お姉様夫婦
初登場、次女シエル視点です。
昔、そして現在の、イサックとシャンリの話をざっくりです。
※本編のイサックと印象が変わってしまう恐れがあります。注意してください。
シャンリお姉様がイサックと結婚したと報告が入った。わたくしは「嗚呼、やはり」と呟いたのが第一声だ。
イサックが城に来たとき、わたくしは十歳くらいだった。
「シエル、貴女も来なさい」
わたくしも呼ばれたのだ。歳は上だが、若い従者が来たから、と。顔を知らなければ警戒するから、と。
「お願い致します」
今でも忘れない、あの冷たい眼に、冷たい声。とても従者とは、思えないほど、わたくし達を見下していたと思う。いえ、目に入っていなかった、というのが適切かしら。
その辺の石ころというか、気にも止めていないような。
従者としてしばらくしても、イサックは変わらなかった。
いつも、一人で、誰と親しい訳でもなく、興味を持つことも無かった。ただ、淡々と仕事をして、私語をする訳もなく、去って行く。話しかけても変わらずで、会話も弾まない。
会話をする気もなく、一言で済まされてしまう。
表情も変わることはなく、人間味が、まるで無かった。少し苦手で、怖い印象を、わたくしは持っていた。
そんなイサックが変わり始めたのは、確か、お姉様が変な事を言って回ったとき。
「ルパンよ! あれは、絶対にルパン! 見たでしょう? あの顔を! イサック、貴方も見たはずよ!」
イサックに物怖じすることなく、物凄い勢いで訴えていたのを、覚えているわ。
わたくしはそれを見ていた。イサックに寄りたくなかったので、近づこうとは思わなかったが、耳だけは確かに向けていた。
「え、はあ、見ましたが、るぱん、とは?」
「知らないの? ルパンよ! はっ、宝石、宝石だわ! 絶対に泥棒しに来たのよ!」
あのイサックが気押されている。珍しくて、わたくしは本格的に見れるよう、隠れる様にして、眺めていた。
「……私を、からかっているのですか、シャンリ様は」
イサックは、突然低く、地を這う様な声を、お姉様に向けた。そして、俯いているが、その眼は、お姉様を睨んでいる。
お姉様を助けなければ! 咄嗟に、そう思ったのだけれど。
「いい? こいつは、宝石を取る気よ、絶対に! だって、ほら、見てごらんなさい、ルパンよ。ルパンが客の訳が、ないわ!」
お姉様は、そんなイサックに気づくことなく、ずっとルパンが宝石を! と騒いでいる。
「……本気なのですか」
「本気よ! どうして、冗談なんて言うの! そう、次元、そうよ! 次元もいるかもしれないわ!」
「あ、シャンリ様、お待ちください!」
なんと、お姉様が走り出すと、イサックも後を追い始めた。あのイサックが、追うなんて! 焦ったイサックの顔が新鮮で、わたくしも面白くなって、つい後を追った。
「シャンリ様、シャンリ様!」
「イサック、いい? 銭形警部を呼ぶのよ! ルパンには、銭形警部しか、いないわ!」
「ぜにがた、とは、誰ですか」
「銭形警部よ! とっつぁんよ! 私は、ここで見張っているから!」
「危険です。もし、そのルパン、とやらが、本当に盗人なら、大変です」
「大丈夫よ! ルパンは、人は殺さない、優しい泥棒よ!」
わたくしは、だんだん笑えてきた。
ぜにがた、やルパン。本気で訴えて、守ろうとしている、お姉様は、滑稽だった。それに加えて、どこまで知っているのか「殺さない」「優しい泥棒」なんて、いるわけがないのに。
そして、それはイサックも感じていたみたいだった。
「や、優しい、泥棒なんて、いるのでしょうか」
イサックは、笑いを懸命に堪えながら、真剣な眼で辺りを見回すお姉様に、問う。
「いるわ、早くして! 銭形警部を呼んできて」
今にもイサックは吹き出す。私もだが、我慢ができなくなった。そこで、救世主が現れた。
「何をしている、お前達」
やって来たお父様にも、お姉様は、めげずに訴えている。
おかしくて、おかしくて、お姉様が変わっていると、気づいた。
結果だけ言えば、お姉様の正解だった。だから、お姉様は凄い。そう思った。同時に、勝てない、とも。
お姉様は確かに長女で、確かに一国の姫なのよ。あの勇気、常識とは思えないほどの知識。
そう、その日から、イサックは、わたくし達には変わらないのに、お姉様には、別の顔をするようになった。
暇をみては、お姉様の部屋に足しげく通っていた。そして、何でも叶えてあげていた。
よくお姉様のために走っているイサックを見かけるようになったし、なにより、イサックが楽しげだった。
お姉様は変わらずなのに、イサックだけが、まるで懐いた犬のように尻尾を振って後を追っていた。そんな毎日。
わたくしの目には不審に見えたが、お父様もお母様も気には止めていなかった。きっと、イサックが変わったのにも気づいていない。
しばらく時が経ち、リンがイサックを意識している事に、気づいた。
だから、教えてあげることにしたの。
「リン。イサックは、止めた方がいいわ」
「な、何ですの、突然! どんな方が好きだって、応援して下さるって、シエルお姉様、言ったわ!」
「違うの。イサックは、お姉様だけしか見ていないわ。だから、止めた方がいいわ」
「……お姉様? シャンリお姉様かしら。あの、破談続きの?」
リンの顔色が変わった。
まさか、お姉様に負けるとは、思ってもいなかったのだろう。
「そうよ。イサックが、貴女の話を、聞いたことある? 貴女に、関心を持ったことある?」
「そ、そんなの、嘘よ!」
「これは、わたくしの予想だけれど。もしかしたら、イサックが、お姉様の縁談を破談にしているのかも、しれないわ」
「え?」
そう、これは、可能性の話。
わたくしの縁談相手、今の旦那様が言っていたわ。
「僕は、本当はシャンリ様と婚約する予定だったんだ。君ではなくね。でも、何故か破談、という形になって、白紙になってしまった。そして、いつの間にか君だったんだよ! まあ、僕としては、君で良かったよ」
わたくしの旦那様は、見た目を気にしない方だった。だから、お姉様であっても、結婚していた可能性は高い。
そう、誰も彼もが見た目を気にする人ばかりではない。
──イサックだ。何故か、そう確信出来た。
あの男なら、やりかねないわ。わたくしは、知っているもの。イサックがどれほど、お姉様が好き……いえ、愛しているか。
ずっと、側で見てきたのよ。
お姉様への珍しさ、好意は、イサックの中ですぐに愛に変わっただろう。なにせ男女だもの。
「う、嘘よ! イサックが、そんな! そ、それに、わたしは、お姉様なんかに!」
わたくしの忠告は、結果的には、リンの心を煽ってしまった。あの子は、気が強いのね。
イサックは、恐ろしい。今も、変わらない。わたくしの中では、何も。
たぶん、皆の中でも。
きっと、お姉様には、優しいのね。でも、もし、お姉様が嫌々結婚させられたので、あれば。助けなくては。
そう、わたくしの中のイサックは、そんな男だもの。
そして、お姉様はイサックをそういう目で見ていないことも、わたくしは知っている。
いつだってお姉様は平等だった。
わたくし達の中では、一番、公平で平等。誰にでも微笑むし、誰にでも手を差しのべる。
イサックは、それを良しとしていなかった。
あるとき、お姉様がアニメの話が合う、とかいう従者がいて、その方と仲良くなり、漫画の貸し借りを始めた頃。
通りでいつもの談笑をしていたお姉様達。わたくしには到底、理解できない会話で、それはイサックも同じだったのだろう。
わたくしは見たわ。金髪から覗く、イサックの恐ろしく嫉妬にまみれた瞳を。それはもう、ドロドロに黒焦げた炭のように、イサックは剥き出しにしていた。
「ひっ」
思わず声が漏れたのも無理はない。
それからすぐに、その従者は国の監視役に選ばれ、国の隅まで飛ばされてしまった。
お姉様はガッカリしていたが、イサックには喜びが戻っていた。
結婚報告を受けてから、約半年。
お姉様の顔を見に行かなければ、なんて考えていた、ある日。
お姉様が子を身籠った。
この連絡を受けて、わたくしは直ぐに、二人の新居。別邸を訪れた。
「お久しぶり、お姉様」
「シエル! 久しぶりね!」
久しぶりのお姉様は、とても明るく、楽しそうに見える。
「シエル様、紅茶で宜しいですか」
「え、ええ、お願い」
イサックが台所に立っている。迎えてくれたのも、彼だが、わたくしは、まだ一度たりとも、眼が合っていない。
産まれてくる子へ、と、土産もお姉様へ手渡したが、やはりそれもイサックへいってしまう。
イサックは、お礼を口にしたが、果たして使ってくれるかは、分からない。そういう不安が、ある男だもの。
どうやら半年間、誰もここへ来ていないらしく、お姉様は、とても楽しそうだった。
そして、ふいに、こんな事を口にした。
「イサックがね、何でもやってしまうの。だから私、まだ家事をやった事がないわ。だから、シエルはどうしているのか、聞きたくて……」
「……イサックは、何か言っているの?」
「何もしなくて良い、って」
気まずそうにイサックを横目に、お姉様は、告げた。
まるで番犬だわ。
私には牙を剥きそうなくらい、警戒しているのに、お姉様には、微笑むのね。
下手な事を言ったら、今にも噛み殺されそう。
「なら、何もしなくて良いのよ。わたくしも、妊娠していたときは、何もしなかったわ」
「ほ、本当?」
お姉様は、信じられない、といった表情になる。
お姉様は時々、わたくし達には無いような事を、常識とでもいうかのごとく、口にするときがあった。
例えば「自販機はどこかしら?」と、四角い大きな物を探したり「パソコンが欲しいわ! タブレットも!」と、よくわからない物を、当然のように、お父様にねだった。
破談が続いてからは、引きこもるようになり、そして何もねだらなくなってしまったが。
「可愛い子が産まれると良いわね、お姉様」
「そうね、出来れば私に似ない子が……」
「俺はシャンリ様に似ている子が良いです」
「シエル、聞いた? イサックは、いつも、そう言うの。私に似たら可哀想よ」
お姉様には申し訳ないが、見た目はイサックの方が良いでしょうね。ただし、中身はお姉様でないと困る。イサックに全て似てしまえば、どうなるか考えたくもない。
きっと憎たらしい子だわ。その子を前に、イサックがどうするのか、興味はあるけれど。
それでも、とても幸せそうなお姉様を見て、安心した。
イサックのことだ、お姉様を大切にすると分かってはいたが、イサックのお姉様への愛は、深すぎる。
そんなことはないと思うけれど、お姉様が他の男と、そういう意味でないとしても、会うだなんて事になったら、暴走してこの国を壊すのではないのか、とさえ思わずにはいられない。それくらい、深いと、わたくしは感じている。
いずれにしても、危険人物に変わりはない。
お姉様に裏のない笑顔を見せるイサックを、わたくしは、見ないふりをして、お姉様の幸せを願う。
まだ続きました!




