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異世界で嫁に行き遅れました  作者: 白川れもん
本編
14/21

純白のドレス

 うー、はー、と、何度か深呼吸を重ねたが、胸のドキドキが緩やかにやることは、無い。

 新婦用の部屋で、たった今、純白のドレスに身を包んで、再度結婚する事を意識させられた。


 夢のようだけど、夢じゃないわよね。私が結婚、なんて! だ、大丈夫かしら? 今日になって、取り消し、とか、無いわよね?

 あれとか、あり得るわ! 挙式中に、新郎取られるパターン! で、あれでしょ、逃げて行くんでしょ、私を残して、走って去るんでしょ。


 なんて惨め! しかし、可能性はゼロじゃない。私みたいな喪女には、所詮、モブ役なのよ。こんな綺麗なドレスを着て、祝ってもらうタイプじゃない!

 それに、ほら、ドレスが顔に負けているわ。露出を避けた結果だが、白色が強調され、余計に顔の醜さが際立っている。

 う、み、醜い……よくお姫様、なんて地位にいられたもの。いっそ整形すれば──って、ないわよね、この国には。


 ベール、ベール、と。もう掛けておこう。結構厚めの長めにしてもらったもの。あ、少し安心する。



 扉から軽いノック音と共に「シャンリ様、準備は整いましたでしょうか?」とイサックの声が聞こえた。


「ええ、無事着れたわ」


 最後の縁談から、だいぶ経っている。あの時から、太っていたらどうしよう、と思ったが、そうでも無かったらしい。


 イサックも、その心配かと思ったが、そうではないらしく、苦笑いが扉越しから聞こえる。


「入っても宜しいでしょうか?」


「ええ」


 ドアノブが回されて、ゆっくりと扉が開く。


 イサックも白いタキシードに身を包んでいる。

 ベール越しに、うっすらと見える。髪型も、きちんとセットされて、落ち着いている。そのせいか、いつもより大人な、落ち着いた雰囲気だ。


 ベール越しでも分かる。はあ、何着ても似合うのよね、イサックは。格好良いわ、イケメンよ。私なんかとは、天と地ほど違うわね。闇と光よ。

 イケメンなんて、二次元で十分だったのに。

 まさか、結婚するとは! そのうち捨てられそうで怖い。その時は、絶対に裏切らない二次元へ逃避しよう。

 ラン様以外の……ね、あるじゃない? 光の騎士以外もアニメはあるわ。


「とても、美しいです、シャンリ様。似合っています! でも、その……も、もう、ベールをしているのですか。あの、す、少しだけ、お顔を見ても?」


 眼を輝かせたと思ったら、少し残念そうに、近づいてきた。そのままイサックは、ベールを上げようとする。

 まずい! 今のイサックに比べたら、私なんてゴミよ! ガッカリされるかもしれないわ!

 おまけに髪を全部結っているから、顔が丸出しで、いつもより割増で憐れよ! 見せられないわ!

 それこそ、妄想が現実に!


「ちょ、だ、駄目よ!」


「え! 何故ですか!」


 イサックがベールに触れたところで、制止する。そして、イサックの手を、軽く叩く。

 拒否されると思っていた無かったのだろう、イサックは、傷付いた顔を見せた。


「こ、これは、そう、精神安定剤よ。今は、混乱しているの! これで、少しは安心出来ているのよ! これ取ったら、パニックを起こすわ」


「……では、仕方ありませんね……では」


 そう言うと、イサックはベール越しに、ガン見してきた。それも、至近距離で。


「え、え」


 こちらからは見えるため、困惑する。

 ベール越しとはいえ、そんなにガッツリ見られたら、見えてしまうだろうが! こう、鼻息でベールがふわふわしない様に、と、呼吸を押さえているせいか、息苦しい。

 く、こんなに見ることないでは、ないか! 苦しいし、緊張するし、ドキドキするし、でも、私は椅子から動けないし!


 すると、突然、ふっ、とイサックが笑った。

 何事かと思えば、甘みを含んだ眼で見つめてくる。それこそ、愛おしそうに。そして。


「……とても、とても綺麗です。俺は、幸せですね。こんなに美しい人を、妻に出来るのですから」


 うっ!! 顔に熱が集中する。何故そういう台詞が出るの! 私だぞ、これは私だぞ! そういう台詞が言えて、何故昨日のような緊張をするのか、私には分からない。

 駄目だ、重大な何かを勘違いしそうになる。一回、泥にでも突っ込んで来ようかしら。


「イサック、貴方も素敵よ。格好いいわ」


「あ、ありがとうございます!」


 言われ慣れているであろう言葉に、あからさまに動揺して、喜んでいる。

 私に放った言葉の方が、絶対に恥ずかしがるべきよ! イサックは、やっぱり少しズレているんだわ。

 そう、あれよ、ぶす専って奴! 中学生の時に、誰かが私に言ったもの「ブス専じゃなきゃ、あんな奴、無理」と。


 納得する。イサックなら、あり得るわ。

 残念なイケメンって、本当に居たのね。



 お母様とリンが来て、最終確認をしてくれたり、今日引っ越すこともあって、長くお話した。が、やはりベールを取るのは抵抗があった。

 お父様はニ度目のバージンロードなので、緊張していないみたいだった。

 私は終始ドキドキで、心拍数は上がりっぱなし。そして、夢なのでは? と何度も確認してしまう。




 私は、式が始まろうが、なんだろうが、ベールだけは死守したい。今日の役目はそれだろう。


 イサックが入場して行って数分。お父様と二人、指示を待つ。ああ、心臓が潰れそう! この扉の向こうに、たくさんの人がいるのだわ。辛い! 見られるのよ!


「そんなに緊張することではないよ、シャンリ」


「……お父様は、緊張とかしなさそうね」


「まあな。イサックは、頭の良い男だ。きっと、幸せになれる…………イサックにも、今後の仕事、よろしく言っておいてくれ」


「わ、分かりましたわ」


 何故、今、仕事の話を? よく分からないが、気にしている暇も、無かった。


 扉の向こうから、讃美歌の声が聞こえる。綺麗な、歌声。


 さあ、出陣だ。


 お父様の腕に、手を添えて、一歩、また一歩と、歩いていく。数メートル先には、イサックが待っている。

 讃美歌の声が、パイプオルガンの音が。とても綺麗。ベールを取ってしまったら、全てを破壊してしまいそうで、いっそう気合いを入れる。


 今度は、イサックの腕に添える。

 イサックと、こうやって歩くのは、初めてだわ。歩調を考えて合わせてくれる辺、やっぱり優しい。


 数歩進み、牧師の元へ。

 聖書の何だかの部分を、読み上げている。誓いますって、いつ言うのだろうか?

 そういえば、何も分からない。予行練習とかもしなかったわ。だから、イサックが先だと、信じたい。そうしたら、私も後に続けばいい。



 あら? そこで、あることに気づいた。この牧師、昨日のと違わないかしら?

 となると、あの変更がきちんと伝わっているのか、不安しかない。

 ど、どうしよう。言いたいけれど、言えない。


 そうこうしているうちに、何やら問い始める牧師。

 あれかしら、誓います、って言う感じのやつに入ったのかしら?

 隣のイサックを横目で見ると、何故か眼が合った。いや、お前、牧師見ろよ! 何か話しているじゃないの!

 それともなに? 今は見つめあう時間なの?


 それでも、イサックは、話は聞いているらしく、牧師が話終わると同時に「はい、誓います」と、答えた。私から一瞬だけ眼を離して。そして、再びその綺麗な瞳は私に注がれる。



 く、器用なやつめ! 私も言うのよね? いつ? …………聞いていても、全く分からない。

 しばし聞き入ってみる。


「シャンリ様、今ですよ」


「え、あ、ええ、誓います」


 小声で教えてくれた。イサック優しい! けど、見ればこちらを、見たまま。牧師に注目しなさいよ! と、言いたくなる。それに、全く緊張していないような、余裕な表情。


「それでは、指輪交換に移ります」


 あ、やっぱり出た! 無し! 無しよ! それがアリになってしまったら、ベールアップも、アリになってしまうじゃない! 



 い、今言うべき? そうよね、今じゃないと駄目なところよね? どうしましょう。でも、牧師様が恥をかくかしら……でもでも、ベールだけは死守したいのよ!

 どうしよう、どうしようと、グルグル悩んでいたら、そんな悩みなど一切、していないであろうイサックが、淡々と言う。


「牧師様、そこから婚約署名まで、飛ばして下さい。昨日、そう言ったでは、ありませんか。聞いていなかったのですか」


 イサックが私の代わりに発言してくれた。頼りになる。そう、なるのだが、その人は、明らかに、昨日とは別人よ。

 ベールしている私でも分かるのよ、どうして裸眼のイサックが分からないの!


「も、申し訳ありません! 式担当の私には、耳に入らなかったもので。昨日いらっしゃっていたのですね」


「貴方もいたでは、ありませんか」


「その、私は昨日、別件で出ておりました……報告が行き渡っておらず、申し訳ありません」


 頭を下げる。ほら、昨日の牧師とは違うのよ! イサックは、まだ腑に落ちないのか、不思議そうに首をかしげる。


「ドッペルゲンガー、というやつか?」


 ぶつぶつと言っているが、本気だろうか? 眼鏡の有無から、髭の形、体格まで違う。誰でも、昨日とは別人と気づく。

 イサックは、記憶力は良い方だったはず。だとすると、顔を覚えるのが、苦手なのか?




 そこから、皆には、見えない形で、イサックにベールを上げてもらい、著名した。

 イサックの字は相変わらず綺麗で、そこに並ぶ私の字は緊張で多少歪んでいる。だって! 手が震えるのよ。



 これで、夫婦か……なんだか、まだ実感は無い。

 でも、夫婦なのよね? イサックが、私の旦那様に、なった訳だ。正式に。イサックを見ると、やはり私を見ていて、静かに微笑んでいた。

 何故かいつもより、イサックの眼が、甘ったるい気がして、首を傾げて、気づいた。

 私の顔の横で、ベールが揺れた。あ、私、まだベール上げたままじゃん!


「ちょっと! 笑っていないで、戻して!」


 小声でイサックに話し、少し小突くと、イサックは笑った。


「気づかれてしまいましたか」と、静かに戻してくれる。そして「とても美しいです」と、耳元で囁きながら。


 かあっ、と熱くなる。

 何なの! デートもしたことないのに、どうして、そういう、リア充的なのが、出来るのかしら。

 二次元みたいな、甘さがあるわ! イサックって、良い声もしているのよ。

 やられた。恥ずかしい。皆には、当然聞こえない訳で、ベールが無ければ、何に真っ赤なのか、頭のおかしな奴だ。




 挙式も終わり。

 後は、退場するだけ。城に戻るだけ。

 イサックの腕に手を添え、歩き、教会を出た時。


「シャンリ様! おめでとうございます!」

「やっと結ばれた二人に、私たち共から、盛大な祝福を!」


 と、街の人達が待ち構えていて、ライスシャワーやフラワーシャワー。

 それだけなら、良かったのだが。


「これ、受け取って下さい! 二人を祝して、作りました!」

「デートしていた時の写真、勝手に撮りました! 申し訳ありません! ですが、この日の為に! 少し加工をしまして!」

「二人の似顔絵を描いたの! 羨ましいわ!」


 なんだかんだ、と。老若男女からたくさん手渡されるが、その、ほとんどが、私とイサックの顔だった。

 くっ、ベール取らなくても、こんな羞恥にあうとは!

 自分の顔を抱える、私の身にもなってほしい! 不細工じゃないか! 良く似ているよ! こんなに忠実に描いたりするとは。


「ありがとう」


 と、私の代わりに、イサックが笑顔で答えれば、黄色い歓声が上がる。


「どうもありがとう。嬉しいわ」


 私も丁寧に礼を言う。

 良い民達で、幸せな国だわ。


「し、シャンリ様!! こ、これ……差し出がましいですが! これを!!」


 眼鏡のおさげ髪で、地味めの女性が寄ってきてくれた。その手には……。


「ら、ラン様! あ、アシュレイ!」


 ど、どどど、どうしてこれを! それは、色紙に綺麗に、繊細なタッチで描かれたラン様とアシュレイのビーなエル……に見える。

 も、もしや、この絵柄──。


「お、お好きだと、伺ったので……その」


「せ、先生、ですか?」


 光の騎士の作者、カラスモリ先生? 嘘、本人なの? この国出身だとは聞いていたが、まさか!!


「その……これからも、光の騎士をよろしくお願いします」


「も、勿論ですわ! 先生! 嗚呼、嬉しい……」


 この喜びを伝えないのに、コミュ症のせいで、語彙力のせいで、言葉にならないし、出てこない。

 そうこうしているうちに、街人は我よ我よと押し寄せてくるものだから、繊細な先生は押されてしまう。


「あっ──先生!」


 まだ、まだ設定とか、ストーリー構成とか、なんなら今後の展開とか、いろいろ聞きたかったのに……!!

 ぐっ、と食い縛る。ま、また会えるわ、きっと。

 嗚呼、これは家宝ね。額に入れて飾るわ。祈り崇めることとしましょう!






「……つ、疲れたわね」


 自室に戻り、一人、ぽつりと呟く。

 ドレスを脱ぎ、髪もおろす。ふう、部屋は落ち着くな。


 街人から持った物を見る。自分そっくりのパンを、しばし眺めてから「特徴掴んでいるな」と笑った。

 写真も、楽しそうに歩いているのが、数枚。


「あら、これ良いわね!」


 ちょうど私の顔が向こうを向いていて、イサックが笑っている写真だった。

 これなら飾っても良いかしら。


 引っ越しまで時間もあるし、少し寝ようかしら。

 そう思って、瞼を閉じたのは、少しだった気がする。

 カラスモリ先生の色紙は畏れ多くて触れるのもおこがましいが、すぐに額に入れなくては、と考えていた。



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