何度目かのデート
結婚式に着る服は、私が始めて縁談をした日から、決めていた純白のドレス。だから、主な準備なんて、私にはほとんど無かった。
そう、だからと言って、毎日街へ繰り出すとは、思ってもみなかった。
「シャンリ様、今日はあちらの方へ行きましょう!」
今日も、デートだ。
何故か? 私が喜んだからだろうか。分からない。初デートから、かれこれ三日目のデート。
そして、明日は結婚式だ。しかも、その後に引っ越しも、待っている。何が起こっているのか、私にも分からない。
リンにさえも「毎日余裕ね。わたしは服のコーディネートに忙しいわ!」と言われる始末。
ただ、イサックとのイベントが、 まとめて押し寄せてきた、ということは、理解している。
「今日は何かしらね」
二人で歩くのが、街の人達にも、すっかり見慣れてた風景になったみたいだった。
それ自体は良いことだけれど、問題もあって。
「あら、今日も仲が良いわねえ」
「結婚式明日だろ? 仲が良すぎじゃねぇか? 明日の準備はどうしたよ」
「仕方ないわよ、ずっと想い合っていたんだわ! やっと国王様がお許しをくれたのよ!」
「え、じゃあ、シャンリ様が破談され続けた、まさか、あの時からか?」
「破談じゃなくて、シャンリ様が嫌われるように仕向けていたってことか? そりゃ、仲が良すぎる訳だ」
これは、何かしら?
否定したい。初回から思っていたけど、街の人達は妄想が激しいらしい。そして、私たちをよく見かけては、噂話しを聞こえる声で言う。
だが、直接言われているわけでは無いから、何も言えない。
それとも、ツッコミ待ちだろうか? そうだとしても、初対面の街人に突然話しかける勇気はない。
ただ、聞こえる位置を歩いている、私がいけないのだろう。
見てごらんなさい、隣を歩くイサックの嬉しそうな顔を。何も聞こえていないわよ、街の話し声なんて。
私も見習いたいわ。
「あら、教会じゃない」
「はい。明日の結婚式は、ここで致します。街で一番大きな教会です。下見も兼ねて、と思いまして。シャンリ様は、知らないと思ったので」
「ええ、知らなかったわ。綺麗な場所ね」
そうか、イサックも考えてくれていたのだ。来たことないし見たことも無かった。
ステンドグラスが、様々な色合いで綺麗だ。大きな十字架も、高い天井すれすれに掲げられている。歴史を感じる。
こんな綺麗な教会で、私みたいなぶすが、挙式なんて、上げて良いのだろうか?
あれだよね、ベール上げるまではいい雰囲気だけど、素顔見せたら……って、あれ、そう考えると、もしかして、誓いのキス的なのが、あるのでは……?
え、うそうそ、嘘だ! そんなの、無いよね? え、無理だよ、私無理だよ! したことないもん! イサックはあるかもしれないけど、無いもん! 嫌だからね、初めてが人前とか、絶対に断るからね!
「イサック、聞いてもいいかしら? 明日の、挙式の流れ、は、どのように?」
震える唇で、なんとか告げた。聞くだけ、そう、聞くだけよ。
「流れですか? まずは、俺が先に入場します。その後に、シャンリ様が国王殿下と来られて、俺の隣へ。そして、誓いを立てた後、指輪の交換、ベールアップ、その後に結婚した証として、著名をします。だいたい、こんな感じかと」
淡々と言ってのけるが、それは無いって事かしら? 私はプチパニックよ! 誰がぶすのキスシーンを見たいのよ!
「そ、そう。心構えとか、あるのかしら?」
「心構え、ですか? そうですね……俺も詳しくは知らないので。でも、進行するのは牧師ですし、そんなに緊張しなくても平気なのでは?」
「そう? でも、一生で一回きりだと思うの。大切にしたい訳じゃないけど、恥はかきたくないというか、大胆な行動もしたくないのよ、私は。引っ越しもあるし、そうね、出来るだけ飛ばしてしまうのも、アリだと思うわ!」
「そうですか! では、どこか飛ばしてしまいましょうか」
「あ、イサックがきちんとしたいって言うなら、それでもいいわよ!」
忘れていた。私だけの式ではないのだ。
イサックは違うかもしれない。こだわりとか、あるかも。
「いえ、俺は特に。それほど執着していませんし、シャンリ様と結婚するための、儀式。そう思っていますから、どこを飛ばそうが、気にしません」
「そ、そう」
何だか私と結婚するために、仕方なく、と言われている気がして、恥ずかしい。
まるで、私以外に興味はない、みたいな? やだ、恥ずかしい! 顔が熱いわ! 真顔でよく言えるわね!
深い意味がないのかもしれないけれど!
「どこを飛ばしますか?」
よし来た! さりげなく、別の話題から!
「えっと、そうね、指輪の交換とか、もう必要無いと思わない? お互いにしているし。それと、そう、ベールアップも、いらないと思うわ」
「確かに。指輪はしているから、無くしましょう。ベールアップは、しなくてはシャンリ様のお顔が見えないのでは?」
「顔見えなくても、私は構わないわ。恥ずかしいもの」
「でも、著名もありますし、前が見えないのでは?」
う、意外と来るわね。くそ、そんなに重要じゃないでしょうが!
「著名の時だけ、そう! 著名の時だけ、見えるようにしてくださる?」
「分かりました。著名の時だけですね」
どこからか取り出した紙に、さらさらとイサックがペンを走らせる。
流れの変更を書いているのだろうか?
ちらり、と覗けば、綺麗な文字が並んでいた。
「イサック、字を書くの上手なのね! 私より上手いわ」
「え、そ、そうでしょうか?」
繊細そうな文字は、流れるように書かれている。
達筆だ。私なんかより、余程。負けているわね、何もかも。
「上手いわ、交換ノートなんてしたら、私の所だけ、見にくいわね、絶対!」
「あの、交換ノート、とは?」
しまった。つい、小学生の時に誰かの、交換ノートを拾って見たのを思い出してしまった。そして、そのまま口にした。
バカ野郎! こっちの世界に、交換ノートなんて、無い。当たり前だ。ここは姫がいて、学校なんて、ほぼ無い。家庭教師的な存在に教わるだけだ。
「交換ノートは……その、いい? 内緒よ? ちょっと、こっちへ」
「は、はい!」
イサックを呼び、近づかせる。もっと! と手で招けば、緊張した面持ちのイサックが、そろそろと近づいてきた。
それにしても、遅い。何を警戒しているのかは、知らないが、一歩、また一歩。と、運びが遅い!
こちらとしては、伝言ゲームくらいの距離を所望しているつもりなのだ。
誰に聞かれるかもしれないし、この世界では無いものなのだから。出来るだけ人の耳には入れたくないのに。
「もう、遅いわよ!」
仕方ない、とかなり距離を詰めると、「ひっ」と明らかに狼狽えるイサック。
何に怯えているのか、さっぱりだ。
屈むように、と、服を引っ張れば、これまた何か声を上げた。乙女か!
いつの間にか、赤く染まっているイサックの耳に、口を近づける。
「交換ノートは、友達同士で一冊のノートに、その日あった事や伝えたい事を、一人ずつ書いて渡し合うの! 主に学校で──って、聞いているの?」
いつの間にかイサックの耳には、自らの手で蓋がしてあった。それだけでも、眼が点なのに。更に、足下には、先程書いていた、紙とペンが、散らばっている。何があった!?
おいおい、イサックよ。しかも、耳の手! 意味無いだろうが! 伝言ゲーム出来ないタイプか、さては! 耳がくすぐったくて仕方なくなるタイプなの!?
「あ、や、やはり、結構です! こんなに近づかないと聞けない事だとは、思っていませんでした。すみません」
「そう、それならいいけれど……イサック、大丈夫かしら。貴方、汗が凄いわよ?」
袖で汗を拭いているが、額から滲んできている。大丈夫かしら? 近づくだけで、ここまでとは。これ結婚止めた方が良いと思うのだけれど。
私のこと、苦手なのでは? 好きと勘違いしているだけだと思う。アレルギーでもあるのか、というくらいの拒絶反応に見える。
……私としては、かなり傷つくが。
「だ、大丈夫です。あの、突然だったので、緊張してしまって」
「イサック、明日結婚するのよ? 緊張したとしても、よ。貴方、別の方と一緒になった方が、良いのでは?」
「……何故ですか? 他に好きな男でも?」
動揺していたイサックが、一転。眼が据わり、眉間に皺が寄る。
忘れていた。最近は通常だったから! そうよ、イサックは話が通じない所がある、少し厄介なタイプだった!
「いえ、そうじゃなくて」
「では、何故です? 俺が、嫌いになりましたか」
「あ、あのね、イサック。貴方の為を、思ったのよ。そんなに酷く汗が出るのなら、私といたら辛いわ」
「そ、それは、あの、違うのです」
またまた一転。今度は恥ずかしそうに、頬を染めながら、眼を泳がせた。
だ、大丈夫かしら、喜怒哀楽が激しい。病気? 精神の病気かしら。
精神科とか心療内科……は、この国にはなかった。とにかく、ドクターを呼んだ方が良いわ。
ちょっと、いや、だいぶ、おかしいもの。心の病気よ、きっと。情緒不安定なのだわ。
「だ、大丈夫?」
「あの、聞いてください! 情けない話ですが、俺、シャンリ様との距離感が、分からなくなったと、言いますか、どれくらい触れていいか、とか、シャンリ様が、どこまで許して下さるか、分からなくて」
なんだ、そんな事で悩んでいたのか。でも、それと汗と、何の関係が?
「そんな、気にしなくていいわ。私達は、明日には夫婦よ。イサックを嫌いになることなんて、無いもの」
イサックが私を嫌う理由は、腐るほどあるが、私には無い。
「ですが、俺は、もう、長いこと、その、シャンリ様への想いに、気づかぬ振りをしてきたので、今、こうやってデートしているだけで、幸せなのです。それなのに、あ、あの距離を、急に許されてしまうと、ちょっとしたパニックに……」
「そ、そうなの、ね。でも、抱き締めてきたり、していたじゃない」
「あ、あれは、つい、思わず。というか。で、ですが、あの後に、反省していまして」
「そ、そうね……結構謝ってきたものね。私は気にしていないのに」
なんだ、そんな事だったのか。
イサックが私の何に、そんな想いを抱いているのか、今だ分からない。
何がイサックにヒットしたのかしら。
でも、それでも汗は異常だと思うのよね……私には想像もつかないわ。
でも、人に好かれるのは嬉しい。ましてや、イサックは異性で、私を恋愛対象として見てくれているらしい。
何だか照れくさいが、喜びもある。これは、自惚れかもしれないが、もしかしたらイサックは、私が思っているより、私の事が好きなのかもしれない。
そうだとしたら、嬉しいし、照れる。私にイサック以上の人など、いないと思う。
女子力を、磨こうと思った。
イサックのために。今までサボってきたあれやこれ。例えば保湿だとか、シャンプーの香りだとか。
そんなことだけれど。
それから、二人で牧師に、くしゃくしゃになった紙を渡して、挙式の変更を、告げた。
よし、これで挙式でキスの流れは、無くなるはず。
イサックもあれならちょうどいいわ! 危うく、二人でパニックよ! 誓いのキスなどしたらイサックが倒れてしまうわ。危ない危ない。
こうして、今日も、デートが終わるので、あった。




