11話~ビアンカ~
何かが起きる。多分、爆発するのだろう。幸い膨らむ速度は遅く、逃げる時間はありそうだ。
「バガス!手伝ってくれ!北斗を救出するぞ!」
「わかりました! その前に!」
「あぁ、わかっている! 俺は先に行っているぞ!」
バガスは優菜の元へ。俺は今だ十字架に縛られている北斗の元へ駆け出した。
「今、助けるからな......」
なかなか拘束が固く、気絶した北斗の手腕を十字架に縛り付けてる器具から取り外すことに苦労する。数秒すると、バガスが駆けつけてきた。
「これ、どう外すんだ!?」
「これを......こう外すんです!」
実は正式な取り外し方があるらしく、バガスが行った方法に挑戦すると器具は外れた。
十字架から解放され、重力によってなだれ落ちる北斗をそっと抱き留め、洞窟から脱出するための唯一の扉に向かって走り出した。
「バガス、優菜は!?」
「呼んだのですが......!?優菜っ!!」
バガスに優菜の居所を聞くと、バガスは不思議そうに辺りを見渡し、驚く。
視線の先には気絶し、ビアンカに拘束された優菜が写っていた。
「優菜!」
ポトフが叫ぶ。
ビアンカの、膨張した身体が優菜を取り込まんと広がっていく。
優菜が命の危機にさらされている。それを理解したのかバガスが走り出した。
その足取りは化け物の様に膨張したビアンカの前でも止まらず、膨らみの真ん中にバガスは飛び込んだ。
「っち!」
舌を打つ。俺も助けに行きたい。だが北斗を抱えているため、今飛び出したら北斗までもが危険に晒されてしまう。かと言って転移を使うのもリスクが高い。
実質、俺は動けないでいる。だから、見守ることにした。バガスよ、無事であれ。
バガスと優菜はかつてビアンカだった化け物に包まれ姿が見えない。だが化け物の中心、つまりバガスが飛び込んだところはまだもぞもぞと動いていて、バガスが中で暴れていることがわかる。
しばらくすると、化け物の中心から手が出てきた。その小さな手は、女性の手だろうか。
「魔法使い様!!! 優菜を出してあげてください!」
手はそのまま前へ進んでいき手の主、つまり優菜が化け物の身体から抜け出た。
急いで落下する優菜を、北斗を抱えてい無いほうの腕で抱きとめる。
化け物の中心を見ると、バガスのものと思われる腕があった。その腕は赤く焼けていて、着ていたであろう衣服の跡が所々見られる。
「バガスも、来ないのか!!!」
「いえ、私は......行けません......ぐあああああっ!!! 早く......早く優菜をつれで、ぞどへででっでぐだざいっ!!!」
そう言ってバガスの腕は段々と化け物の中に吸い込まれていった。
あぁ、また死んでいく。
50人以上もの敵の盗賊を皆殺しにした俺が言えるものではないのだろう。だが、殺さないと死ぬという状況下で殺すのと、目の前で人が死んでいく、それも仲間を助けるために自ら命をなげうった勇姿を見届けるのとは、得る感情がだいぶ違う。
魔法の存在が脳裏をかすめる。あぁ、俺なら助けられただろうという罪悪感にからめられるのだ。なんで、俺なら。なんで、お前が。俺の家族だって皆死に。
俺だけが生き残った。
再度化け物を見る。5mはあろうかと言うほど膨らんだその化け物の膨張にはそろそろ限界が見え、今すぐ出ないと俺たちも巻き添えにされてしまうだろう。
せめて。
せめてまた、俺だけが生き残らないようにと両腕に抱えられた命を生かす。
バガスの、犠牲を無駄にしないためにも。
エゴかもしれない。俺だけが生き残るのが怖いから、一人生き残る罪悪感と言う名の重りを自分だけが背負いたくないから。でも、バガスの腕が沈むとき、聞いたんだ。
優菜を、頼みます......と。
確かに、俺の耳はそう聞いた。
そう思うことによって沈んでいた俺の気持ちに少し、灯が射した。
だから............
だから、生かす!!
俺は両肩に優菜と北斗を抱き、走った。
微かに、灯が射す扉のその向こうへ。
実際はそこまで距離が開いているわけではなかったのかもしれない。
だが俺には、酷く遠く感じた。腕や足、両肩に抱いている二人の鼓動等、様々な反応を脳が察知する。
五感が敏感になっていたのだろう。
だから、気づけた。
俺が走っている先、その扉に。
魔力が集まっていくのを。
そして、扉に集まった魔力は具現する。
扉がぐにゃりと変形。
扉から射した光が途絶えていく。
今いる洞窟の、壁と言う壁。天井と言う天井に変形した扉が浸透していった。
バンッと炸裂音が響く。
そして、肩に重々しくかかる、残酷なまでの威圧。
振り向くと、そこには怪物が居た。
「ぶばばばばああああああああ!!!!!! 私は覚醒した。進化した!!!」
全体的に、皮膚が無い人間のような形をした3m大の化け物は、頭の側面に禍々しい角が生えており正面からでも背中に生えた蝙蝠のような漆黒の翼が隠し切れない。
「これで、お前をぉぉ......殺せる、魔法使いぃぃぃぃぃいぃいぃいいいい!!!」
二重に聞こえる、野太い野獣のような声で化け物は叫んだ。
「私は、ビアンカ! お前を、ぐちゃぐちゃにしてやる!!」
刹那な静寂。
次の瞬間には眼前に漆黒の鋭い、ライオンのような爪が伸びていた。
慌てて横に避ける。
「”転移”! ”二重結界”!」
洞窟の端に移動。気絶した、北斗と優菜を地面に横たえ辺りに結界を二重掛け。
化け物、いやビアンカと呼ぶべきだろうか。奴は俺をターゲットにしているようだった。念のために結界を張っておいたので間違ってもあいつ等の身に何かが起きることはないだろう。
これから決戦になるだろう。武器は北斗の拘束を外す時に放りなげてしまったので一番身近にある優菜の刀を拝借する。すまないな。
やれやれ、何回戦いが続くのやら。そんな事を思いながら俺は結界から出た。
ビアンカは、こちらに背中を向け静かにたたずんでいた。
警戒。
次の瞬間、ビアンカから魔力が飛んできた。
あまりのスピードに避けることが出来ず、何が起こるのかと俺は警戒した。
念のために結界を張る。
「バリア......ん? バリア」
魔法が使えない。原因はビアンカから飛んできた魔力か。
魔法が使えないことを確認したのか、ビアンカは再度こちらに飛翔してきた。
幸いにして、刀は使い方を心得ている。
抜刀術。飛翔するそのビアンカとの間合いをしかと見切り、ギリギリで避ける。
すり抜け際に一閃。
だが、その身体は頑丈で薄くしか斬れなかった。
ビアンカの異常なスピードでの突進は風邪を生み、化け物を追尾するように後ろから突風が吹き寄せ、態勢が崩れてしまった。
好機と見たビアンカは再度こちらに突撃。ギリギリ、刀で迫りくる腕を受け止めた。
だがビアンカには腕が二つある。もう片方の腕で殴られ、俺は弧を描きながら洞窟の端まで吹き飛んだ。
「あははは! 魔法使いも、魔法がないと唯の雑魚ねぇ!!!」
「お前、どうやって魔法を封じた!」
「雑魚はどうせ死ぬから、意味ないでしょ!!! ......でも、特別。教えてあげる。貴方が、ポトフを殺したからよ!!」
「それで、どうやって魔法が使えなくなるんだ」
「ポトフは、私にあるものを託した。それは、このペンダント。ポトフが死んだら発動するの。素敵でしょう? 私はペンダントの力でここまで強くなった。魔力も、力も。あの御方は死んでもなお、私に、こんなにも素晴らしい力をくださるなんてぇぇぇ!!!!!! ポトフ様の愛を、感じるわああああ!!!!!」
全身の皮が剥がれたような、そんな恐怖を招く顔で狂ったようにビアンカは絶叫し、つづけた。
「............魔法を防ぐにはどうすれば良いと思う??」
「同じかそれ以上の魔法を放って無力化?」
「違うわ、違うわ違うわああああ!!! ......魔力を塞げばいいの」
「魔力を塞ぐ?」
「魔法は体外に魔力を発することによって発動される。要は体外に出さなきゃ良いのよね!」
「まさか......」
まさか、と思った。
ビアンカは、俺に向かって大量の魔力を送った。つまり、今俺は全身をビアンカの魔力で覆われていて、魔力を外に放出出来ない状態になってしまっているのだ。
絶望。この化け物に、まともに対抗できる唯一の術が、無くなった。
「あはははは!!! その顔が見たかったぁぁ!! 絶望に明け暮れるその顔を!!! お前は!!!!!! ポトフを殺したんだ!!! 絶望して、死ねぇぇ!!!」