純白のドレス
うー、はー、と、何度か深呼吸を重ねたが、胸のドキドキが緩やかにやることは、無い。
新婦用の部屋で、たった今、純白のドレスに身を包んで、再度結婚する事を意識させられた。
夢のようだけど、夢じゃないわよね。私が結婚、なんて! だ、大丈夫かしら? 今日になって、取り消し、とか、無いわよね?
あれとか、あり得るわ! 挙式中に、新郎取られるパターン! で、あれでしょ、逃げて行くんでしょ、私を残して、走って去るんでしょ。
なんて惨め! しかし、可能性はゼロじゃない。私みたいな喪女には、所詮、モブ役なのよ。こんな綺麗なドレスを着て、祝ってもらうタイプじゃない!
それに、ほら、ドレスが顔に負けているわ。露出を避けた結果だが、白色が強調され、余計に顔の醜さが際立っている。
う、み、醜い……よくお姫様、なんて地位にいられたもの。いっそ整形すれば──って、ないわよね、この国には。
ベール、ベール、と。もう掛けておこう。結構厚めの長めにしてもらったもの。あ、少し安心する。
扉から軽いノック音と共に「シャンリ様、準備は整いましたでしょうか?」とイサックの声が聞こえた。
「ええ、無事着れたわ」
最後の縁談から、だいぶ経っている。あの時から、太っていたらどうしよう、と思ったが、そうでも無かったらしい。
イサックも、その心配かと思ったが、そうではないらしく、苦笑いが扉越しから聞こえる。
「入っても宜しいでしょうか?」
「ええ」
ドアノブが回されて、ゆっくりと扉が開く。
イサックも白いタキシードに身を包んでいる。
ベール越しに、うっすらと見える。髪型も、きちんとセットされて、落ち着いている。そのせいか、いつもより大人な、落ち着いた雰囲気だ。
ベール越しでも分かる。はあ、何着ても似合うのよね、イサックは。格好良いわ、イケメンよ。私なんかとは、天と地ほど違うわね。闇と光よ。
イケメンなんて、二次元で十分だったのに。
まさか、結婚するとは! そのうち捨てられそうで怖い。その時は、絶対に裏切らない二次元へ逃避しよう。
ラン様以外の……ね、あるじゃない? 光の騎士以外もアニメはあるわ。
「とても、美しいです、シャンリ様。似合っています! でも、その……も、もう、ベールをしているのですか。あの、す、少しだけ、お顔を見ても?」
眼を輝かせたと思ったら、少し残念そうに、近づいてきた。そのままイサックは、ベールを上げようとする。
まずい! 今のイサックに比べたら、私なんてゴミよ! ガッカリされるかもしれないわ!
おまけに髪を全部結っているから、顔が丸出しで、いつもより割増で憐れよ! 見せられないわ!
それこそ、妄想が現実に!
「ちょ、だ、駄目よ!」
「え! 何故ですか!」
イサックがベールに触れたところで、制止する。そして、イサックの手を、軽く叩く。
拒否されると思っていた無かったのだろう、イサックは、傷付いた顔を見せた。
「こ、これは、そう、精神安定剤よ。今は、混乱しているの! これで、少しは安心出来ているのよ! これ取ったら、パニックを起こすわ」
「……では、仕方ありませんね……では」
そう言うと、イサックはベール越しに、ガン見してきた。それも、至近距離で。
「え、え」
こちらからは見えるため、困惑する。
ベール越しとはいえ、そんなにガッツリ見られたら、見えてしまうだろうが! こう、鼻息でベールがふわふわしない様に、と、呼吸を押さえているせいか、息苦しい。
く、こんなに見ることないでは、ないか! 苦しいし、緊張するし、ドキドキするし、でも、私は椅子から動けないし!
すると、突然、ふっ、とイサックが笑った。
何事かと思えば、甘みを含んだ眼で見つめてくる。それこそ、愛おしそうに。そして。
「……とても、とても綺麗です。俺は、幸せですね。こんなに美しい人を、妻に出来るのですから」
うっ!! 顔に熱が集中する。何故そういう台詞が出るの! 私だぞ、これは私だぞ! そういう台詞が言えて、何故昨日のような緊張をするのか、私には分からない。
駄目だ、重大な何かを勘違いしそうになる。一回、泥にでも突っ込んで来ようかしら。
「イサック、貴方も素敵よ。格好いいわ」
「あ、ありがとうございます!」
言われ慣れているであろう言葉に、あからさまに動揺して、喜んでいる。
私に放った言葉の方が、絶対に恥ずかしがるべきよ! イサックは、やっぱり少しズレているんだわ。
そう、あれよ、ぶす専って奴! 中学生の時に、誰かが私に言ったもの「ブス専じゃなきゃ、あんな奴、無理」と。
納得する。イサックなら、あり得るわ。
残念なイケメンって、本当に居たのね。
お母様とリンが来て、最終確認をしてくれたり、今日引っ越すこともあって、長くお話した。が、やはりベールを取るのは抵抗があった。
お父様はニ度目のバージンロードなので、緊張していないみたいだった。
私は終始ドキドキで、心拍数は上がりっぱなし。そして、夢なのでは? と何度も確認してしまう。
私は、式が始まろうが、なんだろうが、ベールだけは死守したい。今日の役目はそれだろう。
イサックが入場して行って数分。お父様と二人、指示を待つ。ああ、心臓が潰れそう! この扉の向こうに、たくさんの人がいるのだわ。辛い! 見られるのよ!
「そんなに緊張することではないよ、シャンリ」
「……お父様は、緊張とかしなさそうね」
「まあな。イサックは、頭の良い男だ。きっと、幸せになれる…………イサックにも、今後の仕事、よろしく言っておいてくれ」
「わ、分かりましたわ」
何故、今、仕事の話を? よく分からないが、気にしている暇も、無かった。
扉の向こうから、讃美歌の声が聞こえる。綺麗な、歌声。
さあ、出陣だ。
お父様の腕に、手を添えて、一歩、また一歩と、歩いていく。数メートル先には、イサックが待っている。
讃美歌の声が、パイプオルガンの音が。とても綺麗。ベールを取ってしまったら、全てを破壊してしまいそうで、いっそう気合いを入れる。
今度は、イサックの腕に添える。
イサックと、こうやって歩くのは、初めてだわ。歩調を考えて合わせてくれる辺、やっぱり優しい。
数歩進み、牧師の元へ。
聖書の何だかの部分を、読み上げている。誓いますって、いつ言うのだろうか?
そういえば、何も分からない。予行練習とかもしなかったわ。だから、イサックが先だと、信じたい。そうしたら、私も後に続けばいい。
あら? そこで、あることに気づいた。この牧師、昨日のと違わないかしら?
となると、あの変更がきちんと伝わっているのか、不安しかない。
ど、どうしよう。言いたいけれど、言えない。
そうこうしているうちに、何やら問い始める牧師。
あれかしら、誓います、って言う感じのやつに入ったのかしら?
隣のイサックを横目で見ると、何故か眼が合った。いや、お前、牧師見ろよ! 何か話しているじゃないの!
それともなに? 今は見つめあう時間なの?
それでも、イサックは、話は聞いているらしく、牧師が話終わると同時に「はい、誓います」と、答えた。私から一瞬だけ眼を離して。そして、再びその綺麗な瞳は私に注がれる。
く、器用なやつめ! 私も言うのよね? いつ? …………聞いていても、全く分からない。
しばし聞き入ってみる。
「シャンリ様、今ですよ」
「え、あ、ええ、誓います」
小声で教えてくれた。イサック優しい! けど、見ればこちらを、見たまま。牧師に注目しなさいよ! と、言いたくなる。それに、全く緊張していないような、余裕な表情。
「それでは、指輪交換に移ります」
あ、やっぱり出た! 無し! 無しよ! それがアリになってしまったら、ベールアップも、アリになってしまうじゃない!
い、今言うべき? そうよね、今じゃないと駄目なところよね? どうしましょう。でも、牧師様が恥をかくかしら……でもでも、ベールだけは死守したいのよ!
どうしよう、どうしようと、グルグル悩んでいたら、そんな悩みなど一切、していないであろうイサックが、淡々と言う。
「牧師様、そこから婚約署名まで、飛ばして下さい。昨日、そう言ったでは、ありませんか。聞いていなかったのですか」
イサックが私の代わりに発言してくれた。頼りになる。そう、なるのだが、その人は、明らかに、昨日とは別人よ。
ベールしている私でも分かるのよ、どうして裸眼のイサックが分からないの!
「も、申し訳ありません! 式担当の私には、耳に入らなかったもので。昨日いらっしゃっていたのですね」
「貴方もいたでは、ありませんか」
「その、私は昨日、別件で出ておりました……報告が行き渡っておらず、申し訳ありません」
頭を下げる。ほら、昨日の牧師とは違うのよ! イサックは、まだ腑に落ちないのか、不思議そうに首をかしげる。
「ドッペルゲンガー、というやつか?」
ぶつぶつと言っているが、本気だろうか? 眼鏡の有無から、髭の形、体格まで違う。誰でも、昨日とは別人と気づく。
イサックは、記憶力は良い方だったはず。だとすると、顔を覚えるのが、苦手なのか?
そこから、皆には、見えない形で、イサックにベールを上げてもらい、著名した。
イサックの字は相変わらず綺麗で、そこに並ぶ私の字は緊張で多少歪んでいる。だって! 手が震えるのよ。
これで、夫婦か……なんだか、まだ実感は無い。
でも、夫婦なのよね? イサックが、私の旦那様に、なった訳だ。正式に。イサックを見ると、やはり私を見ていて、静かに微笑んでいた。
何故かいつもより、イサックの眼が、甘ったるい気がして、首を傾げて、気づいた。
私の顔の横で、ベールが揺れた。あ、私、まだベール上げたままじゃん!
「ちょっと! 笑っていないで、戻して!」
小声でイサックに話し、少し小突くと、イサックは笑った。
「気づかれてしまいましたか」と、静かに戻してくれる。そして「とても美しいです」と、耳元で囁きながら。
かあっ、と熱くなる。
何なの! デートもしたことないのに、どうして、そういう、リア充的なのが、出来るのかしら。
二次元みたいな、甘さがあるわ! イサックって、良い声もしているのよ。
やられた。恥ずかしい。皆には、当然聞こえない訳で、ベールが無ければ、何に真っ赤なのか、頭のおかしな奴だ。
挙式も終わり。
後は、退場するだけ。城に戻るだけ。
イサックの腕に手を添え、歩き、教会を出た時。
「シャンリ様! おめでとうございます!」
「やっと結ばれた二人に、私たち共から、盛大な祝福を!」
と、街の人達が待ち構えていて、ライスシャワーやフラワーシャワー。
それだけなら、良かったのだが。
「これ、受け取って下さい! 二人を祝して、作りました!」
「デートしていた時の写真、勝手に撮りました! 申し訳ありません! ですが、この日の為に! 少し加工をしまして!」
「二人の似顔絵を描いたの! 羨ましいわ!」
なんだかんだ、と。老若男女からたくさん手渡されるが、その、ほとんどが、私とイサックの顔だった。
くっ、ベール取らなくても、こんな羞恥にあうとは!
自分の顔を抱える、私の身にもなってほしい! 不細工じゃないか! 良く似ているよ! こんなに忠実に描いたりするとは。
「ありがとう」
と、私の代わりに、イサックが笑顔で答えれば、黄色い歓声が上がる。
「どうもありがとう。嬉しいわ」
私も丁寧に礼を言う。
良い民達で、幸せな国だわ。
「し、シャンリ様!! こ、これ……差し出がましいですが! これを!!」
眼鏡のおさげ髪で、地味めの女性が寄ってきてくれた。その手には……。
「ら、ラン様! あ、アシュレイ!」
ど、どどど、どうしてこれを! それは、色紙に綺麗に、繊細なタッチで描かれたラン様とアシュレイのビーなエル……に見える。
も、もしや、この絵柄──。
「お、お好きだと、伺ったので……その」
「せ、先生、ですか?」
光の騎士の作者、カラスモリ先生? 嘘、本人なの? この国出身だとは聞いていたが、まさか!!
「その……これからも、光の騎士をよろしくお願いします」
「も、勿論ですわ! 先生! 嗚呼、嬉しい……」
この喜びを伝えないのに、コミュ症のせいで、語彙力のせいで、言葉にならないし、出てこない。
そうこうしているうちに、街人は我よ我よと押し寄せてくるものだから、繊細な先生は押されてしまう。
「あっ──先生!」
まだ、まだ設定とか、ストーリー構成とか、なんなら今後の展開とか、いろいろ聞きたかったのに……!!
ぐっ、と食い縛る。ま、また会えるわ、きっと。
嗚呼、これは家宝ね。額に入れて飾るわ。祈り崇めることとしましょう!
「……つ、疲れたわね」
自室に戻り、一人、ぽつりと呟く。
ドレスを脱ぎ、髪もおろす。ふう、部屋は落ち着くな。
街人から持った物を見る。自分そっくりのパンを、しばし眺めてから「特徴掴んでいるな」と笑った。
写真も、楽しそうに歩いているのが、数枚。
「あら、これ良いわね!」
ちょうど私の顔が向こうを向いていて、イサックが笑っている写真だった。
これなら飾っても良いかしら。
引っ越しまで時間もあるし、少し寝ようかしら。
そう思って、瞼を閉じたのは、少しだった気がする。
カラスモリ先生の色紙は畏れ多くて触れるのもおこがましいが、すぐに額に入れなくては、と考えていた。




