自称、イサックの一番弟子
城にいる、従者視点です。
彼は、本編では出てきていません。
本編の四、五話辺りのイサックです。
再び、本編のイサックの印象を変えてしまう恐れがあります。注意してください。
こんにちは! ぼくは、この城の従者、アンリ。歳は十九。
赤毛にブルーの瞳がトレードマーク。それに、泣き黒子も。
この城に来たのは、五年くらい前で、きっかけは、もちろん、街で見かけたイサック様に、憧れたからだ。
ぼくもああなりたい! ぼくも格好良く、スマートに、そして、何事にも動じず、涼しい顔をしたい! ただ、それだけだった。
「イサック様、おはようございます!」
「ああ」
本日も、イサック様は格好良い!
ぼくを見ようとしない横顔も、言動の冷たさも、いつもこんな感じだから、特別気にしない。クールだ!
ぼくも早くイサック様のような、素敵な男になりたいな!
朝の稽古に汗を流しているイサック様も素敵だ!
イサック様は、細身のようで、実は筋肉が結構ある。その点、ぼくには筋肉なんて……。
羨ましいな、と眺めていた。その時。ふと、イサック様の動きが止まった。
何事だろうか? と、イサック様の視線を追えば、そこには、窓際で、こちらを見ているシャンリ様。
ああ、シャンリ様か。動きが止まったのも、納得する。
イサック様を見ていて一番最初に感じたのは、シャンリ様という存在。イサック様は、それはもうシャンリ様を気にかけている。いつもだ。理由は……わからない。
イサック様を再び視界に入れれば、迷っているような様子に、ほんのりと恥じらいも伺える。
そして、何故か手を振り始めた。唖然だ。あの、イサック様が、手を振るとは! なんて、なんて事だ!
い、一大事だぞ!!!
叫び、走りたい衝動を抑えながら、見ていないふりをした。
イサック様は、いつも涼しい顔をして、何を考えているか分からなくて……。
何か言えば、一言、それも冷たく放つ言葉しか返ってこなくて。世間話や私生活等は、全く話してくれなくて、仕事以外には関心も持たなくて。
それでも、そういう、格好良い男だと、思っていた。
「イサック様、どちらへ?」
「シャンリ様のお部屋だ……昼食の時間だろう」
無表情で、そそくさと歩いている。また、シャンリ様か。
ぼくはイサック様の笑顔を見たことがないが、果たしてシャンリ様は、あるのだろうか?
ぼくが思うに、イサック様の、シャンリ様への関心は、この国で一番だ。
シャンリ様を気にする人が、少ないのも原因だが、イサック様は、別だ。常に、シャンリ様だけを考えているように、思う。
聞けば、これも頼まれた訳では、ないらしい。つまり、仕事では、ない。なのに、毎食、送り迎えを率先している。
誰かに頼めば、良いのに……それも、しない。
頼めば良いのでは? と、聞いてみたこともあるが、断られてしまった。素っ気なく「いらない」と、ただ一言。
つまり、イサック様が、やりたいのだろう。
仕事の時間を削ってまで。
そういえば、先日も、仕事終わりだというのに、シャンリ様の部屋の電気を気にされていた。
電気代など、この城では大したことはない。ということは、シャンリ様の体調を心配しているのだろう。お優しい。
ぼくも馬鹿じゃない。ここまでくれば疑問に思う。
もしかして、イサック様は、シャンリ様に特別な想いを抱いているのかもしれない。と。
歳も近いから、仲が良いのだろう。とは、ならない。何故なら、イサック様は、人の顔や名前を覚えないからだ。
滅多な事がない限りは。王族だろうと、それは同じ。次女のシエル様の顔も、名前も、覚えていないらしかった。
僕は、たくさん話し掛けてるから、覚えていてくれているかな?
他の誰かと話しているところも、あまり見ないしなあ。
「イサック様は、結婚しないのですか?」
以前、聞いたことがあった。
「……しない」
一瞬、苦しそうに、答えたそれを、当時は理解出来なかった。
今思えば、もし、シャンリ様に特別な想いを抱いているのなら、それは叶わない。そういう気持ちも、含まれていたのかもしれない。
でも、今は。
シャンリ様は、城の中でも特別、離れに住む、哀れなお姫様。として有名。
誰も近づこうとしない、謎に包まれている、引きこもり。出てくるのは、食事の時のみ。
ぼくもまだ、きちんと拝見したことはない。
長い廊下を歩いていると、声が聞こえてきた。この低く軽い声は、サラン様かな?
そろり、と、顔を出すと、イサック様に腕を引かれて、困惑気味のシャンリ様。どこかへ行ってしまわれた。
シャンリ様に、サラン様が何か言ったのだろうか? あり得る。
「誰だい、そこにいるのは?」
僕の事だろう。サラン様に気づかれたなら、仕方ない。
「こ、こんにちは! サラン様!」
「おや、また従者か。君は、そうだねえ、あの従者より、素直でいい子そうだ。従者っていうのは、そうでなくちゃ」
「イサック様が、何かしてしまったのでしょうか?」
イサック様が、サラン様を怒らせるような事でも? サラン様は、仕事上では重要。地位も上だ。怒らせてはまずい。
「そう、イサックね。あの従者は、僕をいつも睨む。嫌われているようだね」
睨む? イサック様が? 軽い調子で、サラン様は気にも止めていないけれど、ありえない。
イサック様は、仕事はきちんとする。嫌いな相手でも、顔に出すことは無い。
でも、仕事を疎かにして、私情が出てしまうとは。何かあるのだろう。仕事より大事な…………そう、例えば、シャンリ様、関係。かも、しれない。うん、そうだ。
先程も居たしな、一緒に。
この時には、ぼくの中でだけだが、イサック様のシャンリ様への気持ちに、ほとんど気づいた。
「あれ、イサック様?」
昼食にシャンリ様を連れていったイサック様の、様子がおかしい。気づいたのは、食事場の前で、ただ、呆然と立ち尽くしているイサック様を、見たからだ。
今は、きっと、その扉の向こうで、シャンリ様が食事をなさっているに、違いない。
いつもなら、何か別の仕事を、テキパキと、こなしている時間だ。
何か、あったのだろうか? サラン様から逃げるように去った後、何か。
「あの、イサック様、どうかされたのですか?」
反応はない。ただ、扉を見つめているだけの、イサック様。
「イサック様? イサック様!」
「…………あ? ああ、アンリか。どうした」
名前覚えていてくれたんだ! 嬉しい! やっと、こちらを見てくれた、イサック様は、やっぱり、どこかいつもとは違う。
夢心地というか、寝ぼけているみたいだ。
どうした、と聞く方が、おかしい。ぼくが聞いているんだから。
「あの、イサック様? 大丈夫ですか」
数歩、歩み寄って、気づいた。
イサック様は、もしかして、笑っている?
そう思ったのは、眼が、優しさを孕んでいたから。今、イサック様は、確かに僕を見ているが、たぶん、違う、誰かを見ている。
いや、思い出しているのかもしれない、シャンリ様を。
何か、良いことでもあったのかな。もしかしたら、進展したのかもしれない。
イサック様の耳が、ほんのり色付いていたから。
僕は、こっそりと、イサック様とシャンリ様を、応援することにした。
あくまで、こっそりだ。
夕食をシャンリ様が召し上がっている間、この部屋に来てから、イサック様の様子がおかしかった。書類を片手に、だけど眼にすることはなく、呆然としている。
またシャンリ様と何かあったのだろう。今回は、考え込んでいるみたいだ。
不審に思って、避けて通る他の従者達。
イサック様は、完璧故に、近寄りがたい存在だ。ただでさえ、それなのに、今は、呆然と空を見ている。どうしたのだろう。聞きたいが、しつこくして嫌われてしまったら……。
そしてしばらくすると、ぼくはあることに気づく。
「い、イサック様! イサック様!」
「……なんだ、うるさい」
「あの、もうすぐ時間ですよ! シャンリ様の!」
「何?!」
本気で気づかなかったらしく、僕に書類を渡し、走り出した。
「イサック様! ま、まだ時間ありますよ! あの、そんなに急がなくても!」
僕がイサック様の背中に叫ぶ。まだ走らなくても大丈夫な、時間だろう。ただ準備を──と思っただけだ。
「逃げられるかもしれん!」
イサック様は、走りながら返事をしてくれたけど、どういう意味?
追い駆けっこでも、しているのだろうか?
仲が良いなあ。
そんな、ぼくたちの関係が変わったのは、この日の夕食後からだ。
「楽しそうですね、イサック様!」
その日の夜。
嬉しそうな雰囲気を出したイサック様が、厨房にいた。初めて眼にする、イサック様の喜び。
鼻歌まで聞こえるのだ。しかも、上手い! 何から何まで、完璧な人だな、本当に! 格好良い!
「ああ、分かるか、アンリ」
「はい! 凄く、楽しそうです! でも、どうして、料理を?」
そう、イサック様は今、黒いエプロンと共に、フライパンを片手に鮭を焼いている。
ご飯は先程食べたし、何を作っているのかな? もしかして、シャンリ様の夜食?
「これか、いつか、シャンリ様に作るため、練習をしている。鮭のムニエルだ」
「いつか、ですか?」
「ああ。暇なときは、他の料理も練習したい……食うか?」
「良いんですか!」
いただきまーす、と、出来立てを食べる。だけど、感想は求めていないのか、また別の食材を手に、作業をし始めている。
「美味しいですよ、凄く!」
「そうか」
僕の評価なんて興味無いのだろう。
でも、言うだけ、言っておく。美味しいものを、シャンリ様に出して、願わくば、幸せになってほしい。
それに、今のイサック様は、本当に珍しく、仕事以外も話をしてくれそうな、気配。ここぞとばかりに! ぼくの話しも聞いてくれるだろうか。
「イサック様、聞いてください! ぼく、最近初めてデートをしたんです。でも、良く分からなくて……」
意見を、求めるつもりだった。ぼくの言葉に、イサック様の動きが、止まる。
あ、この感じは、聞いてくれるかもしれないぞ! そう思ったぼくは、また続ける。
「お相手、凄く勝手で、向こうから一回だけ、なんて言われたから、デートを了承したのに、ここに行きたい、ここを見たいって、大変でした! どうしてああ──え?」
何かイサック様の口元が動いた気がして、話しを止めた。
「……ろ」
イサック様が、何かをボソッと言ったが、良く聞こえない。
「え、何ですか?」
「デートとは、何をする? 教えろ」
「え、ぼく?」
「そうだ。デートについて知りたい」
「あ、えっと……」
まさか、意見を求めたのに、逆に求められるとは。
何故だろう。求められるのは、嬉しい! それも、憧れの人に。ぼくの知っていることなら何でも教えて差し上げよう!
思えば、この時から、ぼくとイサック様の、奇妙な関係が始まった。




