがどうかしたの?」
「なんでそんなに悔しそうなのさ。いつもおちゃらけてるけど、やろうと思えばこれくらい出来るからね?それでまあ、ホントに来るのかなーってね」
「……咲夜姉さんを信じないの?」
「いや、信じてるよ? 信じてるけれども」
月夜は出現させたままだった板を手の甲でコンコンと叩く。
書かれている年表は、数字が大きくなるにつれて空白と文字の羅列の間隔が短くなっていた。
「やっぱり期間の問題?」
「うん。なーんか最近短くなってないかなーと」
「でも、今見せてるそれが正しいという訳でもないよね?」
「いんや。私の【記録】には間違いは無いからね。一分一秒一厘まで、っていうのはやりすぎだけど、狂いがない自信がある」
「え、姉さんの【記録】で作ったモノだったの、これ」
「そそ。だから、かなり正確なものよ、これは。どっかのお馬鹿さんが公表してる、信頼性がマイナスに突入してるようなものとはぜんっぜん違うのね」
月夜が作ったらしい年表に、作った本人は相当な自信があるようだ。
輝夜も「【記録】で作った」と言われた途端に、疑惑の視線だったのが信頼へと変わっているほど。
ただ、元となった情報源が【記録】というよくわからないものなので、この場の二人以外の人間がそれを信用するかどうかといったところだろうか。
「むう、確かにあれは酷い。世紀単位で間違えるなんて論外。……でも、そうやって考えると、期間の問題がよくわかるね」
「そうなんだよね。ほら、ここ」
月夜は板のうちの一枚を手元に引き寄せる。
「これ、かなり前の、最初期ぐらいのやつなんだけどね」
「あれ。この頃ってこんなに散発的だったんだね」
「あの頃は大変だったよね、うん。と、そうじゃなくて。実はこのくらいの頻度だったりするんだなーこれが。意外と発生してなくてびっくりでしょ」
そんなやり取りをしていると突然、警告音のような音が周囲に響きだす。
更に、警告音とともに、
「【黒】を確認!至急【キルクール央都】の防衛を強化して下さい!繰り返します、―――――」
などという声も聞こえてくる。
そんな中、警告音を聞いた月夜は、獲物を狙う肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべていた。
「……来た」
「姉さん、その黒い笑顔やめて」
「……」
月夜からしてみれば、そこまで黒くはないと思っていたのだが、現実は非情なようだ。
まさかそんな目で見られていたなんて、と思わず膝をつきかけてしまう。
しかしそんな事ではめげないポジティブさも持ち合わせていたようで、出現させっぱなしだった板を手の一振りでかき消すと、両の拳を打ち合わせた。
「姉に優しくない妹は放っておくとして。相手の現在位置はわかってるんだよね?」
「勿論。優しくない云々はどうでもいいけど、一応地図データは送っておいたから」
いろいろとひどいが、情報共有は万全らしい。
出来た妹である。
そんな出来た妹の暴言を聞き流しながら、ウォーミングアップのつもりなのか、月夜はシャドーボクシングをし始める。
その拳は風切り音を発していて、とても女子高校生のようには見えない。
無論、月夜が女子高校生であったらの話なのだが。
月夜がシャドーボクシングを始めて会話に参加しなくなったからなのか、妹の輝夜もウォーミングアップを始めた。
姉と違い、蹴りが主体のようだ。
こちらも風切り音が聞こえるほどに鋭い蹴りを放っている。
しかし相手は、姉妹の準備が終わるのを待ってはくれないらしい。
都市の外縁部にて。
いきなり数十棟の建物が、都市内部に向けて吹き飛んだ。
城壁のように見えていた建物は、見えていただけだったようだ。
突っ込んできた「何か」によって瓦礫に変えられてしまった。
それだけに留まらない。
建物を吹き飛ばした何かは、吹き飛ばした勢いのまま少女たちの元へ一直線に向かってくる。
道中、ドミノ倒しをやっているかのように建物が崩れていく。
その何かは生物のようで、地響きと共に低い唸り声も聞こえてくる。
崩れかけているとは言え、鉄筋コンクリートや何らかの合金などで造られた建物を簡単に破壊する生物とは一体何なのか。
あくまでも普通の少女であれば、未知の恐怖に怯えるのだろうが、
「おうおう、今回は当たりだったんじゃないのかい、これは」
「確かに。今回のは生きが良い。殺りがいがある」
ここにいる少女たちは普通ではなかった。
怯えるどころか、この光景を見て喜んでいる風さえある。
彼女たちは何者なのだろうか。
「……ただ、生きが良すぎるかな。ちょいと破壊しすぎじゃないですか奥さん」
「その意見には同意。……同意したくないけど」
「相変わらずひどいこと言うね!」
二人が呑気に軽口を交わし合っている間にも、生物はどんどんと近づいてくる。
局所的に地震が起きたと錯覚させるほどの揺れが襲う中、ウォーミングアップを続けていた月夜と輝夜。
二人はどちらともなく目を合わせて頷き合い、各々の構えをとった。
月夜はクラウチングスタートのような構えを。
輝夜はスタンディングスタートのような構えを。
陸上選手のような構えをお互いにとった二人は、またどちらともなく目を合わせて頷き合うと、
「「スタート!!」」
全力で踏み込んだ。
それがどれだけの力を込めた踏み込みだったのか。
足があったところは放射状のヒビが走り、踏み込んだ形に凹んでしまっている。
その傷をつけた月夜と輝夜は、そんなことは気にも留めずに屋上を走る。
元々あまり広くなかった屋上は、二人の速度だとすぐに縁が近づいてくる。
二人はその縁にほぼ同時に足を掛けると、
「「【咆哮】」」
そう呟いて、一気に宙へと身を躍らせた。
輝夜ちゃんと月夜ちゃんはなかよし。
今日もふたりでピクニックです。