気付きました
「精霊さん!」
光る花がふわふわと浮いているのを見つけて、ソフィアが笑顔になる。
あれから、数週間。
私は夜になる度に、ソフィアに会いに来ている。
ソフィアが笑ってくれるのも嬉しいが、どちらかと言うと、自分のためといった面が大きくなっている。
あの日は幽霊初日だったから、まだ実感がわいていなかったが、今なら分かる。
幽霊というのは、すごく孤独だ。
基本的に誰にも見えないし、声も聞こえない。
尚かつ、私はこの世界にソフィア以外の誰も知り合いがいない。
見ててもね、つまんないんですよ!
街並み観察も、何日もやったら飽きるし、人の家に入るのは不法侵入みたいで抵抗感半端ないし!
しょうがないから、力の使い方の練習ばかりしているが、やるとすごく疲れる。
もう、本当にソフィアと会うの癒しである。
しかし。
今日の夕飯のデザートが美味しかったことを一生懸命話しているソフィアを見る。
ソフィアって、どういう子なんだろう。
ソフィアは毎日会いに来てくれるが、自分のことは殆ど全くしゃべらない。
美味しかったご飯や、昔好きだった話などを話してくれるが、自分の生活とか事情とかは全く話さない。
こんな屋敷に住んでて、服も綺麗、教育もちゃんと受けてるっぽい所から、良いところのお嬢様なんだろうなと思うけど分かるのはそれだけだ。
楽しそうに笑ってくれるから、いいのかもしれないけど。
…でも、こんな大きなお屋敷のこんな庭の外れまで来た上で、声を殺して泣かなくちゃいけない事情とか何にも知らないのである。
「…聞こうにも、声は一切聞こえないしなあ」
本当に不便である。
とりあえず、ソフィアの気晴らし程度にはなれてるのかなと思いながら、相槌を打つように花を動かす。
パッと笑ったソフィアに、こちらの顔も緩んだ。
そして、空の月を見上げて確認する。
月が棟の真ん中から、屋根の飾りの上にまで移動していた。
…そろそろかな。
話は終了の合図にしているように、花をソフィアの前に差し出した。
どうやら、どんどんと寒くなってくる季節のようで、そんな季節の夜に長いこと外にいると体が冷える。
この世界の医療はわからないが、建物とかの雰囲気そのままに中世のようなものだったら、風邪だけでも命に関わる。
万が一にでも、そんなことは絶対に嫌だ。
月を見上げて、不満そうに口を尖らせるソフィアは可愛い。
クスクス笑いながら、急かすように花を揺らすとしぶしぶといった様子で受け取った。
いつものようにお辞儀をして、屋敷に戻る直前に、ふと、思い出したように戻ってきた。
首を傾げつつも待っていると、焦ったように口を開く。
「あの、私、明日、外に出かける用事があってもしかしたらここにくるのも遅くなるかもしれないんです。だけど、待っててもらえますか?」
ソフィアが自分の予定のことについて話したのは初めてだ。
ちょっと驚きながらも、手に持っていた花をそっと取って、了解と縦に降ると嬉しそうに笑った。
何度も何度も、お辞儀をしながら再び屋敷に戻って行く。
それを見届けると、やっぱり眠気が襲ってきた。
ソフィアと話すための繊細な花の動きなどはけっこう疲れるようである。
いつもの屋敷の隅の小屋のところで目を閉じて眠りについた。
ざわざわと人の声が聞こえてきて、目を開く。
浮いて上の方から見てみると、ものすごく豪華な馬車の用意をしていた。
「…そういえば、明日出かけるって言ってたなあ。すごいのに乗るのね」
ふよふよと移動して、馬車の前に行って観察してみる。
すっごく綺麗だけど、利便性どうなんだろうなぁ、これ。
そのうちに、周りが静かになったのに気づいた。
どうしたのかなって振り返ると、人影が歩いてくるのが見えた。
主人の登場ってことで静かになったのだろう。
一人は、美人なんだけど、ものすごくキツそうな女の人。
年齢はだいたい三十後半ってところだろうか。ものすごく、高そうなドレスを着ていて、貴族って感じがすごくする。
もう一人は、水色のドレスを着た女の子。
緩いウェーブの髪もきつく結い上げられていて、とても綺麗。
だけど、
「…ソフィアよね?」
思わず、そう口にしてしまった。
特徴的な青緑の目も、白っぽい金髪も、綺麗な顔立ちも間違いなくソフィアだ。
だけど、表情が全く違う。
いつもは、よく笑ってコロコロと変わる表情の可愛い女の子だ。
だけど、今日のソフィアは、まるで人形のような無表情である。綺麗な顔立ちも無機質な物に見える。
そのまま、スッと馬車に乗り込んだ。
馬車が動き出し、そのまま走って行く。
それを茫然と見つめてから、ギュッと手を握りしめた。
「…追いかけよう!」
馬車の後を、追いかけて移動する。
いつものふわふわとした移動と違って、スピードがある分、キツい。
だけど。
先程の無表情が頭を過る。
これはいつもみたいに放ったままに出来ない。
追いかけて行くと、いつもよりも活気はない、だけど、その分、美しく上品な雰囲気な店の広がる道になった。
やがて、着いたのは、
「…お城?」
ソフィアの立派なお屋敷が比較対称にすらならない立派なお城だ。
あのお屋敷のように、キラキラした膜で包まれている。
門で、馬車を操っていた人が通行証のようなものを見せた。
門番がそれを確認すると、門の所だけ結界が消える。
馬車が通りすぎると、再び結界がかかった。
「あっ」
通ろうとした瞬間に、結界が復活してぶつかりそうになる。
「…どうしよう」
結界を触ると、固い感触がした。
あのお屋敷の結界のように、何故か通れたりはしないようだ。
結界を観察する。
屋敷のものよりも綺麗な編み目だ。
だけど、あの祭壇のものほどではない。
門の所だけでなく、上の方に浮いていって結界のあちこちを見てまわる。
「あった!」
小さな解れがあった。
手でそれを広げると、問題なく通れる大きさになる。
それをくぐって中に入るが、
「…あー、もう、でかすぎ!」
目の前にそびえるお城はものすごく大きい。
ソフィアがこの中にいるなら、探し出すのは難しそうだ。
とりあえず、どこから入るのか決めるためにお城の周りをぐるりとまわる。
すると、美しい薔薇園に出た。
あまりの綺麗さに、ちょっと止まって見とれる。
すると、薔薇園の真ん中の広場に人影を見つけた。
椅子や机が置いてあり、お茶会といった雰囲気である。
そこに向かって進むのは、白っぽい金髪の美しい女の子だ。
「ソフィア!」
良かった、見つかった。
急いでそっちの方に向かうと、ソフィアが近づいてきたのに気づいたのか椅子に座っていた人物が立ち上がった。
ソフィアよりも色味の強い金の髪に、深い紺色の目。
綺麗な顔立ちだけど、精悍さも覗かせる少年だ。
その姿を見た時に、ふと、既視感を覚える。
「久しぶりですね、ソフィア嬢」
その挨拶に応えて、ソフィアがお辞儀をして口を開く。
「お久しぶりです。本日は御招きありがとうございます、殿下」
微笑む金髪に紺色の目の美少年に、感情を感じさせない笑顔で挨拶する白っぽい金髪の美少女。
その姿がとある映像に重なった。
今よりも、二人とも大きいけれど、印象は変わらない。
そんなシーンを確かに見た。画面越しに。
秋ちゃんが貸してくれたゲームの画面で。
…そうだ、ソフィア・ローズランドという名前は、その中で聞いた。
性格の悪い、王太子ルートのライバルキャラの名前として。
つまり、これが、意味するのは。
「……乙女ゲームの世界?」
どうやら、異世界は異世界でも、ゲーム世界だったようです。