表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

可愛いは正義です

 泣いているその子を見つめて、軽く息を吐いて心を持ち直す。


「どうしたの?」


 声を掛けながら、手を伸ばした。

 肩に置こうとした手がするりとすり抜けて、顔をしかめる。


「…触れないし、聞こえないのよね」


 誰もいないこんな所で、声を押し殺して泣いている、身なりのとても綺麗そうな女の子。

 きっと、いろいろと事情があるんだろうことは分かる。

 だけど。

 施設の子達の姿が頭によぎった。

 子供が泣いているのは嫌いだ。

 踵を返して、さっきまでいた庭の明るい方に戻る。

 光り輝く花の前で、深く息を吐いた。


「…いけるかな」


 比較的目立たない所に咲いている一輪をじっと見つめる。

 散らさないように、潰さないように、花全体を引っこ抜いたりしないように。

 集中して力を使った。 

 ぽろりとその花が落ちる。


「やった!」


 その花が地面に落ちないように浮かせたまま、同じようにして花を集める。

 充分に集まったところで、さっきの女の子の所に戻った。

 真っ暗な木の下で、まだ踞って泣いていた。


「おしっ! やりますか!」

 

 ふわりと、浮かせていた花を周りに広げた。

 それぞれの花を、ひらひらと踊るように動かす。

 さっきの店で見た光の蝶みたいに動くように。

 少しでも、綺麗になるように。

 ここが少しでも明るくなるように。

 光る花花が宙を舞踊る、幻想的な風景が広がった。


 女の子が周りが明るくなったことに気付いたのか顔を上げ、驚いた顔をする。

 それを見て、思わず笑みがこぼれた。


 泣いているのを誰にも知られたくないのは分かるけど。

 暗い所で、ずっと一人で泣いていると、気分が暗く沈みきってしまうから。

 どうか、あなたの涙が止まりますように。

 少しでも、あなたの心が明るくなりますように。


 ぽかんとした女の子の涙が止まった。

 誰かを探すようにキョロキョロと周りを見渡す仕草に、ちょっとやらかしたかなと、苦笑が漏れる。

 まあ、見付かりっこないからなぁ。

 魔法のある世界みたいだし、誰かが陰からそっと魔法を使ってくれたとか思ってくれるとありがたい。

 しかし。

 花の動きが止まらないように気を付けながらも、その子の顔をじっと見つめる。


「…お人形さんみたい」


 髪は薄暗いここでも、光り輝くような白みがかった金髪だ。きっと、明るい所で見ると光に溶けるようだろう。

 顔は小さくて、その中に形のいい口や鼻が納まっている。

 目はこぼれそうなほど大きくて、長いまつ毛が縁取っていた。

 そして、何よりも目を引くのは目の色だろう。

 角度によって青にも緑にも見える鮮やかな宝石のような澄んだ色だった。

 その色を見た時、不意に浮かんだ既視感に首を傾げる。

 こんな綺麗な女の子が知り合いだったら絶対に忘れる訳が無いのに。

 そろそろ良いかなと、花の動きを止めようとした時、その女の子がすっと前に向き直った。


「…すみません」


 小さな謝罪に首を傾げる。

 息を大きく吸い込んだ後、その子は歌うように口を開いた。


『術を使いし者よ、その姿を表せ』


 その声と同時にラベンダーのような香りと不思議な光が周りに漂う。

 目を見張っていると、その光が体の周りに巻き付き消えた。


「え…?」


 驚いたような顔で、私が浮かんでいる方をじっと見つめている。

 どうやら、今のは魔法を使った人のいる場所を特定する魔法だったらしい。

 私も困った。

 ふわっと誤魔化したかったが、目に見えない誰かがいるって即バレだ。

 立ち上がった女の子がこっちに歩いて来て、私のいる方に手を伸ばす。

 小さな手が、私の体をすり抜けた。

 何とも言えない気持ちで、その行動を見ていると、その子が顔を上げた。

 緊張した面持ちで口を開く。


「えっと。もしかして、精霊さんですか?」


 その言葉にびっくりする。

 

「昔持ってた本で、読んだことあるんです。目に見えない、不思議な力を持つ、魔力によってつくられた体をもつ優しい生き物を精霊って呼ぶって。…本当にいたんですね」


 キラキラした視線を向けられて、うっ、と詰まる。

 確かに目には見えないが、精霊なんて高尚なものじゃなく、ただの幽霊だ。

 なんとなく、良心が痛む。

 その子が、ちょっとと首を傾げて、眉をひそめる。


「お話ししたいんですけど、精霊さんの言葉って私達には聞こえないんですよね。えっと、どうしよう」


 真剣に考え込む姿に思わずときめく。

 並外れた美少女が首を傾げると、こんなに破壊力あるんですね。すごいです。

 すると、考え込んでいたその子がパッと顔を上げた。

 思い付いたって感じの満面の笑み。


「そうだ! えっと、精霊さんってさっきみたいにお花とか動かせますよね。はいなら、縦に。いいえなら、横に動かすとかって出来ますか?」


 身振り手振りを付けながら、一生懸命説明してくれる。

 どうしよう。可愛い。

 分かったと言うつもりで、さっきから浮かせたままだった花を全部縦に動かす。

 ぱああ、と音が付きそうなほど、一層顔を明るくさせた。

 姿が見えないのを良いことに、思いっきり悶える。

 ヤッバイ、可愛い。異世界、すごい。

 悶えていると、また、何処か緊張した面持ちで見上げられる。

 どうしたんだろうと、口を開くのを待つ。


「…あの、失礼かもしれないんですけど。また、私と会ってくれませんか?」


 勇気を振り絞ったという感じで、真っ白なワンピースを握りしめながら、こちらを見上げてくる姿に、思わず全身全霊で叫んだ。


「か、か、可愛い過ぎるーーー!!!! え、何なの? 頭撫でたい、可愛いがりたい!」


 なんだろう、見た目の可愛いさだけじゃなく、仕草一つ一つに感情が反映されていて、ころころ変わる表情がすごく可愛い。

 なんと言うか、中身の素直さとかがダイレクトに伝わってくる感じなのだ。

 きっと、すごく良い子だって感じがするのである。


 思わず悶えてしまったせいで、返事が遅くなり、だんだんと顔が曇ってきた。

 あ、ヤバいと、それはもう全力で花を動かす。

 それを見て、クスクスと嬉しげに笑った。

 可愛いなあと、微笑ましく見守っていると、くしゅんと、小さくくしゃみをした。

 思わず眉をひそめる。

 私は寒さとか分からないけど、街で見た人達はそれなりに暖かそうな格好をしていた。

 それを考えると、それなりに冷える季節なのだろう。

 ワンピース1枚きりで、庭の芝生に直接座り込んで泣いていたのだ。

 体が冷えるに決まってる。

 力を使って、ワンピースの裾を軽く引っ張り、花で屋敷の方を示してみると、言いたいことが分かったようで軽く頬を膨らませた。


「…大丈夫ですよ」


 不満そうな顔をしているが、駄目である。

 風邪をひいたら、いけない。

 宙に浮かせていた花を集めて、彼女の前につきだしてあげた。


「駄目です! 今日はおしゃべり終了。帰りなさい!」


 むうと顔を膨らませた彼女が渋々、花を受け取った。

 さっきから、察しが良くて助かる。

 ぺこりと一礼して踵を返そうとした時、小さく、あ、と呟いた。


「…そう言えば、名前名乗るの忘れてました」


 私も、あ、と呟く。


「言葉聞こえてないから、自己紹介できないもんなぁ」


 とりあえず、名前名乗って、あなたは? という定番のくだりができないのである。

 纏めた花を片手に持って、片手でスカートを摘まむ。

 流れるような綺麗な礼をして、口を開いた。


「改めまして、ソフィア・ランドローズと申します。今日は、美しい花の舞を見せていただきありがとうございました。また、この場でお会いできることを楽しみにしています」


 良いところのお嬢様らしい丁寧な挨拶だ。

 パッと顔を上げて、にっこりと笑う。


「月が棟の真ん中にかかるくらいにここで待ってます。それでは」


 もう一度、ぺこりとお辞儀をして、屋敷に戻って行った。

 その姿を、くすりと笑いながら見送る。

 しかし、


「…なんか、名前に聞き覚えがあるような気がするのよね。」


 何処でだろう。

 考え込んでいると、不意に、猛烈な眠気が襲ってきた。


「知らなかった。幽霊って眠るのね…」


 宙から、地面に降り、庭の隅の小屋のようなものの陰に座り込む。

 実体は無いから、何処でもいいのだろうがする気分的に端っこの方が寝やすい。

 目をつぶると、眠りに吸い込まれていった。

 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ